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絶対守護神ガーディナー  作者: ぶんじ
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第十五話 ありがとうと、さよならを。

 思いがけずの食事に満たされた胃に、全身を巡る血流。じんわりと上昇した体温に思考力は奪われ、気が付けばそのままソファで眠ってしまっていた。携帯のアラームでどうにか目覚め、シャワーを浴び、表向きのビジネススーツに身を包み、出社。いつも通りの味気ない社長室の風景に、日常感を取り戻す。

 大和の眼前では、先日の件について立野の説教が繰り広げられていた。これまたいつも通りの小言と嫌味。その上からの物言いに、いつもながらうんざりしつつ。表情に出さぬよう努めながら耳を傾けていると、プロテクターから聞き慣れぬ電子音が鳴る。

 「・・・貴方、重ね重ね私を馬鹿にしているのですか?なんですか、今の音は。」

 呼応するように立野の小言が出てくるも、大和はプロテクターを即座に確認し、その内容に一瞬眩暈を覚えた。聞き慣れぬ電子音は、プロテクターのメッセージ機能の着信音であり、初めて目にしたその電子文は非常に認めたくない事柄であった。


 「大和さんへ


 事後報告で申し訳ないが、寝ている間に袴田さんが姿を消した。プロテクターで確認したところ、西の方角へ移動しているようだ。俺と玲一は、以前鍵を預かった車で急ぎ後を追います。

 昨日の今日で呼び出すのはと考え、こちらのメールで報告させていただきました。命令に背き、すみません。


 鹿蔵剣」


 大和は俯き、眉間に指を当てそのまま十秒静止すると、勢いよく立ち上がった。

 「立野。本日の経営戦略会議、及び午後の会談は全て君が代理として参加、指示してくれ。各社の現場視察に関しては、明日以降に僕の方で時間を作る。」

 そう言いながら部屋を出ようとすると、立野がドアの前に立ちふさがる。

 「待ちなさい。・・・勝手が過ぎます。そのように我儘が何度も通用するとでも―――」

 「勝手?勝手も何も、今日の主なスケジュールは社の経営根幹についてのものだ。元々会長とお前の管轄だろう?・・・安心しなよ。お飾りはお飾りらしく、自分の役割をきっちりこなすさ。あんた達に背くつもりも全くない―――ただ、今僕を止めると言うのなら。ここでこの首を掻き切るよ?」

 大和はジャケットの内側から取り出した白金の扇を自らの首に当て、すっと皮膚を横に走らせると、その線上に薄っすら血が滲み出た。

 「!!」

 「お前らが何故、そう大和の血統に執着するのか僕には理解が出来ない。・・・安心しろと言っている。今はそこをどいてくれ―――頼む。」

 青ざめた顔のまま、立野はドアの横に身を寄せた。ありがとう、と小さく言葉を残し大和は部屋を駆けだして行った。その足音が聞こえなくなった頃、立野は背を壁に預け、そのまま力なくずるずるとその場へへたり込んだ。暫くして、ぎりっと奥歯を噛む音が鳴り、怒りのまま勢いよく後手で壁を殴りつける。

 「・・・お前たち親子は。どれだけ・・・どれだけ、あのお方を苦しめれば気が済むのだ・・・!」




 記憶に残る、駅。見覚えのある、街並み。その全てに、郷愁にかられることもなく。久しぶりに身体を動かすということに戸惑う。手足とは、身体はこんなに重いものだっただろうか。

 やっと、終われると、安堵し深い眠りについた。もう二度と、目覚めることは、ないはずだった。ふと、意識の中に薄明かりが灯(とも)る。これが死後の世界なのだろうかと、目を開いた。

 ぼくではない誰かが、ぼくを動かしていた。自分の中の違和感を必死に堪え、その誰かが、決してぼくに気付かないようにと、目の前の大きな扉を閉じた。そして、その影から見ていた、ずっと、すべてを。

 その“誰か”はキクロスという不思議な少年だった。彼は、ふわふわとした微睡(まどろみ)に囚われているように、ゆらゆら揺れていた。細く、色白なその身体は今にも消えそうに透けて、淡く薄い黄金色の髪はキラキラ煌めいていた。か細いその手足には、黒い枷がついており、それはぼくの中に続いていた。

