第40話:落とし穴、再び……
僕らのパーティ「水飴師団」は、次々と湧いて出る敵を見事な連携で倒してゆき、地元の冒険者たちの舌を巻かせた。
「うわっ! な、なんだあの幼女っ!? スケルトンが一瞬で灰になったぞ!?」
「メイドの姉ちゃんのナイフ捌き、見てみろよ! まるでナイフが生きてるみてぇだ!」
「あの黒い子の魔法もすごくねぇか!? 今一撃で3体の魔物を吹き飛ばしたぞ!?」
冒険者たちは口々に僕のしもべを称賛する。
主として鼻が高かった。調子をよくした僕は腰に吊るした4つ目の瓶をとんとん叩いて中に入っている化合獣を喚び出す。
「ゆけ、メルティ!」
掛け声とともに現れたのは、膝下ぐらいの大きさの金属質なゲルの塊、いわゆるアイアンスライムだった。
これはアレイスターの工房で創った新たな化合獣で、触媒には深層で苦戦したアイアンゴーレムのコアが使われている。
この子を創った目的はただ1つ。
エイネストのダンジョンの表層などで軽々しく【鎧化】できない時に、僕が棒立ちになる問題をどうにか誤魔化すことである。
というのも、正確に言えば僕は3体の化合獣を同時に使役しているのだが、外の世界では、この子たちは独立した冒険者として扱われている。
ゆえにメルティが必要になるのだ。
この子のおかげでかろうじて僕は「やたら強い少女たちの後ろにいるなんにもしない奴」という汚名から逃れられている。
「いくぞメルティ! たいあたり!」
僕は彼(?)に指示を出し、目の前にいるゴブリンに硬質な身を突撃させた。アイアンスライムはスライムの中でも随一の硬度を持つことで知られているのだ。
『ギャッ! ギャッ! ギャッ!』
べしん!
しかしメルティのピカピカボディは、ゴブリンの持つ棍棒によってあえなく叩き落とされてしまう。そのうち仲間がやってきて、無防備になったスライムの体を集団で殴打し始めた。
「ああ、駄目だっ! 戻れ、メルティ!」
しかし所詮はスライム。
うちの子たちが特別なだけで、基本的にはスライムは最弱の化合獣なのである。
「おぃ、なんだぁ? あの兄ちゃん?」
「すげぇのは周りの嬢ちゃんだけかよ?」
「どうしようもねぇ、ヘボ錬金術師だな!」
ギャラリーからの落胆の声が容赦なく僕に突き刺さる。「ちくしょう、あいつら覚えてろっ!」と僕はメルティをしまった瓶をぎゅうっと握りしめたのだった。
だが、そのような低俗な野次は中層に行くとぱったり止んだ。
クピードダンジョン第2階層。
それは表層を順路に沿ってひたすらまっすぐ進んだ先にある、螺旋階段状の構造物の下に広がっている。
この階層の魔物の強さはエイネストにおける中層の始まりよりも数段上のものだった。
特にエイネストのダンジョンの表層ではボスキャラとした扱われたイビルスケルトンが頻繁に湧くので驚いた。
うちにはアンデッドキラーと呼べる強力なヒールスライムがいたので、それは脅威ではなかったけれども、並の冒険者がここを攻略するのは相当骨が折れるだろう。
案の定とでもいうべきか、この階層で動けなくなっているパーティは1組や2組どころではなかった。
中には仲間が瀕死の重症を負い、詰んでしまっている人もいて、見かねた僕はセラにヒールを使わせた。「このご恩はいつか必ず返すわぁん!」とか言ってキスしようとしてくる人もいたけれど〝そういう趣味〟はなかったのでそれは丁重にお断りした。
「この調子では、きりがありませんよ」
「んー、そうだね。ちょっとぐらいの怪我の人たちは、かわいそうだけど無視していこうか」
そういうわけで僕たちは、あくまで旅の目的がキティ・フラメル救助であることを自覚し直して中層の坂を下って行った。
気を引き締めたのは正解だった。
道をどんどんと下るにつれて、スライムたちの天敵といえる「呪力」を持つ魔物、カースドウルフやカースドガーゴイルなどが頻出するようになったのだ。
これがダンジョンの厄介なところで、この階層の敵の強さはこれぐらいだとか、油断してたかをくくっていると、それを上回る魔物の群れが急に現れたりするのである。
幸いなことに連携プレーで、それらの魔物に対処することはできた。
僕はアイテムの換金を全て終えた後も、たびたびダンジョンに潜り戦っていてよかったと思う。そうでなければ指示を出す腕は確実ににぶっていただろう。
僕はある程度、冒険を進めたところで例のインチキ設備であるアレイスター工房を喚び出した。
行こうと思えばまだ行ける。
その直前で立ち止まることがダンジョンでは肝要なのである。
こうして一夜を明かした僕らは、コンディションをしっかりと整えた上で冒険の続きに取りかかった。
半日も歩かないうちに、目的のものはすぐに見つかった。
果たして、それは大きめの井戸のようなへりを伴う穴であり、燐光を放つダンジョンの岩を盛り上げてぽっかりと口を開けていた。
