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絶対守護神ガーディナー  作者: ぶんじ
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第十四話 崩壊と、孤独の果て。

 「大和さん、大丈夫ですか?・・・貴方も、無理しない方がいい。辛いのなら、これ以上詮索するつもりはありません・・・ですが、人に話すことで少しでも楽になることもあります。大和さんさえ良ければ、俺に聞かせてください。」

 部屋を出てすぐに、剣は大和にそう申し出た。この数ヵ月、ガーディナーとして活動していた中で、大和自身にプライベートや休息の時間があるように感じられなかった。オーバーワークの中で、ガーディナーとしての時間を捻出しているように見受けられた。

 「鹿蔵君、ありがとう。君を自己満足の懺悔に巻き込むのは、心苦しくあるけれど。・・・聞いて貰えるかな。」

 剣は快諾し、大和にこれから時間に余裕があるか、最後にまともに食事を摂ったのがいつであるかを確認した。予想外の質問に大和の強張りは解け、心底不思議そうな表情を返した。

 「自分じゃ気付いていないでしょうが、大和さんもずっと顔色が悪いですよ。過去に起きたこと、起こしてしまったことは、どんなに悔いても変えることはできません。そして一人で思い悩めば悩むほどに、後悔の念は深く記憶に刻まれていきます。・・・そうなってしまえば、自分一人の力でその泥沼から這い上がるのは、難しくなります。

 貴方は今、一人ですか?・・・第三者の視点は、少しどころか多分に役立ちましたよ。今度は、俺に手伝わせてください。」

 剣の言葉に大和は俯き、時間はどうにかできること、最後にまともに食事をしたのが一昨日の昼食であることを告げた。剣は喉元まで出かけた説教をどうにか飲み込み、胃に優しいものを直ぐに準備する旨を伝え、一度自室に戻り三人分の軽食と虎路用に粥を用意し、大和の部屋へ移動した。

 初めて踏み入る大和の部屋は、自分の部屋と同じ備え付けの家具家電がある他に何もなく、リビングルームは生活臭を一切感じさせなかった。剣はテーブルの上にテキパキと食事の用意をしながら、純粋な疑問を大和へ投げかけた。

 「大和さんは、この部屋を利用しているのですよね?」

 「あぁ。・・・時間が取れる時に仮眠のため寝室と、奥の書斎だけは使っている。鹿蔵君みたいに家事スキルを持ち合わせていないから、キッチンやリビングに関してはまともに使ったことがないんだ。」

 テーブルの上に用意された雑炊は、大根葉と椎茸のシンプルな具材と雑穀米が丁寧にとった出汁で煮込まれ、ふわふわの卵でとじられていた。その横には箸休めに紅白なますと、温かいほうじ茶まで用意された。大和は手を合わせ、いただきますと木製スプーンで温かなそれを口に運ぶ。優しい味わいと温もりを舌で感じ、飲み込むと喉から胃までがじんわりと温まる。美味しいと大和がぽつりと呟き、口に合って良かったですと剣が返す。

 食事を終え、お茶で一息ついた後に大和が本題を切り出す。

 「さて、何をどこから、どう話そうか・・・。」




 「そうですね。袴田さんは、早川さんの身体と『門番(ゲート)』であるキクロスの意識の集合体であること。早川さんが理不尽な暴力に苦しめられ、自ら命を絶つ選択をしたこと。・・・それはわかりました。玲一も言っていましたが、俺も早川さんのご両親について疑問があります。どう説明して、どういう理解を以って、現状の袴田虎路という存在があるのか。

 後は、先ほどサッカー部でのトラブルをきっかけに、不良グループに目を付けられたように聞きましたが・・・今日、袴田さんに絡んできた女性は何者ですか?いじめグループの一員でしょうか。」

 剣は口元に手を当て、先ほどの話を頭で整理しながら口に出す。大和はテーブル横に置いていた資料に手を伸ばし、手に取りパラパラめくった。

 「早川君のご両親・・・か。君たちの疑問の通り、まぁ・・・母親はかなり変わった人だったよ。さっきは、いじめで足を潰されたことが決定的な要因だと話したけど。正直なところ、ご両親で早川君が一人ぼっちにならざるを得ない状況を生み出したと、僕は考えている。

