閑話その③ 家族
ガーディナー本部のある街から少し離れたオフィス街。大きなオフィスビルの一階にある、セイレーンのロゴが有名な某カフェの窓際のテーブルで、二人の若者は対面していた。
「・・・いや、この店は基地本部のビル階下にも入っていなかったか?何故わざわざ隣町の店舗に来たんだ。」
ドリップコーヒーを片手に、剣は素朴な疑問を口にする。
「そりゃ、気分転換ってやつですよ、ダンナ。つーか、うっわぁ~・・・初めて飲むけど、ヤバいわこのスイーツ感・・・そもそも飲み物なのか、これは?」
玲一はレジでパートナーにあれやこれやを聞きかじり、勧められたカスタマイズを試しまくった、チョコレート感溢れる、若者が大好きなホイップが乗ったコールドドリンクを眺めていた。学生に人気らしい、無料カスタマイズのホイップ増量とチョコソ&キャラソ追加を今度妹たちにご馳走してやろうと考えつつ、ストローに口をつける。
「うん、甘い!!!」
「だろうな。知り合いに、そのドリンクは専用のシロップを大量に投入していると聴いたことがある。」
「剣くん・・・そういう嫌な現実に引き戻すような話、やめようよ。キャラメルとか抹茶のやつ飲んでる女子から睨まれるやつだよ、それ。・・・だってさぁ、昨日のことを思い返せば、たまにこういう羽目を外したっていいんじゃないかってならない?
・・・じゃなくって。ね、剣くんさ、正直に『半獣落ち』のこと、どう思う?」
わざわざ場所を変えることに、あまり深い意味はなく。事実、気分の問題なのだろうと剣は考える。ガーディナーに関わる場所から離れ、落ち着いて話したかったのだろうと。
玲一は昼過ぎに目覚め、慌てて虎路に連絡を取った。先日の件についての報告は、大和が海外出張から戻り次第、改めて収集をかけると聞き、剣を誘い本部を後にし現状に至る。
「俺が戦ったのが、ネズミの半獣アルファ。玲一が戦ったのが、ウシの半獣エルナトか。確か、大和さんは『華園』で罪を犯した人間が、獣落ちする・・・という感じの表現をしていた気がする。」
「だけど、エルナトは自分を元々『地球』の人間と言っていた。家や故郷って意味でのホームなら、辻褄は合うよね。彼らが地球をホームと呼ぶことに。」
「ああ。・・・しかし、最期に暴走していたように見えたが、あれは一体何だったのか。」
二人はうーんと渋い顔になり、手元のドリンクに口をつける。
「・・・オレは、エルナトが二つに分かれたように見えた。人間だったものと、それを包む黒い何か。二つが合わさって、あの半獣体になってるんじゃないかって思う。だとしたらだよ?もしかすると、元の人間に戻す方法があるかもしんないじゃん。そんなのと戦える?・・・オレは、止めをさす自信がない。・・・いや、実際対面したらそんな余裕かましてらんないのも承知の上だけどさ。むしろ、こっちがやられる可能性のが高いわけだし。」
「俺が見た限りでも、エルナトの行動は、自分が人である意識の内に、その命を絶ったように思えた。だが、アルファについては自ら望んで半獣であったようにも感じた。」
玲一は大きく息を吐き、テーブルにごろんと頭を置いて窓の外を眺める。
「・・・まだまだ、わかんない事だらけってことだよね。大和さんたちが何処まで知ってやってるかにもよると思うけど。・・・そういえばさ、剣くん。エルナトの腕、ぶった斬ってたよね?なんか昨日、刀みたいなの持ってなかった?」
玲一は先日のことを思い返し、ふと思いついたように尋ねた。状況が状況だけにスルーしていたが、冷静に思い返せばちょっと待てよ、な出来事だった。
「ああ、説明会の時に話していた“武器転送”が実装したんだ。通常は本部の武器庫に保管されていて、プロテクターを介して自分の元に呼び出すことが出来る。・・・なんかな、物質を素粒子単位まで分解して、さらに『華園』の空間質量を利用して転送し、さらに再構築するとかなんとか説明を受けたのだが。」
「大丈夫。剣くん、オレも聴いてもわかんない。プロテクターが武器専用のどこでもドアになるってことね。・・・そういやさ、剣くんの『門番』って、人の姿あるのかな?名前とか知ってる?」
日差しの強さがだいぶ和らいだとは言え、まだまだ残暑厳しい初秋であったが、さすがにベンティサイズで飲むものではなかったなぁと、玲一は飲みかけのドリンクをストローでくるくる混ぜた。身体が冷えて、中々進まない。
