第四話 違和感、そして悪戯。
日中の日差しがまだまだ眩しい昼下り。『守護者計画』の中枢、ガーディナーの結成より、一週間が経過した。剣と玲一はそれぞれ家財道具、と言ってもほとんどの家具家電は割り当てられた部屋に備え付けられており、手持ちの衣類や細々とした身の回りの品のみを新居へ運び終え、プロジェクトの基地本部がある都市中心部の大型高層ビルに住み込んでいた。
剣は一人フロア内のトレーニングルームで、設置されている真新しい機器を使い自主トレに励んでいた。一等地に立つ高層ビルの、貸切ワンフロアの一室。広々とした空間に、陽取りの大きな窓から陽光が差し込む。空調設備もしっかりとされており、会員制のスポーツクラブなら月謝が一体いくらなのだろうか、などという本来ならば気になるところの金銭面の心配をしつつ、傍らのベンチで一息ついているとタイミングよく虎路が水の入ったボトルを手にし話しかけてきた。
「鹿蔵様、お疲れ様です。水分補給はなされていますか?良ければこちらをどうぞ。」
差し出されたボトルを受け取り、剣は水を勢いよく飲み干した。あっという間に空になったボトルをきょとん、と見つめる虎路。
「ありがとうございます、袴田さん。生き返りました。」
「いえ。・・・ところで、本日は木村様のお姿が見えませんが。」
きょろきょろと辺りを見回す虎路。苦笑いをしつつ、飲み終えたボトルを横に置く剣。
「そう、しょっちゅう行動を共にしているわけじゃありませんよ。玲一は、元々掛け持っていたバイトに行ってます。一応大和さんには報告していたみたいですけど、袴田さんまで話がきてなかったみたいですね。」
「はい、何も聞いておりませんので。大和が特に重要ではないと判断したのでしょう。ところで、アルバイトですか?こちらと掛け持つのは非常に難しいと思うのですが。今はまだ『半獣落ち』の動きがそう活発でないので、このように時間をもてあましてはいますが・・・。」
真剣に考え込む虎路に、剣は優しく微笑んだ。
「玲一はそんな中途半端なことはしませんよ。ただ、急に辞めるという話になったので、相手方に迷惑をかけないように、新しいバイトが決まるまで働くことにしたようです。昨日と今日も面接があったらしいので、すぐに抜けられるとは思いますよ。」
虎路は静かに微笑み返し、これは失礼いたしました、と一礼した。それと同時に出入り口の自動ドアが開き、手をひらひらと振りながら、相変わらず季節感ゼロの全身白ずくめコーディネイトで大和が颯爽と現れた。
「はいはい皆様、ご機嫌麗しゅう。」
腕をくるりと大きく回し、貴族風に挨拶を決め込んでから二人の反応もお構いなしに続ける。
「おや。キムっちはいないんだね。うーん・・・困ったなぁ。」
手を顎にあて、首をかしげる大和。その言葉で何かを思い出したかのように、剣を振り返る虎路。
「申し訳ありません。用件を忘れていました。実はお二方に重要なお知らせがございまして。」
「重要な?」
剣はベンチから立ち上がり、姿勢を正した。その肩にぽんぽんっと手を置き、大和はにこりと笑った。
「まぁまぁ、そうかしこまらなくてもいいよ。しかし私はこれから用事があるからね・・・。明日は二人揃うかな?」
びしっと背筋を伸ばした姿勢のまま、剣は大和に答えた。
「玲一に伝えておきます。」
「うん、ありがとう。でもね、カノちゃん。ここは軍隊じゃないから。そこまで姿勢を正す必要はないよ。・・・じゃあ、明日午前十一時にマスタールームに集まってもらえるかな。」
「はい。了解しました。」
大和は苦笑いをしながら部屋を後にした。その後に続くように虎路も進んだが、ドアの前で踵を返し、剣を振り返った。目が合い口を開きかけ、かと思うと俯き、思いとどまるようなその仕草に剣が語りかけた。
「どうかしましたか?」
ふいに掛けられた言葉にぱっと顔を上げ、はっとした表情のまま頭を振る虎路。
「いえ!・・・何でもございません。それでは、また明日。失礼いたします。」
言葉の後に深く礼をし、そのままそそくさとトレーニングルームを後にした。その姿を見送りながら、剣は釈然としない気持ちに襲われた。
「俺、何か余計なことやったかな?」
静寂に包まれた仄暗い、石壁に囲まれた一室。ひんやりと冷えた空気に、カビのようなむせる臭いが混ざっている。室内には発光する花のようなものが飾られており、その青白い小さな光に数体の影がゆらりと照らし出されていた。その内の一つの大きな影の主が、言葉を発した。
「アルファ、貴様が貴重な『門番』の欠片を持ち出し、その挙句『地球』の住人に我々の存在を教え、さらに生かしたまま逃がすという失態を犯した事は・・・事実なのだな?」
ろうそくの明かりのように、花の光が揺れる。別の一つの影が前に踏み出し、手を振りかざした。
「ま、待つだネ!!確かに欠片を無断で持ち出したことは認めるだネ・・・。だがネ・・!」
「見苦しいよ、アルファ。見苦しい。とっととその『地球』の住人ども、事が大きくなる前に消してきたらどうだい?」
さらにその後ろの影が、呆れたように両手を返し口を開くと、周りの影がくすくすと小さな笑い声を上げた。石壁に映る、光に照らし出されたいくつかの影が動き出した。
「そこまでにしておけ、デネボラ。アルファよ、己が失態、責任持って晴らせよ。」
「うるさいだネ、エルナト!!お前に言われなくともわかっているだネ。」
各々がざわめきながら部屋を後にしていく。アルファは一人、残ったその場で地団太を踏んだ。
(キーッ!!馬鹿にしてくれるだネ、ノロマの牛男と口だけの虎男がっ!!・・・あの『地球』人。ワタシの存在を認知していたようだネ・・・。明らかに驚く様子も無く、こちらに対応していただネ。もしかすると・・『地球』は既に我ら『半獣落ち』の目的に気づいているのかも知れないだネ。だとすれば、この情報は貴重だネ。あの馬鹿どもには黙っておくのが利口だネ。・・・ともあれ、あの生を司る『門番』。今度こそ我が手中に収めるだネ!!)
