折って直して、行ったり来たり!
薄いオレンジのレンガでできた広くて長い道。それに沿って様々な店が軒を連ねている。小物屋、八百屋、花屋……チナの居候しているパン屋も、もちろんそこに混じっている。
「ファンタジー……マジファンタジー!!ファンタースティーック!!」
チナは居候を始めてから、すでに一週間がたとうとしていたが、チナの興奮はいまだ冷めない。
チナ曰く。
マリアさんちに居候する前も十分現実離れしてたけどさ、やっぱ私の中ではこうゆうのがファンタジーなんだよ!異世界にトリップした少女!城下町で健気で働き!実はチートで!王子に見染められる!!……まぁ、最後の二つはいらないかな。めんどくさそうだしな。……ん?城下町?ここにあるの王宮だけど…城下町でいいのかな。まあいっか!とにかく!このスタイルが私のとってのザ・ファンタジー!!
らしい。チナが道の真ん中で両腕を広げ、風を浴びてスカートが舞う。今のチナの服装は、白いブラウスに濃い茶色の膝上のスカートと、それと同じ色の膝下までのブーツ。そして薄茶の巻きエプロンに高いところで縛った黒い髪の毛。それらもチナの理想のファンタジー像を支えていて、毎日テンションが高いのだ。にやにや笑っていると、ちょんちょんと肩をたたかれる。
そちらに振り向くチナ。
「おはよう、チナ。相変わらずだね?パンを一つ」
「へいへい、まいどっ!!いつもありがとさん、ジョー」
そこにいたには常連の客、ジョーだった。茶色の髪に同じ色の目。いつも笑っていて、周りから好かれている青年だ。
チナはにやりと笑い、手に持った籠から十五センチほどのパンを取り出す。ジョーから金をもらい、パンを渡す。
「もうすっかり慣れてるね。早起ききつくないの?」
「そりゃ、もう日課ですから!ぜんぜん」
「はは、俺には無理だな。早起きは得意じゃない」
ジョーはにっこりと笑って、買ったばっかりのパンにかぶりつく。今日はララの実を使ったパンらしい。甘い香りがチナの元まで届く。
「チナ、その、大丈夫か?」
「はぁ?何が」
チナが他の人にパンを売るために歩き始める。それについてくるジョー。ジョーは気まずそうに視線をさまよわせると、やっとチナの目を見た。
「お前、記憶喪失だろ?何かとイジメとかさ…」
ぼそぼそというジョーの言葉にチナは目を丸くしたが、そういえば、ところどころの記憶がない設定にしているのだったと思いだし、すぐにそれを笑い飛ばすチナ。
ジョーの言葉を笑いながら否定する。「でも、」とジョーは食い下がる。チナは立ち止まり、ジョーを見つめる。
「大丈夫だよ、ほんとに。私には最強の味方がいるんだからな!」
「え?」
「いっつも私を助けてくれるの。イジメなんて起きてないし、あったとしても怖くないね!!」
ふん、と鼻で笑ってジョーを見る。そして唖然とする。
ジョーの顔が真っ赤に染まっていたのだ。人知れず、チナは冷や汗をかく。
え、あ、あれ?もしかして、か、勘違い…してるのかこれは……?!いや、きっとそんなわけないか。まさか、ねぇ?もしそうだとしても、君じゃないぞジョー!!
「えと、ジョー?」
「え、な、なに?」
「あのね、その人はね、今は遠くにいるんだけどね」
念のため予防線を張っておくチナであった。
青年・ジョーが肩を落としながらチナの話を聞く姿は失恋した男そのまんまだったと言う。ジョーよ、気づくのだ。チナは好きな人とは言ってはいないぞ、ジョー!!
