第五話 開幕、そして賽は投げられた。
「鹿蔵様、木村様!『半獣落ち』が現れました!」
虎路が慌ててマスタールームから飛び出てき、その後ろに大和がコートを翻し現れた。
「発現ポイントは北、ヘリで向かう。カノちゃんは僕に付いて来て。トラとキムっちはここでお留守番ね。ヘリポートは屋上にあるから。直結のエレベーターで昇るよ、こっち。」
淡々と言い延べ、通路を颯爽と歩き出す大和。その前に玲一が飛び出る。
「ちょっ、待て!なんでオレは留守番なんだよ?!」
「顔の墨、早く洗わないと取れなくなるよ~。」
玲一は、ハッと両手で頬を押さえる。大和はその横を通りすぎ、振り返り虎路を呼ぶ。
「トラ、確か階下フロアの店にソープが売ってあったと思うから。キムっちをよろしくね。」
そう言うと、長い足でカツカツと通路を歩き去る。後を剣が追いかけ、納得はいかないまでも玲一は虎路に促され、マスタールームへ戻っていった。
通路の突き当たりの二つのエレベーター。右は一階裏口よりこのフロアまでの直通となっており、二人は左側のエレベーターに乗り込んだ。右と同じように、こちらは屋上までの直通となっていた。
剣は突然の敵の出現に、昂る気持ちを抑えていた。エレベーター内では瞳を瞑り、精神統一を図っていた。それを見た大和が、小さく聞こえないような声で呟いた。
「大丈夫。僕らだけなら、負ける事は無い。」
エレベーターが屋上で止まり、扉が開くと、強い風が吹き込んできた。反射的に腕で顔を隠し、目を細めてその先を見ると、一台のヘリがエンジンを稼働し二人を待っていた。
「さぁ、初陣だ!」
風に大和の束ねた黒髪が、ばさりとなびく。白いロングコートも音を立て、風にのっている。颯爽と歩みを進める、その映画のワンシーンのような光景を目の当たりにして、剣は思った。
(正義の味方と言うより・・・マフィアのボスみたいだな・・・。)
二人が乗り込んだヘリは、音を立てて空へ飛び上がった。目指すは、北へ。
一方、マスタールームに戻った玲一は、虎路の用意した洗顔料、石鹸類を使い、顔の墨を念入りに落としていた。何度か繰り返し洗う内に、元通りの顔が鏡に現れた。
「やっと落ちたー!!つーか・・・なんで墨なの。子どものいたずらか。」
タオルで顔を拭いながら、玲一は不機嫌な表情で虎路に尋ねた。
「その、罠はすべて大和が考えたものですので・・・私にも意味はよくわかりません。」
「・・・はぁ。あの人、アホなのか怖いのかなんなのか。わっかんねーわ。」
ため息をひとつ、中央のテーブルに腰掛ける玲一に、虎路は真面目な顔で答えた。
「私の勘違いかもしれません。ですが、木村様が“総司令”と呼んだことに対して、大和はあまりいい態度をとっていませんでした。」
玲一は虎路の言葉に首をかしげる。
「はぁぁぁあ?何でもいーっつったの、あの人じゃん!」
「ですが・・・おそらくこの悪戯は最初はやるつもりがなかったはずです。鹿蔵様の態度を見ても思ったのですが、お二方は大和に距離を持っていませんか?それを大和は気にしているのだと思います。」
「いや、距離持つでしょ!だって超がつく金持ちじゃん。それに上司だし?まぁ・・・剣くんは違う意味でそうなんだろうけど。上の人とフレンドリーに接してる姿見たことないし、ってゆーか。フレンドリーな剣くん・・・見たことあるかな?」
以前、一緒になったバイト先のことを思い出すように、玲一は目を閉じて顔を上げる。ふと目を開き、虎路の方を見る。
「袴田さん、その言い分だと・・・大和さん、すげーガキみたいってことになるんじゃないっすか?」
「はい。ですが、おそらくは・・・お二方の態度に疎外感を感じて、拗ねているのだと思います。」
両手で顔を覆い、うなだれる玲一。
「なにそれ・・・つーか、剣くんがそれ知らずに二人っきりってヤバくない?空気読めないよ、あの人。大和さんの不機嫌マックスで仲間割れしちゃったりとか、シャレなんなくない?」
「それは・・・。」
あ、と一言、虎路の動きが止まる。
「あ、って。今気づいたんすか?」
「はい。もっと洒落で済まされないことを思い出しました。・・・プロテクターの使用方法を説明していません。」
「へ?でもそれって大和さんが・・・。」
