16 選び取る未来と分かれ道
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最高級のハミルトン織で王太女殿下のマントを作る栄誉を賜ったキャスリンは、落ち込みかけていた評判を取り戻した上に、かつてない注目を集めていた。
(絶対に失敗は許されない)
元より、自分の全てをかけた品を作り上げようと思っていたが、実際に渡された素晴らしい生地を前にすると、緊張は嫌でも高まった。
裁断、縫製、そして刺繍。キャスリン自ら担える部分以外は、メゾンで働いている者の中からそれぞれの分野でも最高の職人に依頼した。
中でも殿下が最も気に入ってくれたという、胸元にかけて前面に入る蔓の刺繍を、キャスリンはセシールに依頼した。
「私が、王太女殿下のマントの刺繍をですか?」キャスリンの話を聞いたセシールは、顔を紅潮させ「私にそんな大役が務まるか分かりませんが、是非やらせてください」と即答した。
キャスリンは喜んだがセシールは灯亭でも働いているので、確認しておかなければならない事があった。
「受けてくれてとても嬉しいんだけど、これは今までの様に布を渡して、家で刺繍してきてもらう訳にいかないの。この生地は唯一無二で、万一があってはならないから、全てこの店の中で進めてもらう事になるんだけど…。灯亭の仕事とかけもちで三か月間、お願いできるかしら」
「大丈夫です。何があっても、必ずやり遂げます」セシールの力強い返事にキャスリンは感謝し、正式に依頼することになった。
その話を帰ってきたセシールから聞いたモニカは、下ごしらえの手を止め厨房から出て店の椅子に腰かけ、セシールにも座らせた。
「王太女殿下の為に刺繍をするなんて、とても名誉なことだね。おめでとう、セシール。
キャスリンは自分の店と服作りに誇りを持って、真剣に向き合ってきた人間だ。
そんなキャスリンが一世一代の作品で刺繍を頼んだのは、セシールの刺繍が一流だと信用されてる証拠だよ。
私はあんたがキャスリンのメゾンに誘われても、ここが好きだからって理由で断っていたのは知ってた。その気持ちは嬉しかったけど、もうここら辺で腹を決めた方が良いよ。王家に納める仕事は片手間じゃ出来ないって事は、セシールも分かっているだろう」
セシールはモニカに突き放されたように感じ、知らず知らずのうちに涙が浮かんだ。
モニカはそれを見て「馬鹿だねえ」と笑って、セシールの膝に置かれた手を握り締めた。
「別に、ここを出て行けって言ってる訳じゃない。今まで通りここに住んでいて良いし、時間が合えば一緒に賄いを食べてお茶を飲もうよ。
…実はね、私は孤児院のカーラを雇ってやりたいって思ってるんだ。
あの子は、来年には孤児院を出されるんだけど、仕事がなかなか見つからなくて困っていたんでね」
カーラはセシールも知っている孤児院の子どもで、特別忙しい時は灯亭の手伝いに来てもらう事もあった。
赤ん坊の頃に教会の前に捨てられていて、シスターと街の人たちに見守られて育った。この前の祭りで手伝って貰った時に『もう来年は十五になるので、孤児院を出て行かなければいけないんです』と心細そうに話していたのを覚えている。
「それなら、部屋もカーラに貸してあげてください。私はどこか住むところを探しますから、大丈夫です」モニカはこのまま住んで良いと言ってくれたが、それに甘えて居座ってはカーラが困ると思ったセシールは申し出た。
するとモニカは「カーラには、うちに住んでもらおうと思ってるんだよ。あの子はずっと孤児院で大勢で暮らしてきたから、急に一人になるよりは良いだろう?うちは私と猫以外誰もいなくて、部屋は余っているしね。それに、私はあの子が赤ん坊の頃から知ってるから、どうにも他人って気がしないんだよ」と笑った。
(ああ、こうしてモニカさんはいつも誰かを助けてきたんだ)
セシールは、自分がモニカに救われたあの日を思い出した。
(あの時、何一つ持っていなかった私に、モニカさんは手を差し伸べてくれた。
そのおかげで私はここまで来られたんだ。今度はモニカさんの手をカーラに譲って、私は自分の足で立たなければ。そしていつか、私もモニカさんの様に誰かに手を差し伸べられるようになりたい)
「分かりました。じゃあ、お言葉に甘えて刺繍の仕事に専念します。だけど賄いもお茶も、これからもよろしくお願いします」さっぱりとした顔で笑うセシールに、モニカも「ああ、もちろんさ。これからはカーラと三人で食べよう」と笑い返した。
