第六話 疎外感と、責任感。
《玲一編》
陽が昇り、夜に終わりを告げ一日が始まる。そして陽が沈み、静寂と闇の時間が訪れ、人は眠りにつく。そんな、人が太陽と共に生活することが当たり前だった時代から離れ、現代。
街は眠ることなく煌々と闇を照らし、昼夜問わず人が溢れていた。そんな都心より三十分から一時間ほど電車に揺られると、先ほどまでの喧騒が嘘かのように静かな風景が眼前に広がる。
都市開発により主要沿線の駅周辺には大型商業施設が立ち並ぶも、駅から少し離れると緑が現れ、ざわつく都心部とは対照的に穏やかな空気が流れている。
駅から徒歩で二十分ほど離れた、昔ながらの商店街の一番端に位置するスーパーまるい。店先に青果が並び、中規模の店内には精肉、鮮魚、日配品、冷凍食品から日用消耗品が立ち並ぶ。どこか懐かしい雰囲気が漂うその店は、店主の人柄もあって長年地域に根付いていた。
「玲ちゃん、本当に今日で終わりかぁ~・・・。寂しくなるねぇ。」
店長の丸井英彰は5kgの米袋を商品棚に補充しながら、そのすぐ側で同じように缶ビールの補充をしていた玲一にしみじみと話しかけた。
「丸井のおっちゃん、確かにバイトは今日までだけどさ・・・。今生の別れって訳じゃないんだから。」
玲一は困ったように笑い、店長に返す。
「そりゃそうだよ!だけどさ、もうウチに来て何年か?お前、高校生だったもんなぁ、最初。・・・最近はシフト減っても、ずっと何年も週に何回かは顔を合わせてたんだぜ。それが、明日からはもうウチに通うことがなくなるんだ。寂しくて当たり前だろ!」
店長は腰に手をやり背中を伸ばしつつ、天井を見やる。
「それにな、玲ちゃん。表じゃ店長って呼べっつってんだろ!お前、本当に社員でやっていけんのか?・・・髪の毛キンキンだった子ザルがバイトの面接来たときはビビったもんなー。それが今や大手企業の子会社で正社員か・・・。心配だけどよ、やっぱさ、嬉しいねぇ。・・・・・・なぁ、玲ちゃん、本当に騙されてないよな?」
「店長、子ザルは止めてよ。確かにオレは不良だったし、馬鹿だし、高卒だけどさ。大丈夫だって!もう、家族に迷惑はかけらんないし。・・・かけたくないし。ううん、かけない。
ね、店長。オレさ、バカやって家族に迷惑かけてさ、頑張ろうって時に店長に拾ってもらって。最初、レジもちゃんと打てなくって、魚の見分けもつかなくって。なのに総菜とかパンとか。食べ物分けてもらって、本当にすっごく助けてもらって、・・・本当に。」
玲一は話しながら当時を思い返し、時に厳しく、時に優しく。長年息子のように可愛がってくれ、家族を養う手助けもしてくれた店長への恩義に胸が締め付けられ、自然と目頭が熱くなり、言葉に詰まった。当たり前のように続いてきた日常が、その積み重ねが今日終わりを告げる。
様々な種類のバイトを経験してきたが、そのほとんどが短期のもので、長期で勤めたのはここだけだった。初めてのバイト先で、ずっと通い続けたこの場所に、明日から通うことはなくなる。もちろん、客として店長や奥さんに会いに来るつもりではいたが、もう、今日のこの勤務が終了すれば、今までのような時間を過ごすことはなくなるのだ。
店長は俯いたまま動かなくなった玲一に近寄り、その頭をぽんぽん、と優しく撫でた。
「・・・だから、今生の別れじゃねーって。玲ちゃんは、長男なのに本当に泣き虫だなぁ。まーた、つぐ君にため息つかれるぞ?お兄ちゃんがそれじゃ。
大丈夫だって、お前が頑張り屋だってことは、このおれが一番良く知っている。・・・大丈夫。しんどくなったら、・・・いや。しんどくなくても、元気でも元気じゃなくても、おれと美沙希に会いに来いよ。絶対だぞ!」
泣くのをこらえて、何とも言えない歪んだ表情の玲一が見上げると、店長は大きく歯を覗かせてニカッと笑った。
「ずるい~~~・・・!!まだ時間あんのに、これじゃまともに仕事できないじゃんかぁ・・・。店長のバカ!」
店長の優しい言葉に、堪えきれず玲一はぼたぼたと涙を落とす。あらあら、とレジに立っていた丸井美沙希が駆け寄り、柔らかなコットンのハンカチをその頬にあて涙を拭った。
