表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

17.母さんには無理だ

 ランカの決定通り、伝達係りが、グロー達に王子達を差し出す事を伝えると、直ぐにグロー側から受け渡し場所の指示が来た。恐らく、ランカ山賊団が王子達を差し出すと予想して、予め準備をしていたのだろう。

 受け渡し場所は、谷底の川の近くだった。比較的広いスペースがあり、山の中にしては見通しも良いし、月明かりがその場所を照らしてくれているからかもしれない。ただ、崖の上に人間を配置する事ができるので、仮に戦闘になれば谷底にいる兵士達は大きく不利になるはずだ。この場所を指示した人物は、慎重さに欠ける。それを聞いて、ナイアマンはそう分析した。

 実は、この場所を指示した慎重さに欠ける人物とはグロー本人で、メイロナはその問題点に気付いてはいたのだが、上司のプライドを傷つける事を恐れて敢えて注意はしなかったのだ。既に勝利は確定しているという油断もあった。

 山の中にしては、穏やかに流れる幅の広い川。その川のほとりに、兵士達の多くは集まっていた。月明かりが美しく、暗い底から見上げる夜空は幻想的に彼らの視界を蠱惑した。灰色のなめらかな岩。それがいくつも崖から伸びて、漆黒の影を創っていた。妖精やお化けがそこに潜んでいると言われても、兵士達は信じたかもしれない。

 その兵士達の中央には、グローの姿があった。側近のメイロナは、その近くに集まっている兵士の一団の中に混ざっている。ひとつ間を置いて下がった位置で、事の成り行きを見守るつもりでいるらしい。

 そして、その更に後方には、オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリの姿があった。セルフリッジは涼しげな表情で坂道の上に大きく映えている月を眺めていた。まるで夜空見物を楽しんでいるようだ。星々が月の明るさに押されて、あまり目立っていない。彼の表情はそれを残念がっているように見えた。それに対し、アンナは強張った表情で周囲を注視している。彼よりも彼女の方がよほど緊張しているように思えた。

 その光景を、坂道の上からランカ山賊団が見下ろしている。ナゼル・リメルやナイアマンがいる。もちろん、ランカ・ライカも。ランカ・ライカの前にはフレイとナセがいた。

 「断っておくが……」と、二人に向けてランカは言った。

 「何処に行こうが、お前達はわたしの可愛い子供達だからね。お前達が王子で、わたしが団のボスだろうがなんだろうが関係ない。困ったら、わたしを大声で呼ぶんだよ? 絶対に、助けに行くから」

 それにフレイは頷く。落ち着いた表情だが、子供らしさは感じられない。

 「分かっています、ランカさん」とそう返す。

 “ランカさん”。その呼び方に、ランカは寂しそうな表情を見せた。“お母さん”じゃない。その後で、フレイはナセに言う。

 「ナセ。さっき教えただろう? これからぼくらは、グロー達の所へ行く。怖くっても絶対に泣いちゃ駄目だ。ランカさん達が、殺されてしまうかもしれないから。皆が殺されるのは嫌だろう?」

 ナセはそれにゆっくりと頷いた。

 「分かった、フレイ。お母さん達が殺されるのは嫌だもの」

 それを聞いてフレイは思う。恐らく、ナセは半分くらいしか今の状況の意味を分かっていない。ナセを騙しているような気がして、彼は心苦しくなった。

 “もしもぼくが殺されるような事になっても、ナセだけは守らないと”

 それでそう思う。

 やがてフレイはナセの手を握ると「では、行って来ます」とそう言って歩き出した。ランカはそんな二人を哀しそうな瞳で見送る。青白い月明かりが不吉に見える。いつの間にここはこんな場所になったのだろう? そうフレイは思った。暗い谷底への坂道は、まるで冥界に続いているかのようだった。

 坂道を慎重に下るそんなフレイとナセを、グローはにやけた表情で見上げていた。

 “やった! 本当にいたぞ。王子達だ!”

