第45話:キティの痕跡
カンカンカンと音が鳴り、広場中央の宝箱が開いた。
ルミナアーマーを纏った僕は、ぜぇぜぇと肩で息をしながら、その場にぺたんとへたり込む。
……ああ、勝った。
……なんとか敵を退けた。
僕は額の汗を拭う。
中央の宝箱に触れた瞬間、スライムたちの天敵である呪力を持つ魔物、カースドガーゴイルが1度に8体も出てきた時は、正直ここで詰んだかと思った。
だが「呪いの石像」と呼ばれているこの魔物が、実際には石でできてはおらず、それに似た見た目を持つ「生物」であることを知っていた僕は、咄嗟にルミナを【鎧化】して、毒の集中攻撃による短期決戦を仕掛けたのだった。
――お怪我はありませんでしたか、マスター?
「僕は大丈夫。それよりお前が心配だよ。何度か攻撃をかすらせてしまった」
僕はルミナアーマーの肩に触れる。
その部分からはしゅうしゅうと煙が上がり、彼女が呪力によるダメージを受けていることを示していた。
僕はいったん【鎧化】を解除。
ルミナを人間状態に戻し、セラに彼女の治療を任せる。
「次からはもっと気を付けるよ」
「いえ、マスターが負い目を感じることはありません。もしも【鎧化】をしていなければ、私のダメージはもっと大きかったでしょう」
なんていうふうに言うルミナであったが【鎧化】は彼女たちの体の主導権を完全に奪う行為である。つまり責任は僕にある。この状態でダメージを受けると「もう少し上手くやってれば……」と、そう思わずにはいられない。
それにしても……
僕はルミナを治癒している間、中心にある宝箱、その先にある3つの分岐という見慣れた光景を改めて見渡してみた。
このダンジョンの構造は、僕が深層まで落ちたエイネストのダンジョンのそれに何から何までそっくりだった。
「それ」が何かはわからない。
神かもしれないし悪魔かもしれない。
だが、しかし、もしもこのダンジョンに「設計者」とでも呼べる存在がいるのなら、まるで同一のプリセットを使い回して2つのダンジョンを創ったかのようだった。
あるいは地殻変動か何かによって、元々1つだったダンジョンが2つに別れただけなのか……
詳しいところはわからない。
ただわかるのは確実に、このダンジョンの難易度が以前落とされた深層よりも高いだろうということだった。
何しろ初手で伝説級のボスキャラ2体だ。
この先に待ち受けるもののこと考えると、それだけで胸が重くなる。
「ククク……我が王よ、悩みごとか?」
と、1人暇してるアンブラが唐突に話しかけてくる。
「悩みってほどのものじゃないよ。ただダンジョンを普通に攻略するのにも、すごい労力が必要なのに、それでキティまで見つけられるのかなって、そんなようなことを考えてただけ」
「なら、案ずるな我が王よ。そのキティとかいう女が今も生きていて、ダンジョンの養分にされてないかは正直わからん。だが脱出なら任せておけ。我と我が王が手を組めば、大抵の魔物は一撃だからなっ!」
アンブラは不敵な笑みを浮かべて言った。
実際アンブラアーマーは、魔法を主力とする特性上、生ける賢者の石という魔力無尽蔵体質の僕と随一の相性誇る形態である。
「頼りにしてるよ、我がしもべ」
「うむ、任された我が王よ」
僕とアンブラは手を繋ぐ。
するとルミナを治療していたセラが「おわったよ〜」と声を上げた。
僕はそちらの方を向く。
すると、そこには傷が塞がって煙を吹かなくなったルミナがいた。
「調子はどう?」
「全く問題ありません」
「んー、でもねー、じゅりょく、ルミナのからだのおくまで、むしばんでる。ちょっと、やすんだほうが、いいとおもう」
「だ、そうだけど、どうなのルミナ?」
「そうですね……正直に言えば、まだ少し呪力の残った感覚はあります。ですが、この仕掛けは1日経てばまた復活する可能性が高いので、休んでいる暇はありません」
