閑話その② 説明会
ネズミの『半獣落ち』アルファとの戦いから一日が経ち、その昼過ぎ。剣と玲一は虎路からの呼び出しでマスタールームに集合していた。
「昨日の今日で呼びだててしまい、申し訳ございません。鹿蔵様、体調はいかがでしょうか。本日は“守護者の盾”の機能と使用方法について、私から説明させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」
虎路は室内窓際の、プロジェクターの投影する光の横で一礼する。
「はーい!お願いしますっ。」
「よろしくお願いします。」
向かいのテーブル席について、剣と玲一も一礼する。ふと辺りを見渡し、剣が尋ねる。
「大和さんはいないのですか?」
「大和は本業の予定が詰まっているため、お二方に先に説明するようにとのことでした。早速ですが、それぞれのプロテクターをお二方用に個別認識するよう、これから設定いたしますね。」
二人は左腕に装着しているプロテクターに目を落とした。一見、文字盤が大きめの大ぶりなメンズデザインの腕時計そのものに見えるそれは、言われなければお約束の変身アイテム的なものとは思えない仕様である。そのさり気ないお洒落デザインに玲一はホッとし、剣は少々気を落とした。
「まず、お二方の指紋と声紋の認証データをこちらのマスターコンピューターに登録します。遠隔で認証データを飛ばし、装着者以外の人間に操作が出来ないように各プロテクターにロックをかけます。簡単に概要をまとめた資料を映しますので、こちらをご覧ください。」
室内の壁面にプロジェクターの映像が映し出され、二人は大人しくその資料を眺めていた。真剣な面持ちで確認する剣と対象に、本を開けば五秒で眠れる玲一は、文字通り映像を眺めていた。
虎路に指示され目を通した資料によると、プロテクターの機能は“共用通信”、“位置確認”、“防壁強化”、“錯覚変装”、“武器転送”等々。情報量の多さに、さすがの玲一のツッコミも追いつかない。
「ハイ、通信はわかるよ。腕時計型の携帯電話ってことね。位置確認はGPS機能みたいなの?取り外し不可のこの機械でそれはちょっと問題あるんじゃないかな~プライバシー的な・・・。で、プロテクターって名前だから防壁強化って役割はわかる。どういうことかわかる。・・・けど、錯覚変装と武器転送ってどういうこっちゃねーん!武器って、一体どういうの・・・。」
もはや投げやりに言い放つ玲一。対して剣はものすごく真剣な目を虎路に向ける。
「袴田さん、できれば俺たちにもわかるように解説して貰えるだろうか。」
「はい。まず、プロテクターの側面を反時計回りに回していただくと、外装が開きます。先ほど設定した声紋認証でロックが解除されますので、画面に向かって【ガーディナー・コネクト・オン】と声を発してください。」
一瞬、時間が静止したかのような室内の空気に、虎路はきょとんと小首を傾げる。そんな静寂を玲一の叫びが打ち破る。
「だあぁぁぁぁっ!!待って!!絶対その設定、必要ないっしょ?!大和さんの嫌がらせでしょ?!」
頭を抱える玲一と対照的に、大真面目に外装を開け言われた通りに画面に向かって解除コードを唱える剣。
「ガーディナー・コネクト・オン!・・・おぉ、すごい、動きました!!」
傍目にはわかりにくいが、嬉しそうにはしゃいでいる珍しい剣の姿に、更なる不服不満を申し立てたくて仕方がなかった玲一は静かに黙り、自身も大人しく画面に向かって呟いた。
解除コードを認識し、真っ黒だった画面が立ち上がる。小さな画面に地球の映像からズームアップ、画面が白くなったかと思えば、淡い薄紅色の花びらが舞う画面へ移行する。花びらの一つが波紋を作ったかと思えば、画面中央に立方体の画がくるくると回転する。
「起動したら、指で画面を撫でてください。基本的に指紋認証による接触操作と、声紋認証による命令操作で扱うことになります。先ほど木村様からご質問があったプライバシーについてですが、位置確認システムは各プロテクターのメニュー画面から、確認不可に設定することも可能です。
しかし兼ねてよりお伝えしている通り、我々は、いつ何時なにが起こるかわからない状況となります。ここに設置されているマスターコンピューターにて、それぞれのプロテクターの所在位置を確認、把握することが出来る他、『半獣落ち』や『門番』がこちらに現れた場合、可能な限りそのエネルギーを探知し即座に反応できるように設定してあります。」
「つまり、『門番』が現れれば位置確認の上、一番近い人に捕縛を指示したり、『半獣落ち』が現れればこちらより応戦や戦闘回避の指示を出したり、仲間が襲われるようなことがあれば直ぐに助けに向かうことが出来るかと考えます。ですので、連携を取りやすくする為にも、可能な限り位置確認システムは稼働させていただければ幸いです。」