「大和は、罠を考えただけで、基礎プログラミングと設計は、ほとんど私と大和グループ傘下の特別研究室で行いましたので。・・・詳しい使用方法は私しか知りません。」
しばし、無言で見つめあう二人。玲一の脳みそが先に可動したらしく、テーブルから立ち上がり、ドアへ走り出した。
「どーにかして追っかけないと!やだよ、あんなんが今生の別れだとかー!」
「はい!大和の権限でヘリをもう一台動かしましょう。」
さらりと言ってのけ、冷静に連絡を取る虎路の背中を見て、玲一が一言もらす。
「・・・何気に袴田さん最強なんじゃ。」
『半獣落ち』出現ポイントへ移動した大和と剣は、山中の開けた場所に止まったヘリから降り立った。ほんの数日前、あの幻とも現とも判断できない出来事が起こった場所に良く似ている。剣は多少自信のあった己の腕っ節が、まったく歯が立たなかったことを思い出していた。
険しい表情の剣の傍らで、大和は深く息を吸い、ゆっくりと吐きだした。
「うん。近くに感じる・・・。さてさて、ネズミ退治と参りましょうか。」
周囲を見回した後、躊躇いもなく大和が草むらへ足を進める。ネズミ?と首をかしげ、一歩遅れて剣がそれに続く。
「大和さん、敵の場所がわかるんですか?」
剣の言葉に大和は立ち止まり、振り返る。
「『契約者』なら、『華園』を感じることができるはずだよ。あのネズミは何かしらの『門番』の力を利用していたし・・・。」
言葉の途中、うーんと考え出す大和。
「・・・と、言うことは。あちらの手に落ちた『門番』の存在が考えられる訳か。『地球』に出入り出来ている時点でその可能性が高いな。」
一人で納得して、再び歩き始める大和に剣があわてて話しかける。
「ちょっと待って下さい!『契約者』なら『華園』をって、つまり、大和さんは『契約者』ってことですか?」
質問しながら自らの質問に悩み、不可解に表情を作る剣。
「あれ?・・・話してなかったっけ。」
振り返り、大和が話しかけたその時。その背後から生温い空気と共に、息苦しい重圧感が押し寄せてきた。辺りの空気が一変したことに気が付き、二人は気配の先を見据えた。
「これは?」
「どうやら、敵さんの『結界』に取り込まれちゃったみたいだね。」
身構える剣と対照に、大和は動じることなく状況を観察していた。景色は先ほどまでと変わらぬまま、肌で感じる空気だけがまったくの別物に変わっていた。
「『結界』とはどういうことですか?」
「簡単に言うと・・・。」
「ちょっと待つダネ!!」
大和が剣の質問に答えようとすると、それを制止する別の声があがった。二人は声の方向に視線を向けた。
「この『地球』の住人め・・・。この私が開発したシステムを“簡単に”とはどういう了見ダネ!大体、一見しただけで何がわかると言うのダネ!」
木々の間の空間が歪み、その中から大和が以前、合間見えた人型ネズミが現れた。
「やぁ、ネズチュウ。元気?」
見たことも無い、頭部と四肢が生々しい鼠の姿をした、着ぐるみのような相手に慎重に構える剣と、またも対照的に、大和はにっこり笑顔で手をひらひらと振って返した。言動の軽さと、その言葉に相手はムキになり、手足を振り回し地団駄を踏んだ。
「ムーキーッ!誰がネズチュウかっ!お前、いい加減失礼が過ぎるダネ!!私はアルファ、この『地球』を支配する者ダネ!」
「支配する者ねぇ。ね、アルファ・・・だっけ?『半獣落ち』は君一人じゃないよね。正確な数はわからないけど、少なからず、組織を形成している筈だ。だとしたらその中で指揮を執るものが居る筈だけど。特攻扱いの一番手の君が、その指揮官には到底思えないし。自分のことを“支配する者”って言いきって大丈夫なのかい?後で偉い人に怒られたりするんじゃないのかい?・・・まぁ。もう、君に後はないと思うけど。」
「グッ・・・。」
登場からずっと、まんまと大和のペースに引きずり込まれたことに気付かず、言葉を詰まらせるアルファ。その二人のやり取りを、剣は言葉を失い呆然と見つめていた。
(大和さんとこのネズミの着ぐるみ・・・いや、アルファと名乗っているこのネズミのような・・・敵?は、面識がある。そしてその正体不明の敵を言い負かせるだけの情報を、大和さんが持っている。ものすごく重要なことを、さらりとやり取っているこの状況。俺は一体どうすればいいんだ?)