 早川君を病院へ搬送し、旧知の医師に状況を伝え、持ち物から連絡先を確認し、ご両親に連絡を取った。薬物の摂取からそう時間が経過していなかったから、胃洗浄と諸々の検査を行う程度だったけど。意識がないまま『門番(ゲート)』を封じたことが人体にどう影響を及ぼすのか・・・意識は戻るのか?・・・先が全くわからない状態だった。」

 大和は、病室のベッドの上で幾つかの管を繋がれ横たわる早川俊昭(はやかわ としあき)の傍らに立ち、焦りと勢いで突き進んだ自身の行動についてじわりと後悔の念が湧き起こるのを感じた。彼の遺書は両親に向けられたもので、“先立つ不孝をお許しください”といった驚くほどに当たり障りのない簡潔な内容だった。

 病院に駆け付けたご両親に、新規の土地開発の為に森林部の調査を行っていたところ、ご子息が自ら命を絶とうと薬物を過剰摂取し、意識不明で倒れていたところを偶然発見し、病院へ緊急搬送した所だと。当たり障りのない説明を行った。

 父親である早川克司(はやかわ かつじ)は顔面蒼白になり、今にも倒れそうにショックを受けていたが、母親である比紗子(ひさこ)の反応は全くの想定外のものであった。

 「あの疫病神、まだ生きているの?」

 まるで汚らわしいものを見た時のように、眉間にしわを寄せ母親はそう発言した。隣の父親は、信じられない、と言わんばかりの表情を向ける。その後は、早川比紗子の独り舞台だった。




 本当に信じられない、なんて人生なの!私は、勤めに出るのが嫌だったの。だから、そこそこ名の売れた企業に勤めていたあなたと見合い結婚したの。老後のために、子どもも産んだわ!なのに、何の役にも立たないのにサッカーの才能があるですって?周りのお母さんたちは、子どもの才能を親が支えるのは当然と言わんばかりに私を責める。冗談じゃない!そんなものにお金と時間をかけて、プロになれなかったらどうするの?なんで、あの子のために試合の世話とか要らないことしなきゃいけないのよ、うんざりだったわ!!

 生活だって、余程の贅沢をしなければ普通に暮らせていたのに、あなたが会社をクビになったりするから!クビになったのはあなたの責任でしょ、なんで私がパートに出なきゃいけなかったのよ!底意地の悪いババアばかりでいじめられて最悪だった!!

 やっと仕事が決まったかと思えば、子どもを私に押し付けて、自分だけ別に住もうだなんて。私一人に育児を押し付ける気だったのでしょう?それで子どもが非行に走ったら、どうする気だったの。全部私の責任になるじゃない!だから毎回ついて行ったのに、仕事にかまけてあの子をほっとくから、あんな暗くて何を考えているのかわかんない不気味な人間に育っちゃって。

 新しい仕事が決まって、今度こそ落ち着けるかと思えば、あの子は教師への恐喝、喫煙、盗難って事件しか起こさない!!最悪の親不孝だわ、あの悪魔!!

 毎日、死ねばいいって思っていたわ。こんなことなら保険金でもかけるべきだったわ。今まであいつにかけた養育費、ドブに捨てたものじゃないの。しかもちゃんと死ねていないとか、最悪極まりないったら。


 「―――と、いった内容を大音量で病院の通路で喚き叫んで、父親や看護師たちとどうにか取り押さえてご退出願った。・・・これが、早川君の母親。父親とは、日を改めて面会した。その時、直球で離婚は考えていないのかと聞いてしまったけど・・・。」


 自分は、夫が外で働き家族を養い、妻は家を守るものだと、そう考えていました。元々、彼女の言動の端々からおかしさは感じていましたが、仕事の忙しさを理由に、家族とまともに向き合う事を避けていたのかもしれません。本音を言えば、妻を相手にすることが面倒くさかったのと、あの本性を暴くのが恐かったのでしょう。そして、問題を先送りにし続けたツケを、すべて俊昭に背負わせてしまった。

 あの子が、小さい頃からずっと我慢していたのは知っていました。妻のあの様子でしたら、不平や不満は長年・・・すべて俊昭に向けられていたのだと思います。引っ越しを重ねる内に、あの子から表情が無くなっていくことも、気付いていました。だからこそ転校せずに済むようにと、また仕事を変えました。