 彼が動かすぼくは、大和さんという人に“袴田虎路(はかまだ とらじ)”と名付けられた。身体を動かす、その勝手がわからない彼は、病院で日々リハビリに励んだ。ぼくは、これは夢なのだろうかと思い、彼を見守ることにした。

 彼は、たくさん身体を動かし、たくさん勉強していた。度々、ぼくの中の少年は、ぷつっと意識を失い横たわる。その時、身体も同じように長い眠りについていた。キクロスは、自分を縛る枷に気付いていないようだった。思い通りに動かない身体と記憶に、焦りと苛立ちを感じていた。それでもぼくは、ただ、隠れて見ているだけだった。

 大和さんと二人で、何やら真面目な話をしていたけれど、よくわからなかった。そうこうしていると、一人二人、と彼の周りに人が増えていった。

 正直、羨ましかった。ぼくの身体みたいなのに、ぼくと、違う。彼の周りには、人が集う。―――優しい、人が。

 楽しく幸せな夢だと、そう思うようにしていたら。二度と聴きたくない声と、二度と見たくない姿が、ぼくの意識を支配した。そして、ぼくの身体は、ぼくの記憶と意識に支配された。キクロスは訳も分からず、ぼくの感じた嫌悪と恐怖に支配され震えていた。

 彼の周りの優しい人たちは、ぼくの境遇に怒り、心を痛めてくれた。・・・こんな人たちがいたなんて。だからこそ、だからこそ、この固く閉じた扉の内側を、彼にも、彼の周りの人たちにも知られたくはない。

 ふと気が付くと、幾何振りか自分の身体と意識が繋がっていた。身体の動かし方なんて、すっかり忘れていたけれど、どうにか身を起こす。ふと、違和感を感じズボンのポケットを探ると、紙切れが入っていた。開いてみると、紙切れには殴り書きの住所が書かれており、その住所・・・書かれた地名に凍り付いた。

 ―――あの女・・・中町だ。あの時、ズボンのポケットにこんな紙切れを入れ込んでいたのか。父親を、人質扱いで脅迫もしていた。・・・何も変わらない、あの頃と。

 彼を、その周りの、あの優しい人たちを、巻き込むわけにはいけない。ぼくが残した問題なら、ぼくが決着をつけなくちゃ。そう決心し、重たい元・自分の身体をどうにか動かし、記憶とネットの情報を頼りに―――ぼくは、この土地に戻ってきた。




 駅前の賑わう見慣れた商店街を外れ、自然の残る住宅街へ。小高い丘へ歩みを進めると、少しずつ民家はまばらになっていった。そのまま、山の裾を道なりに進む。田畑から、人の手が入っていない荒れた空き地、雑木林と景色が移り変わっていく。しばらく歩くと、木々に囲まれた少し開けた場所に一軒家相当の大きな古い倉庫があった。手前の汚れた看板には“吉井建設”の文字。吉井一族の関連会社所有の土地なのだろう―――そう、認識すると、次第に緊張が強くなる。終わらせる、そう決心した筈なのに。早川俊昭はその場に氷漬けにされたかのように立ち尽くした。

 深く息を吐き、新しい空気を吸い込む。そして、固く閉じた瞳を開く。いつの頃からか全身に絡みついた、重い鎖を振り解くように、一歩。中町裕美に渡されていた紙切れに指示されていた建物、そこに足を踏み入れる。大きく開いた出入り口をくぐると、雑多に置かれた生活用品が目に入る。建設関係の物置として使用していた倉庫を、彼らがたまり場として使用しているのだろうと推測できるような内装だった。

 早川は、両手をぎゅっと握り絞め声を上げる。

 「吉井!!・・・中町!いるんだろ?!」

 自信の心音が鼓膜に響くのを感じながら、周囲の様子を窺う。少しの間を置いて、奥側の衝立の後ろから声がもれる。大きな欠伸とも取れる声の方向に意識を集中すると、気怠そうに着崩れた男が一人姿を現す。

 「んぁ・・・誰だよ、うるせぇな・・・。」

 「・・・吉井、か?」

 出入り口から差し込む陽光に、眩しそうに男は手で光を避ける。その場に立つ早川の姿を確認すると笑い声を上げながら、ソファの背もたれを跨ぎそのまま腰を下ろした。

 「あはははは!!なぁに、お前、マジ生きてんじゃん!で、マジでノコノコここまで来やがったの?!ぶっ・・・。」

 男は肩を震わせながら、笑いを堪えているようだった。その後ろから、もう一つ声が上がる。

 「ね、だから言ったでしょ?街でさー、ボクハシリマセン~みたいに違う名前名乗って、私のコトをシカトしよーとしたの!信じられる?何を言われても、何をされてもだんまりの早川ちゃんがだよー?超ナマイキ!!」