「人の姿?名前?・・・何のことだ。」
玲一は自分の左足を差し出し、足首の紋様を剣に見せる。
「オレ、昨日『契約者』になったんだ。エルナトはこの『門番』を追ってきたみたい。この『門番』が、なんか別空間みたいなとこに隠れてたんだけど、そこにオレを呼び出して『契約』した。ピサンリっていう、すごい色素薄い、キレーな外国の子どもみたいな姿してたんだ。」
「そういえば、大和さんも『契約者』だと言っていたような・・・。」
話していた剣の動きが、窓の方を向きピタリと止まる。玲一もその視線を追うと、窓の外に二人の女子高生が張り付いていた。若干の恐怖を感じつつ、ニッコリ笑顔で並ぶ同じ顔にその名を呼ぶ。
「実菜、詩織!?」
店内に突入してきた双子は、剣に挨拶をした後、玲一にステレオで自分ばかりずるい!!と不平不満を申し立てた。兄妹水入らずを邪魔してはいけないと、剣は先に退出してしまった。またも、確信づくような話をしていた気がするのに、どうしてこうタイミング良く邪魔が入るのだろうか。などと玲一は考えたが、邪魔などと称したら双子に何と責められるかと思い、ひとまず考えるのを止めた。
双子の要望に沿い、女子の好みそうなお洒落なカフェに場所を移し、目の前でいちごパフェとチョコレートパフェを幸せそうに頬張る妹たちを、温かいミルクティーを片手に玲一は眺めた。
「お前ら、なんでまた、あんなオフィス街をうろついていたんだ?」
「えー、れーちゃん知らないの?あの辺、一つ通り入ると可愛い雑貨のお店がいっぱいあるんだよ!」
「そうそう。昨日、玲兄が奈々穂にケガさせたでしょ?なんか今朝も落ち込んでいたから、可愛いヘアアクセでもあげたら元気出るかなーって思って。物色にね。」
“玲兄が奈々穂にケガさせた”。事実ではないが、実質危険なことに巻き込んだ原因を辿れば事実である。うちの弟妹は、どうしてこうも兄の胸を抉ってくるのが上手なのかと、玲一は俯く。
「しお。あかんて、れーちゃんは冗談通じひん。そないなこと言うたら、本気で凹むからやめぇ。」
「みーな。せやったなぁ・・・。うちの玲兄ちゃんは、繊細やったわ。ほんで、やたらに責任感強ぅて何でも一人で抱え込む、困ったちゃんやったなぁ。」
「いや、何でエセ関西弁劇場はじまったんか。」
妹たちのずけずけと遠慮のない口撃にダメージを受けつつも、反射的に突っ込んでしまう玲一。
「だってさ、れーちゃんは勉強苦手だけど、頭の回転は割といいじゃん?なのにさ、なーんで家族に対してはすっごい鈍感なんだろって。私は不思議で仕方がないよ。」
「玲兄ちゃん、あの父親だった人が家出てったの、自分が受験失敗したせいだって思ってたでしょ。」
ドキリと、真顔になる玲一の反応を確認し、実菜と詩織は続ける。
「ほら・・・。この純粋さよ。我が兄ながら、本当に・・・ほんっとーに不安になる!」
「これは長所ともとれるし、短所ともとれますなぁ・・・。ね、玲兄。玲兄の性格からしてさ、長男として~とか、一家の大黒柱として~とか、家族に対して責任を~とか考えてない?」
「・・・オレ、寝言かなんかで言ってた?」
長男として。父親を失った一家の大黒柱として。家族に迷惑をかけた責任を取って。あの日から今日まで、丁度昨夜も考えていたこと。その全てを七つ下の、しかも当時の自分とほとんど変わらない年齢の妹に見透かされ、玲一は戸惑いを隠せなかった。
実菜が大きなため息をつき、隣で詩織はふう、と呆れた仕草をみせた。
「あのね、れーちゃんは知らなかったんだろうけど。あの男、前からずっと浮気してたし、一時期は仕事に行かずにギャンブルするわ、借金するわで相当の駄目人間だったんだよ。機嫌が悪ければ、私たちにも暴力振るうこともあったし。・・・そもそも、高校生だったお母さんを言葉巧みに口説いたのだって、木村家の財産が目当てだったみたいだし?」
「玲兄ちゃんが産まれて、しばらくは真面目にやってたみたい。玲兄ちゃんの前では優しい父親っぽかったもん。あの人にとっては特別だったのかも知れないね、長男ってやつが。だからこそ、あの時に玲兄ちゃんはすごくショックを受けたって思うのね。」
妹たちから語られる父の姿は、それまで玲一が知らなかったものであり、その話はひたすらに衝撃だった。
「本当はね、つぐ君が口止めしていたんだよ。れーちゃんには絶対言っちゃ駄目だって。」
「・・・なんでだよ!!」