 と、彼はそう思う。

 あの二人を殺しさえすれば、王の座は自分のもの……。グローは笑い声を上げるのを必死に堪えていた。

 フレイとナセが坂道を下っている最中で、ランカ・ライカは彼らに背を向けた。坂道を下るフレイとナセの姿が、酷く怯えているように思えて、見守る事に耐え切れなくなってしまったのだ。可愛いわたしの子供達が、なんであんな目に遭わなくちゃいけないんだ? 彼女はそう思っている。

 そのランカを見ながら、ナゼル・リメルがナイアマンに言った。

 「母さん。かなーり、無理しているわね」

 ナイアマンは頷く。

 「ああ、かなーり無理しているな」

 またナゼルが言う。

 「このまま、無事で済むと思う?」

 ナイアマンは返す。

 「思わない」

 ナイアマンは自分の不安が現実になろうとしているのを感じていた。自分達のボス、ランカ・ライカは恐らく、ナセとフレイがグロー達の手に落ちる事に耐え切れないだろう。

 もちろん、ランカも理屈の上では、ここで暴れる訳にはいかない事は分かってるはずだ。だが、ランカは良くも悪くも感情中心の人間。だからこそ、理屈中心のナイアマンがその足りない部分を補って来た。ナイアマンは、こう考えている。

 ――もし、仮に自分なら、この状況を堪えきれるだろう。だが、母さんには無理だ。

 「どうするの?」

 ナゼルが訊いた。

 ナイアマンはそれには答えない。腕組みをする。

 ナイアマンの位置から、辛うじてセルフリッジの姿が見えた。傍らにいるアンナ・アンリの姿も。その首には、以前に見た時にはなかった首輪が嵌められてあった。王国の人間達を騙す為のダミーの首輪だ。魔力を抑える力はない。グロー達は、彼女がフルで魔力を使える事を知らない。

 “――何か、なにかおかしい。どうして、セルフリッジさんは、あの時、彼女がフルで魔力を使える事を僕らに伝えたんだ?”

 それからナイアマンはもう少し考えてみる。彼女が魔力をフルに使えたなら、一体、何ができるのかを。もちろん、王子達の暗殺を阻止する事もできるだろう。グロー達から王子を救い出し、そのまま逃げ切れる。だが、それならそもそもセルフリッジがランカ山賊団に王子達を預けた意味が分からない。そんな事をしなくても、ただ逃げれば良いだけの話だ。

 考えろ。

 考えろ。

 ナイアマンは心の中でそう繰り返す。

 セルフリッジさんがここに、王子達を預けた訳。彼は何がしたかった? 今のこの状況では、彼にどんな事ができるのだろう?

 そこで彼は少し、今までの流れを整理してみようと考えた。

 マカレトシア王国のグローとタンゲア帝国のカルモロが接触した。そしてタンゲア帝国の軍隊がグローの王子暗殺に協力をし、ランカ山賊団の退路を断っている。そこに至る過程、或いは結果で、果たして何かセルフリッジさんにとって良い事があっただろうか?

 そこまでを考えて、ナイアマンは勢いよく顔を上げた。

 “まさかっ!”

 月を背にした彼の目には、星々の煌めきが輝きを放って綺麗に美しく映っていた。

 それから彼は言った。

 「ナゼル。皆に指示を出すぞ。谷底の崖の上に武器を持って隠れさせるんだ。大急ぎで!」

 

 フレイとナセが坂を下り切った。

 もう少し歩けば、グローがいる。暗くて表情は見えなかったが、恐らくは醜く笑っているのだろう。

 暗くて視界が制限されている所為で、余計に想像力が掻き立てられた。谷底に集まった兵士達の存在感、気配が、全てグローのものであるかのようにフレイには感じられた。まるで巨大な化け物。その化け物は、フレイとナセを食べたくてうずうずしているのだ。今にも一口で飲み込もうと。

 その想像の所為で、フレイの足が竦んだ。ナセの歩みの方が少しだけ速くなる。それを追いかけるようにしてフレイは進んだ。

 ここで、お母さんを頼っちゃ絶対に駄目だ。絶対に駄目だ。

 そう自分に言い聞かせている。

 フレイ達が進むと、兵士達がその道を塞ぐようにランカ達との間に入って来た。恐らくは、逃がさない為だろう。退路を断っている。

 やがて、ようやくフレイはグローの前にまで来た。グローは大きな口を開けて、嬉しそうにこう言う。

 「王子様達! やっと会えましたな。大変に心配しましたぞ。まさか山賊団に捕まっていようとは。御無事で何よりです。このグローめは、あなた達に会いたくて仕方なかったのです」