 キャミソール姿の中町が、吉井の座っているソファの背もたれに肘をつき、二人はニヤニヤと早川に視線を向ける。

 「で?パパちゃんクビにされたくないから、わざわざ戻ってきたワケ?死んだふりして俺らから逃げたこと、どーやって謝罪すんの?なぁ、早川。俺たち、すっごい傷ついたんだぜ?仲良しのお前がいきなり姿消してよぉ・・・。寂しくて、すげームカついた訳だよ。

 俺はさ、吉井の看板背負って立つワケ。それってすごく大変で、すごくストレスたまるんだよね。わかるだろ?選ばれし人間のジレンマってやつ。だから、ストレス発散の道具が必要なんだよ。・・・脚ぶっ壊してようやく悲鳴上げるくらいの、お前みたいな人間サンドバックなんて他にいないぜ?とりあえず、今回は半殺しで目をつぶってやろうか?」

 きゃはははは、と中町が吉井の後で笑う。早川はこの二人を目の前にして、思いの外冷静な自分に戸惑いつつ、静かに口を開く。

 「ぼくは今日、お前らに伝えたいことがあって来ただけだ。」

 あ?と、表情を変えこちらを睨み付ける二人の眼に負けぬよう、早川は真っ直ぐに吉井に向かい合う。




 「先ず、早川俊昭は・・・もうこの世にはいない。・・・父親だった人も関係ない。だから、金輪際。ぼくと、ぼくの周りに関わらないでくれ。」

 しん、と場が静まった後、吉井が高らかに笑い声をあげる。ひとしきり笑いきった後、鋭い眼光を早川に向けた。

 「あ?お前、クスリでもやってんのか?頭イカれちゃってんじゃんよ。じゃ、今俺の目の前にいるお前はなんだっつーの?幽霊ってか?・・・人を馬鹿にすんのもいい加減にしろよっ!!」

 そう怒鳴り声をあげると、ソファの前のテーブルを早川に向けて蹴り上げる。投げ出されたテーブルが辺りに土埃を撒き散らした。

 「おい、裕美。タカユキとハルキ、ミユキも呼べよ。・・・もうコイツ要らねーわ。黙って殴られるだけの便利なガラクタと思ってりゃあ、ペラペラ、ギャーギャーうっせぇ。そんなに死にたきゃ、消してやるよ。二度とそのツラ見らずに済むようになぁ!!」

 何処までも威圧的な吉井の物言いに、早川の感情が揺さぶられる。胸の内に、ずっとあった、誰にも知られたくなかった黒いものが、どろりと溢れてくる。

 「・・・っ、お前たちは。・・・ああ、そうさ。今、ここにいるけど、ぼくは・・・ぼくは確かに、自分を殺した!なんでか、吉井、お前にわかるか?

 ――――――お前らも!親も!学校のやつらも!ぜんぶ、ぜんぶ、ぶっ壊したかった!!・・・全員殺してやりたかった!!ぜんぶ、許せなかった・・・!

 けど、それじゃお前らと同じだ。・・・もう、自分を殺すしか、考えつかなかったんだよ!ぼくは、お前らと同じになんてなりたくなかった!!」

 体中の血液が沸くように、ざわざわと全身に嫌なものが纏わりつく。何度も、頭の中で、様々な方法で、彼らをこの手にかけた。けれどその想像の先にはいつも、虚しさしか残らなかった。暴走した感情を抑えるように、自身の胸倉を抑える早川の足元に、サバイバルナイフが投げられる。視線を床から吉井に向けると、一切の温度を感じない無表情で冷たく言い放つ。

 「ほら、そのナイフで―――ここ。刺せよ、俺の心臓。・・・殺したかったんだろ?」

 分かり合えない。初めからわかっていたことなのに、それでも、それでもとどこかで期待をしてしまっていた。早川は力なくその場に膝から崩れ落ちる。

 「なぁ、早川?お前さ、俺たちを殺したくなかったから、自殺しましたって。恩着せがましく言ってるけどさ、お前さ、ただ単に逃げただけだろ、なぁ?・・・お前はただの弱虫だよ。その内、他の奴らも来るだろうから、俺が責任を取って終わらせてやるよ。お前ならさ、死んでも誰も悲しまないし、丁度いいわ。一回くらい、やってみたかったんだよね。」

