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13.王子救出劇 その2

※グレイブは、薙刀のような武器です

 誘拐犯達は、何が起こったのかまったく理解できていなかった。突然、痩せた男が弾け飛んでしまったのだ。軽いパニック。女がいる。金棒を持っている。どうやらその金棒で、痩せた男は吹き飛ばされたらしい。まだ事態を把握し切れていないでいる内に、女は再び金棒を振るう。それで、もう一人が吹き飛ばされた。そいつは剣で防御していたが、まったく関係がなかった。あっという間に二人もやられてしまった。

 「ランカ・ライカだ! もう来やがった! 銃で撃て! 近付くな!」

 少し離れた位置にいた、太った男がそう叫んだ。

 しかし、その声が終わる前に、男達は既に銃を撃ち始めていた。ランカ・ライカは大木の影に素早く身を隠す。銃弾が木に浴びせられ削られた木片が散る。どうやらランカの動きをそうして封じているらしい。男達の一人がゆっくりと火砲を構える。これならば木ごと、吹き飛ばせる。彼らが持って来た火砲は、どうやら一つだけではなかったようだ。

 「これで、どうだ!」

 男が火砲を放つ。当たって大木は砕けたが、そこにランカの姿はない。後に退いたか、横に逃げたか、下に隠れたか。やがて大木がゆっくりと男達の方に向かって倒れていく。すると、そのタイミングでその大木の下辺りから彼女は出て来た。倒れた大木を盾にして、男達に向かっている。銃弾はそれで防げていたが、火砲が再び放たれると、盾にしていた大木は簡単に砕かれてしまう。それでランカは、素早く木々の中に身を隠した。

 「くそう! 厄介な飛び道具を持っているね!」

 木々の中を、ランカは何とか隙を見つけようと移動していたが、突破口は見つけられなかった。その間で、連中のリーダーらしき太った男と禿げた男、それとナセとフレイを抱えた大男は先に進んでしまう。連中は必要以上に銃を使うつもりはないらしく、ランカが木々の中にいる間は、銃を撃っては来なかった。これでは弾切れも誘い難い。

 “さっさと片付けないと、まずいね”

 ランカはそう思って歯軋りをした。さっきシロアキに刺された腹の傷からは、相変わらずに血が流れ続けていたのだ。ほとんど止血もせず、猛スピードで山を進み、こうして戦闘すらしているのだから当たり前だ。これ以上、放置すれば意識が朦朧としてくるかもしれない。

 危機感を抱き始めたランカの目に、その時弓矢が映った。男達の一人に、突き刺さっている。男は弓矢が刺さると「うぎゃあ」と悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。恐らくは毒矢だ。ランカは思う。

 “ハット達だね! やっと来てくれたのか。助かるよ”

 次々と弓矢は放たれている。山での戦闘に慣れた彼らは、身を隠して弓を放つ術を身に付けていた。誘拐犯達は、銃で応戦しているが、敵の方向を上手く掴めず、多少、混乱しているようだった。男の一人が言う。

 「畜生! まるで、妖精か何かと戦っているみたいだぜ」

 

 「何をやっているんだ? ヌーカ達は」

 弓矢で誘拐犯達と戦いながら、ハットはそう独り言を漏らした。弓矢使いでここに来たのは彼も含めて三人ほどいたが、慌てて出発したものだから、実は手持ちの矢はそれほどない。自分達の位置を掴ませないようにしているお蔭で今は有利に戦えているが、矢がなくなってくれば不利になる可能性は大いにあった。

 もっとも、状況を理解しているハット達は、こうなるだろう事を予想してもいた。だから、ヌーカ達の石投げ組と別れ、挟み撃ちにする作戦を立てたのだ。弓矢よりも近くづく必要がある石投げ組の攻撃タイミングは少し遅れるはずだったが、それでも既に攻撃が始まっていないとおかしい。銃声を聞いて、ランカが戦っているだろう相手達が銃を使っていると悟ったハット達は、自分達が銃使い達を引き受け、その間でランカにナセとフレイを助けてもらおうと考えたのだが、これでは計画が狂ってしまう。

 「本当に、何をやっているんだ? ヌーカの奴め!」

 