何も知らずに、自分だけがどこまでも甘ったれで。この悔しさと情けなさをどうしたらいいのだ。感情的にわかりやすく落ち込む目の前の兄を見て、妹は呆れる。
「それそれ、そこです。れーちゃん、バカ真面目なんだもん。」
「しかも、なんでもかんでも、自分の責任って思いこんでしょい込む。」
「つぐ君はね、その性格をよーくわかっていて、全部止めていたの。」
「継兄は、そつなくなんでもできるからね。何より、玲兄ちゃん大っ好きだし。」
黒ひげ危機一髪かな?なんかオレ、ここ最近グッサグサ心を刺されまくっている気がするわぁ~・・・。と、玲一は何とも言えない表情になった。図星過ぎて、何も言い返せない。そんな双子の口撃であったが、一つだけは聞き流せずに反発した。
「継次は、オレの事嫌ってんだろ。」
すると、言葉で表現するのが困難すぎる、可愛い顔が台無しすぎる表情で、実菜と詩織が玲一をうわっ・・・と見下してくる。普段からお喋りな二人の妹から、言葉ではなくこんな心底軽蔑したと言わんばかりの表情を向けられ、さすがの玲一もかなり傷ついた。
「いや・・・え?れーちゃん、本気?」
「継兄が、玲兄ちゃんを嫌ってる?・・・は?」
あ、これ双子、マジ切れしてやがるなーと、勘付くも。心当たりは全くない。玲一は必死に抵抗する。
「いや、だって。俺が家出して、馬鹿やって警察行って、家戻った時にすっげぇキレてたじゃん。実菜も見ただろ?今もずっとオレにだけ冷たいし、好かれている要素が一切思い当たらん。」
二人は顔を見合わせ、やれやれと仕草をつける。
「あの時つぐ君がキレてたのは、れーちゃんが意地はってグレて、家に帰ってこなかった事に対してだよ!!誰よりれーちゃんのこと一番心配していたし、夜もほとんど寝ずに待っていたんだからね。」
「そうそう。家族のみんなが何とも思ってなくても、玲兄ちゃん自身が勝手に自分を責めるし。それでまた思い詰めたら困るって、わざと責めるような言葉遣いをしているんだよ、継兄は。それは次男だからとか、そんなんじゃない。ただ、玲兄ちゃんの事が好きだからだよ。・・・それは私たちだって、大悟たちだって同じで、みんな玲兄ちゃんの事、好きなんだよ。」
「長男だからとか、そんなん、うちらどうでもいい。れーちゃん、私たち、家族だよね。確かに、産まれた順番とかあるし、年齢だって離れている。だけどね、守らなきゃいけないなんて、れーちゃんを縛る存在にされたくないし、なりたくない。
丸井さんとこのバイトで沢山食べ物分けてもらって、他にもバイトいっぱい掛け持ちしてがんばってて、すごく、すごく感謝しているよ。だけど、私たちだっていつまでも小っちゃいままじゃないんだよ!」
実菜と詩織と別れた玲一は、とぼとぼと一人で歩き慣れた懐かしい道を歩いていた。二人から散々説き伏せられ、最終的に自分がどれだけ面倒くさい性格をしていたか理解し、その事を口にすると「「今頃気付いたの?」」とハモられた。
結論的には、家族の事なら家族みんなで考えればいい。玲一がいつも一人で何とかしようと、考え行動してきたことに対し、その荷を自分たちにも分けて欲しいと、そういう話だった。
「・・・知らない間に、しっかり成長してんだよな。むしろオレよりしっかりしているな。」
いつまでも幼く、守るべき存在だと勝手に思い込んでいた。その成長を寂しく思うことも、また勝手なのだなと。玲一が店の自動ドアをくぐると、昔ながらの入店を告げる音が店内に響く。
「いらっしゃいませ、・・・・・・って。兄さん?」
聞き慣れた声に出迎えられ、俯いた顔を上げると、目の前には弟の継次が段ボールを抱えて立っていた。
「・・・継次。って、お前。何してんの?」
継次の着けているエプロンの胸元には“スーパーまるい”の文字が印字されている。ついこの間まで自分も着けていた制服代わりのエプロンだ。
「バイト。職場、この近くだから。仕事終わった後に、ちょっとだけシフト入れて貰っている。」
継次は高校在学時の職場研修で通った会社の社長に気に入られ、そのままこの近くの企業に勤めている。小規模であるも、社長の誠実な仕事ぶりから業績をコツコツ上げている商社である。
「いや、お前・・・掛け持ちって。」
「つぐ君、次のレイアウトなんだけど・・・って、玲ちゃん!どーした?」
奥から店長が顔を出す。聞くと、玲一の後に入る筈だったバイトが突然キャンセルをし、継次がフォローを申し出たのだと言う。
