14 宝飾職人の思いつき
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カンラの街の事件から半年が過ぎ、新たに任命された者達も己の役割を果たす事に慣れ、傷ついた街も人も王家からの補償に助けられて、徐々に平穏な時を取り戻し始めていた。
一時は爵位返上も危ぶまれたハミルトン家も、アイリーンの考え通り牧羊の盛んな土地の利を生かし、元から持っていた毛織物の技術で高い品質の『ハミルトン織』を作り出し、順調に財政を回復しつつあった。
つい最近も、ハミルトン家からアイリーンへ寒くなる季節に合わせて、菫色に染められた暖かそうな『ハミルトン織』が贈られ、その評判をますます高めていた。
ビルは新聞で贈呈の記事を読み、アイリーンがその場でマントの様に布地を身にまとう絵姿を見て、マントの留め具にもなるブローチを思いついた。
エドワードに手紙を書いてそのアイディアを知らせたところ、すぐにブローチを依頼する返事が来たので、鋭意制作に取り掛かっていた。
今日も営業の終わった店で、エドワードの色であるインペリアルトパーズを手に取りカットを考えていると、店のドアをノックする音がした。
トパーズを慎重にビロードのトレイに置いて、手袋を外しドアの前まで行くと、窓のカーテンの隙間からキャスリンが立っているのが見えた。
ビルがドアを開けると、キャスリンは「久しぶり」と笑顔を見せた。
このところ急に冷え込んだせいで、キャスリンは薄手の緑色のマントを羽織っていて、それは彼女のこげ茶色の髪に良く似合っていた。
「久しぶりだな」ビルは反射的に(このマントには金色のピンが映えるな)と思い浮かべていると、キャスリンに「もし良かったら、ジュエリーを見せてもらっても良いかしら」と聞かれ「もちろん。どうぞ」と店に招き入れた。
中に入ると、キャスリンはショーケースをのぞき込んだ。
「この店の前は毎日の様に通ってるけど、中に入るのは初めてだわ。本当にセンスの良いジュエリーが揃ってるのね」
ここら辺は私には手が出ないけど、と笑いながら彼女は次のショーケースに移った。
ビルはそう言われてみれば、自分もキャスリンの店に入った事は無いなと思いながら、いつもテンポ良く話すキャスリンが何となく静かなのが気になって「今日は何かあったのかい」と尋ねてみた。聞かれたキャスリンは目を瞬かせ「そう見える?」と聞き返して来た。
「ああ。いつもなら強引に灯亭に連れて行こうとするのに、今日はなんだか静かだし、疲れて見える」
「そうね。ほんとは灯亭に行こうって誘いに来たんだけど。今日はちょっと落ち込んでて、せっかくだから綺麗な物が見たいなって思って。こんなに色とりどりに輝いて、ケースの中だけ夢の中みたいね」
無理に口角を上げて笑おうとするキャスリンに、ビルは「ちょっと待ってろ」と言いおいて作業場を片付けに行った。キャスリンはうなずき、そのままボーっとジュエリーを眺めている。
戻ってきたビルは「今日は居酒屋へ行こうぜ」と、彼女をセレンディピティへ連れて行った。
セレンディピティで、揚げた芋やトマトソースで和えた肉団子を平らげながらエールを飲み、徐々に調子の戻って来たキャスリンが、ビルに語った話はこうだった。
彼女の顧客は主に裕福な平民か下級貴族なのだが、今回初めて伯爵夫人からドレスの依頼を受けた。お得意様である子爵夫人が夜会でキャスリンのドレスを着ていて、伯爵夫人が気に入った事で紹介してくれた縁だった。
顧客の子爵夫人の信頼にも応えたいし、上位貴族へ人脈を広げるチャンスだと、依頼を受けキャスリンは張り切った。
何度もデザインの打ち合わせをしに伯爵邸へ赴き、夫人からの感触も良好で、次の王宮の夜会では必ずこれを着て皆にこのメゾンを広めるとまで言ってもらえて、キャスリンは天にも昇る心地だった。
ビルはそれを聞いてうなずいた。自分も店を任された当初、何とか顧客層を広げたいと必死にあがいていた。
「その気持ちはよく分かる。貴族の階級の壁は厚いよな。下級貴族相手の店と思われると、それだけで上級貴族に敬遠される場合もある。だからこそ、そういう機会はまれで貴重だ」
「そうなの。だから伯爵夫人のご注文を、何としても立派にやり遂げてご満足いただきたいって頑張ったわ。私だって、いつか王太女殿下に自分の作った服をお召しになっていただくって夢くらい持ってるのよ」