 グローの口の中は真っ暗で何も見えない。まるで奈落の底に通じているかのようだった。その大きな口が、パクパクと閉じたり開いたりするのを見て、フレイは“食べられる”とそう思った。

 この醜く大きな化け物に食べられる、と。

 後少しのところで、「助けて、お母さん!」と、彼はそう叫びそうになった。しかし、なんとか堪え切る。

 だが、そこで彼は少しでも安心感を得ようと背後にいるはずのランカを確認するため、後ろを顧みてしまったのだった。ランカが見守ってくれていると思っていたから。ところが、兵士達の間から見えるランカは自分達に背を向けているではないか。それを見てフレイはショックを受ける。

 “――見捨てられる”

 反射的に、そう思ってしまった。

 嫌だ。

 見捨てないで、お母さん!

 もちろん、ランカにはフレイ達を見捨てるつもりなどない。今直ぐにでも助けに行きたいのを我慢する為に背を向けていただけだ。しかし、フレイにはそれが分からない。

 そして、

 そして、

 「助け…」

 と、フレイは口を開きかける。が、それでもそれを何とか堪えきった。ところが、そのタイミングだった。ナセだ。或いは、グローに近づいた事で、幼い彼は大人達の卑しい殺意に気が付いてしまったのかもしれない。

 「いやぁ! 恐い! お母さん、助けてぇ!」

 ナセは、そう叫び声を上げてしまった。

 そして、その声が谷底から響き上がるように、ランカ・ライカを突き抜ける。ランカはその声にビクンッと身体を震わせる。彼女は近くに転がせておいた金棒を無意識の内に持つと強く握りしめる。それから痙攣をするような動きでその身を翻すと、ナセとフレイに向けて、いきなり彼女は猛スピードで突進し始めたのだった。

 「うちのぉ!」

 そう叫ぶ。

 兵士達はその突然のランカの動きに反応ができなかった。槍や剣を突きだす事すら間に合わない。速過ぎる。

 「子供達にぃ!」

 ランカは兵士達の合間を縫うように、猛スピードでグローへ向かっていた。金棒を振り上げる。

 「なにをするんだいぃぃ!」

 そして、兵士達もグローも何もできないまま、彼らが気付いた時には既に、ランカは金棒を、そのよく肥えたグローの身体に打ち当てていたのだった。

 ドフンッ

 という何かが沈む込むような音が響いた。金棒を振り抜く。次の瞬間、グローの身体は吹き飛んで、近くを流れている川の中に落ちていた。

 「なんだとぉ!!」

 と、そのランカの行動を受けて、そう叫び声を上げたのはメイロナだった。彼にとっては、全く予想外の事態だったのだろう。だが、これはランカ・ライカの事をよく知る人間達にとってみれば、当たり前の結果だった。

 ――あのランカ・ライカが、子供達の危機を目に前にして動かないはずがない。しかも、彼女自身が助けを求められたのだ。

 「何をしている兵士達! その女を殺せ!」

 そうメイロナは指示を出した。それで兵士達が一斉に、ランカに槍を向ける。しかし、そこで別の声が上がった。

 「動くな! お前達は、囲まれている!」

 それはナイアマンの声だった。メイロナが見ると、崖の上には弓矢や石を持ったランカ山賊団の姿がある。ここで一斉に飛び道具を浴びせられたなら危機的状況だろう。地形的な不利が、如実に現れている。メイロナは頬を引きつらせた。

 “まさか、地形の不利が本当に問題になるとは”