 ヌーカはできるだけ音を発てないように、木に登っていた。そこから、遠くにいるナセとフレイを担いでいる誘拐犯の姿を確認する。

 偶然だったのだが、ヌーカは遠くの方で月明かりの下、ナセとフレイを両脇に抱えているように見える大男の姿を見つけてしまったのだ。そこで彼はある事を思い付いた。このまま、挟み撃ちにするだけじゃつまらない。その前に少し悪戯してやろう。上手くいけば、ナセとフレイを拉致っているあいつらの足を遅くする事ができるかもしれない。ただし、その為には、まだ攻撃をし始める訳にはいかなかった。ここに自分達がいる事を気付かれては、それは失敗に終わるだろうからだ。

 石を遠方に投げる為の投石具。布で石を包み、遠心力を利用して投げるそれを、ヌーカは構える。

 「さてさて、上手くいくかな?」

 にやりと笑いながら、ヌーカは大男を睨み据えた。集中する。相変わらずに、大男は両脇にナセとフレイを抱えていた。これなら頭はがら空きだ。仮に外しても、ナセとフレイに石が当たる確率は低い。

 それから、ゆっくりとヌーカは投石具を振り回し始める。タイミングが命。実は投石具は正確に投げるのが非常に難しいのだ。やがて見切るようにヌーカは、石を放った。石は月夜に大きく放物線を描き、見事に大男の頭に命中をした。大男はその場に倒れる。

 「やった! 命中!」

 ヌーカは大喜びしたが、直ぐに冷静になると、「おっと、さっさと銃使い共を挟み撃ちしないとハットが怒るな」とそう言って、他の皆に攻撃を開始するよう合図を送った。

 

 王子達を運んでいた大男が突然に倒れて、太った男と禿げた男は目を丸くした。横には石が転がっている。大男が倒れた所為で投げ出された王子達は、直ぐ近くに転がった。転がった時に何処かを打ったらしく、ナセは「痛い」と言って泣き声を上げた。禿げた男が言う。

 「なんだぁ、落石か? 運が悪いな」

 太った男はそれに苛立たしげに、こう返した。

 「馬鹿野郎! 山賊団の攻撃だよ! 畜生、どっかに隠れていやがったのか……」

 言い終えると、太った男は王子達の足を縛っている縄を切った。縄の所為で、王子達は立てないでいるようだったのだ。

 「オラ! 立て! 自分の足で歩くんだよ! さっさと行かないと、連中に追いつかれちまうだろうが!」

 無理矢理立たせられたフレイは太った男を睨みつけ、ナセは更に泣き声を上げた。

 「泣いている暇なんてないぞ! キビキビと走れ!」

 太った男は、フレイの視線に構わずそう怒鳴った。

 

 「ナセが泣いている」

 木々の中に身を潜めているランカ・ライカがそう呟いた。彼女は子供の泣き声に敏感に反応する耳を持っている。

 ――早く行ってやらなくちゃ。

 相変わらず、銃と弓との戦いは続いていた。

 彼女はずっとそこを通り抜ける機会を伺っていたのだが、ハット達の弓数が少なく、中々隙を見出せなかったのだ。これでは、下手に飛び出せば銃や火砲の標的になってしまう。しかし、ちょうど泣き声が聞こえて来たのと同じくらいのタイミングだった。ハット達とは反対方向から、大量の石が飛んで来たのだ。銃を使っていた誘拐犯達は、それに慌てる。

 “ヌーカ達だね。遅いよ”

 ランカはそれを受けて、ようやく外に飛び出した。投石と弓矢に挟まれて、誘拐犯達はランカを気にかけていられない。しかも、彼女は目にも止まらない速度で、そこを疾走しているのだ。ランカは本当は連中を金棒でぶっ倒してやりたかったが、そんな暇はなかった。真っ直ぐにそこを駆け抜ける。ところが、そうしてようやく銃使い達がいる場所を抜けると、今度は二人の男が彼女の前に立ちはだかったのだった。

 一人はグレイブを構えており、もう一人は剣を持っている。グレイブを装備している男は破落戸といった雰囲気ではなく、まるで傭兵のような出で立ちだった。剣を持っている方は軟派な感じではあったが、体格は良く戦闘慣れしているように見えた。どちらも相当の手練れに思える。

 ランカは構わず突っ込んだ。金棒を振るう。武術の心得がある者でも、受ければ武器が破壊される彼女の戦闘方法には意表を突かれる事が多いからだ。ところが、二人ともランカの突進に合せて退き、金棒が空振りした隙を狙って武器で突いて来る。牽制程度の攻撃だから、ランカには当たらなかったが、それでも強引に突き進む訳にはいかなかった。

 “チッ また、面倒な奴らが現れたよ。これじゃ、進めやしない”

 この二人の目的は、飽くまで壁になる事。ランカに勝つ気はない。二人がかりでもランカの相手は危うかったが、ただの壁ならば問題はなかったのだ。

 ランカは迷う。

 “どうする?”

