15 宝飾職人と嬉しい知らせ
見つけてくださってありがとうございます。
「エド、ビルからブローチとマント両方のデザイン画が届いたわ」
アイリーンは面白そうな顔で、ブローチの分と一緒に送られてきたマントのデザイン画を、エドワードに広げて見せた。
ビルにマントを留めるブローチを依頼した後「ハミルトン織の生地をマントにするのは、ブローチのデザインを考えてからにしてもらえないか」という手紙が来て、何か制作に関わる事だろうと了承して程なくして、ブローチとマント、両方のデザイン画が届いたのだった。
マントのデザインを考えたのは、同じく王都に店を構えるキャスリンという女性で、下級貴族の間で人気のあるメゾンと手紙に書かれている。
二人で図案をのぞき込むと、ブローチとマント、二つのデザインがお互いに関連付けられているものと分かった。
全体のテーマは『繁栄』の意味を持つ葡萄だった。
マントの縁どりは光沢ある琥珀色の糸を使い、葡萄の蔓の模様で刺繍されている。それが裾をぐるりと一周し、前開き部分にかけて蔓が伸びるように連なって、左右の蔓が胸元で合わさるところに、マントを留めるブローチが配置されるようになっていた。
続いてブローチの図案を見ると台座は蔓を形作る金細工で、その蔓に包まれる一粒の葡萄の実のように、ペアシェイプにカットされたインペリアルトパーズがはめ込まれていた。
「蔓が伸びて葡萄が実るようなイメージなのね」アイリーンが感心したようにつぶやく。
菫色の布地部分にも、伸びる蔓に沿うように少し濃い紫で所々に葡萄が刺繍され、ブローチのすぐ下にくる部分には、蔓より一段濃い琥珀色で小さく王家の紋章が刺繍される事になっていた。
「素晴らしいわね。このマントを着ていたら、森の中にいるような気持ちになれそう」
「葡萄は繁栄を意味する王家にふさわしいモチーフだね。マントの裏地をトパーズと同じ琥珀色にしてあるのも俺は嬉しい」そう言ってから、エドワードは少し恥ずかしそうに「あと、葡萄は子孫繁栄の意味もあるよ」とアイリーンにささやいた。
アイリーンはそれを聞いて嬉しそうに「まだお父様以外誰にも言ってないのに、私の宝飾職人はさすがだわ」と笑顔を見せた。
実はこのデザイン画を受け取る以前に、アイリーンは執務中に突然吐き気を催し、エドワードを大いに慌てさせていた。当のアイリーンは少し吐いたら気分が回復したので、忙しくて胃の調子が悪かっただけとすぐに仕事に戻ろうとしたのだが、それを押し留めたエドワードは、大至急医師を呼んだ。
医師が来るまでベッドに寝かされ文句を言うアイリーンに「君は忙しくても、ますます元気になるか眠いと愚痴るだけで、胃に来た事はないだろう」と言い、起き上がらせなかった。
やがて長い間王家を診てきた老医師が「姫様、またお転婆が過ぎましたかな」と軽口をたたきながらやって来た。
彼はふくれっ面をするアイリーンを診察し、控えていたミラ夫人にいくつか質問をしてから、皺くちゃの顔の皺をさらに深くした笑顔で「おめでとうございます、姫様。ご懐妊です。三か月ですな」と優しく告げた。
言葉にならない叫びをあげ大喜びのアイリーンを、同じく言葉にならず涙をこらえたエドワードが壊れ物を扱うように抱きしめ、ミラ夫人も口元を押さえ嬉し涙をため、部屋中の人間で喜び祝った。国王陛下にもただちに吉報がもたらされ、大喜びでアイリーンの部屋に来ようとして急いで立ち上がり腰を痛めたのは、つい二、三日前の出来事だった。
「私の体調が安定して外に出られるようになる頃、ちょうどこのブローチもマントも出来上がるかしら」
「あまり寒くなっていたら出歩くのはダメだけど、ハミルトン織ならずいぶん暖かいだろうね。…まず、このキャサリンという人の事を調べて、それから正式に決めよう」
「そうね。私はこのデザインすごく好きだわ。ジュエリーとドレスを合わせて作るという発想は良いわね。ドレスと靴、バッグ、帽子を合わせて作る事はあっても、ジュエリーは持っている物から合う物を選ぶのが普通だったから。ジュエリー自体が高価で、代々受け継がれる物が多いのが理由だけど、今回みたいにブローチだけならやり易いかもしれない。服とジュエリーを合わせる事が広まったら、誰もが手に入りやすい安価なジュエリーも出てくるかもね」
「そうだね。そうなったら、素材がガラスや模造真珠に変わるんじゃないか。ガラスが特産の地域が、最近目新しい物が無くて収益が落ちているから、そこに話を持ち込めば…」
考え出したエドワードに「まずはキャスリンさんの事をお願いね、エド」アイリーンが釘を刺して、我に返ったエドワードは、とりあえず愛妻家の部下に話を聞きに行った。
キャスリンと自分のデザイン画を共に王宮に送ってから、ビルは毎日じりじりとした待ちきれない気持ちで返事を待っていた。自分だけではなく、キャスリンも関わっているからという理由は勿論だが、あの新しい形を殿下がどう受け止めるだろうと、心配でもあり楽しみでもあったからだ。
その日も、郵便屋が持って来た手紙の中に返事が入っていなくて落胆し、店を閉めて頼まれていた指輪を仕上げようとしていたところで、ノックの音がした。
「もう閉店しました」と声をかけると、エドワードの声で「私です」と返ってきて、ビルは慌ててドアを開けた。
