名前の通りとはこのことだっ
マリア様ー!!笑笑
「チナ、ほんとに何もなかったのかい、大丈夫なのかい?!」
「うん、心配かけてごめんなさい、マリアさん。何にもないよ?」
チナは街に戻っていた。帰るときはファルがそれはそれは渋りに渋ったが、「これからはたまに遊びに来るから!」と約束を取り付け、どうにか返してもらったのだ。
しかし帰り方が悪かったのか、帰るときも魔鳥に送ってもらったため、連れ去られたときよりも注目を浴びてしまった。
チナはついさっきのことを思い出し、乾いた笑い声をあげる。マリアはそれを心配そうに見つめ、家の中にチナを入れる。
いやぁ、大変だった、本当に!名前で喧嘩されるわ、約束取り付けられるわ、ファルが街まで送ろうとするわ……すっごい疲れたわ、この数時間だけで。街についたらついたで、注目されるしさ……いや、でもさ?他にどーやって帰ってこいと?方法ねぇだろ……他にあるんならそっちが良かったよ、マジで。
「………チナ?大丈夫かい?」
「いやもう大丈夫大丈夫。ぜーんぜん」
「そおかい?何かあったらいつでも言うんだよ」
マリアはそう言って、チナを部屋に押し込めた。疲れているだろうから、早く休めということらしい。きっと明日は、仕事が大変だろうな。そう思いながらも大人しくベットに潜り込むチナだった──
『何かあったらいつでも言うんだよ』
……はい、マリアさん。そこまで心配してくれてありがとうございます。そんなことないって思ってました。甘かったですね、はい。『何かあったら』は、これも『何か』の中に入りますかね?私のことじゃないんですが……もし言うのなら、あります。『何か』ありました。
「パンが……売れない」
チナは売り子をしながら呆然と道に突っ立っていた。腕にかかる籠の中には、まだ沢山のパンが入っている。
どういうことだ、これは。チナは呟くと、のろのろと顔を上げ、近くにいた男に声をかけた。
「すいません、パンはいかがですか?」
するとどうだろうか。声をかけ男が、びくりと体を震わせたかと思うと、怯えた目をしてチナを見つめ、こう早口でまくし立てたのだ。
「い、要らない!悪いけど、あんたんとこのパンは買わないよ!!」
「…え?」
そして逃げようとする。しかしチナはそれを逃がすまいと必死に服をつかむ。
「ひいっ!!」
「ちょっと待って!!…なんで?何で買ってくれないの?」
その奇っ怪な行動にチナは理解できなかった。こんなのがずっと続いていたのだ。チナは絶対離さないとばかりに服を握り締める。
男はどうにかチナの手をふりほどこうと後ろを振り返ったが、チナの必死な形相を見て、困惑な表情を浮かべる。
「あんた……知らないのか?」
「だから、知んないから引き留めてんでしょうがっ」
それを聞いて男は、顔を青くしながらもチナの目を見て、極力離れながらもその奇っ怪な行動の理由を述べた。
それを聞いてチナは呆然としながらも驚愕した。
「あんた、魔鳥に連れ去られてから少しして帰って来たろ?魔鳥に運ばれてよ。それ見て、あんたのこと魔性じゃねえか、って思われてんだよ!」
「な……!」
有り得ない、という風に左右に首を振るが、男はすでにチナの手を振りきって去っていってしまっていた。
「そんなのが……理由だったなんて」
私の、せいだったなんて──────
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ガチャァアンッ
「!!」
店の方から何かが割れる音がして、急いで店に戻る。
チナが店を確認する距離にいくと、すでにそこは野次馬が集まり始めていた。
「どいてっ!どけってば!!マリアさんッ……!」
野次馬を押しのけ店の前に躍り出ると、そこにはガラスが散らばっていた。
はっ、と息を飲む。
「マリアさん…!どうしたんですかっ」
「……あぁ、チナかい?いやね、ちょっとばかし──」
「ちょっとばかし、天罰が喰らったのさ!」
チナとマリアの会話を遮り、野太い男の声が割り込んでくる。チナが鋭い目線でそちらを睨むと、そこには向かいにパン屋を開いている男が立っていた。この男は今までも何度か何かといちゃもんを付けてきていた。
「なんだって……?」
「最近、繁盛してるじゃねぇかよおい?怪しいと思ってたんだよなぁ」
男が下美た笑いをして、チナの前まで歩いてくる。チナはマリアをゆっくりと立たせながら目を細めた。
「何を言ってんの」
「分かんねえのか?え?いやぁ~、驚いたなぁ?まさか居候が魔性だったなんてなぁ!」
「はぁ?何言ってんの、馬鹿じゃないの」
「馬鹿だと?ふん、何を言ってる。怪しいじゃねえかよ、お前が来たら繁盛するなんてよ!お前が客に、なんかしたんだろ!」
マリアが抗議しようと口を開くが、チナはそれを止め、鼻で笑ってあしらう。すると男は逆上したかのように顔を真っ赤にし、人差し指を振り回しながらチナを攻め立てる。
「俺んとこの客かっさらいやがって!!」
これにはマリアも黙ってられない。
「何言ってんだい!あんたんとこは店が汚いつって客が来ないんだろうがっ!言いがかりはよしとくれ。もともと来る客もいなかったくせに!!」