「もう、あんた。玲ちゃんを泣かすの速すぎるでしょうが!私だって感動のお別れしたかったのに!」
店長の妻である美沙希は、ふっくらとした頬をさらに膨らませ不服を申し立てる。妻に頭の上がらない店長は視線を逸らし、誤魔化すように口笛を吹き、ポリポリと頭を掻いた。
「・・・あの、そこの馬鹿兄貴、最終日まで何かご迷惑をおかけしましたか?」
営業中に関わらず、業務そっちのけで泣いた玲一を囲む丸井夫妻に、通路から声をかける一人の青年。玲一はその姿に動揺し、感動モードから一転混乱モードに突入する。
「って、なんで継次がここにいるんだよ!?」
「おう、つぐ君!丁度いいくらいに着いたなぁ。おっ、実菜ちゃんと詩織ちゃんも来てくれたのか~!美人さんに会えて、おじさんは嬉しいよ。そんじゃ、ちょっと荷物取ってくるから、ここで待っててくれな!美沙希、何か飲みもんでも出してやってくれ。」
「あら、本当!継次君もカッコよくなったわね~。実菜ちゃんと詩織ちゃんは本当綺麗になったわね~。おばさんも何だか嬉しくなっちゃう!」
丸井夫妻と弟妹の和気あいあいとしたやり取りが始まり、玲一は一人でぽかんと取り残されていた。ふと、零れ落ちた涙も乾いたその表情を見やり、二人の妹が玲一に話しかけた。
「れーちゃん、丸井さん大好きだからって、仕事中に泣いちゃうのは社会人としてどうかって思うの。」
「ホント。だから、つぐ君のがお兄ちゃんに間違えられるんだよねぇ~。」
一卵性双生児の実菜と詩織が、ステレオで的確にぐさりと玲一の胸を刺してくる。美沙希が渡したジュースを三人が飲んでいると、店長が奥から両手いっぱいに袋を下げて出てきた。
「玲ちゃんのお別れ会はまた後日、ちゃんとやるとしてだな。今日は長年ウチに勤めてくれたお礼と、木村家の育ち盛りの子ども達に、おれと美沙希からプレゼントってことで。たくさん持っていきな!」
スーパーで取り扱う一番大きなレジ袋には、きゅうりやトマトや茄子の旬野菜から、鮮魚と精肉のパック、卵に米袋、大量のお菓子がいっぱいに詰められていた。店長は、お菓子の入った比較的軽めの袋を実菜と詩織に渡し、野菜や魚と肉で重量のある袋を継次に渡すと、最後に米5kgが入った袋を玲一に手渡した。
「ちょ・・・!店長、払う、払うよ・・・。」
「だー!!やかましい!プレゼントって言ってんだろ!玲一。こういう時は、なんていうんだ?」
「・・・・・・ありがとう、ございます。」
数分前の賑やかさが嘘のように、スーパーまるいの店内には柱時計の秒針の音が響いていた。シフトの時間が終わっていないと渋る玲一の背中を押し、木村兄妹を送り出してから丸井夫妻は静かな店内で感慨に耽っていた。
「あんた、若いとはいえ・・・あんな重たい荷物持たせちゃって。やっぱり、タクシー使わせるか車で送ってあげれば良かったんじゃないの?」
美沙希は相当な大きさに膨らんだレジ袋を手に持ち、帰路に着いた木村兄妹の姿を思い返し気の毒そうに英彰に話しかけた。
「いや、どっちもつぐ君に断られたんだよ。ただでさえ不肖の兄が沢山お世話になって、食料まで戴けるとあれば、流石にそこまでの迷惑はかけられません。って。正直、玲ちゃんに荷物ぜんぶ持たせてタクシーに押し込むか、ウチの軽トラで送ってやりゃ速いだけの話だったんだよ。
でもさ・・・今の玲ちゃんは、一人にしちゃいけない気がしてなぁ。そんで、つぐ君に迎えに来てもらうようにお願いしたんだよ。」
英彰はレジ周りの清掃を始めた美沙希にそう話しながら、自身は店頭の商品の賞味期限チェックをしていた。商品に印字されたその文字を眼で追うも、頭の中は別の事がいっぱいで全く集中できずにいた。
「そうね。テレビでもよく見る、あんな大手企業に玲ちゃんが正社員登用だなんて。・・・嬉しい反面、本当に大丈夫かしらって。心配になっちゃうわ。お名刺も貰ったけど、なんだかあの子の笑顔に迷いが感じられちゃって。って、母親ぶったら本当のお母さんに失礼ね。」