 霞んだ視界に映る、背後から差し込む陽の光を反射する白刃。思考が飛んだ空っぽの頭で、目の前のその刃におもむろに手を伸ばす。手に握り絞めたナイフ、目の前には憎悪の対象。壊れた理性をそのままに、ナイフを構え立ち上がったその時。




 「おじゃましまーっす!!」

 気の抜ける、底抜けに明るい声。早川が背後を振り返ると、そこにキクロス越しに見たことのある人たちが立っていた。

 「君たち・・・なんで・・・」

 「あんた、昨日のクソチビ!」

 中町が玲一の姿に悪態をつくも、それを完全に無視して玲一と剣は早川に歩み寄る。事態が掴めず、二人の顔を交互に見やる早川の手から、剣がそっとナイフと取り上げた。

 「・・・遅くなってすまない。これは、俺が預からせて貰う。」

 どうして、と込み上げる感情の扱い方がわからず俯く早川の肩に、玲一がぽんっと手を置く。戸惑う視線に笑顔で応え、そのまま吉井と中町の方に顔を向ける。

 「あのさ、昨日も言ったけど。こいつ、オレらのダチなんだわ。・・・誰かさんのおかげで体調崩しちゃっててさ、このまま連れて帰っから。なーんか文句ある?まぁ、あっても聞く義理ねーけどな。」

 「アンタ、マジでムカつく!!こんなとこまでついてきてキモッ!大輔、コイツだよ、昨日私に酷いことしてきたのっ!信じらんないっ、ボコボコにしてやってよ!!」

 玲一の言葉に声を荒げ、暴れる中町を落ち着けようと、吉井が立ち上がる。

 「おい、裕美!少し落ち着けって・・・。あのチビが例のやつか?」

 「そうっ!嫌がる私に無理やり・・・胸とかお尻とかカラダを触って来たんだよ、あのヘンタイ!!」

 全く身に覚えのない冤罪を目の前で捏造され、玲一は胸焼けしたようにうへぇ、とした表情になる。当の彼女は“私は完全なる被害者です”と白々しく演技を続け、吉井はそれをオロオロと宥めている。玲一は悪意のある女の嘘に既視感を覚え、そのままうんざりとした表情と声色で、挑発するように言葉を投げる。

 「あのさ、勘違い女。例え人類が滅んで、世界中でお前と二人きりになったとしても。オレはお前に絶対に手ぇ出さない自信、死ぬほどあるわ。人には選ぶ権利あるからな、わかる?」

 一瞬の間を置き、中町の顔が一気に紅潮する。その横で彼女を宥めていた吉井も、愛する彼女を冒涜された怒りで顔が真っ赤になった。

 「てめぇら!!!ぶっ殺す!!」

 そう叫びながら、吉井は三人に向かい駆け出す。走りながら、腰元に忍ばせたバタフライナイフを右手の中でカチリと刃を起こし、そのまま勢いよく玲一目がけ下方からナイフを突き出した。早川を庇うように対峙した玲一のさらに前に、剣が割って入る。視界をその背に遮られた玲一が次の瞬間目にしたのは―――ポタリと床に落ちる血液。

 「ちょっ・・・剣くん?!」

 剣は咄嗟に左手で差し出されたナイフの刃を掴み、右手を吉井の顔を包み込むように眼前に突き出していた。触れる直前で、寸止めするように。眼前に出された掌に、反射的に吉井は動きを止めた。なにより、指の隙間から覗く剣の眼に威圧され、本能的に先ほどの怒りは急激に冷め、動けずにその場に立ち尽くした。

 「お前に、俺を殺す覚悟があるのか。」

 ―――畏(おそ)れ。吉井にとって、それを赤の他人に抱いたことは殆どなかった。父親や親族の機嫌を窺うことはあっても、他者に関しては常に自分が圧倒的優位であったから。また、周囲がそうであったから。何をしても、何を言っても、誰も自分に逆らわない。この世は自分の思い通りだった。例えその世界が小さなものだとしても、そこから出なければ、王様でいられることを知っていた。

