1150 叡知の魔女
これほどまでに世間話で胃が痛くなったことはあるだろうか?
──いや、ない!
と、オレは断言できる。
世間話。それはなにげないおしゃべり。だが、相手を知ろうと言う状況では情報収集であり、相手の人となりを知るものであるのだ。
皇帝の弟の話は、情報屋を使えばある程度は仕入れられるし、公爵どのからも聞いている。
だからある程度はどんなヤツかはわかる。だが、そのある程度が曲者なのだ。
情報屋で仕入れられるのはやったことやウワサ程度だし、公爵どのからの情報は公爵どのの色眼鏡が入っている。そこにオレの感想は入ってねーのだ。
そのズレは命取り。判断を誤ることになる。
まあ、面と向かったからと言って正しい情報が仕入れられるとは限らないが、自分なりの人となりを持ってなければ自分なりの判断やら決断はできねーのだ。
さらに言うなら、オレが皇帝の弟を見極めようとしているように、相手もオレを見極めようとしている。
気のイイヤツとなら素の自分を出してもよかろうが、敵(仮)に知られるのは弱点を知られるのと同じこと。隙を見せればそこを突かれかねんわ。少なくともオレなら容赦なく突く。完膚なきまで突き倒す。
「ええ。今年は豊作とまではいかなくても、なかなかよい収穫量だと聞いております」
なにをどう話してたかわからぬが、いつの間に帝国の麦の収穫の話になり、アーベリアン王国の収穫を聞かれた。
「そうか。今年の天候は広範囲でよかったのだな」
「そう言えば、帝国には天候省なるものがありましたね。毎年各地域の天候を記録するとか、農業を携わる者として羨ましい限りです」
「天候を記録することの重要性を知るとは学が広い」
「わたしの学などまだまだ小さいものですよ」
十一年で仕入れられる情報など微々たるもの。知らないことばかりだぜ。
「謙遜を。その知識と情報を持っているのなら学府に招き入れたいくらいだ」
「学府とは恐れ多い。帝国の賢者様方に鼻で笑われてしまいますよ」
帝国の学府には興味があるが、専門家の中に入るなどおこがましいにもほどがあるわ。いや、冗談で言ってるのはわかってるがよ!
「いやいや、君の話は本で知ったのではなく実地で知ったものだろう。そう言う者の話は貴重だ。万金に値する」
「それを理解する者が上にいる帝国の強さがわかると言うものです」
それはいろんなところに目と耳があると言うこと。
しっかし、こいつは本当に皇族かと何度も思わせてくれるな。小国の王ですら自国内の事情などそうは知らないのに、皇帝の弟は外国の事情まで精通している。
性格故にか、育ち故か、それとも誰かに影響を受けたのか、なんにしても尋常ではねー。
この穏やかさの陰にある本心をまったく見せねーなど怖すぎるわ。どんだけ外面がイイんだよ。逆に引くわ。
などと心の中で葛藤しながら世間話をしていると、なんか突然、空気が変わった。
……この空気、前にも感じたことあるな……。
「随分と楽しく話してるじゃないか」
突然、横から声がした。
見れば……魔女? え、魔女?! 魔女がなんでいんのよ!?
黒いトンガリ帽子に黒いマントを羽織った年齢不詳の金髪美女だ。
「先生。いらっしゃってたんですか」
皇帝の弟に目を向ければ穏やかな笑顔を見せている。先ほどと同じではあるが、雰囲気も心なしか柔かくなっていた。
先生と言う言葉と雰囲気からして、この魔女が皇帝の弟に影響をもたらせた存在なんだろう。あくまでもオレの直感ではあるがよ。
「ああ。おもしろいヤツが来ていると耳にしてな。つい好奇心に負けて来てしまったよ」
その碧眼がオレに向けられる。
……人外だ。それも居候さん級の……。
「居候さんが悠久ならあんたは叡知の魔女だな」
先生とは真逆の存在だが、違う道から叡知を求め、長い年月の果てに極めた感じがする。
「ふふ。叡知か。それはまたおもしろい評価をしてくれる。さすがグレンが認めただけはある」
グレン婆、いったいどんな人生を送って来たのやら。本にして教えてもらいたいぜ。
「グレン婆とはお知り合いで?」
「昔、少しの間、世話になった。菓子狂いの女、今はなんと名乗っているかは知らぬが、ヤツとは同門だ」
「居候さんと同門か。それはまたおっかないことだ」
クラスメートと言うほど軽いものではないだろうが、あの人外と同門とか、薄ら寒くなる思いだぜ……。
「ふふ。居候か。言い得て妙よな」
なぜ言い得て妙なのか知りたいところだが、ごーいんぐまいうぇ~いな人外の思い出に足を突っ込むのは危険だ。サラリと流しておこう。うぇ~い。
「わたしもお邪魔してよいか?」
皇帝の弟がどうだろうかと目で問うて来たので了解と頷いて見せた。
「お茶はなにがよろしいでしょうか?」
ドレミがメニューを差し出した。
喫茶店か! とか突っ込みたいが、ちょっと甘いものが食べたくなった。摘まめるものちょうだい。
「紅茶と言うのを頼む。あとは、このモンブランなるものを頼む」
「わたしも紅茶のお代わりをいただきたい」
なんかよくわからない流れになったが、ちょうどイイ。気持ちを整えるためにブレークタイムといきますか。




