確信と安心。
わー。シリアスー(*_*)
『娘よ、お前は帰れはしない』
その言葉がちなの頭の中に飛び交う。帰れない。その言葉が、今どれだけちなに負担をかけているか、目の前の狼は分かっているのだろうか。
ちなは無表情のまま、ノアに言った。
「ノア、ここは、どこ?」
『ここは「黒の森」と呼ばれている』
なにそれ、知らない。黒の森ってなに。そんなの地球上にあったっけ。
「…ノア、ここから一番近い国はどこ?」
『一番近い国?この森からか?そんなものありはしない。強いていうのなら、すべての国が一番近いぞ』
どくりと心臓が跳ね上がる。すべての国が、一番、近い?ちなが頭の中で復唱する。何度も、何度も、何度も。
体に震えが走る。
すべての国?すべての国がこの森に近いの?何それ…!ここは地球でしょ、そんな場所無いっ!!ここどこ?何でここにいるの?
すっかり血の気の無くなった顔で、ちなはノアに聞く。唇が震えてうまく喋れないが、ちなは震えを無視した。
「ノア…!ここは、地球だよね?!」
それでも、意味のないことにかわりはなかった。ノアはちなの目を見つめたまま、ちなの言葉を否定した。
『娘よ、地球とは何だ?ここは黒の森。周りの国は四つしかない』
ちなの中で、何かが切れる音がした。
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『同胞たちよ!!』
ノアが叫ぶと、そこらかしこに魔獣が姿を現し始めた。見た目がリスのもの、ブタのもの、キツネのもの…様々な魔獣がノアの周りに集まる。
『聞け、同胞たちよ。我らの彼の娘が逃げてしまった。彼の娘は今、悲しんでいる。…同胞たちよ!!娘を見つけよ!!我らのち娘に、涙を流させてはならん!探せ、同胞たちよ!!!』
キキィイイイッ
ギャァアアッ
キュゥウウウッ
ブォオオオオッ
ヴォオオオッ
集まった魔獣たちがノアの命令に同意するかのように吼え声をあげる。
『行くぞ!!』
ノアの掛け声とともに、魔獣たちが四方八方に散らばる。ノアはちなの匂いを辿り始める。
ノアの鼻があれば、他の魔獣たちは必要がなかった。しかしノアは呼んだ。すべてはちなのために。ノアはちなを必要としていることを知らせたかったのだ。他の魔獣たちも、ちなを好いているから探す。そのことを知らせたかった。
ノアたち魔獣にとって、ちなはかけがえのない存在なのだ。ちなが、彼らを求めたから──
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─────────
『……娘よ』
びくりとちなは体をビクつかせる。
沈黙が降りる。ノアはただ、ちなを見つめるだけ。ちなは木の茂みの中でノアに背を向ける。
先に口を開いたのはノアだった。が──。
『娘よ──』
「……んだよ」
ちなが小さく呟いた。声は小さかったが、それはノアを黙らせるのには十分なものだった。
その呟きがきっかけとなったらしく、ちなは座り込み背を背けたまま怒鳴りだした。
「なんなんだよっ!!訳わかんないよっ!なに、なんなの?!帰れないってどうゆうことだよっ!!」
遠目からでも分かるほどに、ちなは震えていた。それでも言葉を紡ぐ。
「帰れないって……帰れないって!どうしてこうなんのっ」
『娘よ…。どうしたのだ?なぜ、震えている?地球とは何だ?』
その言葉に、ちなは勢いよく立ち上がり、ノアを睨みつける。
「私の故郷!こんな世界、知らないっ!!」
『娘よ?なぜ、泣いている?何が悲しい?何が怖いのだ』
「…っ…!ぜんぶ…全部だよっ!!知んない世界だもん、怖いよ、全部!!」
大粒の涙がボロボロとちなの頬を伝う。ノアが首を傾げてちなにきく。
『娘よ、なぜ怖いのだ?お前はお前の故郷から呼ばれたのだ。奴らに呼ばれたのだ。もう、帰れはしない。だが、奴らに呼ばれたということは誰もお前を傷つけようとはしない』
「奴ら……?その、『奴ら』が私を呼んだの…?」
『そうだ。奴らはお前のようなものたちを好む。守ろうと、加護を授ける。奴らの加護は』
「ふざけんなっ!!」
ノアの言葉を遮り、ちなが叫ぶ。悲しみでではなく、怒りによって震えるちなの体。手からは今にも血が滴りそうなほど強く握りしめられている。
「ふざけんなよっ!!勝手に変な世界に放り込んでっ!!どうすればいいんだよ、望んでねぇよっ!!っ、っ……!ふざっけんなよ!!!」
ガリガリガリッ
頭皮に爪を突き立て、勢いよく頭をかきむしる。バサバサと髪の毛が舞う。
「なんなんだよ、どうすればいいんだよぉ…!」
打って変わって弱々しく叫ぶ。
ゆっくりとそんなちなに歩み寄るノア。ちなの足元に頭を下げる。
『安心しろ、娘よ。お前には我がいる』
忠誠と、信頼を表すそれを、ノアは惜しげもなくちなにした。よく分かってはいないが、これが大いに意味のあることだとうっすら感じ取るちな。
『安心しろ、娘よ。我がお前を守ろう』
何もなかったちな。知り合いも、家族も、何もなかった。ちなはうっすら確信していた。ここが異世界であると。初めてそう思ったのは、シャマカを見たとき。どれだけ地球が広くても、誰かしら見たことがあるはずだ。次に、シアラ。あんな叫び声、聞いたことがない。あんな沢山いて誰も気付かないことなど無いだろう。次にリモフラン。これを見てほとんど確信していた。こんなものあるわけがない。図鑑に載っていたら忘れられない色合いだ。もっとも、完全に確信したのはノアだが。ちなの質問にちゃんと答えてくれたノアの言葉が、ちなのぼんやりとしていた考えを肯定した。
異世界、と言われて、誰が平然としていられようか。例え人付き合いが曖昧であっても、知り合いがいるのといないのとではまるで違う。発狂してしまいそうになるのも無理がない。
そんなとき、ノアが言ったのだ。一緒にいる、守ってやると。どれだけ嬉しかったか。きっとノアは分かっていない。
「…私は我が儘だよ」
『それが何か?』
「素直なんがじゃないよ、めんどくさいんだよ」
『それがお前なのだろう、娘よ?我は…我らはお前に惹きつけられる。どうあがいても、お前に惹きつけられる。我らはお前の「心」に惹きつけられたのだ、娘よ。……陸の魔獣を率いる我が、お前を守ろう、娘よ』
強く、ちなの足先に鼻を押しつける。ちなは靴を脱いでいて傷だらけ立ったが、そんなの関係なかった。
「……ほんとに、いてくれるの」
『もちろん』
ちなはぐいっと袖で涙を拭い、淡く微笑んだ。
「…私は、ちな………うぅん、『チナ』、だよ」
『チナ、我らは誓おう、何があってもお前を守ると。何からも守ると!!』
ギャァオオオオオッ
ノアの高らかな誓いの言葉に反応する、いつの間にか周りにいた魔獣たち。
驚くチナだが、直ぐに微笑んだ。
「これからよろしくね、みんな!」
その微笑みは心からのではないけれど、悲しみに押しつぶされそうなほど淡いものだったけれど。その微笑みはノアたちへの信頼が溢れ出ていた。
魔獣
魔力を持った獣の総称。ノアは陸の魔獣を統べる魔獣。




