第二話 赤い蝶と、白の貴公子。
パニック状態なのに、突っ込みは冷静な玲一。その彼の言葉を気に留めず、剣は右手を見つめ、手ごたえの無さに違和感を感じていた。
(確かに打撃を与えたはずだ。なのに、この手に残るのは土の感触のみ。・・・人ではない。核となるものが見当たらない。ではどうやって動いているんだ?このゴーレムは。)
静かに視線を先ほど崩れた土の方へ向ける。すると、その土の山が再び動き、人型を成した。今度は複数の土人形が向かってくる。映画やゲームでは目にしそうなその光景を、日本の山奥で唐突に目にしたことから、玲一は地団太を踏みながら叫びだす。
「きーゃーあー!!なにコレ!テレビじゃないの!?」
「玲一、下がってろ!」
剣は一番近くの土人形に踏み込み、再び拳を浴びせる。同じくその箇所は崩れたが、土人形の残る半身が、剣の懐に打撃を加えた。その重たい衝撃に一瞬ひるみ、後ろに下がると、土人形の軍団に囲まれた。
「くっ・・・。」
右手で、打たれた左腹を押さえる。暑さに対するものとは違う汗が額ににじみ出てくる。辺りを見回すと、土人形が四体。攻撃対象は自分らしく、全てこちらを向いている。少し離れている玲一には関心がないことが、不幸中の幸い。と、この局面に置いても、剣は玲一の安全を第一に考えていた。
(こちらの攻撃は焼け石に水だ。まったく効いていない!殴っても崩れるだけ。しかも直ぐに修復して元通りだ。反面、あちらの攻撃は予想以上だ。下手したら、今ので骨がやられているかもしれない。・・・どうする?)
負傷し、正体不明の土人形に囲まれている剣と、その上空を漂う赤い蝶。それを呆然と見つめる玲一。
二人が窮地に陥っている場所から少し離れた、大きな岩がむき出しになっている崖の上にその様子を見つめるひとつの人影があった。
「ウケケケケ・・・。何やら『地球』の住人のジャマが入ったようですが、ワタシの可愛いアンティゴーレムに勝てるわけないのですネ!無残に散ってしまうのですネ!これであの『門番』はワタシのモノなのですネー!!あいつらの悔しがる様が眼に浮かびますネ。ウケケケ。」
一人で楽しそうに小躍りをする人影の、その後ろの木陰から。枝葉の折れる音と共に現れたもうひとつの人影が、パチパチと手を鳴らした。はっ、と独り喋っていた人影は直ぐに振り返る。
「誰だネ!?」
「お楽しみのところ非常に申し訳ない。残念だがあの『門番』は私がいただくよ。後、彼らも無残に散らされると困るからね、社会的に。悪いがさっさと消えてはくれまいか。」
真夏の、昼間の、山の中。現れた青年は全ての状況を一蹴するかのごとく、上下純白のスーツに、生地は夏用だが足元まである純白のコート、そして白の革靴。腰まである黒髪は一つに結わえられており、手袋を装着した手に持っている白銀に輝く扇子を口元に当て、言葉を続ける。
「噂には聞いていたが、見事な獣っぷりだね。君は鼠の『半獣落ち』か。」
目の前の、先ほどまで気味の悪い笑い声を上げ、小躍りしていた人影。その姿は人であり、人ではない。頭部がネズミで、ローブの間から見える手足もネズミそのもの。だが言葉に仕草、そして二足歩行の立ち振る舞いは一見、それが人であると思うほどであった。
「お前も『地球』の住人だネ。失礼だネ、・・・失礼だネ!!消えるのはお前だネ!」
「おっと。」
人型ネズミが懐から何かを出そうとしたところに、すばやく青年は胸ポケットに挿していたペンを投げつけ、それは見事にネズミの手に刺さった。
「いっ・・・たいだネー!!信じられないだネっ!覚えているだネ!」