「あ、お店見えてきた……って、えぇっ?!」
チナが泣きそうな顔したジョーを連れて店に戻ると、お店は人で一杯になっていた。目を見張って突っ立っていると、店に中からマリアの声がした。
「チナ、そこにいるのかい?早くこっちに来て店を手伝っとくれ!」
「あ、は、はいっ!!じゃね、ジョー!」
「あ、まってチナ!そ、その、最強の味方って、こ、恋人……?」
「はい?うーん、保護者みたいなものかな?」
そう答えると、店の中から「チナ―!!」という叫び声が聞こえてきたので、チナは返事をして、ジョーに向き直った。
「じゃ、マリアさんが呼んでるから」
「え、あ、あぁ!また!!」
ジョーは何かが吹っ切れたように笑って去っていた。それを見てチナは首をかしげるが、ひっそりとチナの陰から成り行きを見守っていた魔獣はため息をついた。
チナはフラグを折ったつもりだろうが、折れていない。いや、折っては折ったのだが、それを修復してしまっている。新しいフラグも立ててしまっている。ついでに言えば、意味のないフラグ折りをしたことにチナは気づいていない。
魔獣はふう、と二度目のため息をついた。ノアに、チナに見つからないように護衛をしろと言われ陰に潜んでいたが、当の本人がこれじゃあ意味がない。
魔獣は三度目のため息をついた。
すでに住民が寝静まったころ。チナはぱっちりと目を開き、ベットから出て窓際による。そして窓を静かに開き、夜の帳が下りた外に向かい、小さく囁いた。
「ノア」
ふわりとした風が起こり、チナの髪をあおる。しばらくすると、闇の中からさらに濃い闇色をまとった狼が現れた。
その姿を見てチナは嬉しそうに微笑む。するりと部屋の中に身を滑らせるようにして入ってくるノア。
「ノアッ!」
すぐに抱きつくチナ。ノアはチナをちらりと見て、深くため息をついた。その鼻息でよろけるチナ。
「え、なにさ?どうかしたの?」
『どうかしたの、ではない。チナ、お前はもう少し発言に気をつけろ』
「んん?何のこと言ってるの?」
『……知らなくていい。さあ、チナ。いつものように我に乗れ。帰るぞ』
「は~い。えー、気になるじゃんか」
ぶつくさ言いながらもノアの上にまたがるチナ。それを確認すると、ノアは勢いよく外に飛び出した。
数歩で街のはるか上を飛ぶ。あっという間に街が小さくなる。
『まったく。チナが森から通えばいいものを』
「だからさ、ノア?それは自分で危険だって言ってたじゃん。ノアって偉いんでしょ?一緒にいるところを見られると私の身が危ないからって」
ノアは陸の魔獣を統べる魔獣だ。ノアをものにすればほとんどの魔獣が味方に付く。国さえも落とせる。そんな魔獣を従えているチナを見たら、チナを捕まえようとするだろう。戦争が起こるかの知れない。そのことを考慮して、ノアはチナをマリアの家に置いているのだ。しかしノアたちはチナがいないと寂しいらしく、ノアが深夜に迎えに来て、日が昇る前に眠っているチナを部屋に戻すのだ。少ししか一緒にはいれないが、とりあえずはそれで満足しているらしい。
「ねえ、ノア」
『なんだ、チナ』
「マリアさんね、すっごく優しいんだよ」
『そうか。良かったな、チナ』
チナのなんでもない言葉に、いつも真剣に耳を傾けて返事をしてくれるノア。
チナはノアに呼ばれる度に心が暖まっていた。
「今日はノアの背中で寝よーっと!」
『またか?』
「ふっふっふ」
あと少しで、黒の森。
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呼びかける度にノアは私を呼んでくれる。スゴク嬉しい。こんな日が続けばいいのに。
「……なんて悲劇のお嬢様ぶってみる」
「え、チナ?何か言った?」
「いやべつに。パンはいかがー?」
ジョーと一緒に町中を練り歩く。今日はマリアの手伝いをしたら、制服を洗おう。そうなことを考えていると、どこからともなく、チナの目の前に何かが舞い降りた。
「…んー?カラスゥ?」
「どうしたのチナ…って、タラス?魔鳥がなんでこんなところに?」
「タラス?って、魔鳥ぉおっ?!」
チナがジョーの言葉に叫ぶ。
『お前がチナか』
目の前の魔鳥から、確信を持った言葉が出た。