英彰はエプロンのポケットに入れた名刺入れから、数日前に玲一から受け取った名刺を取り出し眺める。“株式会社大和ガーデンホーム 第二研究室 室長補佐 木村玲一”そう書かれた名刺には、テレビや雑誌、街中でも目にする日本有数の大企業、大和グループのロゴが記載されている。
「バイオテクノロジーを駆使して近未来的な農業を研究する仕事の雑用って、どこで覚えこまされたかわかんねぇ説明していたっけな・・・。玲一、あいつもう二十代も半ばになったってのに、本当いつまでも心配させやがるなぁ!・・・お前の居場所は、いつだってここに用意してやる。頼むから、ちゃんと頼れよな・・・バカ息子。」
名刺を額に当て、人目につかない商品棚に隠れ、小さな声で吐き捨てた英彰の足元に、小さな雫が零れた。
木村家は母の優里を筆頭に、玲一、継次、実菜、詩織、大悟、睦月、奈々穂のよそ男三女の子どもで形成する八人家族である。
地元では良家と呼ばれる家柄に産まれた優里は、高校生の時に当時社会人であった高岡誠人と恋に落ちた。両親からは、高岡が施設育ちで高卒であることを理由に交際を反対され、揉めた末に二人は駆け落ちし、遠く離れたこの土地で家庭を築き上げた。
玲一が高校に進学するその時まで、決して裕福とは言えない慎ましい生活の中でも家族は幸せに暮らしていた。・・・筈だった。
「・・・っ!!」
びくっと全身が跳ね上がり、乱れた呼吸を整えるうちに、あまりにも生々しい悪夢から現実に引き戻された事に気が付き安堵する。薄っすらと額ににじみ出る冷や汗を手の甲で拭い、真新しい天井をぼんやり見つめ、この部屋に住み着いてもう一ヵ月が経とうとしている事実を玲一は重たく感じていた。
大和はもちろん、虎路も日々何かしらの業務を行っており、一緒に採用された剣にしても、あちら側に無くてはならない存在として迎えられた。また、それに応えるべく努力精進も怠らず、事実必要とされ信頼されている。対し、剣の傍にいたことで機密事項を知ってしまった、ただそれだけで自分はここに存在していた。
「本当に、ただのオマケだよなぁ・・・。」
難しい事を考えるのは、苦手だった。だから大和と虎路が小難しい事を説明してきても、正直よくわかっていない。いや、知ることを放棄しているのかもしれない。理解できることは、一つ。自分が、ここではお荷物だという事。
“命の危険を伴う”。大和の言葉は決して過剰でも冗談でもない。かたっ苦しい文章が大嫌いな自分ですら、さすがに契約書類は読み込んだ。もしもの場合の死亡保障。大和に雇ってもらえる限り、家族に迷惑をかける事もない。むしろ、今まで諸々我慢させてきた弟妹に贅沢だってさせられるし、なんなら進路も自由に選ばせてあげられる。
それは、自分の生死を問わない。もしもの場合も、遺族に対し手厚い保障があることは確認してある。だが、自分自身の存在は、『守護者計画』に迷惑をかけているのではないか?現状、ただの給料泥棒ではないのだろうか。
玲一は家族を守らなければならないと言う責任感から、自分に厳しく生きてきた。だからこそ現状における自身の力不足に苛立ちを覚え、かといって何をどうと解消しようのない状態に焦りを感じていた。
「・・・オレ、本当にここに必要なのかなぁ。」
誰に答えを求める訳でもない問いかけは、虚しく空に消えていった。
大和と剣が、アルファと名乗る『半獣落ち』を打倒してからその後、新しい動きは何も起こっていなかった。『門番』を察知することもなく、剣と玲一について出された指示は“待機”。剣はいつもの通りフロア内のトレーニングルームで身体を鍛えたり、パトロールついでとランニングに出かけていた。
二人は『守護者計画』のメンバーとして、基地本部のあるこの高層ビルに住み込んでいるが、その家族や友人知人に「地球を侵略者の魔の手から守るため、正義のヒーローとして正社員で就職しました☆」などという説明は無理があるだろうと、大和が表向きの役職を用意した。それが、“株式会社大和ガーデンホーム 第二研究室”である。社員研修との名目で、その仮の姿について説明会が行われていた。渡された名刺を受け取った玲一は一言。
