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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第三章

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17 新たな潮流と新しい命の誕生

※妊娠、出産の表現があります。



話がひと段落したところでエドワードが、そろそろ休憩をするようアイリーンを促した。


「もう安定期だし、これ位で疲れないわ。エドは過保護なのよ」

アイリーンは不満を口にしながらも「ビル、ブローチ気に入ったわ。また連絡するわね」と笑顔を浮かべ、キャスリンにも「素晴らしいマントをありがとう。セシールにもどうぞよろしく伝えて」と、素直にエドワードの手を借りて立ち上がった。

そのまま部屋を出ようとしたが、急に何か思い出したようにキャスリンに向かって「そうそう、エドワードがあなたにお願いがあるって言うから、それを受けてくれると嬉しいわ」と意味深な言葉を残し退出した。


ビルはそれを聞いて(あ。ブローチ作りに忙しくて、キャスリンに新しいジュエリーの話を伝えるのを忘れた)と今さら思い出したが、これからエドワードが話してくれればそれで良いだろうと、気づかなかった事にした。


アイリーンの言葉通りエドワードに相談したい事があると言われ、キャスリンはビルに助けを求める様な目を向けたが、悪い話ではないと分かっていたビルは、そのまま一足先に帰って行った。

ひとり残されたキャスリンは、半ば怯えながら話を聞き始めたが、やがてエドワードの提案するドレスと『新しいジュエリー』を組み合わせる話に夢中になり、身を乗り出して聞き入って、あれこれと質問まで始めた。

エドワードは、ビルが『キャスリンはやる気に溢れた女性なので、きっと喜んで突き進むと思いますよ』と言っていたのを思い出し、確かに彼女なら自分の思い描く先まで進んで行ってくれるかもしれないと期待を深めた。


こうして『新しいジュエリー』の最初の品は、キャスリンのメゾンから生み出された。

キャスリンは、ジュエリーを組み合わせる事で完成するドレスー花の刺繍の上にガラスで出来た蝶のブローチを着ける事を前提としたドレスーをデザインし、そのブローチは、生産が落ち込んでいたガラス産地の熟練の職人により、華やかで繊細な一点物として作成された。


既にアイリーンのマントとブローチによって、この双方のデザインを一体化させるスタイルは注目されていたが、キャスリンの手がけたこのドレスとガラスのジュエリーにより、国内のみならず、外国でもさらに注目されるようになった。

それというのも、金や宝石が素材のジュエリーは高価で手が出せないが、このスタイルを試してみたいと考えていた人々が、ガラスでも美しく輝く『新しいジュエリー』を目にして、購買意欲が激しくかき立てられたのだ。


最初はドレスと共に、手仕事の一点物として作られた『新しいジュエリー』だったが、その後人気のあるデザインを型を使って、ガラス産地で安く、早く、多く生産できるようになった。その為、平民の間にも急速に『新しいジュエリー』は広まり、カーツァイト王国のガラス産業を発展させ、国に大きな収益をもたらすまでに成長した。


素晴らしいブローチとマントを元に、新しい流れが大きなうねりを生もうとしている頃、王宮の執務室でカンラの補償予算を確認していたアイリーンは最初の陣痛を感じた。

「ミラ夫人、なんだかお腹が痛いみたい」

ミラ夫人は急いで医師と産婆を呼び、アイリーンは産室に移って、前もって計画していたお産の体制が整えられた。


その体制に含まれていないエドワードは、アイリーンに言われた通りそのまま公務に勤しんでいたが、数時間が過ぎた頃に我慢できなくなり、産室前の廊下を行ったり来たりし始めた。

アイリーンのうめき声に狼狽え、産室から人が出てくるたびに質問攻めにするので、仕方なくミラ夫人が廊下に椅子を運ばせて、エドワードを強制的に座らせた。

永遠に続くかと思う長い時間が過ぎ、うめき声がひと際大きく聞こえてエドワードが身構えた直後、その知らせは飛び込んできた。


「お生まれになりました! 元気な王子殿下です!」

前日の晩から陣痛の痛みに耐え抜いたアイリーンは、朝陽が差し込んでくる頃、無事に男の子を産み落とした。弾かれたように立ち上がったエドワードは、入室の許可を待ってドアの外で待機した。その間に知らせを受けた国王陛下もやって来て、二人揃って今か今かと扉が開かれるのを待った。

二人がしびれを切らした頃、やっと扉の前に人の気配がしてミラ夫人が姿を現した。

待機していた二人を呆れた顔で一瞬見た後、満面の笑みで「王子殿下のご誕生、おめでとうございます。どうぞお入りください」と招き入れてくれた。


入室を許可された二人は、一目散にベッドに寝ているアイリーンに駆け寄った。

「「アイリーン!」」陛下より一歩早くアイリーンの許にたどり着いたエドワードが、遠慮なく彼女の手を取り、大事が無いか素早く一瞥しつつ「ありがとう。よく頑張ってくれたね」とねぎらいの言葉をかけた。