確かにルミナの言う通り、この手の仕掛けが1日周期で復活する可能性はかなり高い。
現にセラアーマーで攻略したイビルスケルトンの罠がそうだった。
あの時の僕は調子に乗って10日連続で罠を踏むなんて真似をしたけれど、結果的にはそうすることで伝説級の魔物を喚ぶことに繋がってしまったのだ。
仮に、もしこの罠を再び作動させ、敵を喚び出す状況になれば、より強力な魔物が出て来るリスクがある。で、あるならば再戦のリスクは避けて今日中に道を選ぶべきだろう。
「……ところで、マスター。その子とは随分と仲がいいようですね?」
と、ふいに、ルミナは手と手を繋いだままの僕とアンブラをジトッとした目で見ながら言った。
どうやら妬いているらしい。
苦笑しながら「ルミナも繋ぐ?」と聞くと、彼女はツンと顔を背け「別にいいです」と突っぱねてきた。
「地上に戻った暁には、もっとすごいことしてもらうつもりなので」
「えっと、それは、その、き、キスとかだったり?」
「……私の口から言わせるつもりですか?」
ルミナは本気の口調でいう。
……うん、これ普通にまずいやつだ。
とりあえず、今後、夜寝る時は部屋に鍵をかけておくことにしよう。
僕は自らの貞操に危機感を覚えたのだった。
さて、その後……
セラ先生の占いの結果、彼女が指したのはまたしても左。
「右にしないのか、セラ姉よっ! 我は右手が疼くのだぁ!」とやかましく騒ぐアンブラを「しゃらっぷ、ぐまい」とセラは黙らせて、くりくりした目でこちらを見上げる。
「もし、また毒沼地帯でも今日中に引き返せば問題ないよ。とりあえず、そっちに行ってみよう」
そういうわけで僕たちは左の道を進んで行った。
やはりセラの勘は正しかったのか、その道に魔物が出ることはなく、20〜30分ほど進んでゆくと、やがて開けた場所に出た。
「っ……ここは……!」
〝パントリー〟
ダンジョンで遭難した冒険者のために、まるで「設計者」が意図的に配置したような、ある種のセーフゾーンである。
そこには基本、魔物は湧かず、代わりに木々が生えている。そして、その木には携帯食が尽きた冒険者たちを救済するべく、栄養豊富な木の実がたわわにみのっている。
だが、見たところキティはいない。
ダンジョンで遭難した時はこのパントリー付近で助けを待つのが冒険者界隈の常識である。にもかかわらず木の実が実ったままなのを見ると、この道も「外れ」なのだろうか?
「マスター、あれを」
ふいにルミナが指差した先、そこには太い茎を持つ独特の見た目の植物が生えていた。それを見た僕は思わず「あっ!」と叫ぶ。
バロメッツ――茎の先端に果実の代わりに「羊」を実らせる、世にも珍しい植物だ。
その羊部分が無くなっている。
誰かがそれを採取して、食べた痕跡に他ならない。
「バロメッツの再生にはある程度、少なくとも7日くらいは時間がかかるけど、この街で深層に潜るような人はキティ以外にははいないはず」
「と、いうことは、その間にフラメル嬢は、最低一度はこの場所を通ったということですね」
僕はルミナに頷いた。
彼女は死んではいなかった。
襲い来る罠の数々をたくましく生き延びて、ここまで辿り着いたのだ。
すると「我が王」と声がした。
声がした方に行ってみると、そこには
3つの分岐がまたあり、そのうち右の入り口の前でセラが地面にぺたぺたと触れていた。
「どうしたの?」
「いや、セラ姉がな? 何日か前に、この場所でなんらかの聖魔法が使われた痕跡があるみたいなことを言ってるのだ」
「セラ、それ本当!?」
「うん、ますた。キティ、せいぞくせいのしもべ、つかって、ここでなにかのバフかけた」
「じゃあ、この先を進んで行けば……」
「たぶん、キティいる。こんせき、そんなふるくない」
僕とルミナは顔を見合わせた。
するとアンブラが「ククク……」と笑い「ほらな、やっぱり右であろう?」とドヤ顔で主張したのであった。