 ランカの腹からはまだ血が流れている。時間がない。そして、ナセの泣き声が、彼女の耳には響き続けていた。早く行ってやらなくちゃいけない。ランカは、思う。助けてやりたい。安心させてやりたい。焦る。

 ――どうする?

 その時、声が響いた。

 「困っているみたいだね、母さん!」

 そして、突き出されていたグレイブの刃が剣で弾かれる。そこに現れたのは、ランカ山賊団、ナンバー2のナイアマンだった。彼は両手に剣を持っている。二刀流。

 ランカ山賊団の基本戦闘スタイルは、中・遠距離戦だ。それは彼らがまだ街にいた頃に確立した、遠くから石などで子供達が牽制し、ランカが突進して止めを刺すという戦闘スタイルの流れを受けているからでもあったし、歳若く力が弱い者が多い彼らには接近戦は不利だからという事もあったのだがしかし、例外的に、ランカ以外に接近戦が認められている者達も数は少ないが存在する。その数少ない者達の中にいる一人が、二刀流の使い手のナイアマン。それと……、

 「やっほ、母さん。手強そうだから、わたし達も来ちゃった」

 次にそう声が響き、槍が突き出され、剣使いとの間に距離ができる。

 ……槍使いのナゼル・リメルの、二人一組だった。

 その二人の登場にランカは驚いた。

 「二人とも来ちまって、どうするんだよ? ハット達は矢が残り少ないのだろう? 一体、誰があいつらを護るんだい?」

 それにナゼルがこう返す。

 「大丈夫よ、母さん。あっちには、双子ちゃんコンビが行ってるから。

 それより、母さん。こいつらの相手は、わたし達がするから、さっさとナセとフレイを助けに行って」

 一瞬だけ躊躇したが、ランカ・ライカは「分かった。じゃ、ここは任せるよ」と、それに返して走り出した。グレイブ使いと、剣使いはランカの行く道を塞ごうとしたが、当然、ナイアマンとナゼルがそれをさせない。二人の攻撃を受け止めて睨みつける。

 「聞こえなかったのか?」

 と、ナイアマン。

 「あなた達の相手は」とそれからナゼルが続けて言い、最後に「我々がする!」二人同時に言い放った。

 グレイブ使いと剣使いは、相手がランカ・ライカではないのならと考えたのか、守り中心から一気に攻撃に転じたようだった。猛然とナイアマンとナゼルの二人を攻め立てる。

 激しく撃ち合いながら、ナゼルが言う。

 「ねぇ、ナイアマン?」

 「なんだよ、ナゼル」

 「わたし、ずっと思ってたのだけど、うちのナンバー1は母さんで、ナンバー2はあなたな訳じゃない?」

 「だな」

 そう応えながらナゼルに向かって突きだされたグレイブの刃をナイアマンは剣で受けた。そして、同時にナゼルが槍で剣使いを突く。後少しのところでそれは当たらなかった。「チッ」とナイアマン。ナゼルはお喋りを続けた。

