13 王太女殿下の思う事
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カンラに残っていた兵達と共に、エドワードは王都にひと月ぶりに帰り着いた。
そして身を清めただけで体を休める間もなく、迎えてくれたアイリーンと、離れていた間のお互いの仕事を報告し合った。
アイリーンからは、ダニエル・クロフトとの面談の詳しい話と、国王陛下と話し合った公爵領割譲案について聞き、エドワードからはカンラでのマルサリス一味捕縛の一部始終と、現在の街の様子について互いに報告した。
エドワードは、全てが突然の事だったにもかかわらず、カンラの窮状を知って男爵位叙爵と代官任命の打診をすぐに承諾し、カンラに来てくれたジョージへの感謝を何度も口にした。彼がいなければこれほどスムーズに事を進められたとは思わないと、アイリーンに語った。
一通り報告し合った後で、二人は割譲案を元にしたカンラ以外の旧クロフト領の分轄と、それに伴う後任者の人事に最初に手を付ける事にした。今はもうクロフト伯爵から領地を召し上げている為、土地を治める者が一時的に不在となっていて、これは急務だった。
「陛下と話し合って、モルド地方を返上したハミルトン伯爵家に、この北の地域を与えようと思っているの。ここは牧羊が盛んで、モルド地方も水害さえ無ければ毛織物で栄えていた地方だったから、うまく生かしてくれると思う。ハミルトンは復興に私財まで投じたせいで家の存続が危うくなって、仕方なくモルド返上を決めた家だから、それに報いる形にもなるでしょう」
「ハミルトン伯爵家の寄り家の子爵家もこの地域の近くにあるから、やり易いだろう」
「これでハミルトン伯爵家が持ち直してくれる事を願うわ」
「それから、領都一帯を代官として治めてきたアレン男爵を子爵に昇爵して、もう少し広範囲を見てもらう事にするわ」
「アレン男爵家は、長い間この地域で働いて有能なのははっきりしているし、領民からも信頼されている。十分な実績と貢献から、昇爵に文句は出ないだろう。管轄地域が広がっても、既知の人脈でしっかりした代官を雇えるから、カンラの様な心配は無いね」
他にいくつかの地域を隣接した優良な領地と併合させたり、飛び地で物の流れが悪かった箇所をうまく調整して一つの地域にまとめるなど、大方の事が決定して二人は一息ついて休憩する事にした。
並んでソファに座りお茶を淹れてもらい、人払いをしてから今回の事を話し合う。
「アレン男爵の提案に従っていればこんな事は決して起こらなかっただろうに、クロフト伯爵は何だって拒否したんだろうな。よく知らない人間を、調べもせず代官にするほど後任の当てが無かったのに、理解できないよ。
クロフト伯爵がジョージに一度でも会っていれば、カンラにとって素晴らしい代官だと分かったはずなんだ。彼は実務を全て把握しているし、何より街の人を良く知っていて人望もある」
エドワードが疑問を口にすると、アイリーンが「ダニエル・クロフトは、誰もが自分と同じ考え方だと思っていたんでしょう」と答えた。
「同じ考え方って?」
「アレン男爵は弟を貴族にしたいから、カンラを返上するなどと言い出した。それがクロフト伯爵の考えた事よ」
「つまりクロフト伯爵はアレン男爵が返上を申し出た理由を、カンラに目が行き届かないからではなく、後任に悩むであろう自分につけ込み、弟に貴族位を与えようとしていると考えたって事か」
「そう。まず自分が領民の事を考えていないから、アレン男爵が領民を思って申し出た事を、そのままに受け入れられないのよ。そんな理由で権利を手放す人がいる事を、想像できないの。
その上被害者意識も強いからいつも疑心暗鬼で、騙されて笑い物になりたくない、損をしたくないとばかり考えてしまう。
だから今回の様に自分に都合が良くて、自分の尺度で下に見て馬鹿に出来るマルサリスの事は、そのまま受け入れたんだと思うわ。マルサリスの方がよほど悪知恵を持っていて、こんな結果になったけれど」
「前の公爵は貪欲でしたたかだったけど、領地と民の為には動いていたもんな」
エドワードは前公爵の頑固そうな顔を思い出していた。
「そう。前公爵は家庭は顧みなかったけど、公では優先順位が分かっている方だった。領地と民を守るのが貴族の務めだと、よく言っていたわ。だからクロフト伯爵がモルド地方を治めるに当たって、前公爵の助言を得る様に伝えたけれど、言う事を聞くかしら」
