青年は苦悩、少女はクビ疑惑
書き足しました<(_ _)>
俺はこんな小娘に負けたのか。
そう思わずにはいられなかった。だってそうだろ?俺はチナなんかよりもテリアと過ごした時間は多い。確かに会う機会は少なかったよ、俺は一応王族だからな。会う時と言えば、何かの会談、もしくは訓練時。
それでもやっぱり、ついこの前来た奴よりは交流がある……はずだったんだ。なのに何だよ、こいつは?俺は未だに認められてないのに、もうこいつは認められやがった。
なんで、なんで、なんで。
俺は、王族だ。こんな奴に劣っているハズがない。
「え、な、んの、ことですか…?」
チナが目を丸くしてシルバに聞き返す。するとシルバはぐっ、と眉を寄せ、握りなおした木刀をチナに向けた。
「そう言えば、まだ打ち合いをしていなかったな」
チナ、勝負だ。
シルバから発せられるその気合いに顔を引きつらせ、チナは思わず後ずさりをする。
周りにいた野次馬こと団員達はシルバの様子にどよめいた。
「殿下、いったいどうしたんだ?」
「いきなり殺気立って……」
シルバはその緑色の瞳をぎらりと光らせ、くいっ、と顎で訓練場をさした。どうやら強制らしい。
当然の事ながらチナは嫌なわけで。
「あ、あの?殿下?私両刃の剣とか使ったことないし相手にならないと……」
「安心しろこれは木刀だだからさっさといくぞ分かったな?」
久しく出ていなかった息継ぎ無しのありがたーいシルバのお言葉。チナからしたら余命宣告みたいなものだが。
チナはどうにかシルバの気を逸らそうと話しかけるが、心の中では違うことを思っていた。
なぜ、この人は私に突っかかってくるんだろ…
テリアと私が話してるときから、睨みつけられてたし……まさかのテリアが原因?え、まさかこのひとゲイ?!お、おぉぉ?王族がまさかのゲイ疑惑。違うところを暴いちゃったよ…。
なんて事を思っているからだろう、ついにシルバが業を煮やしてつかつかと歩み寄ってきた。
「おい聞いているのか、魔調師!」
「いっ……」
胸ぐらを捕まれるチナ。当たり前のごとくチナの影からは殺気が漏れる。さらに言えばオッドの邪魔をしていた魔獣が飛びかかろうとしていた。
チナは顔をしかめながらシルバを見つめ返した。
「………理解不能だ」
あんたがな!!心底そう叫びたいチナはシルバの腕を掴んだ。しかしびくともしない。
「殿下、お戯れが過ぎますよ!」
こんなこと初めてだったのだろう、オッドが遅くも慌てて止めに入ろうとする。
が、しかしだ。
「黙れ」
たった一言。なのにその眼光に動けなくなるオッド。魔法ではない、何かが人をいいなりにする。
オッドはこれに似たことを経験したことがあった。その時の相手も、赤い髪だった。
シルバは王位継承権を放棄しているし、今の役職は文官だ。話し方もまるで貴族、ましてや王族なんかのものではない。が、オッドが動けなくなっているのを考えると、やはり王族ということか。
威厳が違う。
そう思わずにはいられないのだ。
シルバはチナに目線を戻す。しかしその視線は、その場に緊張を漂わせ、誰も動けないほどの鋭さ。シルバはチナを睨みながら静かに口を開き、低い声を出した。
「こんなにも無力なお前が、なぜあいつを認めさせることが出来たんだ」
「っ……」
「細い指、細い腕、細い脚、細い腰、全てが弱々しい。全てが無力だ」
ぐっ、と胸ぐらをつかむ力を強める。
チナは苦しそうに呻くと、さらに手に力を入れ、息も絶え絶えに、囁くように、シルバに言った。
「は、なせっ……!」
一瞬その場が凍りつく。王族に対して魔調師の端くれがタメ口を聞いたのだ、何をされようが文句は言えない。
シルバは無言でチナの胸ぐらから手を離した。へなへなとへたり込もうとするチナ。しかし、シルバはそれを許さなかった。
がしっ
もう一度、チナを掴むシルバ。今度は胸倉ではなく、その細い首を。
「?!っ」
「ほら、みろ。この細い首。少し力を加えるだけで折れてしまいそうだ」
シルバは少しずつ、少しずつ力を加えてゆく。それにつれて顔色を変えるチナ。周りの団員も顔を青くする。魔獣たちも飛びかかる準備を始める。
「…………」
しかしシルバはそこで手を離した。魔獣を気にした様子はない。なのに、なぜか手を離したのだ。
「お前………」
シルバが困惑した声を出す。顔は険しいままだが、人を動けなくするほどの殺気は掻き消えていた。
「……ちっ」
シルバは小さく舌打ちをするとくるりとチナに背を向けた。
「…俺は戻る。訓練に励めよ」
そういってスタスタと訓練場を後にした。
シルバの姿が見えなくなったとたん、チナ含め他の団員達が盛大に溜息をついた。
ぶっはぁあ~
ある人は冷や汗をかき、またある人は吐き気に襲われるほどの殺気が、ほんの数十秒前までは自分たちに浴びせられていたのだ。正確には、『ひとりの魔調師に』、だが。
「ひ、冷や冷やしたぜ…!」
「本当にな…殿下はなにが気に入らなかったんだ?」
「あの女の子すげぇな……」
「テリア様並だったぜ」
団員達は思い思いに囁きあう。オッドとガイルも例外ではない。
「…なぁ、オッド」
「…なんだ」
「殿下はどうしちまったんだ?」
「知るはずがないだろうが…」
そして皆、囁きあった後は皆同じ。必ずチナを見つめるのだ。
「──…」
チナはその場から動かずに、ただ放心していた。少し前をひたすらに見つめ、微動だにしない。
余りにも動かないので、もしや気絶したのか、と思い、ガイルが意を決して近寄ってみた。
するとどうだろうか、すー、と顔を上げ、ガイルを見つめた。
そして。
「──どうしよ」
「……………は?」
あまりに唐突なもので、思わず聞き返してしまった。
チナは今度こそはっきりと言った。というか、叫んだ。
「ど、どうしよう?!なんだっけ、殿下?!殿下って人にタメ聞いちゃったよ!!ぅわぁああ、わたしクビ?クビ?クビなのかぁああっ?!」
団員達がずっこけたのは言うまでもない。
「…お帰りなさいませ、シルバ様」
「……」
「…シルバ様?」
レシーが呼びかけても全く反応がない。シルバはそのまま部屋にこもってしまった。
「……何かあったな………………!」
レシーは閉じられたドアを見て、静かに呟いた。そして溜息をつき、何気なく外を見て、気付いてしまった。
訓練場に、あの少女がいる。
「……………」
レシーはもう一度ドアを見て、何かを考えながらそこを離れた。
あいつ……俺を睨んで来やがった。
薄暗い部屋の中、シルバは下唇を噛みながら思った。
首を絞められていたのに、俺の目を見て。…なんだよ、あいつ…
自分の殺気は生半可なものじゃない、そう理解しているシルバにとって、チナが睨んでくるのはある意味驚きだった。
シルバは思った。そこがシルバとチナとの違いであり、テリアが興味を示したところであるとは気付かずに。
あいつは異常だ。




