16.王子達を差し出す
ランカ山賊団のアジト、エントランス。そこに団のメンバーのほとんどが集まっていた。既に深夜はとっくに回っていた。しかし、誰一人として一睡もしていない。先ほど、夜食を食べ終えて腹を満たしたが、皆の間に広がっている不穏な空気は変わらなかった。表情が曇っている。
そこに報告が入った。
「いよいよ、グローの討伐隊が動き出したよ。さっきカルモロとの会合が終わったばかりだってのに」
ナイアマンがそれを聞いてため息を漏らす。
「慣れない山中でしかも徹夜。兵士達も疲れているから、さっさと終わりにしたいんだろ。
タンゲア帝国軍の様子はどうだ?」
「そっちは、相変わらずだね。僕らの逃げ道を断っている」
またナイアマンはため息を漏らした。
“セルフリッジさんは、今のところ、ほとんど動きなしか。やっぱり、どう判断すれば良いのか分からないな”
彼は偵察隊に、セルフリッジが討伐隊に従軍している事を確認させていた。魔女のアンナ・アンリも彼と一緒にいて、彼女がダミーの首輪を付けている事も。実は、ナイアマンはその点に唯一の希望を抱いていた。
シロアキが、その報告を聞いて顔色を変える。彼の縄は、ランカの意向で随分と緩められてあった。これでは逃げられてしまうのではないかと不安に思った者達もいたが、皆に囲まれている状況下では、その心配はなさそうだった。彼はこう言う。
「ま、多分、ある程度の所まで進んだら、マカレトシア王国の連中は、お前らが王子達を差し出して来るのを待つと思うぜ。白旗と伝達係りの準備をしておいた方が、良いのじゃないか?」
それを聞いてダノがシロアキを睨む。腕を振り上げる。殴るポーズ。
「煩い! お前は、何も言うな」
ランカがそれを制止しようとする。しかし、その前にフレイが口を開いた。
「止めてください、ダノさん。シロアキの言う通りです」
皆はその発言に驚いた。ただ、ランカだけはあまり表情を変えない。哀しそうな目で、フレイを見つめた。
「今のこの状況を考えるのなら、ぼくがグローの所へ行くが、もっとも有効な手段である事は明白です」
ナゼルが言う。
「フレイ…… あなた、自分が犠牲になる気でいるの?」
それにフレイは首を横に振った。
「いいえ、ナゼルさん。ぼくは犠牲になるつもりはありません。まだ、希望があるから言っているのです」
そこで彼は言葉を止めると、周囲を見渡してからこう続けた。
「セルフリッジです。
もしかしたら、この状況は彼の策の内なのかもしれないとも思うのです。……その、なんというか、彼は自分の策を、他の人には言わない事が多いので、分かりませんが…」
それを聞いて、ナゼルが多少呆れた様子で言う。
「あの人は…… 王子達に対しても、そうなのね」
それを聞いてナイアマンが口を開いた。
「それに賭けてみる価値がある点については同意する。どうやら、今回も、セルフリッジさんは、ここにアンナさんを連れて来ているらしい。そしてマカレトシア王国の連中は、アンナさんがフルで魔力を使える事を知らない。あの人が、その点を活かさないはずがない。
絶対、フレイ達が殺される前に、救い出すはずだ」
ただ、そう言いながら、ナイアマンは自分の言葉に違和感を覚えてもいた。何か忘れているような気がする。
そこで、シロアキが縛られたままで器用に「よっ」とそう言い、立ち上がった。ランカの前にまで歩いて行く。
「どうするんだい? ランカ・ライカ。これならまだ王子達がボクらにさらわれた方が良かったな」
彼にしてみれば嫌味を言ったつもりなのだろうが、その口調は少しも嫌味っぽくは響かなかった。むしろ、ランカに同情をしているようにすら思える。それから彼女はゆっくりと立ち上がるとシロアキの頭を軽く撫でた。そしてフレイの前にまで行く。
フレイの目を見る。そして、すぐ隣にいるナセを見た。ナセはかなり眠たそうにしていて、その表情にランカは顔を少し綻ばせた。可愛い。抱きしめてやりたい。それから再び表情をきつくして言う。
「フレイ。無理をしていないかい? わたしはお前に、ここではお前はただの子供だとそう言ったはずだよ。今のお前は、ただの子供になっているかい?」
フレイはランカの目を真っ直ぐに見返しながらこう言った。
「はい。お母さん。ぼくは子供です。でも、同時に王子でもあります」
ランカはその言葉に目を大きくする。
「王子だから、本当は怖いのに、自分から危険に飛び込むような真似をするのかい?」
それにフレイは首を横に振る。
「違います。王子である自分も、子供である自分も、グローの所へ行こうとしているんです。怖くないと言えば嘘になります。でも、ぼくの所為で…… いいえ、誰の所為でなくても、ここにいる人達が傷つき、死んでいくなんてぼくは嫌だ。そっちの方が、ぼくにはよっぽど怖いんです。
だから、ぼくはグローの所へ行きます」
ランカはそれを聞くと、大きくため息を漏らした。それを受けて、フレイはまた言った。
「二つの国の軍に挟まれては、流石にランカさん達でも無事には済みません。仮に裏道から逃げることができても、大勢の命が失われるかもしれない。
お母さん…… いえ、ランカさん。あなたもぼくのお母さんであると同時に、この団のボスなのでしょう? どうか、決断をしてください。ぼくを、グロー達に差し出すと」
それを聞いて、ランカは目を瞑った。実はフレイが決心している様子に気付いた時から、ランカにはこうなる事が分かっていのだ。ただ、気持ちの決着を付け切れず、覚悟ができていなかっただけで。
「分かったよ、フレイ。白旗と伝達係りの準備をしよう」
そう言った後で、ランカはフレイの事を強く抱きしめた。
「悪いね。最後の最後で、王子に戻しちまった。大人がふがいないせいだよ」
フレイは首を横に振る。
「そんな事は言わないでください、ランカさん。ぼくはここにいる間、ずっと仕合せだったんです」
そう言ってからフレイは目を瞑った。隣ではナセがこの状況の意味を分かっているのかいないのか、その光景を眠たそうな目をこすりながら不思議そうに見つめていた。
その横で、ナイアマンはそれを見ながら不安を覚えていた。確かにランカの決断は正しいように思える。決心だって覚悟だってしているのだろう。
ただし、それは今だけの話。本当に、彼女がその状況に耐え切れるのかどうか……。
“子供が絡むと、母さんは別人になるんだよな。特に子供のピンチの時は……”
そう思って彼は軽くため息を漏らす。
ナゼルもダノも同じ気持ちでいるようだった。表情が曇っている。




