18 王家の変化と陛下の決心
* 出産に関する表現があります。
それぞれの速度で様々な物事が変わっていく中、アイリーンにも大きな変化をもたらす出産の時が再び訪れた。
以前と同様出産の体制がすぐさま整えられ、今回は最初からエドワードの為の長椅子も用意された。ただ今回は二回目とあって、アーサーの時のほぼ半分の時間で無事に出産に至り、エドワードの焦燥も廊下をうろつく時間も短縮されたのは幸いだった。
第二子も黒い髪、菫色の瞳の女児でまたもエドワードの要素は見当たらず、アイリーンは一瞬申し訳なくさえ思ったが、エドワードはそんな事は全く気にしなかった。
むしろ彼はアイリーン似の女児誕生に舞い上がり『この子に求婚する男は覚悟しておけ』などと早くものたまい、自分のよく知っている〈心配性の面倒な父親〉になる片鱗が見えるわ、とアイリーンは思った。
その〈心配性の面倒な父親〉である国王陛下は前回の教訓を生かし、エドワードのアイリーンへのねぎらいが済んだ頃にアーサー王子を連れて現れた。
アイリーンと子どもの無事を確認済だったエドワードは、落ち着いた態度で二人を迎え入れた。
「お母さま。もうげんきになった?」アーサー王子は一直線にアイリーンの許へ向かい、横たわる母に抱き着いた。その姿は、皆に二年前のエドワードを思い出させた。
「ええ。元気よ。ちゃんと待っていてくれてえらかったわね。アーサーに妹が出来たのよ。可愛がってあげて」アイリーンに頭を撫ぜられ、アーサーは「はい」と元気よく答えたが、そのままアイリーンの側を離れないので、エドワードが抱っこして妹の所へ連れて行った。
ようやく順番の回って来た陛下は「アイリーン。おめでとう。よく頑張ってくれた」とねぎらった後、王女を囲んであれこれ話している二人を見やり「あれは似た物同士なのかもしれないな」と囁いた。アイリーンは「お父様。気づいてないのかもしれないけど、あの二人はお父様に似ているのよ。アーサーまでどんどん心配性になってきて、最近は私に口うるさく注意するのよ」と幸せそうに笑った。
王女殿下はソフィアと名付けられ、ビルは洗礼式に合わせてアーサー王子の時同様、王女の名前と紋章を彫った銀のスプーンとラトルを贈った。
王女という事でビルはラトルの持ち手に可愛らしいウサギを彫ってくれていて、アイリーンはソフィアをあやす時、それを見ていつも楽しい気持ちでいられた。
アイリーンにいつもくっついているアーサーは、しまってあった自分のラトルを持って来て一緒にあやしたので、ソフィアの子供部屋には鈴の音色が絶えなかった。
その為今回の新聞は、取材した記者に同行した絵師が『王女殿下のラトルを持つ王太女殿下と、自分のラトルを持つ王子殿下が、王女殿下をあやしている』絵姿を載せてくれて、ビルは喜び過ぎて新聞を大量に購入しキャスリンや周囲に配った上、一部はマシュー伯父さんへ送りつけた。
実はアーサー王子のラトルが新聞に載った時、他の貴族家でも出産時にラトルを贈る事が流行ってビルは嬉しい悲鳴を上げたのだが、今回の絵姿で更に注文が殺到する事になり、ビルが本物の悲鳴を上げる日も近かった。
そして、『新しいジュエリー』のおかげで発展した技術のおかげで、平民の間でも出生時にラトルを贈る流行が生まれる事は、ビルは全く予想しなかった。
国中が王女誕生に湧き立つ中、国王陛下はアイリーンの後を担う王子と王女が生まれた事で、来るべき譲位について真剣に考え始めていた。
まだ自分が元気で健在でいる間に、きちんと道筋をつけてアイリーンへ玉座を譲り渡してやるのが、心配性の父親らしい陛下の親心だった。
「王太女の後継者も生まれ、国内も落ち着いてきた事だし、私はそろそろ国王の座を退く道筋を考えたいと思っている」
まだ壮年といえる陛下の話にアイリーンとエドワードは驚いたが、陛下の「今すぐ譲位するという話ではない。だが、早すぎるという訳ではない。私は、突然の死でお前たちに全てを投げ出す形ではなく、きちんと引き継いだ上で安心して余生を楽しみたいのだ」という言葉に、二人は譲位を前向きに捉え、陛下と三人で話し合いを持った。
その結果、アイリーンが産前産後に公務を休む期間は陛下の分担も増え、引継ぎも充分に出来ないので、前提としてアイリーンが三十五歳になるまでは父が王として留まる事になった。
何事もなければそれまでを譲位への準備期間として、アイリーンが王位を継ぐ事になる。
「それまでの間、私たちに出来るだけたくさんの事を教えてください。でもとりあえず、また一年ソフィアとアーサーと過ごすので、お父様もエドもよろしくお願いします」
