71話 命を喰らう魔法 ③
夏真っ盛りですね。熱中症にはお気を付けください。
私の目の前で燃え盛る瓦礫の山。天井が空いたことにより風が入り込み、埃と煙が巻き上げられる。
「あなたは一見好戦的だけど、実はかなりの慎重派。何年もの間強力な魔法を操るシャルナを裏ギルドの兵たちに追いかけさせたのも、最初から自分で攫いに来ずに妖怪を私たちにけしかけたのもそれが理由。」
この瓦礫の下で、デュジョンが押し潰されている。古びた家具や天井、屋根を巻き込んだ炎の超重量級ハンマー。普通の人間ならば絶対に無事では済まない。
「それでもあなたの根底にあるのは、相手を支配したいという欲。裏ギルド全てを仕切るのも妖怪を従えることができるのも、自分より弱い人を力で押さえつけようとする征服欲。相手を痛めつけることで心が満たされ、喜びを感じる嗜虐的な心。」
デュジョンにはこの私の声が聞こえているのだろうか。
生きているかどうかもわからない。だけど・・・。
「私はそれを利用させてもらったの。心の中ではわかっていても、欲に溺れれば人は周りが見えなくなる。弱者を演じればあなたの嗜虐心が刺激され、真っ先に私を殺しに来ると思ったから。」
敵だろうと誰だろうと、できることなら死んでほしくは無い。お互いに無傷ってわけにはいかないけど、最後は平和で穏便に。和解とまではいかないかもしれないけれど・・・って何度も死ぬ目に遭っているのに、仲間だって傷ついてるのに、その考え方はちょっと平和ボケ過ぎるかな。
「ううん。その考え方、私は素敵だと思うなあ。」
穴の開いた天井から、シャルナが顔を覗かせる。
「メガネっ子ちゃん大丈夫? 生きてる?」
「うん、生きてるよ。シャルナこそ・・・・・・ちょっと待って、もしかして声に出てた?」
「ばっちり声に出ちゃってたよ。メガネっ子ちゃんって独り言多い人?」
久しぶりにやっちゃった・・・恥ずかしい。
シャルナはそんな私をケラケラと笑った後、体を浮かせふわりと降りてくる。魔力を使い過ぎて体に力が入らないのか、床に足をつくと少し足元がよろめく。私は慌てて体を支えた。
「メガネっ子ちゃんの優しさだと思うよ、私は。」
「何の話?」
「さっきの話。」
「もう・・・ばか。」
優しさかぁ・・・それだけじゃ問題を解決できないってことは、このシェブールに来てから痛いほど思い知らされてきた。元居た世界とは全くの別物、この異世界は優しくない。私は・・・。
・・・ダメだ。ここに来て今日1日の疲れがドッと押し寄せてきた。手足が痺れて頭も痛いのに、どこか眠たくなってくる。治癒魔法をかけてもらったらしいけど、傷は塞げても体力までは回復できないらしい。格好つけてシャルナを支えてるけど、正直キツイ。
今は甘えちゃってもいいのかな。シャルナの優しさに。
「ありがとね、シャルナ。」
「うん? お礼なんていいから代わりにゴデバのチョコレート買ってきてよ。箱入りの一番高いやつね。」
「可愛くないなあ・・・。」
ぽっかりと開いた天井から風が強く吹き抜ける。同時に聞こえてきた音。翼を羽ばたかせるかのような、聞き覚えのある嫌な音。
「この音、まさか・・・。」
突風がうまく動かない私とシャルナの身体を押し倒す。
最初に見えたのは鋭い鉤爪。次に太い脚。棘の生えた胴。漆黒の翼。瘴気吹き出す口。恐ろしく湾曲した角。赤く光る眼。
「主人の危機に気付いて駆けつけたっていうの?」
デュジョンの眷属、邪竜ジャバウォックが廃墟の洋館に舞い降りた。私たちを主人に仇なした敵と見なし、ゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。