 初めて知る感情。目の前のこの男は何だ?自分にとって羽虫のように弱く、ただ踏みにじるだけの相手である早川を友と呼び。その友のために、ナイフの刃を素手で掴む?頭おかしいんじゃないか?と、恐怖の中、疑問が次々とわいて出てくる。つぅ、とこめかみを伝う冷たい汗。

 ふと、視線を自分の右手に移す。目の前の男は、柄を握る自分の力より明らかに強い力で、刃を握り絞めている。静かに溢れ出る紅い血が、ナイフを伝って自分の右手に流れて来た。

 「ひぃいいっ・・・!!」

 ナイフの柄を掴む右手を離し、吉井はふらりと後退り、元の場所に戻る。その様子に中町も青ざめた顔で立ち尽くしていた。

 「剣くん、馬鹿!!神経切れたらどうすんだっ・・・。」

 玲一が慌てて剣の左手を掴み、止血の為に傷口を確認しようとするも、出血の跡はあれど傷口の痕は見当たらなかった。

 「・・・え!?」

 「玲一、俺は大丈夫だ。それより、早川さんを頼む。」

 「あ・・・うん。」

 玲一が剣の言葉に頷き振り返ると、一連の出来事に血の気の引いた早川が立ち竦んでいた。一歩近づき、玲一はその背中に手を当てる。そうっと強張りが解け、不安そうなその表情に笑顔を向けた。

 「早川くん、大丈夫。・・・一緒に帰ろう。もう、一人で抱え込まなくっていいからね。」




 距離を置いて恐怖が少し落ち着いた吉井は、震えながら口を開く。

 「お・・・お前ら、ただじゃ済まさねぇからな・・・!!俺と、裕美をコケにしやがって・・・っ!叔父さんに言いつけて、刑務所にブチ込んでやる!!」

 先ほどまでの威圧的な態度に対し、ただ虚勢を張るだけのその姿を目にし、剣は静かにこの場を立ち去るように玲一に目線を送った。そのまま倉庫を出ていこうとする三人に、遠吠えのように吉井は叫ぶ。

 「待てよ!!!ふざけんなよっ・・・!俺は、俺は偉いんだっ!!逆らったやつ、全員ぶちのめしてやんだっ!この世は力が正義だっ!!・・・だから、俺が正しいんだっ!!」

 その叫びに呼応するように、ぱちぱち、と拍手が鳴る。その場の全員がピタリと動きを止め、降り注いだその音の主を探す。

 「うん。“力が正義”で、だからこそ“君は正しい”。・・・そうだね、僕も君の言う通りだと思うよ。」

 はっ、と吉井は倉庫の出入り口のその先を見上げた。出入り口の上にある、陽の明かりを取り入れるための窓と、壁に沿った小さな足場。そこにいつの間にか人が立っていた。吉井の位置からは逆光で姿は良く見えない。

 「だ、誰だっ・・・お前!?」

 「あぁ、お初にお目にかかります。」

 そう言うと心許ない手すりをひょいと跨ぎ、その人は何の躊躇いもなくその場から飛び降りた。通常の人間であれば、骨折ないし、打ち所が悪ければ命を落としてもおかしくない高さから。事も無げに、ストンと降り立ち、立ち上がりジャケットの襟を正す。

 剣と玲一は、目の前に現れた全身白づくめの、一つに束ねた長い黒髪を揺らすその青年の姿に懐かしさを覚える。その青年――――――大和(やまと)蓮十郎(れんじゅうろう)斎定(ときさだ)は、ジャケットの内側から取り出した名刺を吉井の後方のソファに投げ刺す。吉井は一瞬怯むも、その名刺を手に取り紙面を読み上げる。

 「私は大和蓮十郎斎定。戦後の事業拡大によって、今や様々な業種に手を出している何でも屋・・・大和グループの現代表取締役です。結構大手だと思うけど、ご存じかな?」

 「・・・は?!いや、なんでそんな人間がここに・・・?」

 「吉井大輔、僕から君に質問してもいいかな?君の言う正義たる力とは、一体なに?」

 完全に大和のペースに飲み込まれ、戸惑いつつも吉井は怪訝そうに答える。

 「力は、権力で、金だ。俺の親父の会社は、この辺り一帯の働き口を統括していると言って過言じゃねぇ。つまりは、この街の人間は、ウチに食わせて貰ってんだ。それだけじゃねぇ、ウチは元々この地域を治めていた、由緒正しい血筋だ。政治、治安、教育、その殆どにウチの親族が関わっている。権力、それが力だ。それに金さえあれば、何をやっても許される。」