 高校であの子が起こした問題行動の数々が、謂れのないものであることも・・・どこかでわかっていたのです。社長の息子に目を付けられて、不当な扱いを受けているであろうことも。なのに、また職を失う恐怖に抗えなかった。妻が癇癪起こすようなことをしたくなかった。

 犠牲にしたのです、我が子を。―――まさか、自殺するなんて!私が、あの子を見捨てた。そう、私が殺したようなものです・・・。

 ・・・彼女は、家庭を持つべき人間ではなかったと、母となる人間ではなかったと、そう思います。そんな人間を、私が妻にし、母にした。それが私の罪です。離婚という逃げ道を使わず、俊昭に辛い人生を送らせてしまった罪を、その代償と責任を、私は妻と一生連れ添うことで果たそうと考えています。




 「・・・と、話してくれた。彼が目覚めた時、それの意識がキクロスだったことに、僕は安堵した。早川君をこの世に繋ぎ止めたことを強く後悔していたから。・・・それで、意識を取り戻したが、記憶を全て失っていると父親に連絡を取った。

 記憶も、名前も、過去を全て捨てて、新しい名前で新しい人生を送ってもらおうと・・・そうして、“袴田虎路(はかまだ とらじ)”という人物が誕生した。この先の彼の人生は、僕が責任を以って預かるという条件で了承いただいてね。」

 剣は大和が語る間中、頭を抱えて俯いていた。その様子を窺いながら、大和はすっかり冷めたお茶を口にする。その冷たさが、今は心地良い。

 「そして・・・まぁ、今日トラに絡んできた女性だけど・・・あぁ、もうこんな時間か。」

 壁の時計を確認すると、いつの間にか日付が変更する時刻になっていた。大和は言葉を失っている剣に改めて言葉をかける。

 「鹿蔵君、続きは後日時間を取ろうか。・・・今日は色々あって疲れただろう。」

 剣はゆっくりと抱えた頭を起こし、神妙な顔つきのまま大和を見る。

 「いえ・・・その、なんというか・・・。袴田さん、というより早川さんを取り巻いていた環境というか、人間というか・・・。世界に色々な人がいることは、わかっていたつもりですが。・・・すみません、上手く考えがまとまりません。大和さんさえ良ければ、続きを聞かせて貰ってもいいでしょうか。」

 「わかった。・・・君たちも、肉親との関わりに悩んだり苦労したりしてきている。だが、周囲の支えや助け、自身の勇気と決断を以ってそれを乗り越えている。だからこそ、早川君の置かれていた状況に歯がゆさを感じているのだと、そう思う。・・・救いの手を、求めることも出来ないまでに追い込まれる孤独。」

 もし、彼が苦しんでいた時に、その近くにいたのなら。自分たちに出来ることはあったのだろうか。例え話は実にならずとも、そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 「続けるね。今日、駅で絡んできた女性は中町裕美(なかまち ひろみ)だと考えている。吉井大輔(よしい だいすけ)と交際関係にある。・・・そして、早川君がいじめの標的にされた大本の元凶とも言える。」




 吉井大輔を筆頭に、取り巻きの男子が二、三人。そこに吉井が惚れ込んでいる中町裕美、その悪友が加わった集団。地元では吉井一族の権力に誰も逆らうことが出来ないため、彼らにとっての日常は、自分たちが王様で居続けられるワンサイドゲームのようなものだった。

 「元々、ガキ大将ではあったが吉井本人は悪ガキ程度の影響しかなかったらしい。それが中学で出逢った中町の存在で・・・まぁ、悪化したようだね。彼女の為人(ひととなり)については中学時代の同級生から聴取した話がある。

 小さい頃から容量のいい子どもだったそうで、場の権力者・・・例えるなら、その時々で一番影響力を持っている大人に気に入られる処世術を持ち、自分が格下と判断した相手・・・弱者は見下し、態度はとことん強気だったそうだ。成績は普通だったが、とにかく弁が立つことと自身の“女”を上手く利用していた・・・と、見下された同性からはすこぶる不評を買っていたようだが。たまにいるよね、謎のカリスマ性というか、一部の人間にだけ絶大な支持を得る人間。大体が対照的に大多数に嫌悪されるって不思議な状況なのだけど。