アイリーンは乾いた笑いを浮かべてから、エドワードの肩に頭を預けた。
「カンラの街には、たくさんの英雄たちがいたのね」
「ああ。今もたくさんの英雄がいるよ」
「何も知らなかったからと言って、罪がない訳ではないというのは、よく聞く事だけれど。まさに私たちに言える事なんだと思うわ」
アイリーンは、エドワードからカンラの話を聞いて怒ったり悲しんだりしていたが、特に牢に囚われていた人々の境遇と、それをひたすら支えようとしたサムの話には涙を流していた。
「亡くなった人の家族や、娼館に売られた女性たち、非道と恐怖で心に深い傷を負った人たちは、これからの生活がままならないと思うの。
だから王家から金銭的な補償と、必要な治療の提供、仕事の斡旋をしたい。
あと、あの街が被害に遭っていた五年間分、税を免除しようと思ってるの」
「それはすごく喜ばれるだろう。陛下とは話合った?」
「ええ。父も同じことを考えていたわ。王家の予備予算を使って良いって言われてる。こんな時に使う為の予算だって」
「そうだね。あの街の者達の地獄を俺はこの目で見てきた。それ位の事では贖えないと言われるかもしれないけど、出来るだけの事をしてやりたい。
ジョージに連絡して、支援が必要な具体的な内容と、今判明しているだけでも人数を調べてもらうよ。他にこれからの復興の為に王家の出来る事も、分かっている範囲で教えてもらおう」
「ええ。今のカンラにジョージという人がいてくれて、本当に助かったわ。
あの街の事を教えてくれたセシールにも、街を解放出来た事と、ジョージの事を教えてあげなくちゃね」
アイリーンに言われて、エドワードは二人の関係を思い出した。
「実は危なく忘れるところだったんだけど、帰るその日に運よく思い出して、ジョージにセシール嬢の事を教える事が出来たよ」
「まあ。彼はそれを聞いてどうだった?」
「ジョージは、ビルの伯父さんや村長から、セシール嬢が王都にいる事だけ聞いていたらしい。ただ伯爵家に戻っていると思っていたみたいで、食堂で働いていると教えたら驚いていた。
それとセシール嬢が彼の贈ったブローチを持っていたと伝えたら、盗られなかったなら、売って馬車代にすれば良かったのにって大声を出してね。彼は、取り乱した事を謝っていたけど、本当にセシール嬢の事を想っているんだなと感じたよ」
アイリーンは、それを聞いて嬉しそうに目を輝かせた。
「いつか二人が、クロス伯爵とシンシアの様に結ばれる日が来て欲しいわね。じゃあ、私たちはカンラの為に出来る限りの事をして、ジョージを安心してセシールに会いに行かせてあげられるようにしなきゃ」
王太女殿下にカンラの街で起こった事を話してからすぐ、セシールは王都にばらまかれた号外で、カンラにエドワード率いる王国兵が入り、街が解放された事を知った。
「殿下はおっしゃった通り、動いてくださったんだわ」
ひとりつぶやいて、セシールは思った。
(あの時一人で乗合馬車に乗って危ない目に遭ったけれど、途方に暮れていた時、わざわざ忠告してくれる女性に出会えた。あの人が街の事を教えてくれて、すぐ出て行くよう言ってくれたから、私は王都までたどり着けたんだわ。王都に来られたから、三年も経ってしまったけど、殿下にあの街の事を話す事が出来た。
号外にはたくさんの人が苦しめられて、犠牲になった人もいたとあったけど、あの女の人は助かったかしら。自分に何の得も無くても、私の為に忠告してくれたあの女性を、もしも助ける事が出来ていたら、私は少しでも罪滅ぼしが出来たのかもしれない)
そのまま新聞を読み進めていると、カンラが王領になり代官にジョージ・アレン男爵が任ぜられたとあった。《ジョージ》という名前に、セシールは心の中であの懐かしい人の姿を思い浮かべた。
(ジョージはよくある名前だし、名前が同じだからってこんなことを考えるのはおかしいけど…きっと、ちゃんと街の人に尽くしてくれる人だと思うわ)
それからしばらくして、アイリーンとエドワードがカンラの詳しい話をセシールに聞かせてくれた時、セシールはジョージ・アレンが誰なのかを知って胸を熱くした。
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