15.マカレトシア王国のグロー達
やがて、しばらくが経つと、マカレトシア王国のグローとタンゲア帝国のカルモロに動きがあった。
山の中でも比較的平坦な場所を選んで、即席で会合の場が設けられたのだ。その場に向かいながら、グローが文句を言っている。
「そもそも、何故にタンゲア帝国は、我々がランカ山賊団に攻め込む事を知っているのだ?」
彼はやや背が低く太っている。側近のメイロナは長身だから、凸凹コンビだ。メイロナはこう返す。
「それは謎ですが、どうやらかなり前から、我々が山賊どもを討伐すると噂になっていたようです。しかも、その討伐は建前だと囁かれていたのだとか」
メイロナは表向きは、グローに忠誠を誓っているように見せているが、本心では“低能”と彼を馬鹿にしていた。実際、グローの能力はそれほど高くはなく、このメイロナという優秀な側近のお蔭で権力を誇示できているようなものだったのだが。
メイロナにとってグローは、上司ではあるが馬鹿だが操り易い駒のような存在なのだ。グローが言う。
「なるほど。それで、この私がタンゲア帝国を攻めるだとかいった愚かな事を信じてしまっているのか」
「信じているかどうかは分かりませんが、それでもタンゲア帝国に不安を抱いている者がいるのなら、カルモロ様は動かざるを得なかったのでしょう」
「ふん」と、それにグローは返す。続けてメイロナは言った。
「しかし、この事態は却って、我々にとって都合が良いかもしれませんよ」
「何故だ?」
「ここでグロー様がこの山賊討伐の本当の理由を説明して協力を求めれば、カルモロ様の軍隊が、山賊どもの逃げ道を塞いでくれるからですよ。我々の最大の懸念は、山賊どもに逃げられる事でしたが、これでそれもなくなりました」
それにグローは、にやりと笑う。
「なるほど、この私の外交力が、ここでも物を言う訳か」
「左様で」
そう応えながら、メイロナはグローをやはり馬鹿にしていた。
“お前の立場なら、誰でもそれくらいできるわ。そんな事も分からないのか。調子に乗って失敗しなければ良いが”
と。
やがて、グローとカルモロの会合が開かれた。雰囲気は終始和やかで、グローがこのランカ山賊団討伐の真の目的を話すと、カルモロは「なるほど。そのような理由であったか」と大袈裟に驚いてから笑った。
「ガハハハ。まさか、山賊団の許に王子がいるとは、普通は思わん。それを見抜くとは、流石、グロー殿!」
もちろん、その情報を入手したのはグローの部下達なのだが、それでも彼は嬉しそうに下品な笑いを浮かべた。
「いやいや、カルモロ殿にはつまらん心配をかけてしまった。申し訳ない。先に伝えておくべきだった」
そして大袈裟に頭を下げる。その後でカルモロはこう言った。
「しかし、グロー殿。これは私の不徳の所為ではあるのだが、言葉だけでは国の人間達を納得させる事ができん。どうか、証拠の品を用意してはくれないか?」
「ほぅ 証拠の品とは?」
「なに、今回の件を説明した簡単な書状で充分。そこにグロー殿の印さえあれば」
その言葉にグローは大きく頷いた。
「なるほど。貴官の頼みならば、その程度のこと、一向に構わん」
それから紙と筆と印とをグローは部下に用意させ、その場で今回のランカ山賊団討伐の真の目的を書き始めた。もちろん、『王子達の暗殺の為』と。書き終えると、それにグローは印を押す。
「断る必要もないと思うが、これは極秘文章ですぞ、カルモロ殿」
それをカルモロに渡しながら、グローはそう言った。カルモロは大きく頷く。
「もちろん、充分に分かっている」
それが終わったところで、グローはこう口を開いた。
「ところで、カルモロ殿に折り入ってお願いがあるのだが……」
それから、グローはランカ山賊団を逃がさないよう道を塞いでくれと、カルモロに依頼をしたのだった。カルモロはそれを「お安い御用」と快諾した。疑いが晴れたとはいえ、まだグローの軍隊を警戒している振りはし続けなければいけないので、それはカルモロにとって何の問題もなかったのだ。
そうして、グロー達のランカ山賊団討伐を邪魔するものは、何もなくなってしまったのである。
シロアキの予想通り、少しの足止めにしかならなかった。
会合が上手くいったという話を聞くと、メイロナは邪さを隠しもせず、大きく口の端を歪めて笑った。