 それが中学の時、彼女の短いスカート丈を注意した先生がいたらしい。その先生は逆恨みで吉井一派に嵌められたそうだよ。放課後に中町を一人化学室に呼び出し、いかがわしい行為を強要したと。学年主任や校長たちが中町の言い分のみを聞き教育委員会へ報告、その先生は教員免許を剥奪された。・・・ここは裏で吉井一族が絡んでいるだろうけど。・・・新婚で、奥さんが妊娠したばかりだったところに社会的抹殺。精神を病んで、この方も早川君のように亡くなられている。」

 剣は腕を組み、眉間にしわを強く刻み大人しく大和の言葉に耳を傾けていたが、固く結んだその口を開く。

 「・・・その、大和。その話は確かなのか?」

 「信じたくないよねぇ。それが、うちの探偵さんはやたら優秀と言いますか・・・。実際殆どの関係者に直接聞き込み行ってくれていまして。一人の証言なら信憑性が低い話になるけど、同級生、教員、複数から同様の証言が出ている。その先生、真面目で正義感強くて現場思考というか・・・生徒に人気あったみたいで。吉井を贔屓することもなかったらしいから。なにより、中町本人が自作自演で冤罪を作り出したと。訃報を耳にしたときに笑いながら話していたらしいからね。これは、仲間内の人間の話だから、本当だろう。

 ・・・だからこそ余計に、この事件から彼女に逆らえば名実ともに命の保証はない、と周囲に恐怖が刻みつけられたのだろう。特に早川君は高校からその地域に入ったよそ者だったし、みんな見て見ぬふりをする他なかった・・・と。」

 「なんというか、早川さんのお母さんの話も耳を疑ったが・・・中学生だろう?月並みな感想かもしれんが、そのような所業ができるものなのか?」

 信じたくない、と剣の縋るような想いを感じながら、大和は真っ直ぐ視線を向ける。

 「鹿蔵君、残念だけど・・・純然たる悪意は存在するよ。せめて、動機や因縁、信念とか。何かしらの理由がそこにあれば、理解も出来ようものだけど。

 ・・・と、話しが逸れてしまったね。本題はもっとシンプルで、その中町裕美が早川君に好意を抱いたそうで。力づくで手に入れようと色々画策したことに加え、吉井大輔の嫉妬。さすがに詳細は人目に触れさせるのがどうかと思って、さっき渡した資料には載せてなかったけど・・・。」

 しん、と部屋が静まり返る。暫くの沈黙の後、大和が手を打つ。

 「これが、僕が話せる早川俊昭に関する情報のすべて。・・・名前を変えて、土地も離れたのだから二度と会うこともないだろうと放置したけど。今回の件は、正直に結構頭にきた。・・・自分自身にも、ね。

 彼女に対しての対応は僕に任せてもらう。これは僕の、早川君に対するけじめだ。鹿蔵君・・・と、木村君。君たちは今後、絶対に手を出さないように。」

 ひとつ間を置いて、剣が首を傾げる。

 「玲一?」

 「おーっと・・・。さすが大和さん、盗み聞きバレちゃってましたかぁ~。」

 手元のプロテクターから玲一のぼそぼそとした小さな声がもれる。

 「木村君、もちろんトラには聞かせていないよね?」

 「だいじょーぶです!プロテクターに小型のワイヤレスイヤホンついてるの発見したんで、こっそり聞かせて貰いました。袴田さんはあの後すぐに眠ったみたいで、今は顔色もだいぶ落ち着いてますよ。・・・ってか、大和さん。この一件にはオレにも責任があります。オレにもできること、やらせてください!」

 「駄目だ。」

 静かに、強く短い大和の言葉に二人は怯む。




 「・・・僕たちはガーディナーだ。僕らの使命はなんだい?それは初めに説明した通り、この世界を守ること―――自分自身の命を懸けて。対象は地球、そこに存在する生命。それが例え今回のような救いようのないクズが相手でも、『半獣落ち(フォールド)』に襲われるようなことがあれば、僕らは・・・守るために、戦う。戦わなければならない。

 ただでさえ僕らは『契約者(リアクタ)』である以上、一般人相手に手を上げることなど以ての外。少なからず『門番(ゲート)』の影響を受け、僕らの身体能力は常人のものではなくなっている。・・・心当たりがあるだろう?」

 大和の言葉に剣は心当たりを思い返す。祖父から様々な武術を叩きこまれ、日常的に肉体を鍛えていたとはいえども、『契約者(リアクタ)』となって『半獣落ち(フォールド)』と対峙した時の自分の身体に宿るその力を感じていた。以前の自分であれば、エルナトにもデネボラにも、ダメージを与えることは叶わなかったであろうと。