「見えました、あれですね」
ルミナの指差す構造物と、今の手にある薄い冊子――このダンジョンの簡易的なガイドブック――を見比べた僕は「そのようだね」と相槌を打つ。
その名もずばり〝死の縦穴〟。
いかにもアンブラが喜びそうなこの安直な名前の構造物には、朽ちかけた木のような素材でできた梯子が併設されていた。ぼろぼろの見た目だとはいえ、ダンジョンイーターの侵食を間逃れているということは、この梯子もダンジョンの一部なのだろう。
「ククク……どうする、我が王よ? 今ならぎりぎり引き返せるぞ?」
案の定、いかにも楽しげにアンブラが話しかけてくる。
聞くところによれば、この縦穴は、一度その下った者を二度と上層に帰すことはない、いわくつきの穴であるらしい。ゆえに、この穴の先には「死」そのものが棲んでいるという噂が、まことしやかにささやかれることになったのだ。
「あのね、アンブラ。僕を誰だと思っているの? 難攻不落のダンジョン最深層からただ1人帰還した男だよ?」
「ほぅ、では今回もそうできると?」
「それは君たちしだいかな。セラ、ルミナ、アンブラ、今回も僕のサポートを頼むよ」
僕がみんなを見回し言うと、しもべたちはそれぞれ異口同音に「もちろん」という趣旨の返事をした。
ここから僕は【鎧化】を使う。
いつ、どんな時、どんな敵が襲って来ようとも対処できるようにするためだ。
「とりあえず、最初はセラでいく。準備はいい?」
「おっけ、ますた」
白いワンピースを着た少女は、たちまちピンクのゲルとなり僕の全身を強固に覆う法衣のような姿となる。
セラアーマーを纏った僕は先陣を切って梯子を降りた。ある程度安全を確認してから、ルミナとアンブラがそれに続く。
梯子は思ったより長く、体感的に20メートル以上はその縦穴を下った気がする。
しかし途中で途切れるようないじわるな作りになってはおらず、こうして僕は2人を伴い地面に足を付けたのだった。
「ルミナ、アンブラ、気になるものは何かある?」
僕は夜目の利くスライムたちに周囲の状況を確認させた。
「今のところ特にはありません。しかし……」
「ウム、そうだな。魔物の気配を感じるな」
しもべたちの勘は当たっていた。
直後、カサカサという足音が僕らの周囲を取り囲む。
ロックキャンサー。
岩場の影から姿を現したのは、そう呼ばれている魔物であった。
これは人間と同じか、それより少し大きいぐらいの体長を誇る中型の魔物で、ダンジョンのカベをカサカサと這い回ることから「ゴキブリガニ」とも呼ばれている。
「ルミ姉のナイフはこいつらの殻にはあまり相性がよくなかろう。フフフ……任せろ。ここは我が……」
「いや、ちょっと待って。ストップ、アンブラ。こいつら、なんだか様子がおかしいよ」
「全然襲ってきませんね。我々を警戒しているのでしょうか?」
――みちびいてるって、かんじ、するー
セラの念話はパスを介し、この場の全員に共有されていた。
果たして彼女の言う通り、ロックキャンサーたちは示し合わせたように一切にある方向に走り出す。
「追いますか?」
「追いかけよう」
僕らは敵を追いかけた。
5分か10分走っていると、やがて開けた場所に出る。それはドーム状に展開された燐光岩のホールであり、おびただしい数のキャンサーたちが壁や天井に張り付いていた。
「うわぁ、グロォ……」
思わずそんな声が出る。
僕らは辺りを見回した。
ほぼ一直線の道を走って来たというのに、見たところ他に通路はない。ということは必然的に、ここが深層の果てということになるが……
「このカニたちが〝死〟の正体?」
その呆気ない終焉に僕らは顔を見合わせる。
ロックキャンサーは硬い魔物だが、基本的には臆病であり、積極的に人を襲うことは稀とされている。魔法耐性も皆無に等しく、魔導士を有するパーティならば容易に殲滅できるだろう。
それでは、果たして一体何が、この死の縦穴からの帰還をはばみ、キティを遭難させたのだろう?
と、その時、ロックキャンサーの1体が、カンカンカンと一定のリズムでホールの壁を叩き始めた。その1体に続くように他のカニたちもカンカンカンと同じリズムで大きなハサミは壁に打ちつけ始める。
な、何を……と、思ったその時、ふと昔に読んだ魔物図鑑の文言が電撃のように頭をよぎった。
『ロックキャンサーの鋏の殴打は洞窟の壁と共振し、時に大規模な崩落を誘発させる……』
「み、みんな! これやばい! 今すぐ、ここから逃――」
げるんだ、と言い切る前に、僕らの立っている地面は波打つようにすごい勢いで揺れ始めた。ガラガラという音が周囲に轟き、その場に立っていられなくなる。
地面がひび割れ、穴が空く。
次の瞬間、感じたものは、1年前に感じたものと同じ、あのどうしようもない浮遊感だった。