こうして三か月後、キャスリン渾身のマントと、ビルの殿下への祝いと喜びの込められたブローチが出来上がり、王宮に納めに行く日がやってきた。
王宮からの迎えの馬車が来て、一緒に乗り込んだキャスリンの顔は緊張と疲労で青白く、ビルは彼女を気遣って励ました。
「殿下たちに会うのに緊張するのは分かるが、あの方たちは気さくで優しいから、気を楽にもって大丈夫だ。それに、あれほど素晴らしいマントなら必ず気に入られるだろう」
そういうビルを、キャスリンは恨めしそうに横目で見た。
「御用達を頂いている、あんたと一緒にしないでくれる。私はね、殿下にお会いするのも、自分の作品をお納めするのも初めてなの。絵姿でしか見たことがない方々にお会いするっていうのに、緊張しない訳がないわよ」
噛みつくキャスリンにビルは、(思ったより元気だな。これなら大丈夫か)と考え、それ以上は余計なことは言わず、口を閉ざしたまま王宮に到着した。
侍従の案内で奥の小さい応接室に通され、腰かけた二人の前に茶と菓子が供された。
ビルが「これ、すごくうまいぞ」とキャスリンに勧めると、またも睨みつけられたが「顔色が悪いから、茶を少し飲んだ方が良いよ」と重ねて言うと、黙ってカップを手に取った。
ビルもお茶を口にしていると、一口飲んだキャスリンが隣で「信じられないくらい美味しい」とつぶやいて「ほんとに美味しいわね。これ」とこちらを向いた顔に少し色味が戻っていて、ビルはホッとした。
やがてノックの音がして侍従がドアを開き、二人は立ち上がり礼を取った。
「お待たせしました」アイリーンの声がして二人は顔を上げた。
少しだけお腹が大きくなっているアイリーンは、エドワードに手を差し延べられてソファにゆったりと座った。
アイリーンの懐妊は安定期になった先日発表され、キャスリンもしっかり号外を貰い、嬉しい驚きを味わったばかりだった。
「ビル、久しぶり。キャスリンさん、初めまして」アイリーンの声に二人は下げていた顔を上げた。(絵姿では見ていたけれど、マントの色と同じ菫色だわ)キャスリンは殿下の瞳を見るなり心を奪われた。
呆けているキャスリンの隣で、ビルは「この度は誠におめでとうございます」と祝いを述べ、キャスリンも慌てて「おめでとうございます」と続けた。
「ありがとう」アイリーンは微笑み「ブローチもマントも、大変気に入りました。短い期間で仕上げてくれて感謝しています。来週の慰問には、早速これを着て行こうと思うわ」
エドワードも「アイリーンが寒い季節に外出するのが心配でしたから、間に合って良かった。本当にありがとう」と二人に感謝した。
「恐れ多い事でございます」キャスリンがやっと声を振り絞ると、アイリーンが「特に、あの胸元の刺繍は素晴らしかったわ。ハミルトン織は軽くて柔らかいから、刺繍するのは難しいでしょう」と尋ねた。
「はい。あの部分は、刺繍では我がメゾン随一のセシールという者が担当したんです」キャスリンは誇らしげに答えた。
するとアイリーンが驚いて「まあ、セシールって、もしかしたら食堂で働いている?」と聞いてきて、キャスリンは慌てた。
「はい、あ、いいえ、以前は食堂でも働いていたんですが、セシールは今はメゾンの仕事だけをしています。決して殿下の為の刺繍を中途半端に刺した訳ではなくて…」
キャスリンの慌て様に、始め呆気に取られていたアイリーンだったが、自分の質問がまずかった事に気づいて「違うのよ」と首を振った。
「セシールが刺繍してくれたと知って、嬉しかったの。私とセシールは知り合いなのよ」
「そうなんですか」目を見張るキャスリンにうなずき「ええ。セシールに、私が刺繍をすごく褒めて喜んでいたって伝えてくれるかしら。キャスリンさんのドレス同様、これからも期待してるって」
「わかりました。必ず伝えます」キャスリンはホッとして約束した。
アイリーンはビルにも「葡萄の蔓を籠のように編む金の細工、素敵だった。中にはめ込まれたトパーズが、蔓に包み込まれた黄金の実のように見えたわ。あれだけ優美に編み上げられるのはビルの技術だからね」と賛辞を贈った。
「ありがとうございます。お祝いの気持ちを精一杯込めました」ビルも賛辞を受け、嬉しそうに頭を下げた。
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