その言葉に周りの野次馬も頷く。それを見て男は眉をつり上げ、怒りで顔をどす黒く染めた。
とっさにチナがマリアを庇うように前にでる。
「言いたい放題言いやがって!…どっちにしろ、魔性が客に呪いかけてる店なんて、誰も信用なんかしちゃいねぇんだよっ!!潰れっちまえこんな店っ!!」
店にぺっ、と唾を吐きかけ、捨て台詞を吐くと乱暴に人々を押しのけ、遠目から見ても薄汚い自分の店に帰って行った。
男がすっかり姿を見せなくなるまで睨みつけていたチナは、男が見えなくなると途端に顔をゆるめ、マリアを心配し始めた。
「マリアさん、大丈夫?何もなかった?」
マリアは笑ってあしらうと、店に引っ込み、箒とちりとりを取ってくる。
「どうってことないさ!さ、チナ、割れたガラスを片付けてくれるかい?あたしゃパンの仕込みがあるからね」
チナにそう笑いかけると、マリアは再び店の奥に引っ込んでしまった。
チナは困ったようにマリアを見つめていたが、取りあえず片付けだ!と意気込み、一人頷く。
「まずは片付け!……さぁ散った散ったぁ!!邪魔邪魔っ」
いまだに動かぬ野次馬を箒を振り回し散らすチナ。ふんっ、と鼻息荒く息を吐き出すと、割れたガラスで手を切らないよう、細心の注意を払って拾い始めた。
大丈夫、大丈夫。こんなの、すぐおさまるよ。すぐ…。少しすればまた買いに来てくれるって。
しかし、現実は甘くはなかった。
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「……ガラス割りに、卵攻撃、さらにいちゃもん、かぁ。……終わんないなぁ」
全く収まらなかった。むしろ、嫌がらせする店が増えたくらいだ。どんだけ儲かってたんだ家は。そう思っても仕方がない。すべて妬みからくるものなのだから。
チナはいつもそれらをことごとく何でもないとでも言うかのように振る舞っていたが、実際は結構キツかった。さらにそれに追い打ちをかけるのが、マリアだった。マリアは機上に振る舞っていたが、日に日にげっそりとやつれていくのを見て、やはり辟易していたのだとチナは思い知らされた。
それを見てチナは歯がゆく思っていた。ことの元凶は自分なのに、何もできないことに。
「…………うし」
そして、ついにチナは決心したのだ。
「何言ってんだい!行くところがないってのに!」
チナは「出て行く」という決断をした……のだが、それは呆気なく否定された。
「…あたしゃ信じてないよ、あんなくだらない噂なんて。こんなにもいい娘だって知ってるんだから」
険しかった顔を緩ませて、マリアはチナを撫でる。チナは食い下がろうとしたが、マリアに一瞥され口を閉じた。
「チナ、あたしは大丈夫だよ」
その笑った顔が、あまりにも晴れ晴れとしていたので、チナは深くはいえなかった──
「ほら、チナ!売り子しっかり頼むよ!」
「……せめて、半分は売ってきます!!」
チナはマリアから籠を受け取り、手を振りながら道の外に出た。
「やっぱなぁ……優しい、マリアさん。まさに聖母マリアだよ。…よーし、売ってやろうじゃないかっ!!今日は街中を練り歩く!!」
チナは照れたように頭を掻くと、手を空に突き上げ、晴れ晴れとした表情で宣言をした。そして駆け足で街中に声をかけ始める。
「パンはいかがですかー?!」
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「……ふぅ。まったく、優しい娘だね…」
マリアは勢いよく飛び出していったチナを見送ると、再びパンの仕込みを始めた。以前より仕込みの数は減ったが、手は抜かない。
仕込みを始めて数時間──。もう夕刻だ。あと少ししたらチナが帰ってくる頃だろう。
マリアが夕飯の仕込みを始めようとした、その時──
こんこんっ
裏口からノックする音がした。マリアはそれに顔をしかめる。こんな時間に、来る人などいないはずだ。いたとしても、どうせろくな奴ではない。無視を決め込もうとしていると、さらに音がする。
こんこんっ
どうやら、帰ってはくれないらしい。しぶしぶマリアは裏口に近づく。小窓を開け、相手を確かめる。
「こんな時間に、誰だい」
「マリア・デガロットか?」
「……はい?」
「王宮のものだ、マリア・デガロットか?」
王宮の使いが、どうしてあたしんところに──
マリアは嫌な予感がして、小窓を閉めた。そして、ゆっくりと裏口のドアを開ける。
「…そうです、あたしがマリアです」
「話がある。入れてもらっても?」
マリアが王宮の使いの男を中へと入れる。席に案内し、自分も向かいに座る。
さきほどから、嫌な予感しかしなくなる。
ドクン ドクン
「それで、何でございましょうか?こんな小さな店に、王宮からなんて」
ドクン ドクン
男は無言で懐から丸められたら紙を取り出す。蝋を見せ、マリアが見たことを確認すると、それをゆっくりと開く。
ドクン ドクン ドクン
「話したいことは、あなたのことではない。内容は──」
ドクンっ
「居候している、チナ、という娘のことだ」
あぁ─────…
嫌な予感とは、どうして当たってしまうものなのか。