簡単に身支度を整えられたアイリーンは「ええ。こんなに大変とは思ってなかったくらい大変だったけど、無事に産まれてくれたからもう何でも良いわ。まだ目が開いていないけど、髪は私と同じ黒髪なの」と疲れた顔で微笑んだ。

エドワードがそうか、良かったとアイリーンしか目に入らない様子に、ミラ夫人は手持ち無沙汰な国王陛下に先に王子殿下を見せようと、抱いて来てくれた。

「これは、アイリーンの時と同じで小さいな」おっかなびっくりで、ソファに座って生まれたばかりの王子を抱いた陛下が「初めまして。じじだよ」と話しかけていると、王子の目が一瞬開いた。「おお!王家の菫色だ」陛下の満面の笑みに、皆が「おめでとうございます」と祝福を贈った。


すると、やっとアイリーンの許から離れたエドワードが「じゃあ、アイリーンと全く同じ色ですね」と嬉しそうにしながら近づいて来たので、陛下はエドワードと交代して、代わってアイリーンの顔を見に行った。

「アイリーン。本当におめでとう。よく頑張ったな。お前も子も無事でなによりだ」とねぎらいつつ、今度は自分も息子の瞳を見たいと粘っているエドワードを見ながら「あれは、あんな男だったかな」と小さな声で聞いてみた。

アイリーンは「ああいう男だったみたいです。仕事の時とは違いますけど、ああいう人で良かったです」と幸せそうに笑った。


アーサーと名付けられた王子は、すくすくと育って生後一か月で洗礼式を受けた。

ビルは、王子の洗礼式に合わせ誕生前から少しずつ制作していた銀のスプーンと銀のラトルに、名付けられた名前を彫り入れて贈り、心からの祝意を表した。

王子の名前と紋章が彫られたそれらはアイリーンを大いに喜ばせて、特にラトルは実際に音を出してアーサーをあやすのに使って楽しんだ。

そのアイリーンとアーサーの姿は、民たちに『ラトルを持つ王太女殿下と可愛らしい王子殿下』の絵姿として出回り、国中が湧き立つ中、ビルは大満足でまたいくつも絵姿を買い求めた。

マシュー伯父さんにも絵姿を送ったビルは『王太女殿下と王子殿下と俺の作ったラトル』だと自慢する手紙を書いた。


一年間は出来るだけ母として過ごしたいというアイリーンの希望を汲んで、国王陛下とエドワードが多くの公務を分担してくれたおかげで、アーサーが一歳になるまでアイリーンは最低限の公務でゆっくりと一緒に過ごす事が出来た。

その後は家族の時間を大事にしながら、アーサーを信頼できる乳母とミラ夫人に任せ以前同様公務に励もうとした矢先、再びアイリーンの妊娠が判明した。

戻そうとした公務は、今まで通り陛下とエドワードが続ける事になり、アイリーンは妊娠初期の不安定な時期を大人しく過ごした。

しかし、今度はほとんどつわりもなく順調だった為、安定期に入ってから久しぶりに王都に視察に出る事にした。


アイリーンはいくつかの施設を視察した後、『新しいジュエリーとドレス』を見せて貰う為にキャスリンのメゾンを訪れた。

いくつかのガラス製の品はエドワードから見せて貰っていたが、メゾン狭しと並べられたジュエリーの素材がガラスのみならず、模造真珠、真鍮、皮革と多岐に渡っている事と、身に着けた時の軽さにアイリーンは驚いた。

「エドワードが、キャスリンさんがどこまで進んでいくのか楽しみだと言っていたわ」

「いつか、殿下にも工房をご覧にいれたいです。実は、私もガラス職人に弟子入りしたんですよ」

キャスリンの勢いはとどまる気配が無かった。


メゾンではセシールにも会う事が出来て、アーサーの産着のお礼を直接言う事が出来た。

セシールの贈ってくれた産着は、芸術品のような刺繍が赤ん坊の肌には当たらないように巧みに入っていて、アイリーンは気に入って何度も着せたものだった。

「もうアーサーは着られなくなったけど、今度はこの子が着させてもらうわね」お腹に手を当てて話すと、セシールは嬉しそうに「はい。ですが、お腹のお子様に新しい物も贈らせてください」と言ってくれた。

セシールはクロス伯爵家から注文を受けた、リリーの誕生日用ドレスに刺繍を入れているところで「兄夫婦が、リリーの誕生日パーティーに私も招いてくれたんです」と幸せそうだった。アイリーンは、カンラのジョージが度々セシールに会いに王都へ来ているのも知っていたから、これからの彼女の道がさらに幸せに溢れる事を心から願った。



読んでいただき、ありがとうございます。


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