にやりと口の端を上げ、アルファは歩き出した。
「御前様への報告はその後だネ。」
誰もいなくなった石壁の部屋に、湿った風が吹く。それは淡く光る花に触れ、その放つ光を揺らした。
「おはようございます。」
翌朝、剣と玲一が二人揃ってマスタールームに入ってきた。既に待機していた大和と虎路が挨拶を返す。
「この前話したバイトですが、ようやく新しい人決まってオレは今月いっぱいのシフトで終わるんで、来月からはこっちに専念します!改めましてお願いします、総司令!!」
調子よく、右手を額からびしっと突き出した玲一の言葉に、三人がぽかんとしている。正面から言葉を向けられた大和が玲一を見る。
「そう・・・しれい?」
「そう!大和さん、うちらのボスでしょ。なんか“さん”付けじゃしっくりこないじゃん。だから雰囲気出すのに総司令って呼ぼうかなーって。勝手に思いついたけど・・・ダメでしたか?」
納得した顔で大和が微笑み、頭を縦に振った。
「ん、別に何と呼んでもらっても構わないよ・・・っと。今日は大事な話があって、集まって貰ったんだけどね。トラ、あれ出して。」
その声に、虎路が頷き、手にした二つの箱を中央のテーブルに運んでくる。それを囲むように、自然と四人が部屋の中央に集まった。
「まぁ、ガーディナーのコンセプトが正義の味方ってことで、付け焼刃で色々勉強してみたんだけど。セオリーとしては、基地とやっぱこれかな~って思いまして。」
大和は軽口を叩きながら、二つの箱を開ける。箱は長方形で白く、一辺が蝶番で繋がっていており、よく指輪や時計が入っているような作りになっていた。開いたその中には、丁度腕時計のようなフォルムをした小型の機械が入っていた。
「作っちゃいました、変身アイテム。」
大和が両手を開いて見せ、にこりと顔を上げると目の前の二人が予想通りの反応をみせていた。
明らかにらんらんと目を輝かせ食いつく剣に、うわぁと半ば呆れ顔になっている玲一。その二人の様子を見比べながら、大和は説明を続けた。
「“守護者の盾”って言ってね。国家予算から三億ほど頂戴して開発してみたんだ。」
それぞれの反応をみせていた二人がふと我に返り、大和に向かって同時に叫んだ。
「国家予算?」「三億ぅ!?」
「そう。実は『守護者計画』は国の管轄に置かれていて、諸々の諸費用は国家予算に組み込まれているんだよ。私の鶴の一声で、国民の血税はどうとでもなるんだよ~。」
大和はニコニコしながら、その箱の中身を取り、固まっている玲一の左腕にささっとすばやく装着させた。それに気付き、玲一は腕を振りかぶった。
「なんだそれ、ざけんなよ!すっくねぇ給料から搾り取られる税金が、こんなおもちゃに使われてんなんて許せっか!こんなもん・・・!!」
玲一は無理やり外そうと、右手でプロテクターを引っ張った。
「駄目です!」
虎路が止めようと手を差し出した先には、左腕に装着されたプロテクターから噴き出した墨により、顔面が黒にまみれた玲一の姿があった。それをみて笑いを堪える大和。固まったままの玲一、虎路は途方にくれている。その空気を剣が破った。
「大和さん、ふざけるにもほどがありますよ。」
低く、たしなめる様に大和を見据える剣。大和は一つため息をついて、先ほどと打って変わった真顔で姿勢を正し、両手を挙げて剣に向き直った。
「ごめん。はっきり言って、ふざけた。」
深く一礼し、言葉を続ける。
「とりあえず、国家予算の下りから嘘なんで。研究、制作費は全て自社持ちです。ホントは倍かかってるけどね。税金じゃないから、安心して使ってくれ。」
「ふ・・・。」
墨がぽたぽたと顔を伝い、床に黒い水溜りを作っている。虎路があわててタオルを差し出そうとしたところに、今まで固まったままだった玲一が怒りを露わに叫び出した。
「ふざけた、とかふざけてんじゃねーぞっ!!上司だからってやっていいことと悪いことくらい判別つけやがれっ!!!」