以前目にした剣と土人形の戦いや、つい昨日の『半獣落ち』との戦闘の話を思い出し、冷静に考えて玲一は苦い顔になる。命の危険を伴う、大和のその言葉が脳裏に刻まれる。
「なるほど、起動方法はわかりました。袴田さん、この四角い箱が回転している画面から次はどうしたらいいんですか?」
隣で意気揚々と質問している剣を横目でじとりと見やり、玲一はさらに複雑な心境になった。
虎路の説明を要約すると、“共用通信”はマスターコンピューター、各プロテクター同士で会話が出来るというもの。通信回路を共用できるため、各々別の場所に居ても同時にやり取りが可能となる。勿論、別々に個々のプロテクターのみで通信することも可能である。
“位置確認”はマスターコンピューターおよび各プロテクターにてそれぞれの所在位置を確認可能となるもの。
「防壁強化って・・・具体的にどういう事ですか?変身して特殊スーツを身にまとって防御力を上げるような、従来の特撮ヒーローをイメージしていましたが。変身ではなく、錯覚変装とは・・・?」
「鹿蔵様の仰っている、いわゆるヒーロー像は大和と研究しました。しかし物質を変換する変身というのは、現状『地球』の技術力では実装が困難でしたので、方向性を変えました。変身によって防御力を上げるのではなく、純粋に身の回りに壁を作って外からの衝撃を和らげる機能と、屈折率を変換させ視覚の錯覚を起こす機能。実際に衣装を変換する変身ではなく、変身したように見せる機能です。百聞は一見に如かず、やってみましょう。」
二人の会話を他人事のように見守っていた玲一だが、はっ、と嫌な予感が眼前をかすめ、おそるおそる虎路に確認する。
「袴田さん・・・まさか、今回も声紋認証使っちゃう、アレですか?」
「木村様、よくおわかりになりましたね。防壁強化が【ガーディナー・プロテクト・オン】、錯覚変装が【ガーディナー・フォルム・チェンジ】です。」
がくっと肩を落とす玲一の横で、またも剣は生き生きした表情でチャレンジしている。
「ガーディナー・プロテクト・オン!・・・ん?これは・・・。」
見た目は何も変わらず、ただ戸惑いをみせる剣を心底不思議そうに観察する玲一。虎路は二人の様子を微笑んで見守っている。
「鹿蔵様、プロテクト前後の違いは感じられますか?」
「・・・身の回りの空気が、変わったように感じます。ちょうど、昨日の『半獣落ち』が現れた時に一変した空間。『結界』、と言っていました。あの空気感に近いような。」
「そうですね、こちらでどう表現するのが適切かわからないのですが・・・。プロテクターを媒体として、装着者の体を包むように、ごく僅かな周辺の次元数を『華園』に近しいものに変換しています。『地球』と『華園』は様々な相違点があるのですが、空間の濃度・・・密度の違いが一番大きいでしょうか。
この辺りの詳細はまだ解明されておらず、説明できるほどの情報がありません。簡単に言うと『地球』は“軽い”、『華園』は“重い”。重い攻撃を軽い防御で受けるとどうなるでしょうか?」
虎路の例えに、土人形・・・アンティ・ゴーレムと呼ばれた物体との戦いを反芻し、剣はその打撃の重さを思い返す。
「その場合、ダメージが倍増すると思います。つまり、重い攻撃に対し重い防御で相殺・・・このプロテクトの効果で、ある程度ダメージを軽減できるということですね。」
「正解です。ただし、『半獣落ち』の詳細は何もわかっていないのです。このプロテクターに出来る事はあくまで相手と同じ条件下で戦う、それだけです。それと、防御と併せて攻撃に関しても同等の効果を発揮するものと考えられます。
実際の戦闘でプロテクターの効果を確認できていないので、何とも言いきれないのが申し訳ないのですが・・・。因みに、大和や鹿蔵様のような『契約者』はその身に『門番』を宿しているので、『華園』寄りの感覚を持ち合わせています。ですからプロテクターがなくても『半獣落ち』と対峙できたのだと考えています。」
「それは、って。・・・・・・れ、玲一?お前、玲一か?」
剣と虎路の会話に興味を無くし、プロテクターを弄んでいた玲一は小さく変装コードを唱えていた。変換されたその姿が視界に入った剣は、虎路との真面目な会話が吹き飛んでしまい、目の前の玲一らしき全身黄色のタイツ状態の変質者に話しかけた。
「・・・うん、いや、そのね。話が難しくなってつまんなかったから、チェンジっての言ってみたんだよね。そしたらさ、これ。」
頭の先から足の先まで、全身タイツ。そして全身イエローカラー。その姿はヒーローと言うよりはド派手な敵側の下っ端である。具体的には、日曜の朝からよいこの皆さん向けに放送されているヒーロー番組の、変身後のスーツから様々な装飾を省き、質感露わな部分のみの露出を想像いただけるとありがたい。因みに頭部もヘルメット仕様ではなくボディと同じあの質感である。