もちろん、「流石は、グロー様」と上司をおだてる事も忘れない。グローの話によると、タンゲア帝国の大臣カルモロは、ランカ山賊団の退路を断ち続けてくれるらしかった。流石に王子殺しまではしてくれそうにないが、それで充分だろう。ほぼ確実に、王子達の命を奪う事ができる。
メイロナは思う。
“これで、ランカ山賊団に危機を回避する手段はなくなった。恐らくは、自ら王子達を差し出して来るだろう。
……後は、王子達を殺すだけだ”
メイロナにとって唯一の気掛かりは、王子側の人間であるオリバー・セルフリッジの存在だった。実は彼はこの山賊討伐に従軍しているのだ。部下の魔女も連れている。恐らくは、王子暗殺を阻止するつもりでいる。だが、それも大きな問題にはならない。
“甘いわ。王子の暗殺と共に、お前も始末してやる。山賊討伐に不幸にも巻き込まれて、死んだ事にすれば簡単に誤魔化せる”
もっとも、オリバー・セルフリッジはそれを警戒しているようで、メイロナの息がかかった兵士達の傍には近づかないように気を付けているようだった。魔女も常に一緒にいるから、恐らくは彼を護るよう指示を受けているのだろう。だが、その程度の防衛手段では、少し強引にやれば、殺害は簡単に行える。例えば、遠くから矢で射てもいい。暴発してしまったと言えば、言い訳は立つ。あのアンナ・アンリという魔女も、首輪を嵌められ魔力を制限されているからそれほど怖くはない。いや、そもそも、首輪で無理矢理に従わされているだけの魔女が、真面目にオリバー・セルフリッジを護るとは思えない。確か、あのアンナ・アンリという魔女は、凶暴性こそないが、支配階級の人間に対して、かなり反抗的だったはずだ。オリバー・セルフリッジに対しても同じだろう。
そう思ってから、メイロナは少し遠くにいるオリバー・セルフリッジを観察してみた。彼は澄ました顔で、兵士達の様子を観ている。近くにはやはり魔女もいた。酷く不満そうな表情で、彼を見ている。
それにメイロナは笑った。
“まぁ、こんな山の中を無理矢理、夜中まで歩かされれば不機嫌にもなるだろう。やはりあの魔女は恐くない”
メイロナは一応、セルフリッジの事を高く評価していたのだが、その魔女の不満に気付いていない様子を見ると、買い被りし過ぎだったかと、そう判断を改めた。あいつは簡単に殺せる。慌てる必要はない。兵士達に動揺させない為にももう少し後にするべきだ。例えば、王子達を殺す前だとか。
「さて。では、早速、ランカ山賊団に攻め込むか、メイロナ」
不意にグローがそう言った。行動を起こそうとしないメイロナにしびれを切らしたのかもしれない。その言葉に、メイロナは“この無能の上司が”と、そう思う。もっとも、それを表情には出さない。こう言う。
「いえ、進軍はしますが、攻めるのはもう少し後にしましょう」
「何故だ? さっさと殲滅してしまった方が良いではないか」
「確かに、兵士達の疲れもありますから、行動は急いだ方が良いでしょう。ただ、無駄な戦闘は避けた方が良いのも事実。ランカ山賊団に逃げ道はありません。ならば、我々が圧力をかけていけば、戦わずとも王子達を差し出して来るはずです。我々が王子を狙っている事は知っているでしょうから」
それにグローは「ふむ」と言う。
「たかが山賊を、恐れ過ぎではないか?」
「いえ、たかが山賊といえど、ここは彼らの本拠地です。地の利は相手にある。しかも戦い慣れしてもいる。負ける事はないでしょうが、戦えば死傷者は確実に出るでしょう。損害を減らす為にも、ここは相手の降伏を待った方が良い」
そのメイロナの説明に、ようやくグローは納得したようだった。
「なるほど。では、ランカ山賊団のアジトを目指して進軍するだけにしよう。全軍に指示を出せ!」
そして、グロー達山賊討伐隊は、ランカ山賊団のアジトを目指して、ゆっくりと動き出したのだった。
掛け声がかかり、大きくかがり火が揺れる。兵士が松明を持っている。のっそりと、重厚に、兵士達の群れが山道を登り始めた。いささか億劫そうに見えるのは、気の所為ではないのかもしれない。この山賊討伐には大義がない。兵士達の士気は低いのだろう。
それを見て、オリバー・セルフリッジは「始まりましたか」と、そう呟いた。それを聞いたアンナ・アンリは目をきつくし、口をきっと結んだ。