 「特に、君ら二人は真っ直ぐすぎる。今回の相手は対極、その相性からまともな交渉が成立するとは、とても思えない。・・・ちょっと、時間を捻出するのに手間がかかるけど。必ず、ケリをつける。だから、今回は僕に任せて欲しい。」

 大和の強い決意と、相手が一般人である以上、自分たちにできることがない事実から、二人はその申し出を了承する。既にあと数刻で太陽が目覚める時間であったが、それぞれ自室に戻り休むことにしてその場を解散した。

 剣は自室で静かに眠りにつく虎路の様子を確認し、リビングのソファに横たわる。全体重をソファに預けると、疲労が大きな塊となって圧し掛かってくるように感じた。

 『半獣落ち(フォールド)』は、故郷である地球に帰りたいと言った。その姿形は人外であれども、一つの信念を持っていることは理解できた。しかし、今日起こった出来事と、得た情報。大和が、純然たる悪意と称したもの。―――狂っている、・・・そう思った。

 言ってしまえば剣自身の両親についても第三者からみれば、割と常識から外れたものである。だが、母が剣の存在を受け止められなかった理由は、剣自身は祖父から伝え聴いたこともあり納得している。

 もしかすると、彼らにもなにかしら、そうなるべくの経緯が存在しているのかもしれない。しかし、早川俊昭の死という結果は変えようがなく、その事実に対しても散々であった。

 「・・・俺は、あなたが思うような善人じゃないですよ、大和さん。むしろ、あんたこそ向いてないでしょうが。・・・・・・優しすぎるんだよ。」

 剣は暗闇の中ぽつりと呟き、そのまま意識を手放した。




 「剣、・・・剣。」

 誰かが呼んでいる。ふと意識を取り戻せば、見慣れた景色が視界に入る。自分を呼んだ声の方向に身体を向けると、そこには大好きな祖父が姿勢正しく正座していた。

 (あー・・・これは、夢か・・・。)

 ぼんやりとした意識の中で、なぜかその事実だけを認識できた。仕事で忙しかった母に代わり、自分を育ててくれた祖父。誰よりも尊敬して、誰よりも大好きだった。

 「剣、おまえなぁ・・・。小五になって将来の夢が“正義の味方”って・・・。そりゃあ男なら一度は夢見るもんだがな、さすがに学校の授業でそれを回答したら駄目だろう。先生をあまり困らせてはいかんよ。それに、具体的にどうやって“正義の味方”になるつもりだ?」

 (そういえば。昔、社会の授業で将来の夢を書くって課題があって・・・素直に書いて、心配した先生から家に連絡行ったことあったな。)

 「どうって・・・。」

 「世間一般の感覚で言えば、警察官や検事あたりがそれらしい職業なんだろうが・・・。わしは、おまえには向いとらんと思う。そりゃな、剣に警官目指して貰えたら、じいちゃんは嬉しい。しかしな、世の中は綺麗ごとだけで成り立っておらん。っと、元警官のわしが言ったら元も子もないんだがな。

 おまえが目指す正義というのも、テレビのヒーローなんじゃろ?現実、あれを目指すなら俳優を目標にするのが堅実だとも思うがな。まぁ、演者というのもまったく向いてなさそうだがの。」

 自宅に併設した小さな道場。剣は毎日この場所で祖父に稽古をつけて貰っていた。道着に身を包んだ祖父は特段厳しかったが、たくさんの大切なことを学んだ。

 「うん・・・俺には演技とか無理だよ。」

 (“正義の味方”、それを目標に生きていた。きっかけは、恵の笑顔。いつも辛そうにしていた弟が、窓から飛び降りた俺に向かってヒーローみたいと目を輝かせて言った。テレビのヒーローは、誰かのために戦い、傷つきながらも、いつも仲間と共に笑っていた。

 高校卒業後、手当たり次第に様々な職種にチャレンジした。たくさんの人と出会い、別れた。積み重ねた経験が、いつかその不明瞭な“夢”に答えをだしてくれると思ったから。だけど、どれだけ時が経過しても答えはでなかった。ガーディナーは、俺が望んだ“正義の味方”。・・・本当に、そうか?)

