第44話:深層の令嬢(キティ3人称視点)
8体のカースドガーゴイル――通称「呪いの石像」が、燐光を放つダンジョンの中で1人の女を取り囲んでいた。
年は20に届くか届かないかぐらい。
キリッと締まった相貌の中に、まだほんのすこし少女の面影を残すその女は、長い金髪をひるがえし鳶色の目で敵をにらむ。
もしも彼女が並の女なら、彼女がこの後どうなるかを想像するのは難くない。
しかし彼女はそうではなかった。
魔導学園出身の錬金術師、冒険者キティ・フラメルは腰に吊るした小瓶をとんとんと叩き、自らの化合獣を召喚する。
「出なさい! セリム、ピエール、クリスティア!」
すると小瓶から光の粒子が飛び出し、質量を持った実体と化す。
現れたのはカーバンクル、マンティコア、ユニコーンという、錬金術師が使役するしもべの中でも最上級のものたちだった。
ガーゴイルたちは一瞬怯み、躊躇するような仕草を見せたが、数では圧倒的優位。
彼らは『ギェェェェェェェ!』と鳴き声を上げると、化合獣たち喚んだ女に向かい石のような身を突進させた。
「フッ、馬鹿ね!」
そうキティは吐き捨て、しもべたちに一斉に指示を出す。
まず動いたのはマンティコアだった。
人面獅子とも呼ばれている独特な顔付きをしたこの化合獣は、呪力を纏った敵の攻撃をものともせず、巨大な顎と爪による力押しによって敵をバラバラに引き裂いてゆく。
次に動いたのはユニコーン。
上等なベルベットのような手触りの青い毛並みを誇る一角獣は、その長い角にバチバチと電流を溜め、雷のように放射する。
『ギギャァァァァァァァァァァ!?』
電撃を受けたガーゴイルたちは悲鳴とともに一瞬にして黒煙に変わってしまった。マンティコアとユニコーンの奮闘により、ものの数分と経たずガーゴイルたちは半分に数を減らしてゆく。
『グゲゲッ! ギェェェェェェェ!』
だが猛攻を逃れたカースドガーゴイルの1体が無防備なキティに襲いかかる。
彼女はバトルドレスという動きやすさを重視した身軽な格好をしていたため、防御力は皆無と言っていい。ゆえに敵の攻撃を一度でも食らえば、その華奢な身はたちまちへし折られ、バラバラにされてしまうだろう。
だがしかし、そうはならなかった。
彼女の肩に乗っている子猫ぐらいの小さな獣――カーバンクルが、光の結界をドーム状に張り巡らして敵の攻撃を防いだからだ。
そこから先の展開は一方的すぎて、詳細を語る必要のないものとなる。
弱点である術者の身をカーバンクルが結界で守り、マンティコアが単純な力押し、ユニコーンが角からの雷撃によって着実に敵を仕留めてゆく。
黒焦げになった最後の1体を、キティはブーツを履いた足でぞんざいにズンと踏み付けた。それが黒煙とともに消滅すると、カンカンカンと音が鳴り、部屋の中央の宝箱が空いた。
「フン、楽勝ね。こんなもの?」
そう独りごちるキティであったが、よく見ると彼女の額にはじっとりと汗がにじんでいた。
錬金術師の戦闘というのは、ただ後ろでじっと見ていればいいようなものではなく、化合獣の細やかな動きのイメージを送る必要があるのである。
1体だけでも相当疲れる。それを同時に3体も使役するとなれば、術者の負担は計り知れない。
「ありがとう、みんな。怪我はない?」
と、ふいに、キティは先ほどまでとは打って変わったようにやさしい声をしもべたちにかけた。
ちなみに通常、化合獣には自我が存在しないといわれている。普段、生き物のような振る舞いをするのは、無意識のうちに術者がそれを望み、使役しているにすぎないのだ。
だが変わり者のキティはそんなことは気にせず、自ら創った存在たちに惜しみない愛を注いでいた。
愚かと言うものもいるかもしれない。
しかし、ここではそんな振る舞いは返って賢明だといえた。なぜならダンジョン最大の敵は、魔物でも、罠でも、飢えでもなく、孤独という病魔なのだから……
(ディーノ、ティナ、それにサイモン……)
カーバンクルを抱きしめながらキティはかつての仲間たちの名を心中でささやく。それは彼女が2ヶ月前に結成したパーティのメンバーたちである。
卑しい身分の者たちだったが、人当たりのいい連中だった。
特にサブリーダーのディーノはベテランの戦士で、そのたくましい筋肉がダンジョンの壁から次々湧く敵をものともせずに討伐するのは、見ていて非常に痛快だった。
少なくとも今まで自分に挑んできたヘボ錬金術師どもに比べれば、彼は彼女の基準を満たす「強い男」だったといえるだろう。この男に淡い恋心を抱いていたのは、彼女自身、自覚するところでもある。
「お前の行きたいところなら、俺はどこにだって付いてくぜ」
その言葉は彼の口癖だった。
しかしキティが深層に続く死の縦穴に潜りたいと言い出した時、彼の態度は豹変した。
ディーノだけではない。
他の2人も口を揃えて彼女を止めようとしたのである。
「あのねキティちゃん、よく聞いて。あの穴は人が入るような場所ではないのよ?」
「そうですとも。我々はすでに中層で、一定以上の成果を出しています。採算は十分取れてるのですから、これ以上の危険をおかすことはありませんよ」
彼らはキティを宥めたが、正直、中層の魔物程度では彼女は満足できなくなっていた。
より刺激的な冒険で自分の限界を試したい――彼女には、そんな願望があった。
が、しかし、大抵の冒険者はその名に反して〝冒険〟を避ける傾向にある。
「……なぁキティ。確かに、どこまでも付いて行くとは言った。その気持ちは今も変わらねぇさ。でも地獄までは流石に行けねぇ。悪いがキティ、お前がこれ以上深層にこだわるようなら、残念だけど俺たちはここでお終いだ」
それはディーノから突きつけられた、実質的な絶縁状だった。
何よりもショックだったのは、ようやく見つけた強い男、好きになれそうだった存在が、自分に付いて来るのを拒み安定を選んだことだった。
やはり自分に釣り合う男はいない……
そんな絶望に駆られた彼女は、自分でも無茶と知りながら単独で死の縦穴へと潜ったのだった。
そこから床の崩落に巻き込まれ、色々あって今に至る。
後悔してないと言えば嘘になる。
しかし彼女の鳶色の目から希望の光は消えていなかった。
必ず生きてここを出る。
そして自分こそが史上最強の錬金術師だと同時に証明してみせるのだ。
冒険者キティ・フラメルは、そう決意して開いた宝箱へと向かった。