負けを認めるや否や、身体を包んでいたマントをひるがえし、次の瞬間はその姿を消していた。忽然とネズミの去ったその場所をみつめ、青年は呟いた。
「こんなに簡単に鼠が出入りできるほど。『門番』はゆるんでしまっているのか。早く手を打たないと・・・だな。」
遠く、目下に広がる山々を見つめ軽くため息をひとつ。きびすを返し、青年は歩みだす。澄み渡る空の青さに、山の息づく音だけが吸い込まれていた。
一方、剣は状況を飲み込めずに呆然としていた。
「剣くん!大丈夫っ!?」
先ほどまで戦っていた土人形が、何の前触れも無く崩れ去り、土へ還ったのだ。何度か攻撃を身に受け、立っているのがやっとだった剣は、その場に座り込んだ。その姿を見て玲一はようやく落ち着きを取り戻し、剣の元へ駆けつけた。
「一体、何だったんだ。」
考えようとしても、戦闘の興奮からか頭がうまく働かない。現実に起きたはずなのに、白昼夢でもみていたかのような感覚が襲う。数秒、動きが固まっていた剣だが、全身の痛みと玲一の声で現実に引き戻された。
「・・・うっ。」
「ど、どうしよっ。痛いよね!?オレ、頂上までおぶっていくから、ね?!」
恐怖ですくみ、何もできなかった罪悪感からか玲一は大真面目に背中を向けるが、剣は頭を横にふる。
「お前が俺をおぶれるわけ無いだろう。しかも山登りだ。・・・ここからなら、あの受付所まで戻ったほうが早いだろう。訳がわからんが、まさか怪我人を放りはすまい。」
そう言って剣は立ち上がろうとするが、思いの外ダメージが大きく、再び座り込んだ。どうしたものか、と空を見上げると、先ほどの赤い蝶が剣へ向かってひらひらと飛んできた。それどころではない筈なのに、二人は静かに赤い蝶が剣の左肩に止まるのを見つめていた。
蝶が剣の左肩に触れた、その瞬間。ほんの一瞬、辺りが眩しい光に包まれた。
「!!」
「なに・・・?」
数秒して、閉じた目を開くと、いままでの出来事が幻だったかのように、蝉と鳥、そして木々の立てる音が耳に入ってくる。そして肌を撫でる暖かい風に、急に現実を感じた。
「今の、何?」
玲一はぼうっと立ち尽くし、辺りをゆっくりと見回した。そして剣の具合を思い出して慌ててそちらを向いた。
「剣くん!大丈夫!?」
剣は赤い蝶が肩に止まった瞬間、閃光と共に左肩に激しい衝撃を感じた。痛みとも、なんとも言いがたい感覚に包まれ、身体が軽くなったように感じた。怪我をした箇所を確かめるように触ると、痛みも外傷もなくなっていた。
「玲一、怪我が治った。・・・痛くないんだ。」
「はぁ?!えええ!!だって、めちゃ血でてた・・・のに。あれっ?」
血の跡も、破れた服もそのままに、怪我は玲一の目から見ても治っているように感じられた。もはや非現実のオンパレードに、思考能力がストップし、二人は困った顔で視線を交わした。そこに高らかに上がる一つの声。
「まさか『門番』どころか、『契約者』まで現れるとは!」
聞き覚えの無い声に、二人はハッとし、声の方向に視線を配る。
がさがさっと枝葉が揺れ、目の前の木から人がふってきた。華麗に着地し、付着した葉を払うと、青年はにこりと笑い、二人にお辞儀した。
「はじめまして。」
本日、たったのこの数時間の間に、日常生活で普通は味わえない経験を重ねた二人だったが、ここにきて目の前のこの青年。夏に、ジャケットとコート。山に、革靴。しかも身に着けている全てが真っ白。さらりと揺らぐ腰までの、一つに結わえた黒髪。非現実の塊が目の前に登場し、開いた口が塞がらなくなっていた。辛うじて、剣が青年に尋ねた。
「あなたは何者ですか?」
