1049 カーン!
「お腹いっぱいでし!」
うんうん、それはよかった。食べられるって幸せだもんね。オレも死にそうなくらい腹を空かせたときがあるからわかるよ。
「じゃあ、そう言うことで。ミタさん、出発だ」
サラッと指示を出す──が、誰もサラッと流してくれない。おや皆さん、目が蔑んでいるように見えますがどうかしましたか?
「諦めなさいよ」
「そうですよ、ベー様」
なぜ、オレが説得されてんだろう。オレ、なに一つ関係ないよね?
二人からの無言の圧力。そんなものに屈するオレではないが、勝ったからと言ってこの状況が好転するわけではない。ってか、こんなウーパールーパーっぽい生き物を放置してたら中継島に誰もやってこない。
……謎の巨大生物が棲む島とか、誰も寄りつかんわ……。
「え、えーと、お前って名前とか種族名とかあんの?」
ウーパールーパーっぽい生き物に呼びかけるオレ、シュール!
「あたち、シュゼンヴィールのエルスティヴァン」
無駄にカッケー名前が出てきましたー! ん? シュゼンヴィール? え? シュゼンヴィール? どっかで聞いたぞ、シュゼンヴィールって……。
「ベー、どうしたの?」
ちょっと待て。ちょっと待て待てちょっと待て。我にしばしの時間を与えたまえ。
「ベー様?」
お願いだから黙って。今、記憶の底を漁ってるんだからさ。
──シュゼンヴィール。
聞いたことがある。確か、ハルヤール将軍の口から出たはずだ。
人魚に伝わる神話を聞いた中で、シュゼンヴィールと言う名が出た記憶がある。
海を創ったライオスト。命を創り出したハルシート。死を創ったサンリューサス。あと、七つだか八つの神がいたはずだが忘れました。
まあ、死を創ったサンリューサスの配下と言うか、眷属と言うか、ともかくサンリューサスには五つの死を冠した竜がいたわけよ。
長ったらしい名前で記憶の底から出てきてくれないが、シュゼンヴィールだけは浅いところにあった。
なぜか、シュゼンヴィールは餓死を司り、シュゼンヴィールが現れた海を腐らせ、食べるものをなくすと言われている。
それ、餓死か? 腐死じゃね? と思ったのをよく覚えている。いや、今の今まで忘れてたけどさ。
それが本当かウソかはわからない。だが、もし本当なら確実に人魚や魚人は寄りつかない。忌み嫌われた竜として、寝物語にまでなっているそうだからだ。
「シュゼンヴィールってのは、海を腐らすのか?」
「そんなことちない。あたし、海を豊かにしてるだけ。美味しい魚、いっぱい食べたいから」
エス……なんとかの言葉が正しいなら、間違って伝わったってこと。まあ、なくはない話だな。地上にもそんな話、いっぱいあるし。
「ウパ子の仲間はいるのか?」
「あ、あなたの名前ね。このバカ、名前を覚えられないバカだから」
そんなフォローいらないんだよ。あと、名前を覚えないこととバカは違います。じゃあ、なんだと言われたら困るけどよ。
「……あたち、ウパコ……」
嫌ならルー子でも構わないよ。あと、コは子だよ。
「ウパ子。うん、あたち、ウパ子!」
なにかキャッキャと喜んでます。そこまで嬉しがられると、ウパ子が愛しく見えてきますね。おっ、よく見れば可愛いじゃん。
「気の毒に……」
なぜか可哀想な目でウパ子を見るメルヘンさん。プリッパにしてやろうかしら?
「ウパ子は、ここに住んでるのか? 仲間は?」
ってか、ウパ子って普通の生き物だよね? 変な設定とかないよね?
「ううん。住んでないでし。あたちは隠れてたでし。皆はあの魚に食べられちゃった……」
そして、それを殺したオレたち。いやまあ、オレも含まれていることに不満はあるが、第三者から見たら同じ。関係なくはないので受け入れはしよう。不本意ではあるがよ。
「そうか。いくところがないならうちにくるか? 安全な海があるからゆったり暮らせるぞ。まあ、魚はそんなにいないんで、しばらくは死んだ魚しか出せないがよ」
もちろん、ブルー島の海ね。
「安全なの? あたち、弱いでし。大きくて怖い魚は嫌いなの」
「大丈夫。お前より小さい魚しかいないから」
まあ、その体からしたらプランクトン並みの魚だけどよ。
「あたち、行ってもいいの? なにもできないよ」
「構わんよ。なにもできなくても」
今さらニートの一匹や二匹、増えたところで問題ねーよ。
「なら、あたち、いく」
岩にへばりついていたウパ子が降りてきて、海に入った。
「あの姿のまま連れていくの?」
「さすがに無理だから小さくするよ。ミタさん、手頃な水槽買ってきて。ウパ子を入れるからよ」
「畏まりました」
と、一礼し、スマッグを出して誰かに買いに行かせた。
「プリッつあん、ウパ子を小さくして連れてきてくれ。オレではあのツルツルした体に飛び移れないからよ」
ポヨンポヨンして気持ちよさそうだが、あそこに立てる想像がつかない。あれ、絶対滑るよ。
「しょうがないわね」
サンキューです。
顔を出したウパ子の頭に飛んでいき、伸縮能力で小さくする。
自分が抱えるくらいまで小さくし、ヌイグルミのように抱えて戻ってきた。
「違うよ! オレが見たかったのはプリッパだよ! その背に乗ってるところを見たかったんだよ! 空気読めよ!」
これだからリアルメルヘンは使えねーんだよ。もっとオレを楽しませろや!
「ふふ。それはごめんなさい」
ウパ子を炬燵の上に置いたプリッつあんが眩しいほどの笑顔を浮かべ、シャドーボクシングをし始めた。
一分くらいしたと思ったら、突然、キッとオレを睨んだ。
カーン! とオレの頭の中でゴングが鳴る。
「望み通り楽しませてやるわ、ボケー!」
「返り討ちじゃ、アホー!」
なんて和気藹々がありましたとさ。めでたしめでたし。




