11 名もなき英雄たち
残酷な描写があります。
その時エドワードは人と会っていたが、捕らえられていた夫から至急の情報を預かったというサンドラを、すぐに執務室へ通した。
執務室に入ったサンドラは「王配殿下、大変です」と言ってから、部屋にいる男に気づいて目を丸くした。
「ジョージさんじゃないの」そこには、マルサリス前にカンラの代官だったアレン男爵家の次男坊、ジョージが立っていた。
「サンドラさん。親方大変でしたね。大丈夫ですか」顔見知りのサンドラの夫を気遣い、声をかけたジョージに「あんた、なんでここにいるの」勢いよく話し始めたサンドラだったが、用件を思い出しハッとしてエドワードに向き直った。
「王配殿下。実は牢で働いていたサムって男が、マルサリスの一味と思われて捕まえられているかもしれないんです。うちの夫が、自分達が生きていられたのは、サムがいてくれたお陰だと言っていました。もし捕まっていたら、すぐに解放してやってくださいませんか」
エドワードが「サムという男は分かるか」と聞くと、ジョージはうなずいて「はい。長い間憲兵の詰所で下働きをしていました。身寄りが無くて、詰所に住んでいたはずです。気が優しい良い男です」と答えた。
「そうか。捕まえた奴らは順次王都に送っているが、まだ残っている人間の中にいないか見に行こう。君も一緒に来てくれ」「分かりました」
サンドラにはどうなったか後で知らせると約束し、エドワードとジョージは捕らえた者が収容されている元娼館へ向かった。
娼館に着き、兵士に案内され部屋を見て回ると、一つの部屋でジョージがサムを見つけた。
彼は部屋の隅で、身を縮こまらせ座り込んでいた。
案内役の兵士が「この男は、ずっとこうしているんです。
与えた食事を食べないでどこかに持って行こうとしたので、どうするつもりか聞いたら『ごめんなさい』と謝って泣くばかりで理由が分かりません。例の詰所にいたので捕らえましたが、マルサリスの一味では無さそうで、我々もどうすべきか悩んでいました」とエドワードに耳打ちした。
ジョージが近づいて「サム」と呼びかけると、ノロノロと顔を上げたサムが「ジョージさん」と声を出した。しかし後ろにエドワード達がいる事に気づき、また顔を膝の間に埋めて動かなくなってしまった。ジョージは、サムが以前見た時よりずいぶん痩せている事に気づいた。
「サム。お前は何も悪い事をしていないから、一緒にここを出よう。サムのお陰で助かったと言いにきてくれた人がいたんだよ」ジョージは出来るだけ優しくサムに話しかけた。
しかしサムはくぐもった声で「俺は悪い事をしたよ。ジョージさん」と答え、泣くばかりで動こうとしなかった。
エドワードはこのままにしてはおけないと、ジョージと一緒に兵士の手を借り、サムを旧マルサリス邸へ連れて帰った。
泣きながら歩いていたサムは、自分がどこに連れてこられたのか分かると、激しく身をよじり「ここは嫌だ」と抵抗した。ジョージが「もうここはマルサリスの家じゃない。あいつは捕まった。だから大丈夫だ」と根気強く言い聞かせてやっとドアをくぐったが、入ったところから動かなくなり、その場で話を聞く事になった。
「さっき言ってた、サムのした悪い事って何だい」
エドワードの姿が目に入ると怖がるので、ジョージだけがサムの前にかがみこんで尋ねた。
「約束を守れなかった」
「約束って」
「前いた憲兵さん達と、牢屋にいる人にご飯を持って行く約束をしてたんだ。それが俺の仕事だったから」「うん」「だけど新しい憲兵さん達は、俺にも牢屋の人にも、ちょっとしかご飯をくれなかった。だから誰もいない時、こっそり食堂から取って行ってた」「そうか。えらかったな」
「前は牢屋に、知らない人が一人か二人くらいしかいなかった。それだってすぐいなくなってたのに、知ってる人が何人も入ってきて、ずっといるようになったんだよ」
「うん」
「だから、俺の分をあげてもご飯がぜんぜん足らないんだ。誰かが動かなくなると、俺に運び出せって」サムは、血を吐くように話し始め、ジョージはそれをただ聞くしか出来なかった。
「そこらへんに埋めろって言われたけど、死んだ人は教会に行くもんだろ」「そうだな」
