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第36話:伯爵来訪

 その日カリオス邸の門を叩いたのは、ぱつぱつの執事服を纏う、ある屈強な老人だった。


 対応したのは、もちろんマルテ。


 猛禽類のように鋭い眼光でギロリとばあやを見下ろした老人は開口一番にこう言ったという。


「クリフ坊ちゃんはいらっしゃいますか?」


 ばあやの慌てた声に呼ばれ、すぐさま門に向かう僕。そこで同じくその老人を見上げる僕も見上げることになったのだった。


「あ、あなたは……セバスさん!?」


「ご無沙汰しております、坊ちゃん」


「な、なんでセバスさんがここにいるの!?」


わたくしは執事にございます。執事が門を叩く理由など、無論、1つしかないでしょう」


 すると館に停められていた、この街には似つかないほど豪華な馬車から、1人の男が杖を突き優雅な仕草で降りて来る。


「やあクリフ君、久しぶり。随分大きくなったねえ」


「ふ、フラメル伯!?」


「便りも使いもやらず、急に訪問して済まないが……とりあえず、上げてもらえるだろうか?」


 一も二もなく頷いた僕は急いで扉を開け放つと、状況がうまく飲み込めず目をぱちぱちとさせているマルテに、この家に今ある中で最も高価なお茶とお菓子を用意するよう言いつけた。


 さて、そんなわけで……フラメル伯を応接間に招いた僕は、彼の姿をまじまじと、食い入るように見つめていた。


 年は30の半ばぐらい。


 いかにも上流貴族らしい白いタキシードの上に錬金術師アルケミストの名家であるフラメル家の紋章をあしらったマントを着ているこの紳士ニコール・フラメル氏。その後ろには大柄な老執事セバスチャンがまるで物言わぬ彫像のように厳しい顔で控えていた。


「そう硬くならないでくれたまえ……と言いたいところだが、流石に無茶なお願いか。私が逆の立場でもこの状況ならそうなるだろうからね」


 痩躯の紳士はほがらかに笑う。


 ちなみに彼の前のテーブルには、僕の言い付け通り、マルテがこの家で最上のお茶と菓子を出していたけれど、それは目の前の紳士に出すには余りに粗末なものだった。


 いや、だって……仕方ない。


 そりゃ来客ぐらいはあると思って茶菓子一式は揃えていたけど、まさかここまでの大物が来訪するとは思わない。


 と、ここで……まるで僕の影から湧き出たように、独特の雰囲気を纏う3人の美少女たちがすすすっと僕の前へと躍り出る。


「ますた、あのおじちゃん、だあれ?」


「こらっ!」


「ククク……我が王よ、我も気になるぞ!」


「あなたたち、少しはわきまえなさい。とはいえ、一体どなたでしょう? 見たところ相当身分の高いお客様のように見えますが?」


 そう言い出したのは3人のしもべ。

 セラ、アンブラ、そしてルミナである。


 無礼な態度を取られたフラメル伯が腹を立てないかビクビクしながら見守っていると、しかし伯爵は目を細め、面白そうにセラたちを見た。


「その子たちは君の仲間かい?」


「は、はい、一応! こんなナリですが実力はかなりある方でして、冒険者登録もしております!」


 僕がしゃちこばってそう答えると、伯爵はフムと頷いた。


「申し遅れて済まない君たち。私はニコール・フラメルと言って、彼クリフ・カリオスとは家ぐるみで古くからの仲だ。ちにみにだが、私の娘と彼はいわゆる〝許嫁いいなづけ〟の関係にある」


 瞬間、僕は「げふっ!?」とえづいた。

 ルミナがなんの前触れもなく僕の胸元をぎりぎりと締め上げてきたからだ。


「……どういうことか、ご説明くださいマスター。場合によっては手が出ます」


「も、もう出てるっ! 出てるよ、手っ! ご、誤解だから放してくれってっ!」


 ルミナの魔手からようやく逃れた僕はその場に膝を突き、げほげほとむせた。「ますた、ヒールする? ヒールする?」と無邪気なセラが聞いてくる。


「マスター、それでどういうことですか? 今の話が誤解というのは?」


「許嫁じゃなく〝元〟許嫁! 僕の方からフラれたの!」


 僕が釈明を求めるように伯爵の顔を見つめると、中年紳士はハハハと笑い、すまなかった、と肩をすくめてみせる。


「その説は本当に迷惑をかけたねえ。まさか娘があそこまで頑なに強い男を求めるとは思わなかったんだ」


「公の場でボコられましたからね。〝わたしの夫になりたいのならわたしより強くなりなさい〟とか言って」


 僕の脳裏に浮かんできたのは、あの日の家族の顔合わせ……言ってしまえば、お見合いの時だ。


 彼の娘、キティ・フラメルはなんと唐突にこの僕にキメモンバトルを挑んで来たのだ。


 当然といえば当然であるが、秀才キティの化合獣キメラの前に僕のスライム軍団たちはなすすべもなくぼこぼこにやられた。


 結果、縁談は破談となり、僕の家は顔に泥を塗られる結果となった。ちなみに、この時の両親の失望が、結果的に僕が勘当に近い形で家を追われることになった原因の1つではないかと考えている。


「実は今回の話はね、まさにこの娘に関わることなんだ」


「ま、まさか、復縁しようとか!?」


「ハハハ、まあそれも悪くはないけど、残念ながら外れだよ。もし、それが今回の目的ならば、私は君の下ではなく君のご両親の下を訪ねていただろうね」


 確かに、それはそうである。

 基本的に家族の縁談というのは、当人同士の意思よりも親同士の意思が優先される。


 では伯爵の目的はなんだろう?

 いぶかしむ僕の眼前に彼はある紙を差し出してくる。





『緊急クエスト! キティ・フラメル捜索依頼!』




「こ、これは……?」


「冒険者クリフ・カリオス君。私の今日の目的は貴族としてのものではない。君には、ダンジョンの深部で行方不明となった娘を探してもらいたいのだよ」

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