まずい・・・私もシャルナももう限界、策も無ければ逃げる体力も残ってない。弾はまだ残ってるけど、どう見ても銃で倒せるとは思えない。
「メガネっ子ちゃん、ジャバウォックは霊体である私には触れない。私をおいて1人で逃げた方がいいよ。」
「無理だよ、どのみち逃げ切れる自信ないし・・・それにまだデュジョンが生きてたらどうするの?」
「でも・・・。」
「私たちは2人で生きて帰るの。そうじゃなきゃダメなの。」
私は体に鞭を打ち、シャルナを抱えて扉の方へと向かう。軽いはずのシャルナの身体が嘘みたいに重く感じる。私の身体は本当に限界みたいだ。
鋭い鉤爪が振り下ろされる。
私は扉の方へ跳びギリギリ回避するも、シャルナと共に床へ倒れ込んだ。
「痛・・・。」
でも、一気に扉に近づくことができた。この扉の先にはさほど広くない廊下が長々と続いている。ジャバウォックの巨体では進めない。うまくいけば逃げ切ることができるはず。
私はドアノブに手をかけた。
「・・・嘘でしょ?」
扉のすぐ向こうから聞こえてきた猛獣の呻き声。デュジョンが創り出した犬の怪物、業の番犬の鳴き声だ。
「まだ残ってた? いや、そもそも魔法って術者本人を倒せば解けるものじゃないの・・・?」
眼の前には邪竜、背後には番犬。完全に挟み撃ちにされた。
「どうすれば・・・。」
逃げ場さえも失った私たちにはもうどうすることもできない。本当に万策尽きた。このままじゃ2人とも助からない。
都合よく助けに来てくれるヒーローでも現れない限り・・・。
「やっぱり優しくないよね、この世界は。」
再び鉤爪が振り下ろされる。私は咄嗟にシャルナの身体を強く抱きしめ、ジャバウォックに背を向けた。こうなったらシャルナだけでも助け・・・って、そもそも霊体だから大丈夫なんだっけ。
何やってんだろ私。でも、格好つけて死ねるなら悪くないかな。
アンジェやアデルは褒めてくれるかな? 2人のことだから心配させるなって怒られるかも。でも仕方ないよね、怒られちゃっても。
私、頑張ったよね・・・。
背中が熱い。痛みは感じない。どうして?
私はゆっくりと目を開けた。
「光・・・?」
目を覆いたくなるくらいの眩い光。力強くて温かいこの光が、私の視界を奪う。
周りは明るすぎて何も見えない。ここは天国かな?
心地よい温かさの光が私の身体を照らし・・・温かい・・・温・・・。
「いや、ちょっと待って。熱すぎない?」
サウナばりの熱気が私を包み込む。ほとんど汗をかかないタイプの私の身体から、バケツ一杯分を被ったかと思えるほどの汗が噴き出した。
全身が火傷しそう、全然心地よくない!
続けて耳をつんざくような轟音が鳴り響く。周りの状況が理解できない私はただ耳を押さえることしかできない。
「何が起きてるの・・・?」
光が徐々に弱まり、視界が晴れてきた。最初に目に入ったのは黒い煙を巻き上げながら地に伏すジャバウォックの巨体。床に体を投げ出しピクリとも動かない。
「無事か?」
聞き覚えのある男の人の声。どこから聞こえるんだろう?
「こっちだ。竜の上を見ろ。」
ジャバウォックの上・・・?
視線を上げると、倒れ伏す巨体の上に立つ人影が目に入った。
背の高い細身の体に金色の髪、全身に纏った白の隊服には聖騎士団の紋章が刻まれている。この人は確か・・・。
「・・・クライス?」
「久しぶりだな、メガネ娘。」
シェブール全土を占める国が抱える精鋭、5つの聖騎士団のうちの1つ、聖典騎士団。その団長、『雷霆』クライス。
初めて出会ったのは幸せの青い鳥のクエスト。その時は協力したり対立したり一悶着あったけど・・・そんなことよりどうしてここに?!
さっきの熱と轟音は雷魔法?
