仕事貰いました
黒い煉瓦のようなもので造られた、円形の建物。形は円柱のてっぺんに三角錐がくっついてあるようなものだ。中は広そうに見える。直径も高さも、かなりある。
その中にチナは一人の短髪の男と入ってゆく。
「──で、ここが陸魔の獣舎」
「陸魔?ってことは、陸の魔獣?」
「そ。つっても、上級の魔獣はいないからな。せいぜい中級」
はい、今私は魔獣がいる獣舎にきてます。いやぁ、獣舎って、いっぱいあるんだな!私があの、スケルニア?に連れてこられたのは、空魔の獣舎だった。まぁそうだよね、スケルニア空飛べるから。でも微妙じゃね?陸魔でもあるんじゃないの?
話ずれたわ…。ごほん。えー……私はあのあと、半強制的に魔調師になれって言われたんだよな。でもさ、異世界から来たんだよ、魔調師ってなに?ってなるだろそりゃ!で!教えてもらったけど、『魔獣調教師』の略称らしい。へー。
半強制的って言うのは、なんか流されたんだよね……。いつの間にか勝手に話が進んでいた。「私の許可とかは?!」って思ったけど、あの王様コエーんだもん。何もいえなかったよ、うん。ノアごめんね、帰れそうにないや。ノア、お詫びに今度──
「チナァ!置いてくぞこらぁ!」
そこでチナの意識が浮上する。きょろきょろと左右に頭を降り、ここに連れてきた男を探す。
「えぇっ、待って待って!」
「お前は……!敬語を使え敬語ぉお!!」
「え、無理」
彼の名はロイ。謁見の間までグリフォンを連れてきた男だ。チナが半強制的に魔調師になるに伴い、チナにはその仕事を教える人物が必要となる。そこで採用されたのが、グリフォンの世話をする魔調師の隊長、ロイだ。グリフォンは戦力にはなるが凶暴で、プライドが高い。さらに、グリフォンは国に従う魔獣の中では一番の強さを誇る。グリフォンを凌ぐくらい強い魔獣はいる。が、国につかない、従わない。どの国でもグリフォン以上の魔獣はいない。
グリフォンを世話し、扱うことのできる魔調師は、他の魔獣も大概従わせられるとされる。実はそれほど凄い人物な男、ロイであった。
しかし、なぜチナの直接の上司になったのかというと、アーノルド曰わく。
「君はあった瞬間からグリフォンに警戒を持たれていない。………え?スケルニアに連れてかれたときに散歩中のグリフォンに会った?……初対面でないにしろ、その時襲われなかったんだろう?それ程魔獣に好かれる人間に、最高の導き役を付けないでどうする」
らしい。がしかし。そんなものは建て前だとチナにはわかった。おそらく、誰もが分かっているのではないだろうか。ロイさえも。
ぶっちゃけその場に居たからだよな。
度胸のある奴、と言うか、王に対してそんなことを言う奴はいないのでそのままチナの上司となったのだが。
チナはロイにすべての獣舎に案内され、同じ魔調師に会えば紹介をされつつ仕事を叩き込まれていた。初めに魔獣の大まかな分け方から始まり、餌の時間、種類、量、適度な運動のさせ方、交流の深める方法……細かかった。
ロイの教え方は丁寧であり厳しかった。と言うか厳しすぎる。栗色の短髪に同じ色の目と色からすれば厳しさなんて感じない。だが、すべてを一気に叩き込もうとするその顔は、その考えを改めさせるのに十分だった。今もチナを怒鳴る。が。
「恐くないし」
チナにそれは怖いとは思えなかった。一気に叩き込もうとするという教え方をする人だ、恐くない。チナは想ったのだ。教え方が下手なのだ、一気に叩き込もうとするなど。緊張しているのだ、と。ソレを考えると、怖さなど無くなる。
案の定、あっていたらしい。
「む、無理だと………はぁ」
「え、なに、いきなりやる気失せてるけど!」
「お前の上司、ダメな気がしてきたよ俺」
「上下関係やめたいよな」
「……お前、その口調どうにかならないのか?女だろ?」
ロイは脱力したように肩を落とし、チナの喋り方を指摘する。チナは眉を寄せて言い返す。
「はぁ?これ普通でしょ!私んとこは普通なんだけど」
「普通?そんなとこあるのかよ。ってか、おい。チナお前、記憶喪失何じゃないのか」
しまった。そう言う風に口を手で覆う。ロイは目を見開き、後ずさる。チナは大きくため息を付くと、腰に手をやり、ふんぞり返った。
「私は記憶喪失といった覚えはない!」
「報告であがってるぞ?!」
「………気のせ」
「正直に言った方がいいぞ、あとあとのこと考えて」
「すんません嘘つきましたあいあむのっと記憶喪失」
ロイは理解不能だ、というように顔をしかめたが、肩を落とすチナを見て、何かを考えるような仕草をする。暫くして、ロイはポンとチナの肩をたたく。
びくっ
「報告してくるわ」
「お前がすんのかぁああ!あとあとのこと考えるとってバレること危惧してじゃないのかよ?!」
「誰もそんなこと言っていないだろ?それは俺の保身」
「ぐぅあぁあああっ!!ロイイイっ!!」
ロイはチナを避けるようにして隣を通り過ぎると、にかっと笑って、片手をあげた。
「行ってくるわ」
「待てやくるぅあああああっ!」
「敬語使えって!」
もう上下関係など無いに等しいが、ロイはそう叫び駆け足で去っていった。チナが悲痛、のような叫びをあげて獣舎の中の壁に手を突く。
ブツブツと独り言で話していると、後ろで草を踏む音がした。
さくっ
ああ、もう帰ってきたのか。早いな。ってか、なんだよもう。記憶喪失設定使えなくなっちゃったよ、くそぉお!
チナは音の元を無視して考えに没頭した。その間も草を踏む音は近付いてくる。
さくっ さくっ さくっ
そして、音が止まった───
「ねぇ、君」
ゾワリ
体中のいたるところから、冷や汗が吹き出る。
チナは知っていた、この感覚を。覚えていた、この感覚を。ドクドクと心臓が早鐘を打つように早くなる。
「ねえ、君のことだよ、黒い髪の。聞いてるの、ねぇ、聞いてるの?」
この声は───
『絶対、見つけ出してやる…………!!』
「テリア…………」
「は?君、僕の名前知ってるの?」
チナの五感が、研ぎ澄まされていく。
いま、ノアはいない───