 そのランカ山賊団の姿を見ると、ランカ・ライカは金棒の先端を地に撃ちつけながら言った。

 「なんだい? お前達。臨戦態勢なんて執っていやがって。わたしの事をまったく信用していなかったのかい?」

 崖の上で弓を構えているナゼルが、それにこう返す。

 「反対よ、母さん。わたし達は、母さんを信用していたからこそ、臨戦態勢を執ったの。母さんが子供達を見捨てられるはずがないものね」

 それを聞いてランカは「フン!」と言う。

 メイロナが言った。

 「分かっているのか? 貴様ら! これは、重大な犯罪だぞ? こんな事をして、ただで済むと思うなよ」

 ところがそれを聞くと、フレイがこう言うのだった。

 「いいえ、その女性も彼らも何も悪くありません。王子である僕らが助けを求めたから、彼らはそれに従ったまでです」

 そのフレイの言葉に、メイロナはこう返す。少し余裕を取り戻したようだ。

 「ほぅ 王子様。つまり、あなたは何の罪もない家臣に怪我を負わせたのですか? たとえ王子といえど、これは許されない。罪になりますぞ」

 ところがそう彼が言い終えた時だった。谷底の暗闇の中に、大きく手を叩く音が鳴り響いたのだ。

 パンッ パンッ パンッ

 手を叩いたのは、ランカ山賊団以外で、ランカ・ライカが王子達を助ける行動を執るとこの場で確信していた唯一の人物。もちろん、

 ――オリバー・セルフリッジ。

 「いえいえ、メイロナさん。残念ながら、グロー大臣には大きな罪がありますよ。王子達の暗殺の計画したという、極めて重大な反逆罪が」

 彼は澄んだ声を響かせながら、ゆっくりと王子達の前にまでやって来た。傍らには、魔女、アンナ・アンリの姿もある。

 メイロナは彼を睨みつけながらこう言った。

 「セルフリッジ! 何の証拠があって、そんな事を言っている?!」

 すると、笑いながらセルフリッジはこう返した。

 「証拠があるから言っているのですよ、メイロナさん」

 それからセルフリッジは、何かの書状を広げた。雲が流れて月明かりを隠した所為で闇が辺りを包み、それが何かは分からない。一呼吸の間の後で雲が流れ去り、再び月明かりに地が照らされる。どうやら上空の風の動きはかなり速いようだ。そうして明るくなった地の底で、メイロナは大きく目を見開いていた。

 もちろん、月明かりの下でも、小さ過ぎてそれが何かは明確には確認できないはずだが、何故かその小さな書状が拡大されて、セルフリッジの背後に大きく映し出されていたのだ。これはアンナ・アンリの魔法である。そして、そこには、グローがフレイとナセの二人の王子の暗殺を計画している旨がはっきりと書かれてあったのだった。ご丁寧にグローの印まで押してある。兵士達は、それを見せられて大きく動揺した。「おお」といった、苦悩にも似たどよめきが起こる。

 「これは先にグロー様がタンゲア帝国の大臣、カルモロ様と会合した際に、大臣に渡した書状です。ここにはっきりと、このランカ山賊団討伐の真の目的は、王子達を暗殺する事だと書かれてある」

 そうセルフリッジが言う。すると、メイロナは叫んだ。

 「捏造だ! なんで、お前がそんな物を持っている!?」

 するとセルフリッジは、笑いながらこう答えた。いけしゃあしゃあと。

 「こんなものを捏造できるはずがないでしょう? グロー様の印まで押してあるのですよ? これは先ほど、偶然、拾ったんです。いやぁ、僥倖でした」

 メイロナはそれを聞いて思う。

 “そんな訳が、あるか!”

 それから急速に思考を巡らせる。

 可能性が考えられるとするのなら、ただ一つだけ。あのセルフリッジの部下のアンナ・アンリだ。あの魔女が魔法で、タンゲア帝国軍からあの書状を盗み出したのだろう。これは明らかにタンゲア帝国、カルモロの落ち度だ。今からでも奴らに連絡を取り、山賊団ごとこいつらを殺させれば……

 しかし、そう思ったところでセルフリッジがまるで彼の考えを読んでいるかのようにこう言うのだった。

 「因みに、カルモロ様の軍隊には既に帰っていただいています。こんな山の奥で待機は辛いでしょうからね。この場には、僕の言う事を聞く兵士もいるもので、連絡くらいは容易なのですよ」

 ――くそうっ!

 それを聞くと心の中でそう呟き、メイロナは歯軋りをした。セルフリッジを睨みつけながら思う。なんと狡猾な男だ!