ソフィア王女が一歳になり本格的に公務に復帰したアイリーンは、エドワードと共に熱心に多くの事を学んでいたが、王女誕生から二年後に三度目の懐妊をした。
前の二回と同様過保護なエドワードと、今度は『お母様の騎士になる』四歳のアーサー王子に見守られ、母と周囲の異変を感じて甘えん坊が加速した二歳のソフィア王女を抱きしめながら、アイリーンは産み月を迎えた。
三度目ともなれば皆慣れたもので、今回エドワードでさえギリギリまで公務を続けたのだが、その代わりにアーサーが廊下の長椅子に座って焦燥し、ソフィアは陛下の膝の上でメソメソと甘えて困らせていた。ソフィアを慰める陛下の窮地を救うべく、エドワードが急ぎ公務から戻った頃、アイリーンは無事に第三子となる男児を出産した。
ルイと名付けられるこの王子は、初めて黒髪菫色の目ではなくエドワードのこげ茶の髪に榛色の瞳を受けついでいた。
アイリーンはその優しい茶色を見た時、内心で「エドがアーサーとソフィアの色を喜んだ気持ちが分かったわ」と考えたが、贔屓になってはいいけないと、口には出さず胸にしまった。
それなのに、この末っ子は自分が母のお気に入りであることを敏感に察知し、巧妙に甘え上手になって上の二人を悔しがらせるのは後の話である。
ルイ王子の洗礼式にも、もちろんビルから心のこもったスプーンとラトルが贈られた。
あれから多くの依頼をこなし、どうせだからと研究し尽くしたビルのラトルは、今までで一番優しくて素敵な音で鳴った。
アーサー王子とソフィア王女もその音色が大好きになり、アーサー王子はラトルを振りたくてルイ王子をあやす役を買って出たし、ソフィア王女はそばにいて「もう一回」とせがむので、自然と皆がルイ王子の部屋に集まって過ごすようになった。
アイリーンの分も執務で忙しいエドワードは、それを見て悔しそうに「いつもビルさんは良い所を持っていく」とアイリーンに愚痴って笑われていた。
今回も新聞に絵姿が掲載されるのを心待ちにしていたビルは『ラトルを持つアーサー王子をソフィア王女とルイ王子を抱いた王太女殿下が囲む』絵姿を見て歓喜し、以前の二枚の絵姿と一緒に額装までしてもらい、店内に誇らしげに飾った。これを送りつけられたマシューも「これは良い絵だな」と喜んで、大事に取ってあった前の二枚と一緒に大切に保管した。
こうして王家の子ども達が三人とも健やかに育っていき、三十五歳まであと二年になったアイリーンは、国王陛下とエドワードと相談して、最初の予定通りに王位を継承する事を決めた。
二年後の譲位は民に向け発表され、王家は新たな女王の誕生へ向け準備を進めることになった。
ビルはその発表を号外で知り、アイリーンが王冠を戴き国を治める日が来る事を喜びながら、来るべき日に宝飾職人としての自分を必要としてくれる事を熱望した。
そしてアイリーンの戴冠を知ったその日から、依頼を受けていないにもかかわらず、ビルはパリュールの構想を始めた。店の閉まった後作業場にこもり、食事を取るのも忘れて一人夢中で図案を描き続けていたある日、閉店後の店に待ち望んだノックの音がした。
「もう閉店です」心が逸りながらその言葉を口にしたビルに、意外な声が言葉を返した。
「私よ、ビル」
弾かれたようにドアの取っ手に飛びついたビルは、開けた扉の外にアイリーンとエドワードが立っているのを見て、心臓を高鳴らせながら招き入れた。
「久し振りね、ビル。ルイにもスプーンとラトルをありがとう。…ビル、ちゃんとご飯を食べてるの?」アイリーンがビルの顔を見て眉をひそめ、エドワードも「確かに痩せましたね。それにやつれている」と同意した。
ビルは「ちゃんと必要な分は食べてますよ」と答え、二人をいつもの応接室へ案内した。
疑わしい顔で見て来る二人にお茶を淹れて腰かけると「本当ならセレンディピティに行ってたくさん食べさせて、私も食べたいけど、残念ながらさすがに今日は行けないわね」とアイリーンが悔しそうに言った。
「私たちが帰ったら、ちゃんと食べると約束してね。そうでないと、安心して依頼ができないから」
「依頼って」身を乗り出したビルに「私の宝飾職人に、二年後の戴冠式のパレードで使うパリュールを依頼しに来たの。受けてくれるでしょう」アイリーンは微笑んだ。
「謹んでお受けします。殿下の治世が輝くように、願いを込めたパリュールをお作りします」ビルは力強く答えた。
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