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第39話:迷宮都市ビィラック

 次の日の朝、フラメル伯は予定通りの時間にカリオス邸を訪ねて来た。


 僕は昨日、風呂の中で得た決意を長々と口にしようとしたのだが、彼はこちらをちらりと見るなり「ウム、わかった」と即答した。多分、表情を見ただけで僕の答えがどういうものかをあらかた察してくれたのだろう。


「こうなることはわかっていた。よろしく頼むよ、クリフ君」


 言うと、伯爵は自分のものとは別の馬車に僕ら一行を案内した。


 恐ろしいまでの手際の良さだ。

 なんと伯爵は僕の回答を見越し、昨日の時点でこの馬車をすでに手配していたらしい。


 そこからの旅は快適だった。


 このエイネストと同じくダンジョンを中心として経済を循環させているビィラックは、エイネストと姉妹都市提携をしているらしく、商人の行き来が盛んなこともあり街道はよく整備されていた。


 割と上等な座席の上でガタゴトと揺られること約2日。


 気付けば、僕らは迷宮都市ビィラックへと着いていた。


 これを早いと見るべきかは状況しだいと言う他ない。たった2日、されど2日である。


 ダンジョン遭難者の生存率は、その日数が経つごとに指数関数的に下がってゆく。


 たとえキティが自力で運良くパントリーまで辿り着いたとしても、そこにどれだけの食料があるかはそのパントリーの規模による。場合によっては飢えが原因で命を落とすこともあるのである。


 キティを深層から救出する――そう決めた以上、躊躇している暇は、残念ながら今の僕らにはなかった。


 そこでビィラックに入るなり、僕は伯爵を引き連れて急いで冒険者ギルドに向かった。キティ・フラメル救援のクエストを正式に受注するためである。


 全ての手続きを終えた後、フラメル伯は僕に向き直り、重い口調でこう告げた。


「クリフ君、実を言うとだね、私はキティが深層に入ったと聞かされた時点で生存を半ば諦めたのだ。では、なぜ君を頼ったかというと、せめて痕跡の一部でも持ち帰ってほしいと考えたからだよ」


 伯爵は僕の肩に手を置いてその胸の内を打ち明ける。


「体の一部や、武具、装飾品。なんでもいい。私は、亡きマチルダの棺桶の横に空の棺桶を埋めたくないのだ」


「大丈夫です、生きてますよ。行方不明とはいいますが、僕にはどうも、あのキティがなんの抵抗もせずにダンジョンの深淵に呑まれたとは思えないんです。必ず生きて連れ帰る……そう約束はできませんが、とにかく最善を尽くします」


「……君たちの幸運を祈っている」


 こうして僕らはダンジョンに足を踏み入れることになったのだった。


 ビィラックのダンジョン――クピードラビリンスの入り口は、エイネストのそれとは違い1つだけであり、それはぽっかりと大口を開けた巨大な爬虫類の顔を彷彿とさせる。


 僕はごくりと唾を飲んだ。


 このダンジョンの「深層」は第3層から始まると言われ、エイネストよりも浅い分、表層の魔物も強いといわれている。


「みんな、油断せず行動しよう」


 燐光を放つ岩に囲まれた薄暗い穴ぐらの中、僕はパーティのリーダーとしてスライムたちに指示を出す。


「ククク……それにしても、驚いたぞ我が王よ! まさか本当に依頼を受けるとはな!」


「全くもって同感です。まさか自分を捨てた女のためにこんな場所にまで来るなんて……」


 クールに答えたルミナの口調には、だがいつもよりも2割増しぐらいトゲがあるように思われた。


「ルミナ、おこってる?」


「怒ってませんよ。ただ、そのキティ嬢とやらを見つけたら、まずは裸にひん剥いてマスターに土下座させてやりたいと思ってるだけです」


 お、怒ってる……めっちゃ怒ってる……


 とはいえ彼女の怒りの矛先は、このクエストを受けた僕ではなく、むしろ受けさせたキティの方に向いていると見ていいだろう。


 まあ、僕にだって思うとこはある。

 もし生きて彼女を見つけたら、二度と親不孝なんて起こさないように口酸っぱく言ってやるつもりだった。


「……マスター、敵です」


 と、前を行くルミナが口調を変えて僕に警告を発してくる。


「異種の魔物の群れかな、あれは? ゴブリン2体にオークが1体、それからあれは……スケルトン?」


 僕は彼女の指差す方向を見て冷静に敵を分析する。多分、あの程度の敵ならば【鎧化アムド】するまでもなくしもべたちだけで余裕で対策できるだろう。


「セラ、ルミナ、アンブラ、準備はいい?」


 答える代わりに彼女たちは、それぞれの武器――メイスに、ナイフに、ワンドを構える。


 早速、戦闘開始である。


 こうして僕らの冒険は堅実に幕を開けたのだった。

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