頭の中で目の前で起きている事象を、必死に理解しようと眉間にしわを寄せて考えてみるが、剣の脳が情報を処理できるだけの時間を空けることなく、アルファが口を開いた。
「もーーーーーーーぅ、怒ったダネ!!後がないのはお前ダネ、『地球』の住人!一体それだけの情報がどうやって『地球』に流れてしまったのかはわからないがネ・・・。そのやかましい口と手足、ギッタギタに切り裂いた後に聞きだすダネ!覚悟するダーネ、今更泣いて謝っても許さないダネ!!」
「口を切り裂いたら聞けなくなるだろう。」
ぐるぐると、思考に酔い始めた剣が、アルファの言葉を反射的に正す。正して、一瞬その場の空気が凍りついた後、はっ、と剣が我に返る。大和は予想だにしなかった展開に吹き出した。その笑い声に、わなわなと怒りと羞恥で肩を震わせたアルファが、半泣きで懐から何かを取り出した。
「貴様らー!!このアンティ・ゴーレムの餌食になるダネー!!!」
取り出した瓶のふたを開け、中から小さな球状のものをおもむろに地面にばら撒いた。その球状のものを取り込むように地面が波打ち、やがて人を形どり、オオオと地を這うような声を上げた。
剣は、目の前の状況と、数日前の出来事を脳内で合わせ、一つの答えを導き出した。
「お前があの時のゴーレムの親玉か!」
そして状況に目もくれず、笑い続けている大和を叱咤した。
「大和さん、何笑っているんですか!状況を見てください!それと・・・このプロテクターってどう使えばいいんですか?」
怒られると同時に質問され、大和はピタリと動きを止め、片手でごめんのジェスチャーと共に真顔で剣を見た。
「ごめん、カノちゃん。それの使用法、トラしか知らない。」
二人の動きと周囲の空気が止まる。自分の存在をお構いなしに会話する二人に、疎外感からますます腹を立てたアルファが怒鳴りあげる。
「アンティ・ゴーレム!!!かまわないダネ!そいつらまとめて八つ裂きにしてしまうダネー!!」
オオオオ、と唸りをあげ、二人に襲い掛かってくる土人形。
「困ったね・・・。これは僕が張り切るしかないかな。」
「二度目の対戦で、からくりがわかってしまえば・・・どうと言うことはない!」
大和はスーツの胸ポケットから取り出した、白銀に輝く扇を広げ、襲い掛かる土人形目掛けて投げつけた。三体を切り裂き弧を描き、放った手に戻ってきた扇子を捕まえると、土人形はそのまま崩れ、土へ還った。土人形を再生させぬよう、扇は的確に核となる種を狙い砕いていた。
剣は土人形の繰り出した攻撃を避け、そのまま土人形に拳を突き、中の球体をぐしゃりと握りつぶした。するとそのまま人の形が崩れ、こちらも土へ還っていった。剣の言う“からくり”とは、アルファの蒔いたゴーレムの種はそれを核とし、無限に土人形を形作る仕組みであるが、核そのものを破壊してしまえばゴーレムそのものが消滅するということであった。
目の前で四体のゴーレムが瞬く間に破れ、アルファはつぶらな瞳をぱちくりさせ、ぽかんと立ち尽くした。
「うわぁ。只者じゃないとは思っていたけど・・・カノちゃん、やるね。」
大和は扇子で同じように土人形を次々に倒しながら、楽し気に感嘆の声を上げた。
「いえ。最低限の労力で最大の結果を出す、確実に大和さんのやり方が効率的です。」
淡々と、敵を蹴散らしながら会話をする二人。見る見る間にアルファの作り出した手下は半分以下に減っていた。目の前の光景にようやく我に返り、アルファはぶるぶるとかぶりを振った。
「な・・なんなんだネ、なんなんだネ!!貴様らはっ!!!」
怒りにも、恐れにも似た震えがアルファを襲う。己には『地球』の情報はほとんどない。対照に、相手はこちらの情報を、どれほどかはわからないが、握っている、確実に。その事実がアルファに心理的な敗因をもたらした。その様子を微笑みながら見つめ、大和が一礼した。