 「そのナンバー1と2が、二人とも前線で戦うってどうなのかしら? ほら、組織的な戦闘スタイルとして。もしも、二人に何かあったら……」

 それにナイアマンはこう返す。剣で相手の攻撃を弾きながら。

 「不吉な事を言うな、ナゼル・リメル」

 牽制する為に剣を突く。当たらない。

 「僕はともかく、何があろうと、母さんは絶対にやられない!」

 その言葉にナゼルはこうツッコミを入れる。

 「ちょっとちょっと、あなたがやられるんでも、充分に不吉なのよ」

 槍で突きながら、そう応えるナゼルにナイアマンはこう言った。

 「それに、君だって、ほとんどナンバー2みたいなものじゃないか。やられたら、どうするんだよ?」

 少し黙るとナゼルはこう返す。

 「ほら、あとは、ダノがいるから、大丈夫じゃないかしら?」

 その言葉に軽くため息を漏らすと、ナイアマンは仕切り直しといった感じでこう言った。

 「かなり身体が温まって来た。お遊びは、そろそろ終わりにしよう。ナゼル・リメル」

 「おっけ」とそれにナゼル。

 するとナイアマンがナゼルの前に立ち、二つの剣を構える。ナゼルは、ナイアマンの後に隠れている形だ。

 その変わった配置に、相手のグレイブ使いと剣使いは首を傾げた。これではナイアマンが邪魔で、ナゼルは槍が上手く使えそうにないからだ。

 不意にナイアマンが突進して来た。グレイブ使いと剣使いは、それぞれそこに攻撃を合わせる。ナイアマンは攻撃はせず、その二人の攻撃を両手の剣で受け止めた。その瞬間だった。ナイアマンの影から、槍が突き出されたのだ。そして、ナイアマンの身体で見え難くなっているそれは、容易にグレイブ使いにヒットしたのだった。腹に突き刺さる。その場にグレイブ使いは倒れ込んだ。

 続けて、剣使いにもナイアマンの身体で軌道を隠した槍が突き出される。一度、見られている所為か、それは剣で受け止められてしまったが、今度はそこにナイアマンの剣が襲いかかった。槍を受け止める為に既に剣を使っている所為で剣使いはそれを防げず、斬られてしまう。やはり、同じ様に倒れ込んだ。

 純粋な武術の腕では、このグレイブ使い及びに剣使いとナイアマン達は、同程度の技量だったのかもしれない。しかし、ナイアマンとナゼル・リメルは、二人一組で戦う技術で遥かに勝っていた。それがこの圧倒的な勝敗差となって現れたのだろう。

 「さて。母さんが心配だ。行こう」

 ナイアマンがそう言った。

 「母さんが? どうして?」

 ナゼルが不思議そうにそう尋ねる。ランカなら、圧勝できるだろうに。それに彼はこう返す。

 「母さん。腹を刺されているんだよ。既にかなり血を流しているはずだ。さっき、動きが悪かったのもきっとその所為だ」

 

 「くそう! ヌーカ達が遅いから」

 そうハットは呟いた。

 ハット達の弓矢は既に尽きていた。しかも相手側にそれを悟られてしまっているようで、石つぶてを嫌った倒し損ねの二三人が、剣を構えてこちらに向かって来ていたのだ。幸い、どうやら相手の銃弾も切れているようだが、接近戦での不利は確実だった。それで仕方なくハット達は退却をしている訳だが、相手は一応は大人で、しかも既に命の覚悟くらいはしているのか、必死に走って来ている。かなり速かった。追いつかれて捕まれば、恐らく人質として利用されるだろう。既に敗色が濃くなっている彼らが、この難局を乗り切る手段はそれくらいしかない。

 「はぁ… 冗談じゃ…… はぁ、ないぞ」

 と、ハットは独り事を言う。

 「もし、人質になんかされたら、絶対にヌーカの奴が馬鹿にしてくる!」

 そう彼が言い終えたところで、声が聞こえた。

 「心配しているのは、そんな事か!」

 それは誘拐犯達のうちの一人だった。相手も息を切らしている。その後方には、もう二人迫っていた。ハット達はそれに戦慄した。石を投げて応戦するか? いや、手頃な石は近くに見当たらない。やがて誘拐犯達はゆっくりと近づいて来た。ところが、そこでこんな声が上がったのだった。

 「大丈夫だよ、僕らが来たから。ハット達!」

 そう同時に言ったのは、パテタとタテトという双子のコンビだった。ハットはそれに安堵の声を漏らす。

 「パテタとタテト! お前ら、来てくれていたのか!」

 ランカ山賊団の戦闘は基本は中・遠距離戦だが、相手に接近されてしまう事もある。そんなケースを考慮し、特別な訓練を受けているメンバー達もいるのだが、この二人もそうだった。彼らは両腕に中くらいのサイズの盾をはめ込んでいる。ハット達を庇うように誘拐犯達の前に立った。彼らは珍しい“盾使い”なのだ。ハット達は、その隙に逃げ出した。

 誘拐犯は言う。

 「なんだ? 盾だぁ?」

 馬鹿にした口調。そして剣戟を振るった。しかし、それは容易に二人の盾に受け流されてしまう。何度剣を振っても、やはりそれは簡単に二人の盾に受け流されてしまった。誘拐犯は思う。