そして折角だから、と二人は丸井家で晩御飯をご馳走になり、店を後にした。玲一は先ほどの妹たちの話を思い出し、隣を歩く弟にどう話しかけたものかと思案していた。そんな兄の思考を読み解くかのように、弟が先手を打つ。
「実菜と詩織が何か余計な事言ったんだって?・・・あ、さっきメールが来てた。」
「・・・だから、エスパーかって。・・・なぁ、継次。オレが長男だから、あの男の代わりにお前たちを養っていかなきゃって。馬鹿やって警察の世話になって迷惑かけたから、償っていかなきゃって。勝手にやってきたの、重かったか?」
「重いよ、そりゃ。」
すっかり暗くなった空には、少しずつ星が確認できるようになってきた。継次の即答に玲一はその場に立ちすくむ。数歩進んで振り返り、ため息一つ。継次が続ける。
「だってさ、長男だから下の弟妹の面倒見なきゃいけない、なんて決まりはどこにもないでしょ?そして、玲一兄さんは僕らが何に怒っているのかの本質に気付かない。・・・他の事にはやたら鋭いのに、僕らに対しては・・・どうしてこうも鈍いんだか。」
継次の言葉の意図が、わかるような気がしてわからない。そのもどかしさをどうすることもできず、玲一はその場で動けずにいた。
「・・・ごめん。言葉にしないと伝わらないことだってあるよね。それは僕らの怠慢だ。」
責められたかと思えば、謝罪され。玲一が俯いた目線を上げると、継次は進行方向を向いており、街灯を眼鏡が反射してその表情を読むことはできなかった。
「兄さんは、“長男の義務”と“償い”で、僕らの面倒をみなきゃ“いけない”って考えているよね。それはたぶん、依存の一種だと思う。僕らが、それを受け入れて共依存になってしまったら、僕らは玲一兄さんに頼りっきりになってしまうし、兄さんは兄さんで僕らに縛られてしまう。きっと、当人同士であれば必要とし、必要とされ、ある意味幸せだとは思う。・・・でもね、それって歪じゃないか。」
言葉を選んでいるのか、継次は頭に手をやりトントンと指を動かす。
「・・・小学生の時、隣のクラスに五人兄弟の一番上の子がいてさ。女の子だったけど。その子に、いきなり話しかけられた事がある。」
継次の脳裏に幼い日に刻まれた、名前も覚えていない少女の愚痴が蘇る。
「高岡くんの家も、下に沢山兄弟がいるんだよね?それって、すごく嫌じゃない!?昨日だって、下がぎゃあぎゃあうるさいの。すっごいムカつく!ご飯だって落ち着いて食べられないし、カレーだって辛いのが食べたいのに、あいつらのせいで甘いの!!
“お姉ちゃんだから”しっかりしなさいだとか、“お姉ちゃんだから”下の子の面倒をみなさいって、毎日お母さんもうるさい!ほんっと、ウザい!!・・・本当に嫌。勝手に産んでおいて、何で私がそんなことしなきゃなんないのよ!?信じらんないっ。
あんなやつら、皆いなきゃいいのに。私一人だったら、貧乏で新しい服が買えないなんてことない。マキちゃんみたいに、テストで良い点取ったら可愛い服だって買ってもらえたかもしれないのに。なんであいつら、いるんだろ。
いらない、本当。・・・高岡くんも、そう思うよね?兄弟多いの、本当に、嫌で嫌で仕方ないよねっ!!!」
継次にとって彼女の話はかなり衝撃だった。三つ上の長男である玲一は、目の前の同級生のように、汚物を見るような顔で弟妹の話をしない。彼女は本気で、憎々しげに自身の家族の事を語り、そしてにっこりと笑顔で自分に同調を求めてきた。
継次は、そんなこと考えたこともない、と素直に返したが、彼女は期待した答えを得られなかったことが気に入らなかったのか、悪態をついて去っていった。
もしかすると、兄も彼女と同じように、自分たちを疎しく思っているのかもしれない。明るく楽しく、僕らの前でいつも笑顔の兄が、裏でそんな風に思っていたとしたら。そう考えると怖くて堪らなくて、こっそりと、学校帰りの兄の後をつけたことがある。そしてちょうど友達と家族の話になった時。
兄は、本当に楽しそうに、僕たちのことを友達に身振り手振りで語っていた。
「継次のやつ、三つ下なのにオレより頭いいわ、しっかりしてるわで。将来有望なんだよなぁ~。実菜と詩織もさ、ちいせぇくせに、めっちゃくちゃ生意気なんだけど、やっぱ女の子なんだよなぁ。れーちゃんに似合うから、って花飾り作ってきてくれたりして可愛いの!