急いで店内に招き入れ「どうしたんですか」と尋ねると「先日送ってもらったデザイン画の返事をしにきました」とエドワードは答えた。
「わざわざいらして下さったんですか」忙しいのにと驚くビルに、珍しくエドワードは言い淀み「他にも伝えたい事があって」と言葉を濁した。
ひとまず応接室に通しお茶を淹れ、腰かけて落ち着いたところで「まず、ブローチとマントですが、お二人の図案でお願いすることにしました」とエドワードが話し始めた。
「本当ですか⁈」「はい。キャスリンさんの事も調べて、ビルさんの手紙にあった通り、近年貴族の顧客を増やしている優秀なメゾンと分かりましたので。ビルさんの顧客で私の部下の子爵も、彼女の仕事は誠実で美しいと褒めていましたよ。
何よりアイリーンが一目であのデザインを気に入りました。特にマントから伸びた蔓が、ブローチで実を結ぶ部分を素晴らしいと言って、ジュエリーと衣服のデザインを合わせて作成するという発想に魅力を感じていました」
ビルは、王太女殿下はやはりこの手法を認めてくださったと、喜びをかみしめた。
「マントと合わせて、寒さが本格的になるまでには作成出来ますか」エドワードに尋ねられ「はい。もちろん。王太女殿下に寒い思いはさせられませんから。キャスリンも、何をおいても殿下のマントに全力を尽くすと思います」
「キャスリンさんは、今受けている注文などは大丈夫なんですか」
あー、とビルは頭をかいた。「実は、彼女はクロフト公爵家系列の家を顧客に持っていたものですから。今は幸か不幸か注文が途切れているんです」
エドワードも「そうだったんですね」と少しバツが悪そうな顔をしたが「それなら、この話をさせてもらうのにはちょうど良いかもしれません」と切り出した。
「この、ドレスとジュエリーを合わせて制作するという方法なんですが、平民はもちろん貴族でも、家によってはジュエリーにはなかなか手が出せないと思うんです。それで、もっと手ごろな値段で手に入るようにならないか考えました」
エドワードの言う課題は、ビルも考えていた事だった。キャスリンのメゾンの固定客は、ドレスや外出着に合わせてその度にジュエリーを作る事は出来ないだろう。
「それは俺も課題だと思います。何か策があるんですか」
「はい。素材を金や宝石ではなく、ガラスや真鍮、メッキ、模造真珠に変えるんです。幸い、我が国にはガラスの名産地があります。そこにジュエリーに使えるガラスを研究してもらって、メゾンと提携してデザインを考え、素材は安価でも一点物で作られた品質とセンスの良いジュエリーを作ってもらおうかと」
「そういうジュエリーは、今までになかった物ですね。露店ではガラス玉のネックレスや真鍮の指輪などは売られてますが庶民の楽しみで、富裕な平民や、ましてや貴族なんかは見向きもしません。
そういう素材でもきちんとしたジュエリーが作られたら、その上ドレスと合わせてだったら、欲しい人はたくさんいると思います」ビルが興奮気味に応えると、エドワードが意地悪そうに「しかし、そうなるとビルさんの作っているような高価なジュエリーが売れなくなるかもしれませんよ」と言ってきた。
それを聞いたビルは笑って「心配してくれてるんですね。俺の作る物とは買う人と必要な場所も全く違いますから、そこは安心してます。それに宝石そのものが持つ魅力は、すごいですよ。金の輝きも同じです。俺も作る度に憑りつかれます。
制作に必要な技術も全く違うので、俺もそっちは作れないし、向こうもこっちは作れないです。興味が湧いて時間があったら、やってみたいとは思いますけどね」と笑った。
エドワードはそれを聞いてホッとして「実は私は、この新しいジュエリーを外国にも売り込んで、我が国の新しい産業にしたいと思っているんです。まだ他の国にも、そういう物はないはずですから」と言い、「その為に今度はキャスリンさんにもお会いして、相談したいと思っています」
「キャスリンはやる気に溢れた女性なので、きっと喜んで突き進むと思いますよ。俺からも伝えておきます」
話が終わり席を立ったエドワードだったが、帰ろうとせずビルと向かい合ったまま何か言いたそうにしてきたので、ビルは「まだ何かありますか」と尋ねた。
「実はまだ世間には公表していないのですが、私とアイリーンに子どもが出来ました」
「本当ですか‼ おめでとうございます」照れくさそうに打ち明けたエドワードに、ビルは喜びを爆発させた。
ありがとうございます、とエドワードは心から嬉しそうに笑い「アイリーンから、ビルさんには伝えて欲しいと言われて、今日私が来たんです」
それを聞いたビルは、感動の余りしばらく口がきけなくなった。この喜びにいち早く加えてもらえた事が、本当に光栄で嬉しかった。
「これから生まれてくる子に渡すジュエリーも、お願いすることになると思います」
「ぜひお任せください」答えながら、ビルは我慢できずに嬉し涙が溢れた。
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になる!と少しでも思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やブクマ、いいねで教えていただけると、嬉しいです!




