第37話:令嬢救援クエスト
「冒険者クリフ・カリオス君。私の目的は貴族としてのものではない。君には、ダンジョンの深部で行方不明となった娘を探してもらいたいのだよ」
そう言い放ったフラメル伯爵は、穏やかではあるが鋭さを持つ鳶色の目で僕を見た。
……なに言ってるんだ、この人は?
と、脳が理解を拒絶する。
伯爵が僕に突き付けたのはあまりに突飛な依頼であった。
「あの、フラメル伯……失礼ですが、本気で僕に言ってますか?」
「もちろんだとも。そうでなければ、このような場所にわざわざ来たりはしないだろう?」
「状況を整理させてください。そもそもの話なんですが、キティがダンジョンで行方不明ってどういうことですか? 確か、学園卒業後は別の男に嫁がせるとか、そんなようなこと言ってませんでした?」
伯爵はちらりとセバスさんを見やった。
大柄な老人は首を振る。
話さなければ先に進まない……そんな空気が場に満ちる。
「そうだな、確かにその通り。このままでは理解不能だろう。しかし、これから話すことはどうか他言無用で頼むよ。何せ、決して一家としての体裁を保てる話ではないからね」
そう言った伯爵の鳶色の目には、どこか諦めと疲れの色が滲んでいるようだった。彼はマルテが用意した安物の紅茶をずずっとすすり、事の真相を話しだす。
――自分より強い男しか夫と認めない。
それは秀才の錬金術師、キティ・フラメルが結婚相手に求める最低限の条件だった。
娘が彼の亡き妻に似て、一度言い出したことを決して曲げない性格なことを熟知していたフラメル伯は、仕方なくこんな条件を出したという。
※急募 キメモンバトルの腕の立つ貴族。領地の有無や家柄の貴賤は問わず。
錬金術という学問は、基本的には貴族が教養として子に学ばせる技術である。
近年は力を付けた大商人が貴族との政略結婚を狙うため娘を魔導学園に通わせるケースも増えてはいるが、基本的には錬金術師とは=貴族の子女だった。
そこで伯爵はもう家柄は無視して、とにかく強い錬金術師を各地から募ることにしたらしい。
当然、名門フラメル家の令嬢との婚姻チャンスとあって、募集人数はすさまじかった。中には爵位を持たない商人の男子もこっそりと紛れ込んでいたようだったが、伯爵はそれに目をつぶった。この際、このじゃじゃ馬を引き取ってくれる者ならば誰でもいいと考えたそうだ。
ところが、だ。
あろうことかキティは全国各地の強豪錬金術師たちを、ことごとくコテンパンにしてしまったという。
結果、彼女はこのような思考に至った――この世に自分に相応しい男は存在しないのだ、と。
そのせいか、彼女はこんな書き置きを残し前触れもなく家を発ったという。
「自分の限界を試す旅に出ます。どうか探さないでください」と。
「こうして、我が不肖の娘キティ・フラメルは、このエイネストの隣にあるビィラックという街で冒険者なんぞになってしまったのだ。……なんぞ、と言うのは君に対して失礼だが、少なくとも貴族の娘がなる職業でないことぐらいは君にも理解できるだろう?」
どう言っていいか、わからない僕は「そ、ソウデスネ……」と適当に相槌を打った。
確かに、あまりにめちゃくちゃな話だ。
昔から相当なお転婆娘なことは知っていたが、それに磨きがかかったとしか言いようがない事態である。
「各地に捜索願いを出し、娘の居場所をようやく突き止めたのが今から10日前。しかし、その時にはご覧の通り娘は遭難してしまっていたのだ」
「それはその……お気の毒ですね」
「そう思うだろう? だからこそ、君に助けてほしいのだ」
伯爵は再度、依頼してきた。
たが、まるで意味がわからない。
何しろキティはエイネストではなく、隣町ビィラックで遭難したのだ。
であれば、ここにいる僕なんかじゃなく、地元の冒険者たちに依頼を出せばいいのではなかろうか?
そのことを聞くと、伯爵は首を振った。
なんでも地元の冒険者たちは、そのダンジョンの深層には「死」そのものが棲み付いているという迷信に駆られており、多額の報酬をちらつかせても「命あっての物種でさぁ」と、あえなく断られてしまったらしい。
そこでフラメル伯はこのエイネストに来て、冒険者ギルドのマスターに「この街で最も勇敢な冒険者た誰か?」と聞いた。
彼の答えはこうだった。
「勇敢かどうかはわからない。だが、この街のダンジョンの最も深いところから帰還した冒険者であれば1人宛てがある」と。
そうして名指しされたのが、この僕だったというわけだ。
「そんなわけだからクリフ君、どうか力を貸してほしい」
「急に言われても困りますよっ!」
「報酬だったら惜しまない。娘を助けてくれたなら、これだけの額を払おうじゃないか」
伯爵がさらさらと紙に書いた金額を見て、思わず僕は「ウッ」と息を飲んだ。そこに書かれた金額は、この屋敷の中に本格的な工房を作ってなお、お釣りが来るようなものだったのだ。
……正直、以前の迂闊な僕だったなら尻尾を振って飛び付いていたかもしれない。
だが最深層から戻った今の僕は、そこがどんなに危険なところかを身を持って思い知らされていた。
「……残念ですが、お受けできません。僕はもう〝冒険〟はやめたんです」
「元許嫁を見捨てるのかね?」
僕は答えない。
代わりにフラメル伯爵に深々頭を下げていた。
「頭を上げたまえ、クリフ君」
やがて頭上から声がかかる。
僕は後ろめたい思いを残したまま伯爵の言われた通りにした。
「フム、その目……迷っているね。今、君の顔を見て確信したよ」
「そんなことは……」
「いいや、私にはわかるのだよ。義理人情に篤い男というのは、早々に人を見捨てぬものだ」
フラメル伯は杖を突き、立ち上がると鳶色の目で僕を見据えた。
「明日、また訪問するとしよう。その時、改めて答えを聞きたい」
言うと、伯爵はセバスさんを引き連れ屋敷を早々に後にした。