「どこのホームセンターっすか。」
「だよねぇ。しかし、色々社名を考えてはみたのだけど、難しくすると逆に怪しさが増しちゃうんだよ。だから、『華園』と『地球』にかけてみました。単純で親しみやすくていいでしょ?で、プロテクター製作を行った諸々の研究チームを、第一研究室としてそのまま利用することにしたので、我々は第二研究室と名目付けしてみてる。」
“大和ガーデンホーム”は、大和グループの子会社として実際に株式会社として立ち上げたと、淡々と大和は説明する。しかも自らのポケットマネーから資本金は支出していると、簡単に話す姿に玲一はもはや突っ込む気力も失せていた。
戦後、国内の食料をほぼ輸入品に頼ることとなった現状を案じ、自給率を上げるために新しい農耕の形を提案する、“大和ガーデンホーム”。
農耕を辛く大変なものと捉えるのでなく、また、国の定めた農薬の使用を無くし、人体にも自然環境にも優しく、かつ手軽にベランダや室内でも青果の栽培が可能となる環境技術の開発を行う。コンセプトは“菜園を、あなたの部屋に。”
核家族が主流となり、一人世帯も増えた現代社会において、省スペースで場所を選ばず、手軽に野菜や果物を育てる技術を研究すると言う名目で設立されており、やるからには、と大和は大真面目に研究室室長としてその業務もこなしていた。
室長補佐という名目を与えられた玲一の仕事はというと、実際に育った作物の味見や雑用、部屋で実際にその技術を使用して、青果の栽培が可能かの実験を手伝っている。頭を使う部門は大和と虎路が専任しているため、玲一は表向きでも裏向きでも、正直やる事が無い状態だった。忙しくしている皆と対照的に、出来る事もなく、ただ時間を過ごすだけの自分にモヤモヤするも、その胸の内を誰にも打ち明けることも出来ず数日が過ぎた。
夕方、たまには剣のように特訓しておこうかとトレーニングルームに向かう途中、元々持っていた携帯電話に着信が入った。画面を確認すると、末の妹、奈々穂からの電話だった。
「もしもし、奈々穂?どうしたん、電話なんて珍しい。」
「玲兄ちゃん、電話出るの速くない?お仕事ちゃんとしてるの?」
電話をかけて来たのはお前じゃねーか、と心の中でツッコミ、表情を強張らせるも、的を得た奈々穂の言葉をかき消そうと玲一はスルーすることに決めた。
「うっせぇ。お前こそ、こんな時間に何の用だよ。奈々穂の電話だから、大した用事じゃないよな?」
家族に何かあっての火急の用であれば、上の弟妹から連絡が来るはずだ。絶賛生意気盛り、今年十歳になるこの妹から来る電話には、そう重い空気はないだろうと玲一は軽く対応する。
「もーぅ、玲兄、そういうとこ、ほんっとモテないからね!!レディに向かって信じられないっ。」
目の前にいたらデコピンかましてやりたい、その衝動を抑えつつ脱線しないように話を聴くと、友達の誕生日プレゼントを買いに遠出したところ、想定よりプレゼント代がかかってしまった為に帰りの電車賃が足りなくなり、困っているので迎えに来て欲しいということだった。
「お前・・・オレの事本当にお兄ちゃんって思ってる?アッシーとか思ってない?何で母さんとか継次じゃなくてオレなんだよ。」
「えー、だってお母さんも継兄ちゃんも忙しそうじゃん。」
これ以上は自分の精神力が保たないと判断した玲一は、通話を切りエレベーターへ向かう。駅へ向かいながら虎路に出かける旨を連絡し、電車に乗り込んだ。タイムリーに黄色のカラーリングがなされた電車に揺られながら、件の黄色事件で剣からイエローヒーローの素晴らしさを切々と説かれた流れを思い出していた。
(剣くん・・・そういう事じゃないんだよ。イエローヒーローを馬鹿にしたかったんじゃなくって。なんだろう、この居心地の悪さと言うか、この気持ち、なんて表現したらいいんだろう。)
傾き沈みかけた夕陽を窓の外に眺めつつ、玲一は静かに瞼を閉じた。