 「あぁ・・・君は、割と確信づいたうえで、そう立ち振る舞っていたんだね。いや、しかし・・・。思ったより話が通じそうで良かったよ。」

 大和の意図が組めず、剣は眉間にしわを寄せて事態を見守っていた。吉井もまた、急に現れた大和の存在に警戒心をむき出しにしていた。

 「じゃあ、吉井君。君が君たる所以(ゆえん)は、一族が受け継いだその高貴な血統と、親族が持つ各所における影響力・・・と言う訳だね。じゃあ、血統はさておき。お父上並びに親族が経営している関連各社を失い、政界や公務執行に置ける影響力を吉井一族が失ったら、君はどうなる?」

 「はぁ?」

 「そもそも、君の言い分じゃ君は・・・“吉井大輔”は何処にも、何にもないね。君自身は、一体何を成したの?」

 トントン、と途絶えることなく流れ続く大和の言葉に、吉井に焦りと苛立ちが出てくる。

 「テメェ、喧嘩売ってやがんのか?・・・お前も、早川の仲間だろ?お前ら全員、地の果てまで追っかけて絶対ぶっ潰してやるからな、覚悟しておけ!」

 「いや、この喧嘩は売ったというより、買ったかな。昔、君が早川君に売った喧嘩を、僕が買った。なぁ、吉井大輔。君は、仮にも跡継ぎを名乗っているのだから、自分の親が経営している会社と、一族が関わっている系列の会社くらい把握しているよね?その株主と、取引先関係各社とか。」

 「はぁ?さっきから何なんだテメー・・・株主と取引先・・・・・・まてよ。」

 吉井は顔色を変えて、先ほど渡された大和の名刺を確認する。裏面には、グループの系列企業名が記載されていた。その小さな文字を目で追うたびに、吉井の顔から血の気が引いていき、ふらりとそのままソファへ座り込む。

 「ちょ・・・大輔、どうしたの?」

 「良かったよ、ちゃんと跡継ぎとして勉強はしてくれていたみたいだね。安心したよ。名刺の裏に記載されているうちの系列会社、いくつか見覚えあるでしょ?本当はこんな将来性のない会社の事実上乗っ取りなんて、うちには何の利益もないんだよね。・・・暗躍するのに大分苦労したしなぁ。

 ・・・あぁ、あと。政界と・・・教育関係と警察にもいらっしゃったよね、君のご親類。大和の血縁も各所に関係者が居てね?―――聴けば、叩けば埃しか出ないそうだね、君ら一族は。話したら、各界の大和の皆さんはこの機に大掃除しようって張り切っていたよ。」

 吉井は大和の言葉にソファの上で膝を抱え込み、カタカタと震え出す。

 「“力”が“正義”だったね。大好きな権力とお金を失って、君はこれからどう生きるの?・・・願わくは、これまでの自分の行いを顧みて欲しい。」

 そう言い残すと、大和は振り返り、ふと目についた剣の血まみれの左手に苦笑する。

 「本当に・・・無茶しかしないな、君は。」

 「お互い様でしょう、それは。」

 ふっ、と場の緊張が解け、四人がそのまま外へ出ようとすると。

 「待って!!!」

 背後から叫び、中町が駆け寄る。

 「私、あの男に脅されていたんです・・・!今までのことだって、嫌だったけどやらなきゃ、あの男が怖くてっ!お願いします、どうか助けてください!!」

 中町はそう言って吉井を指差し、潤んだ瞳で上目遣いに大和に縋りつく。大和は彼女をそっと自分から引き離し、優しく言葉を返す。

 「残念だが・・・僕では君を救うことは出来ない。いや、現代医学では・・・かな。」

言葉の意味がわからず、きょとんと首を傾げる彼女に大和はにっこりと一言。

 「馬鹿に付ける薬はないからね。」




 放心した二人を後に、四人は車へ移動する。剣の左手の傷口は完全に癒着しており、異常な治癒能力は『門番(ゲート)』の影響だろう、と推察された。一応検査をした方がいいと、乗ってきた車は一旦置いて、大和の来た車で全員帰路に着くことに話がまとまると、早川がその歩みを止めた。体調を心配して玲一が話しかけるも、力なく寂しげに微笑み。