 ――しかし、まだだ。まだ、何か手があるはずだ。

 彼は思考を巡らせる。

 この窮状、否、惨状を切り抜けるには、もう強引に私に絶対服従している兵士達に命令をして、セルフリッジと王子達を殺し、あの書状を燃やしてしまうしかない! 確実に従う兵士達の数はそれほど多くはないが、賭けてみるしか……。

 しかし、そこまでを考えて、メイロナは冷静になった。周囲は崖の上から弓矢と石で自分達を狙った山賊団に囲まれている。しかも、魔法を使える魔女までいる。戦えば、仮に勝ったとしても、こちらも無事では済まない。

 更に考える。

 ……それに。

 どうして、あの魔女に書状を盗み出す事ができたのだ? 魔力は首輪で大きく制限されているはず。タンゲア帝国にだって、抗魔力用の道具くらいあるぞ。弱い魔力で、それを抜ける事はできないはずだ。

 いや、そもそもこの状況は偶然に作りだされたものなのか? そういえば、タンゲア帝国は、どうして我々がランカ山賊団を攻める事を知っていた? タイミング的に考えても早過ぎだった……

 深く考えはしなかったが、まさか……

 まさか、セルフリッジが情報をタンゲア帝国にわざと伝えて、コントロールしていたのではあるまいな? そして、この討伐に合せて出兵させ、タンゲア帝国軍を利用し、グローに王子暗殺の目的を記した書状を書かせるよう促し、それを盗む。タンゲア帝国は情報統制が緩いから、できない事ではない。

 ただ、

 普通に考えるのなら、マカレトシア王国からそれを行うのは不可能だ。距離が離れ過ぎている。しかし、仮に魔力を全開で使える魔女が、味方についているとするのなら…… 魔力を全開で…。

 そこまでを考えて、メイロナはゆっくりとアンナを見てみた。

 “――あの魔女は、魔力を全開で使えるのか?”

 そして、生唾を飲み込む。

 “そんな魔女がいる相手に、この程度の数の兵力で挑めば、一体、どうなる?”

 そこでメイロナの心中を察しているかのようにセルフリッジがこんな事を言った。

 「メイロナさん。現段階では、王子達の暗殺を計画していた人物は、グロー様しか分かっていないのですよ。残念ながら。それをよっく考えてください」

 もちろん、歯向かうなとメイロナを脅しているのだろう。ここで歯向かえば、メイロナにも罪は及ぶと。

 確かにその方が賢明だろう。しかし、それでもメイロナはまだ納得ができないでいた。魔力を封じられていない魔女が、どうして大人しくセルフリッジに従っているのかが分からない。信じられない。魔女は、我々に反抗的なはずなのだ。そういう生き物なのだ。

 やがてメイロナに何も動きがないのを受けると、セルフリッジは川から引き上げられてもまだ気を失って倒れているグローを指差してこう言った。

 「グロー様は縛っておいてくださいね。彼は重大な犯罪者です。もちろん、彼が計画したこのランカ山賊団討伐も中止です」

 彼が言っている間で、メイロナは近くに転がっていた石を掴んだ。力を込める。彼にはやはり魔女の魔力が封じられていないなど信じられなかったのだ。セルフリッジの策略で、そう思わせられているだけなのではないかと疑っていた。

 確かめてやる……。

 それから、セルフリッジが背を向けると、そのチャンスにメイロナは、掴んだ石を思いっ切り彼に向かって投げつけた。そして、石は狙い取り、セルフリッジに向かって飛んでいった。が、当たる寸前で見えない壁にぶつかって弾かれてしまう。

 ――しかも、その次の瞬間。

 メイロナの周囲にあった石々の隙間から、影の触手のようなものが急速に伸び、彼を取り囲んで縛り上げてしまったのだった。しかも、かなりきつく。それで彼は呼吸困難に陥った。全身に激痛が走る。のたうち回ったが、その触手は離れない。骨の軋む音が聞こえる。

 それを見てセルフリッジが言う。

 「メイロナさん。こんな緊迫した状況で、お戯れはお止めください。今のは、あなたが悪い。彼女が怒るのも無理はない」

 冷淡にそう言い放ったが、その後でセルフリッジはアンナに向けて小声でそっとこう言った。

 「アンナさん。やり過ぎです。どうか、もう少し手加減を」

 冷淡に言ったのは、どうやら演技だったようだ。

 そして、それで完全に、メイロナはセルフリッジ達を殺す事を諦めたのだった。今いる自分の兵力で、最大限に魔力を使える相手に戦いを挑むのは無謀だったからだ。

 元より士気の低かった兵士達の多くは、山賊団と戦わないで済んだと、その結末に安堵していた。グローもメイロナも、兵士達から慕われてはいないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