 「剣、わしはな、別におまえの中にきちんとした将来像があるのなら、その夢を全力で応援するぞ。しかしなぁ・・・おまえ、目的があってこその夢だろうに、なんのために“正義の味方”になりたいのか自分自身でわかっとらんのだろう?

 ・・・本当なら、もっと無邪気に自分勝手に生きていい年齢だろうに。自分の望みもわからんくらいに気を遣わせとるんだな・・・。わしと貴由(きゆ)の問題に、おまえの人生を巻きこんで。子どもの盛りに、子どもらしくさせてあげられんで・・・本当に、申し訳ない。」

 (―――じいちゃん。夢の中でまで、悲しい顔しないでくれよ。なんで、なんで俺の周りは、俺の大切な人たちはみんな、いつも辛そうなんだ?・・・俺の存在が、いけないのか?そう、させているのか。・・・望まれないのなら、俺は、何故ここにいるんだ?)

 夢と認識している。感覚はないはず。なのに、在りし日の幼い自分の頬を、温かな何かが伝うのを感じた。

 《望めばいい》

 どこからともなく聴こえた、どこかで耳にしたような声に反応して顔を上げると、ふわりと、背後から包まれるような温もりを感じた。

 《望めばいい、自分を。》

 暗く冷たい世界の中で求め続けてきたのは、こんな温もりだったのかもしれない。どこか懐かしさを感じるその声に瞳を閉じると、その身体が優しい光の中に溶けていくようだった。

 《次は、私がきみを助ける――――――。》




 部屋のチャイムが鳴り響く。急激に意識を現実に引き戻され、反動で剣はがばりと起き上がる。呼吸が乱れ、心臓が早鐘のようにばくばくと鳴る。

 「はぁ、はぁ・・・。なんだ・・・なにか、夢をみていたのか?」

 室温は高くないのに、うっすらと汗が滲み、こめかみがちくりと痛む。額に手を当て、呼吸を整えながら先ほどまで見ていたであろう夢を思い出そうとするが、まったく記憶に残っていない。数秒の後、諦めて玄関の扉に向かう。

 戸を開けると、玲一が心配そうにこちらの様子を窺っていた。

 「もしかして、剣くんまだ寝てた・・・?ごめん、袴田さんの具合が気になったんで様子見に来たんだけど・・・むしろ剣くんが顔色悪くない?体調大丈夫?」

 「いや、大丈夫だ。少し夢見が悪かったのか、まだ頭がぼんやりしているだけだ。・・・玲一、今何時だ?」

 一応早すぎないようにって気を付けたんだけど―――と玲一は時間を告げる。現在時刻は午前九時過ぎ。

 「こんな時間まで寝てしまうとは・・・袴田さんを休ませているというのに。面目ないな・・・。」

 「昨日の騒ぎだもの。疲れたんでしょ!剣くんこそあまり無理しちゃ・・・。」

 剣は玲一を迎え入れると、そのままキッチンへ移動しコップ一杯の水を胃へ流し込んだ。水分が体内を駆け巡ると、ようやく意識がハッキリとしてきた。ふと目線を上げると、寝室を覗いた玲一がバタバタと部屋を走り抜けバスルームへ向かっていた。

 「玲一?どうした。」

 「ちょ・・・まっ・・・え?!け、け、剣くん!は、袴田さん、ベッドにいないし、トイレにもお風呂にもいないけど!」

 目覚めて自室に戻ったのだろうか―――との考えが一瞬頭をよぎるも、それよりも胸がざわつくような、嫌なものが込み上げた。咄嗟に手元のプロテクターで虎路の位置を確認すると、現在地からかなり離れた場所を示していた。

 「・・・位置をみるに、だいぶ西へ移動している。県を跨ぐんじゃないか、これは・・・。」

 「袴田さん、乗り物の乗り方も知らない筈だよ?!とにかく、大和さんに確認してみないと・・・大和さんが病院に連れてったとかかもしれないし・・・。」

 「待て、玲一。大和さんが連れだしたのなら、俺たちに何か一言あるはずだ。状況から、袴田さんが自分で部屋を出て、自分の意志で西へ向かっていると考えるべきだろう。

 一旦、俺たちで後を追おう。今すぐ出られるか?大和さんには移動しながら報告しよう。・・・あの人も、かなり無茶をしている。必要最低限、負担をかけるのは避けたい。」

 そうして二人は素早く用意を済ませ、本部を後にし虎路の後を追った。



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