「だから夜中にこっそり教会に運んでたけど、神父さまもいなくなって、お祈りしてもらえなかった。俺は少ししかお祈りを覚えてないから、そこだけ祈って、教会に埋めたんだ」
エドワードは近くにいた兵士に指示を出して、教会を調べに向かわせた。
「みんな、俺がちゃんとご飯をあげられなかったから、死んじゃったんだよ」
泣きじゃくるサムをジョージは抱きしめ「絶対にお前のせいじゃない」と言い続けたが、それきりサムは話しをせず、部屋の隅に座り動かなくなった。
「殿下。どうしましょう」ジョージが声をひそめてエドワードに尋ねた。彼の目も涙で濡れ、この可哀想な男をどうにかしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
「詰所は元より、この邸を怖がっているからここに置く事も出来まい。
この街のどこかで、サムが住める家があれば良いんだが」エドワードがそう言ったところで、玄関の方から声がかかった。
「それなら、うちに来てくれて構いませんよ」パンを届けがてら、様子を見にやって来たサンドラが立っていた。
「サンドラさん。しかし、お宅には床に就いているご主人もいらっしゃるでしょう」
エドワードが言うと「サムはうちの亭主の命の恩人なのに、助けない訳にはいかないですよ。それに、教えればきっと店の手伝いもしてくれるでしょう。そうなったらちゃんと給金も払いますし、亭主も当分動けませんから、こっちが助かりますよ」
そう答えたサンドラは、座り込むサムに歩み寄った。
「サム。あんたのお陰でうちの亭主は助かったよ」
そう言われたサムはサンドラを見て「パン屋のおじさん、助かったの」と声を出した。
「そうだよ。本当にありがとうね。…あんた、パンは好きかい」
そう聞かれたサムは、初めて少しだけ明るい声で「大好きだよ」と答えた。
「だったら私の家に来て、パンを作るのを手伝っておくれよ」「俺が?」
「そう。パンはね、作るのに結構力がいるの。だからサムが手伝ってくれたら助かる。手伝ってくれるかい」「俺、力はあるから、手伝えるよ」
「それじゃあ立って、私と一緒に店に行こう」
サンドラに差し出された手をつかみ、サムはのろのろと立ち上がった。その時、サンドラの持っているパンの匂いに刺激され、サムのお腹がぐうと鳴った。それを聞いたサンドラは、持って来ていた焼きたてのパンから、ひとつ、ふたつとサムに差し出した。
「お腹が空いてるんだね。ちょうどいい、これをお食べ」
パンを受け取り「あったかい」と言ってすぐに頬張ったサムは「美味しいね。それにすごくいい匂いがする」と言ってあっという間に一つを食べ終え、すぐに次のパンにかじりついた。
それを見ていたサンドラは「そうだろう。焼きたてのパンの匂いをかぐと、幸せな気持ちになれるだろ。素敵な仕事だよ」と笑顔を見せた。
兵士に付き添われて二人が帰った後、エドワードは教会に行っていた兵士から、行方の分からなかった人々が丁寧に埋葬されていたと報告を受けた。その折、教会の中の人目に付かない場所で、姿を消していた神父の亡骸も発見された。
亡くなっていた人々の家族は、その事実を知らされ、悲しみと怒りで長く苦しんだ。
ただその中にあって、サムという男が故人に出来るだけの事をしてくれて、死後教会に祈りと共に埋葬された事を知れたのは、せめてもの慰めだった。
パン屋でサンドラと、主人が回復してからは三人で働き出したサムは、度々当時を思い出し不安定になって取り乱したが、街の皆はそれを受け入れ、変わらない感謝を持って見守っていた。サムは、だんだんと平穏な生活と自分の焼いたパンの暖かさと匂いに癒やされ、ゆるやかに回復していけた。
全ての犠牲者をきちんと埋葬しなおし、街中で祈りを捧げた時、
「この街はたくさんの英雄達に守られていたんだな」エドワードは、何とか街を救おうと奮闘し、命を失くした人、生き延びた人、自分の出来る事で街を支えようとした人を思い、つぶやいた。
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になる!と少しでも思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やブクマ、いいねで教えていただけると、嬉しいです!