怪しさ満点の相手に対して、バカ丁寧に尋ねる剣に、普段なら玲一のツッコミが入るところだが、もはやそれどころではない。
「んー。その様子から見ると、どうも無事じゃないみたいだね。聞きたいことは山ほどあるだろうけど、まずは場所を移動しよう。上にはヘリがあるけど、登るのはさすがに無理でしょ?とりあえず山を下ろう。車を用意させるから。動けないなら・・・」
「ストップ!」
「ん?」
さくさくと一人で話を進める青年に、落ち着きを取り戻した玲一が言葉をかけた。
「こういうのもあれだけど、敵じゃなさそうってのはわかった。わかったけど、あんた誰で何者で、さっきの土がうわわわーってやつ一体何なの!?探し物はちょうちょなの?剣くん怪我して治って、何が何なの。」
真っ白だった頭が急に動き出して、早口でカミカミになりながらしゃべる玲一。青年は左手を顎に当てて少し考え、ずいと歩み寄った。後ずさりして構える玲一。
「な、何だよ!?」
「私はこういうものです。」
青年は二人に胸ポケットから名刺を取り出し渡した。そのまま剣に手を差し出し、立ち上がらせた。
「大和グループ代表取締役、大和・・・?」
「大和蓮十郎斎定と申します、ちなみに本名です。早く下りないともう日が落ち始めているんだよね。さっき気になることを言ってたけど、まぁいいや。お互い聞きたいことだらけだろうしね。素性が明らかになって、少しは信用してもらえるかな?とにかく、疲れただろうし。今は何も言わずに付いて来てくれないか、悪いようにはしないよ。」
考えること、思うことは沢山ある。しかし人間はそういう時こそ思考能力が低下するもので、考えることを止め現実逃避策に二人は乗っかった。大人しく大和に従い山を下り、受付会場に辿り着いた頃には辺りは薄暗くなっていた。そこで受付の虎路が合流し、黒塗りの高級車にのって、二人は山奥を後にした。しばらくすると、玲一は緊張と疲れからすぐに眠ってしまった。その傍らで、剣は大和の様子を伺うように、車内でも気を張っていた。
「そんなに気張ってると身体が持ちませんよ。それとも、私のことを信用できないんですかね。君は・・・鹿蔵剣君、でいいのかな。そちらの眠っている方が木村玲一君ですか。」
大和は虎路から受け取った、二人の資料を読みながら、話しかけた。剣は軽くため息をついて、答えた。
「ああ。俺が鹿蔵剣だ。信用も何も無いだろう。説明もなしに、どこへ連れて行かれているのかもわからんのに。聞きたい事だらけだ。だが、今ひとつだけ答えてもらいたい。」
真っ直ぐに見据えるその姿勢に、己の姿勢も正し、大和は剣の言葉を待った。
「お前は、正義の味方なのか?」
想定外の質問に、大和は正した姿勢のまま固まった。虎路はその様子をじっと見ている。
「鹿蔵君・・・どうみたって、本気だよね。その眼差しは、本気だよね。」
大和はううん、と唸り頭を振った。
(まさかあの広告のうたい文句を本気でとらえてくる人間がいたとは。単純に金で釣れるとばかり思っていたのに。しかし彼は『契約者』だ、こちらに選択権はない。さて、どうしたものか。)
「正義の味方になるんです。」
即答できずに考え込む大和の横で、黙っていた虎路がぽつりと呟いた。これには大和が驚いた表情をみせた。
「鹿蔵様。あなた方の協力を得て、『守護者計画』は始動できるんです。今はまだ、大和はただの会社の代表取締役です。」
玲一が会話に参加していれば、迷わずツッコミを入れるところだが、しばらく夢の中から戻ってくる気配が無い。剣は、迷いの無い虎路の瞳に、頷きを返した。
車は闇の中、光のある場所へ向かい進んでいった。それぞれの思惑を乗せて。