 「ぼくは、みんなと一緒に帰れません。」

 そう言葉を残し、彼はそのまま気を失ってその場に倒れ込んだ。

 ――――――身体から意識が離れ、ふわりといつも居たあの場所に戻る。固く閉じた筈の扉は、大きく開かれていた。そしてその扉の前に、ひとつの人影。ずっと見ていた、小さな背中。仄暗いその空間に浮かぶ光のように、淡く揺らぐ少年がこちらに振り返る。

 「―――やっと、会えました。」

 どことなく自分に似た、切れ長のつり目。宝石のように輝くその透き通った瞳で、少年は真っ直ぐこちらを見つめる。

 「ずっと隠れて見ていて、ごめん。・・・はじめまして、ぼくは早川俊昭といいます。」

 「私は、キクロスといいます。謝るのは、こちらの方です。貴方の遺志を踏みにじるように、私・・・私たちは・・・。」

 ぎゅっと俯くキクロスに、早川は歩み寄りその前で跪く。視線を合わせ、柔らかい笑顔で話しかける。

 「なんで、謝るの?・・・ぼくはさ、世界に、自分に絶望して、命を絶つことにした。辛くて、苦しくって、どうしようもなくって。ただそれだけで終わっていた、ぼくの人生に。キクロスと大和さんは、たくさん奇跡を起こしたんだよ?嬉しいとか、楽しいとか。ずっと忘れていたことを、思い出したんだ。・・・本当に、ありがとう。」

 「わた・・・わたしはっ、早川さんのことっ、知らず・・・にっ!!」

 キクロスの大きな瞳から、ぽろぽろと雫が零れ落ちる。早川は、その頭を優しく撫でる。

 「ぼくが、意識と記憶を閉じていたんだ。キクロスは、何も悪くないだろ?・・・君のおかげで、ぼくは。この世界にも優しさがあった、って知れたんだよ。ね?」

 「はいっ・・・。鹿蔵様も、木村様も。不器用ですが、大和も・・・みんな、優しいです。だから、早川さん、生きて・・・生きてください。」

 嗚咽交じりに、キクロスは言葉を絞り出す。その小さな身体を早川は抱きしめる。

 「それは、できない。」

 「嫌ですっ・・・!!生きてくださいっ、早川さん!」

 身体を離し、キクロスの両腕を両手で掴み、表情を覗くように語り掛ける。

 「ぼくは、死んだんだよ。その事実は変わらない。キクロス、わかっているんだろう?今までのぼくは、自分の身体に残った残留思念のようなものだった。・・・ほら、もうこの世界に思い残すことがないから、この意識も・・・溶けていく。」

 静かに、緩やかに。その身体は空間に溶けていく。キクロスは成す術もなく、目の前の人を繋ぎ止めようと必死にしがみついた。

 「どうしてっ、どうして・・・!」

 「・・・ねぇ、キクロス。ぼくの身体で、君が生きて。ぼくら、二人で“袴田虎路”なんだろう?大和さんたちが必要としているのは、“袴田虎路”なんだ。・・・本当に、本当にありがとな・・・。ぼくは君に・・・君たちに会えて嬉しかった。------産まれて来て、良かったよ。」

 「はやっ・・・俊昭さんっ!!」


 泣かないで。笑ってよ、キクロス。――――――いや、虎路。ぼくは君で、君はぼくだ。


 気が付けば辺りは一面明るくなり、その世界に溶けるように、早川俊昭の意識は消失した。その光の中で一人、キクロスはうずくまり泣き続けた。肉体のない空間である筈だが、心が裂けるような痛みと共に、温かな雫が止めどなく瞳からあふれ出ていた。

 ひと時のあと、キクロスもまた、静かに光に溶け始めた。その細い手足首を縛り付けていた、黒い枷と鎖もいつの間にか、溶けて消えていた。


 私は、袴田虎路として・・・あなたの続きを生きます。私はあなたで、あなたは私です。


 次に目覚めた時。意識が身体に繋がった時。その時、あなたはもう、ここにはいない。だから私は、精一杯、笑います。袴田虎路として、生きます―――。ありがとう、おやすみなさい・・・俊昭さん。そう、心に誓い。虎路は目覚める。



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