大悟も幼稚園入ってから生意気になったけど、まだまだおもらしで泣いたりしてなぁ。睦月はにいたんって舌っ足らずで喋りかけてくんだよ~。天使かよ~!で今、母さんのお腹に七人目がいるんだけど、男でも女でも、いっぱい遊んでやろー!って今から考えてる。めっちゃ楽しみ!」
大きな声で、本当に嬉しそうに自分たちの事を話す兄の姿が、溢れた涙で見えなくなっていた。思春期特有の雰囲気で、友達は茶化すつもりで話を振ったつもりだったが、玲一が大真面目に弟妹への愛情を語りきったため、毒気を抜かれた友達はバカ兄の称号を玲一に授けていた。
その日、継次は初めて大泣きした。名前も覚えていない同級生の言葉に傷つき、疑った兄の本心を知り、ただただ心から、嬉しくて、嬉しくて。大好きな兄もまた、自分たちを大好きでいてくれる。その事が本当に嬉しくて、誇らしかった。
「・・・僕はまだ、次男だからいいけどさ。あの同級生の言葉、例えば奈々穂の立場だったらどう思うかって。僕ら弟や妹って、後に産まれて来てるじゃん。それをさ、先に産まれた兄弟から、産まれてこなきゃよかったって。邪魔だって。いなくなればいいのにって。存在を全面否定されたらさ・・・。
望んでここに、産まれてきたわけじゃない。なのに、物心ついた頃に、お前なんか要らないって、先に産まれてきたやつに言われたらさ、生きてる意味わかんなくなっちゃうだろ。
・・・・・・僕は、玲一兄さんの弟に産まれて、本当に幸せだと思う。だから、なんだよ。あいつが出て行ってから、兄さんは僕たちを見なくなった。
“長男として”、“父親を失わせた罪滅ぼし”、“迷惑かけた償い”って、自分を責めて、勝手に背負って。・・・ごめんけど、さ。全部見当違いなんだよ!!兄さんの思い込みなんだよ。滅茶苦茶なことを言っているって、わかっている。・・・けどさ。」
一呼吸おいて、継次は玲一へ向き直る。悔しそうに、涙を流すその表情は。いや、こんな感情的な表情を、しっかり者の弟が見せるのは。もう、十数年ぶりか。
「僕たちを頼れよ!!・・・昔みたいに、ちゃんと見てくれよ!僕らは誰も、兄さんに父親をやって欲しいなんて言ってない、思っちゃいない!!兄さんは、兄さんだろっ!」
ぼろぼろと涙を零し、俯いた継次を抱き寄せる。昔、まだ弟が幼かった頃。怖い夢を見たと泣いていた頃。その時と同じように、なだめるように。背中にぽんぽん、と優しく触れた。
「・・・辛いこと思い出させて、言わせてごめんな。教えてくれて、ありがとう。継次のおかげで、お前たちが何に怒っているか、よくわかった。
・・・本当、兄ちゃん、バカでごめんな。勝手に苦しんで、お前たちに嫌な思いをたくさんさせちまったな。」
たった一つのボタンの掛け違いで、後戻りできない状態まで壊れてしまうこともある、この世界に置いて。お互いの想いが優しいものであれば、いつかきっと報われる日が来ると。玲一は、そう思った。
十数年前に戻ったかのように、兄は泣いた弟の手を取り帰路に着いた。玲一と対照的に、めったに感情を表に出さない継次の泣き顔を、久々に目にした家族は一瞬戸惑いながらも。雪解けの春の空気を纏う兄弟を、温かく迎え入れたのだった。