 “なんだ? こいつら……”

 そこに後方から来た誘拐犯の他の二人も攻撃に加わったが、やはり無駄で、彼らの攻撃は双子には全く通じない。やがて強がってか、誘拐犯の一人がこう言った。

 「なるほど。守りが上手いんだな。が、盾だけでどうしようって言うんだよ? どうもできねぇじゃねぇか」

 それを聞くとパテタとタテトは、顔を見合わせた。それを隙だと考えたのか、誘拐犯はまた剣を振るう。それをパテタが受け止めた。そして二人同時にこう言う。

 「誰が、僕らが盾だけしか持っていないなんて言った?」

 パテタが剣を受け止めている隙に、タテトが懐から袋を取り出した。そして、それを誘拐犯の顔にぶつける。赤い粉が舞うと、誘拐犯は「うぎゃあぁぁ!」と叫び声を上げ、顔を両手で覆ってのたうち回った。

 「顔が、顔が熱いぃぃ!」

 パテタとタテトは声を揃えて言う。

 「きっつい唐辛子の粉末だよ! しばらくは目を開ける事もできない!」

 それを見て、誘拐犯の他の二人は自分達の不利を悟ったのか、パテタとタテトの二人を避けてハット達を追った。パテタとタテトの二人は同時に言う。

 「あっ ごめん。ハット、二人ほど逃がしちゃった! 逃げてー」

 安心していた上に、走り疲れていたものだから、それほど離れてはいなかったハットはそれにこう返す。

 「ちょっとぉ! 勘弁してよぉぉ!」

 ところが、誘拐犯の一人が後少しでハットに追いつこうとしているところで、その一人に向かって荷物が降って来たのだった。押し潰されて動かなくなる。しかもその荷物は、一部が既に破けており、その中からは弓矢が覗いていた。声が上がる。

 「物資補給だよ、ハット」

 そこに現れたのは、大柄な体格の持ち主、ダノだった。

 ハットは彼の登場に喜ぶ。

 「ダノ! 助かった!」

 そして彼が運んできた荷物の中から弓矢を取り出すと、それを残った最後の一人の誘拐犯に向けて放った。毒が塗ってあるお蔭で、腕に刺さっただけで行動不能になる。それを見終えた後で、ダノが言った。

 「しかし、物資補給の為の運搬係って地味な役割だよね」

 ハットがそれにこう応える。

 「なんの、けっこー重要な役割だと、僕は思うよ」

 

 ナセが泣いていた。

 「おかぁーさーん。助けてぇ!」

 太った男は小声で「煩い!」と言って、ナセを殴りつけた。続けて禿げた男が「黙れよ!」と怒鳴ろうとしたが、太った男に止められる。

 「止めろ、大声を出したら、この場所がばれちまうだろうが!」

 既に誘拐犯達はこの二人だけになっている。遭難覚悟で真っ当な道は避けて歩き難い場所を選んだから、簡単には見つからないだろうと太った男はそう考えていた。だから、ここで大声を出させる訳にはいかない。見つかってしまう。既に泣き疲れているのか、それとも泣き声を上げる度に彼が殴りつける所為か、ナセの泣き声はかなり弱くなっていたし、とぎれとぎれにしか泣かなくなっていた。これなら、泣き声を頼りに場所を突き止められる事はないだろう。フレイはそもそも泣いていない。

 フレイは思っていた。

 ランカ達が自分達を助けようとしてくれているのは嬉しい。しかし、グローにここがばれている以上、このまま自分達がここに居続ければ、絶対に迷惑をかける。ランカ達は殺されてしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。しかも、この誘拐犯達の言葉を信じるのなら、もう時間はないらしい。

 なら、このまま、大人しくさらわれた方が良いのかもしれない。

 「ナセ、もう泣くのは止めな。このまま、この人達に付いて行こう」

 しかし、フレイがそう言うと、ナセは却って大声で泣き始めてしまうのだった。

 「いやぁぁ! おかあぁさぁん!」

 ランカを恋しがっている。

 それを受けて、また太った男がナセを殴ろうとする。その振り上げられた拳に、ナセは怯えた。

 その時だった。

 突然、上から何かが降って来て、太った男の頭の上ギリギリを、重い物が高速で掠ったのだ。そして、それは前の方に降り立つと怒鳴り声を発した。

 「うちの子供に、なにをやっているんだい!」

 月明かりに照らされたその何かは金棒を持っている。間違いなくランカ・ライカだった。太った男の頭を掠めたのは、金棒。後少しで、彼は倒されていたのだ。

 ランカは珍しく狙いを外してしまった。それは血を流し過ぎていて、集中力が鈍っていた所為もあったし、ナセとフレイに攻撃を当ててはならないと少し臆病になっていた所為もあったが、いずれにしろ、この急襲で終わらせられなかったのは、痛恨の事態だった。厄介な事になると彼女は分かっていた。もっとも、それを態度には出さなかったが。