「勘違いするな。」
「へ?」
「お前を助けたつもりは無い。悪しき存在が視界に映ったから正義を執行したまでだ。」
「いや、まだ何も言ってない・・・。」
「この町にデュジョンが来ているという情報があるんだが、この竜がいるところを見るとマユツバではなさそうだな。どこにいるか教えろ。」
情報って一体誰が・・・ていうかこの人、全然人の話聞かないし。一方的に喋ってるだけだし。
クライスがシャルナの存在に気付いた。怪訝そうに眉をひそめ、こちらに近づいてくる。
「その娘は誰だ? 妙な体をしているようだが・・・。」
「あ、あなたには関係ないでしょ。」
正直言うと、クライスのことは苦手だ。状況が状況だったとはいえ、私の仲間に攻撃し危害を加えてアンジェを傷つけた。私はそれを未だにネチネチと引きずっている。
彼を快く思っていない理由はもう1つある。
「まあいい。お前たちはこの廃墟から離れろ。この件は俺が片付けておく。」
この心のこもっていない淡々とした物言い、すっごく苦手だ・・・。
ていうか本当に何なのこの人? いきなり登場したかと思ったら魔法ぶっ放して勝手なこと言いだして、助けてくれたことにはもちろん感謝してるけどさ、私だって今日ずっと頑張ってきたのにここから出て行けとか・・・。
あーもう、この人嫌い。
「それと町の妖怪の掃討を・・・って、な、何だその目は? なんで怒っているんだ・・・?」
「怒ってないもん。」
「そ、そうか・・・? 騎士見習いの頃の鬼教官並に目つきが鋭いんだが・・・。」
クライスを睨みつけても仕方がない。これ以上私にできることは無さそうだし、大人しくギルドに戻ろう。
私は動けないシャルナをおんぶし、立ち上がる。
「怒らせてしまったようだし、ギルドまでくらいは送って行こう。」
いやいや、無理無理。クライスと帰り道2人きりとか会話持たないって。気まずいって。
「大丈夫、それよりデュジョンを・・・っ?! クライス、後ろ!」
ジャバウォックは立ち上がっていた。さすがにノーダメージというわけではなく、さっきまでの迫力は無い。
「思ったよりタフだな。いいだろう、今度こそきっちりと引導を渡して・・・。」
クライスが雷の魔力を身に纏ったそのときだった。私の背後にある扉が吹き飛ばされ、私のすぐ横をものすごい勢いで何かが飛び出してきた。
炎を纏った猫耳少女、キトゥンだ。
「地味子ちゃんに手を出すなあああ!」
「えっ、ちょっと待・・・!」
まるで炎の弾丸だった。キトゥンの繰り出したライダーキックが見事に炸裂した。クライスの背中に。
「ぐほあっ?!」
クライスの身体は勢いよく宙に浮き、そのままジャバウォックの巨体に突っ込んだ。大きな音を立てて倒れる邪竜。私は呆気に取られる。
「地味子ちゃん助けに来たよ! 大丈夫ー?!」
「あ、うん。」
「今の男がデュジョンっぽかったよね! よし、あとはボクに任せろー!」
「えっと、違・・・。」
幸せの青い鳥の時みたいに、また一触即発みたいにならなきゃいいけど・・・。
「・・・久しぶりかと思えば、随分なご挨拶だなキトゥン。」
「うるさい! お前なんかボク1人でぶっ倒・・・・・・ってうわあああ! クライス?! なんで?!」
「お返しは何がいい? 俺は優しいからスクワット10万回で許してやっていいぞ?」
「ひぃっ! どうか御慈悲をー!」
クライスに命を助けられた。キトゥンも助けに来てくれたんだよね? てことはアデルもこの廃墟に来てくれているはず。
なのに、なんだろう・・・この状況。
お礼を言いたいんだけど、言う気になれない。
なんかもうホント疲れてきた。
「ボクの行く先に突っ立ってるのが悪いんでしょー!」
「貴様・・・そこに直れ! 叩き斬る!」
うるさいわ・・・面倒臭いわこの2人。
「ねえメガネっ子ちゃん。これ帰っちゃダメなの?」
「うんうん、もう帰ろうね。ゴデバのチョコ買って帰ろうね。」
初めてシャルナと気が合った瞬間だった。
仲間たち、続々登場。