「おっと。失礼いたしました。こちらの自己紹介がまだでしたね。我々は、あなた方『華園』からの侵略者、『半獣落ち』からこの『地球』を護る者・・・。さ、カノちゃん。」
「・・・は?」
突然話をふられ、剣はきょとんとする。
「ほらほら、タイトルコール!あれでしょ、ヒーローの名乗る人ってセンターじゃない。カノちゃんってセンターっぽいじゃない。赤いの。だから、はい。」
にこりと笑顔で促す大和。剣は一瞬真っ白になった頭を振り、言われるがまま、ぎこちなくポーズらしきものを取った。
「ガ・・・ガーディナー、ここに見参!・・・・・・これでいいんですか?二人しかいませんけど・・・。いや、そもそも変身も何もしてないんですけど!?」
「カノちゃん、何事も勢いだよ!躊躇ったらそこで負けだ!!」
訳のわからない会話に盛り上がり始めた二人を余所に、アルファは少しずつ、間合いを計り、後ずさっていた。
(な、なんだか知らんが、今のうちに逃げるダネ・・・!『地球』の住人がこんなに好戦的だとは範疇外もいいところダネ・・・!!御前様への報告も・・・?)
ヒュッ、と空を裂く音の方向に、二人は目を向けた。すると視線の先、アルファの胴体に大きな槍のような物が刺さっており、それはそのまま静かに地面へと倒れこんだ。
「な・・・っ!?」
剣は驚きながら、目の前で崩れ落ちたアルファの元へ駆け寄ろうとした。だが大和の差し出した腕がそれを静止する。
「カノちゃん、ストップ。・・・ずいぶん簡単にお仲間を殺せたものですね?」
大和はアルファに刺さっている槍の角度から、それの投げられた場所を見据えていた。問に答えるように、拍手が聞こえてきた。
「よく“お仲間”だとおわかりで?まぁ、そんな役立たずと一緒にされちゃ心外だけどね。」
ザザッと木々の揺らめく音と共に、姿はないまま声が空から響いた。
「“お仲間”でもなきゃ、こんな山奥にネズミ狩りにはこないでしょ。御託はいいから、さっさと出てきませんか?」
ため息一つ、空へ向かって話しかける大和。それには、また空から高い笑い声が返ってきた。
「いーねぇ!オモシロいよ、アンタ。でも、今回はここまで。お楽しみはこれから・・・。」
「!!」
突風と共に場の空気が変化する。先ほどまでの重苦しい空気とは一変し、辺りは元の静けさを取り戻した。ふと目線をアルファの倒れた場所へ移すと、そこには何も残っていなかった。
剣は額から流れ落ちた汗が、暑さによるものだけではないことを感じながらその場に立ち尽くした。大和もしばらく、晴れ渡る空を見つめた。
「つーか剣くん・・・。変身せずに素手であのバケモノ倒すってさ・・・熊殺しかよって話だよ。」
玲一は半ば呆れ顔で剣を見ていた。二人を追って出ようとしたところに、任務完了の連絡が入り、入れ違いにならずに今は四人、マスタールームで一息ついていた。
「本当に、無事で何よりです。」
虎路は琥珀色の液体が注がれたティーカップを剣の前に置く。剣は一礼して香り立つそれを口に運んだ。
「いえ・・・俺は何もしていません。ほとんど、大和さんが・・・。」
「謙遜ストーップ!!」
大和が虎路から渡されたティーカップを片手に、びしりと手を伸ばした。驚いた目の前の二人の動きが止まる。
「はっきり言って、あの求人広告でこんなにガーディナーにぴったりの人間が現れるとは、露ほどにも思っていなかった。半分以上、冗談のつもりだったのに、まさかの収穫!」
珍しく感情的に熱く語り始めた大和と、その初めて見るテンションに唖然とする二人を、虎路は優しく微笑んで見守っていた。
胸にそれぞれの思いを秘めて、運命は回り始める。




