1149 体は大切に
「ミスター。お茶とお酒、どちらにいたしますか?」
メイド型ドレミが皇帝の弟に尋ねた。ミスターってなんだよ? 通じるわけねーだろう。
「では、お茶を頼む」
おっと。あっさり通じちゃいましたよ。ぶっひゃっひゃっひゃっ!
どこから出したか謎の押し車には、いろんなお茶の道具が載っていた。
……お前は時々ぶっ込んで来るよな。エリナの差し金か……?
「紅茶でございます」
「ほぉう。紅茶と言うのか。よい香りだ」
立場的に見知らぬ者から渡されたものを口にすることないのに、なんの躊躇いもなく紅茶を口にした。
「怖いな」
「それはこちらのセリフだよ。ヴィベルファクフィニー・レイド・カフォニードくん」
「────」
「おや。知っていたかい」
穏やかに笑う皇帝の弟。やはり、気がつかれていたか……。
「いや、今はヴィベルファクフィニー・ゼルフィングだったね」
まずいな。先手を取られっぱなしだ。
根性を総動員してコーヒーカップに手を伸ばし、精神安定剤を口にした。うん。コーヒーこそ我が命だ。
「ふふ。さすが帝国。凄まじいまでの情報力です」
余裕の笑みで皇帝の弟を見た。
「それはこちらのセリフだ。村人と言う立場でありながら皇室の情報まで辿り着く。カフォニード家の血かね?」
「さて。どうでしょうね? わたしはカフォニードを知りませんので」
オレの出会い運が働くなら会えるだろうし、オレが生きてる間に探せればイイだけのこと。オトンの家族探しはあとでも構わないのだ。
「カフォニード家には興味はないか」
「いえ。ありますよ。亡き父の実家ですからね。ただ、重要度は低いだけです」
血の繋がりはあっても情の繋がりはねー。会ったこともない遠い親戚ってくらいだ。
「そうか」
「はい。そうです」
お互い静かに笑い合う。
やはり帝国の影の皇帝と言われるだけはある。豪胆すぎるぜ。
いくらここがレヴィウブとは言え、帝国のナンバー2が護衛もつけずにオレと向かい合う。主がノーと言ってもそれを受け入れては護衛は失格だ。表だってが無理なら裏で護衛するだろう。
それがない理由を考えるだけで胃が痛くなる。油断したら食われそうだわ。
「紅茶と言ったかな。実によいものだ。白茶より断然好きだ」
アプローチを変えたか。では、乗ってやろうじゃないか。
「お気に召したらレヴィウブのゼルフィング商会で手に入りますよ。他に酒などもご用意しております」
「ふふ。商売上手なことだ」
「わたしなどまだまだです。世の中には世界を相手に商売する商人がいますからね」
「アーベリアン王国には優秀な商人がいて羨ましいことだ」
やはり、会長さんの件は帝国が噛んでいたか。まあ、揺さぶり程度のもんだと思うがよ。
「帝国にも優秀な商人は何十人といますでしょうに。他にもいろいろと」
帝国と名乗るだけに、抱える情報機関はいくつかあり、外国にも耳や目を置いてある。オレが知っているだけでも二つはあるよ。
「本当にアーベリアン王国と言うのは怖い国だ」
「まあ、あの国は特別ですから」
苦笑に苦笑で返した。
「そうだな。あそこは上は王族から下は村人まで特別なのが溢れているからな」
「帝国も負けてはいないでしょう。これだけの国土、これだけの人、混沌とも言うべき渦を御している。普通なら衰退なり不正なりが蔓延しているでしょうに」
今の帝国は安定期だ。外に敵がいない。それがもう三百年は続いているのだ。なのに、帝国に滅びの予兆はないのだ。
だが、その裏に人外がいるのなら納得はいく。影なる者が潜んでいるなら不思議ではない。君臨すれど統治せず、ってところだろう。
「さすが小賢者。その目はどこまで見通すのかな?」
「見えるところまで、ですよ。影の皇帝どの」
悪戯っぽい笑みに悪戯っぽい笑みで返した。
「しかし、帝国は磐石で羨ましいことです。わたしも帝国に生まれたかった」
なんか帝国に生まれたほうがスローライフできたような気がする今日この頃。神にワンモアチャンスと叫びてーよ。
「皇族としてそう見えたら喜ばしいことだが、実情は問題山積みで、胃が痛くなる毎日。休むこともできず、娘たちと接する時間もないほどさ」
威厳と言うものはなく、まるで仕事に追われる父親のような雰囲気と表情だった。
素の自分を出せる。
それは出せるようでなかなか出せないそいつの本音。ましてや帝国を支配する者なら出してはいけない本音だ。なのに、出せると言うことは切り替えができると言うこと。相手に合わせて出せると言うことだ。
そんな感情をコントロールできる相手を甘く見てイイわけがない。今見せている感情に騙されてはいけない。感情に隠れた心情を見誤ってはいけない。相手は帝国の影の皇帝なのだから。
「外の者ですが、己を犠牲にして国を、民を守るその尊さに涙が出る思いです」
心の中で、だけどな。
「自由気ままか。なんとも羨ましいことだ。わたしも一番上の兄が生きていてくれれば自由に、とまではいかなくても、娘たちと遊べる程度には過ごせただろうに」
それは遠回しにフェリエの存在を探って来てるのだろう。
だが、それに乗ってやる義理はなし。帝国の未来よりフェリエの未来を優先させるまでだ。
「娘さんたちの未来のためにもお体を大事にしてください」
「そうだな。娘たちのためにも体は大切にしなければならんな」
そのためなら手段は問わない。非道も厭わない。そう言ってそうで顔がひきつりそうになるが、根性で笑顔を維持する。
「ええ。それがなによりです」
まったく、敵にしたくないヤツとのおしゃべりは体に悪いぜ……。