 太った男は頬を引きつらせる。

 「なんで、ここが分かったんだ?」

 「ナセの可哀想な泣き声がずっと聞こえて来ていたからねぇ。わたしゃ、子供の泣き声には敏感なんだよ」

 そのランカ・ライカの答えを聞いて、“泣き声ったって、そんなに大きくはなかったぞ。なんなんだ、こいつは?”と太った男はそう思う。その後で冷静になるとこう言った。

 「だが、分かっているのか? こっちには、人質が二人もいるんだぞ?」

 そう言って太った男は、ナセを突き飛ばすと、フレイの喉元にナイフを当てた。「動くなよ、金棒を捨てろ」とそう言う。大人しくランカはそれに従った。彼がナセを突き飛ばしたのは、ナセよりもフレイの方が油断ならないと判断したからだ。自由にはしない方が良い。転がったナセは両腕を縛られている所為で、上手く立てないようだった。

 ランカは言う。

 「お前! うちの子供達にこんな事をやって、絶対に許さないからね!」

 太った男はそれを聞いて鼻で笑った。

 「はっ! どう許さないってんだ? 子供を人質に取られたお前は、何も手出しできないだろう?」

 そう言いながら、なんとか立とうとしているナセを太った男は足で踏みつけて、邪魔をした。

 ランカは睨む。歯軋りをする。

 「お前ぇぇ…」

 その時だった。

 ナイフを喉に当てられながら、フレイはランカが心配でじっと見つめていた。そしてそれで、彼女の腹の辺りからたくさん血が流れている事に気が付いてしまったのだった。

 “あ…… あ… あ”

 フレイは目を大きく見開き、悲しみと驚愕の表情を浮かべる。

 “ぼくの所為で、お母さんが刺されている。お母さんが、死んじゃう……”

 やがて太った男は、禿げた男に目で合図を送った。ランカの動きを封じている間で、銃で撃ってしまえと。それを察した禿げた男は、銃を取り出すとランカにそれを向けた。慎重に狙いを定める。ところがそこで、太った男が叫び声を上げたのだった。

 「痛ぇぇぇ! このクソガキ! 俺の腕を噛みやがった!」

 ランカが死んでしまうとパニックになったフレイが、太った男の腕に噛みついたのだ。太った男は思わずそれでフレイを殴りつけた。その瞬間、ランカは地面を蹴っていた。

 そこで彼女がほぼ瞬間的に反応できたのは、チャンスだと思ったからではなく、フレイが殴られたという事に、条件反射的に身体が動いたからだった。だが、いずれにしろ、

 「うちの子供にぃ、なにをするんだい!」

 次の瞬間、猛スピードで突進したランカ・ライカは太った男の顎を掌底で突き上げていた。金棒がない分、いつもよりもランカの動きは速くなっており、非戦闘員である太った男には、とてもではないが反応する事はできなかったのだ。気を失う。

 銃でランカを狙っていた禿げた男もそれに反応する事はできなかった。虚を突かれた上にランカの動きが想像していた以上に速過ぎたからだ。慌てて太った男の傍にいるランカに銃口を向け直すが、その時ランカは気を失った太った男の背中を盾にしていて、銃で狙う事はできなかった。

 “あの女が見えない。何処にも、……狙う場所が、ない”

 その時、混乱した禿げた男は、その太った男の背中が更に大きくなっていっているような気がしていた。はじめは錯覚かと思っていたのだが、どうやらそれは錯覚ではなかった。ランカが太った男を禿げた男に向けて、突き飛ばしていたのだ。

 目の前に太った男の背中が迫って来る。

 禿げた男がそれに気付いた時には、もう既に遅かった。禿げた男は、太った男の加速した体重を全身に受け、意識を失った。

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