完全にキレて大和に飛びかかろうとしている玲一を、剣が後ろから両腕で押さえ込む。そのまま言葉を続けようとした時、大和が今までに見せたことのない表情で、眼光鋭く玲一を睨み付けた。
「ふざけて悪かったと、謝罪したが?その怒りに意味はあるかい。」
今まで散々ふざけた口調で、人をおちょくるように軽口を叩いてきた大和が、垣間見せた本気の表情と声色に、剣と玲一は本能で怯んだ。
「・・・覚悟を見たかった。木村玲一、君はこのプロテクターを“おもちゃ”と言ったね。それは君自身、どこか現実離れしているこの現状を、楽観視していることの現われなんじゃないのかい。」
低く厳しく、突き刺す言葉に、玲一は口をつむぐ。
「最初に説明したはずだよ。遊びじゃないって。例えこれを税金を使って作ったとしても、おかしくない状況なんだ。僕らは『守護者計画』に関わった時点で、いつ死んでも仕方ないんだから。
“命の危険を伴う”って僕の説明、信じてなかった?言っておくけど、契約書類にサインしてそれを承諾したのは君たち自身だよ。」
大和は、もう一つのプロテクターを手に取り見つめ、今までに無い冷たい表情のまま剣へ視線を移した。
「これね、外そうとしたら十二の罠が発動する仕掛けになっているんだよ。無理やり壊そうとかしたら、死なない程度に気を失うくらいの電気が流れたりね。壊されたら困るから。『半獣落ち』の個々の実力や組織力の詳細はまだわからないが、プロテクターを使えばこちらの死亡率を低くすることが可能なはずだ。現時点で実装可能な防御システムの内、最適なプログラムを組み込んである。」
大和は寂しそうに微笑み、手に持った“守護者の盾”を剣に差し出す。
「それでも、やる?」
誰一人動くことの出来ない威圧感の中、剣は大和の左手に己の右手を重ね、手の中のものを握りとった。
「誰かがやらなければならないのなら、誰がやってもいいんだろう。・・・なら、それを待ち望んでいた俺ほどの適任者もいまい。」
そう言って、剣はプロテクターを左手首に装着した。それを見届けて、大和は顔を伏せた。
「・・・ありがとう。」
張り詰めた空気が変わったことを察知し、虎路は玲一の顔をタオルで拭いはじめた。その手を止める玲一。
「や、自分でできっし・・・。」
「こんな形で試すような真似をして、申し訳ない。」
大和は玲一に深く礼をする。玲一はバツが悪そうに、タオルを被って部屋から出て行った。後を追おうとする虎路を、剣が腕を差し出し制止した。
「ここは俺に任せてください。・・・それはそうと、大和さん。」
剣に呼び止められ、窓際で振り返る大和。
「こういうやり方は、止めた方がいい。・・・あなたの為に。」
そう言い捨てると、剣はマスタールームを後にした。部屋を出てすぐの廊下で、玲一は壁にもたれかかっていた。剣が名前を呼んで話しかけようとすると、玲一が遮るように呟き始めた。
「オレさ・・・、前にグレて馬鹿やってたことあったって話したじゃんか。足洗ったあと、人前でガチでキレたことなかったんだよね。少しは大人になれたかな・・・って思ってたけどさ。あんなんでキレちゃってさー・・・、馬鹿のまんまじゃんって、ダサさに死ねる・・・。」
「それがお前の良い所だろう。」
間髪いれずの言葉に、玲一はがばっと振り返った。
「それ酷くねっ!?馬鹿ってことじゃん!いや、自分で言ったけども・・・。」
頭に被ったタオルの両端を握り、剣を見上げ講義する玲一。剣は呆れたような表情で、玲一に返す。
「誰が馬鹿って言った。真っ直ぐで猪突猛進で、直ぐにやらかす。だけど、ちゃんと反省できる。それがお前の長所だろう。」
剣の言葉に玲一はうつむき、五秒考え、すぐに勢いよく頭を上げた。びしりと右手人差し指を剣の眼前に突き出し、一言。
「それプラス、立ち直りが早いところも!」
「だから、人を指すなと言うに。」
二人がにやっと笑った時、フロア中に聞きなれない、けたたましい警戒音が鳴り響いた。