ポーカーフェイスの虎路が、若干視線を泳がせつつ咳払いして一言。
「実はですね・・・。私も大和も・・・その、芸術性と言いますか。デザイン能力と言いますか。そういったセンスが皆無でして・・・。」
正義の味方をコンセプトにしたはいいものの、歴代の特撮モノを見てみても何をどうデザインするべきかわからない。そのまま使用してしまっては著作権に引っかかってしまう。かと言ってデザインを外注するにも、その他の技術面で制作予算を使い切ってしまった。
「・・・という状況から、大和がカラーリングしてればいいんじゃないかと。結果、こうなりました。・・・正直、鹿蔵様のような、本気でヒーロー性を求めてくる人はいないだろうと考えていましたので、実質必要性がないと判断し、その状態で開発がストップしてしまったのです。
因みに、周囲の空間濃度の変換や、光の屈折率を変化させることによって視覚の錯覚効果を引き出すため、ヒーロー的な外装に限らず、プログラミングさえ行えば他者の姿に成り代わったり、目くらましの意味で姿を消すことも可能となります。ですので、技術的に犯罪利用の可能性を考慮してこれ以上の研究は止めておこう、との大和の見解もあります。」
先ほどまでの、わかりにくいが確実に浮足立っていた剣から、無表情ながらしょぼんとした空気が放たれ、居た堪れない雰囲気に包まれた。そんな空気の中、申し訳なさそうに玲一がその静寂を破った。
「・・・うん。いや、ぶっちゃけ、“通信”、“位置確認”、“防壁強化”だけで充分だと思う。そして、こんな残念な変装機能はむしろ必要なかったとも思う、けれども。むしろ大和さんの趣味全開な罠システムの方が本気で要らなかったんじゃない?あの謎システムに幾らかけたんですかってツッコミたくて仕方ない。そして、なんでオレ、黄色?このカラーリングの犯人も大和さんだよね?オレ嫌われまくってない?結構ガチで凹むんだけど・・・。そして 袴田さん。これ、どうやったら解除できますか・・・・・・。」
その後、大和に最後に説明するように、と念押しされたために最後に説明することとなったが、音声認証だけでなく画面操作だけでロック解除やプロテクト起動が可能であることを虎路から聴き、玲一はイエロータイツの呪いから解放された。大和の虎路への指示から感じられる悪意に、あいつまだ拗ねてやがるのか・・・と疲弊しつつ。
それと別に、玲一がイエローのカラーリングに悪態をついたことに対し、剣が物申そうとしたのを無理やり話題転換した事は、尺の都合上省略させていただこう。
「そういえば、“武器転送”の機能って一体どういうことでしょうか?」
気を取り直した剣が、虎路に問いかける。一息つこうと準備した、淹れたての湯気が立つ珈琲を二人の前に差し出し、虎路は答える。
「このフロアに倉庫があるのですが、そちらに対『半獣落ち』戦用の武具を厳重に保管するよう準備しております。さすがに法律上、街中で武装することは出来ませんので。
ひと通りの説明で薄々勘付かれたかもしれませんが、こちらの“守護者の盾”はまだ開発途中でして・・・。機器そのものは完成しているのですが、プロテクト機能や先ほどの変装機能についても順次バージョンアップしていく予定です。
実際に『半獣落ち』が『地球』に姿を現した以上、衝突は避けられないものと判断し、プロテクト機能のみ取り急ぎ実装致しました。ですので、余裕ができれば、その・・・鹿蔵様が希望するヒーロー像の変装機能も実現出来るかもしれません。」
手元のコーヒーカップを揺らし、一口。丁寧に淹れられた珈琲を味わいつつ、剣は呟く。
「“正義の味方、募集します。”の求人を見てからガーディナーになって一週間ちょっと。あっという間に世界が一変し、本当に色々なことがありすぎました。正直、袴田さんと大和さんに確認したいこと、聴きたいことが山ほどあるのですが・・・自分自身が現状を整理できていません。ちゃんと整理して、疑問点を払拭したいとは考えているのですが・・・。」
剣が珈琲をブラックで飲んでいるのに対し、横の玲一はミルクと砂糖をたっぷり加え、スプーンでひと混ぜした甘いミルクコーヒーに口をつける。
当初、実直な剣が怪しい広告に騙されやしないかと、心配半分興味半分で付き合い、現状に至った玲一。『契約者』であり、現代社会において二十代と言う青年期に夢はヒーローになることと公言、そして信念を貫き通し、それに見合う身体能力や格闘センスを磨いていた剣。それに対し、ただただ、普通の人間である自分。
(オレ、本当にこのままでいいのかな・・・?)
玲一の胸中にじわりと染み出たその心情に、その時その場の誰も気付くことはなかった。