それが、とキャスリンは眉を下げた。
「あの、カンラの事件でクロフト公爵が伯爵家になったでしょう。その伯爵夫人の家は、クロフト公爵家の寄り子だったの。自分達の領地はそのままだったんだけど、公爵家に関連した取引がほとんど無くなってしまったのね。それで急激に財政が悪化して、王都の家を売り払って領地に帰る事になったって連絡がきたの。王宮の夜会にも行けないから、悪いけどドレスもキャンセルするって。…という訳で、三か月もかけて作っていたドレス一式が、全部無しになっちゃったの」
ビルはキャスリンが本当に可哀想で「それは大変だったな」と言うしかなかった。
ジュエリーならキャンセルになっても、デザインによってそのまま他の人に売る事も可能だし、それがダメでも素材は残っているからいくらでも作り直せる。
だが、ドレスは注文主のサイズ通りに裁断、縫製され、デザインも個人の希望が強いから使い回しは難しい。特に今回の様に不運な事があったドレスだと、それを着たいと思う人はいないだろうし、下手したらメゾンに不吉な店という悪評が付く事さえある。
金額の痛手よりもむしろ評判に傷がつく方が、これから伸びようとしているキャスリンは痛いだろう。貴族社会はそういう噂が大好きで回りやすい。
それに伯爵家がそうなら、紹介者の子爵夫人も危ういのだろうな、とビルは思った。
ビルはキャスリンの作る服を良く知らないが、宝飾店の顧客である子爵に世間話で知り合いだと話した時『彼女の作るドレスは妻に贈るにふさわしいですよ』と言っていた。
その子爵は例のエドワードの部下の愛妻家で、ビルの宝飾店を彼に推薦してくれた目利きだった。それなら、さっきまで自分が考えていた事を、キャスリンに持ち掛けてみてはどうだろう。
キャスリンの窮地を救うなどと大それた話ではないが、ビルはトパーズを手にして思っていた事を話してみた。
「殿下に贈られたハミルトン織の菫色の生地、知ってるかい」
「ええ。最高の生地よね」
「今、あの生地をマントにした時の為のブローチを考えているんだ。だけど、どんなマントになるか分からないから、デザインを迷ってる」
「殿下があの生地のマントを着たら、華やかでいて威厳があるでしょうねえ」
夢見るように言うキャスリンに、ビルは聞いた。
「キャスリンは、自分の作るドレスに合ったジュエリーがセットで作られたら良いと考えた事はないか? 俺はブローチのデザインを考えながら、マントのデザインを想像してた。
王配殿下の瞳の色のトパーズを使うのに、マントに同じ色の刺繍とかパイピングがあったら良いのになとか、ブローチと同じモチーフがマントにも使われていれば、両方が合わさって引き立て合うだろうなって」
「そんな事考えていたの。確かにどちらかが先にあるなら、それに合わせて作る事は出来るけど、どちらもこれからなら一緒に考えると良いかもしれないわ。そんな事、良く考え付いたわね」
「いや、元々はキャスリンと初めて会った時、君がドレスに合う宝飾品を考え付いたのかって俺に言ったんだ。その時は何も思わなかったけど、後になってそういう考え方もあるなって思った。
今まで宝飾品自体のデザインと、注文主の希望やその人に合うかどうかだけ考えていたけど、全部ひっくるめてテーマを合わせて作るのも面白いんじゃないかって」
「確かに、それは素敵ね」
「じゃあ、俺のジュエリーと二つ合わせれば、何倍も素敵になるようなマントのデザインを考えてみないか。もちろん殿下方の身に着ける物の選別は厳しいから、無駄になる可能性は大きいけど。でも、ちゃんとお目にかける事は約束する」
キャスリンは胸を高鳴らせてうなずいた。
「もちろん選んでいただけるように全力を尽くすけど、私のデザインに目を通していただけるだけでも幸運過ぎて恐れ多い事よ。こんな機会を私に与えてくれて、ありがとうビル」
「いや。俺もブローチをマントに合わせるのに相談に乗って欲しいし、マントへの注文や希望を言わせてもらいたい。何より俺が、殿下がこういう形をどうお考えになるのか知りたいんだ」
その日からビルとキャスリンは、営業後どちらかの店であれこれと話し合いながら、マントとブローチのデザインを練り始めた。
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