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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第三章

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10 カンラの解放

* 人の死ぬ表現があります。

その日カンラの街の住民は、いつもと違う物音で目覚めた。

マルサリスが代官になって以来、この街の住民にとって朝が来ることは喜びではなく、繰り返される地獄の一日の始まりだった。夜になると明日はどんな犠牲者が生まれるのかと、暗い気持ちで眠りに着いた。


パン屋の女将のサンドラは朝一番のパンを焼く為、夜が明け切らぬ内に厨房で作業を始めていた。夫が牢に入れられるまで二人で協力して作っていたパンは、一人になってからは半分も作れなくなった。それでもサンドラはパン屋を閉めたくなくて、頑張ってパンを焼き続けていた。

するとどこかから怒号と馬のいななき、蹄の音が響き、街の中を駆け抜けて行く大勢の人の足音が聞こえてきた。

(なんだろう。またマルサリスの一味が何か悪さをしようとしているのか)

窓に近寄り、カーテンの隙間から怖々のぞき見ると、騎馬隊らしき一群と、それに続くおびただしい兵が目に入った。軍装につけられた紋章を見たサンドラは、彼らが王国軍である事を知って歓喜した。

「国は私たちを見捨ててはいなかった。やっと助けが来たんだ!」

余りの喜びに床にしゃがみこんで嬉し泣きしていると、乱暴に店のドアが開かれて、マルサリス一味の憲兵が押し入ってきた。

憲兵はサンドラを見つけると焦って命令した。

「金を出せ。あと、ありったけのパンも渡せ」

その男は三月程前、サンドラの夫がカンラの窮地を王都へ知らせに行こうとしたのを察知し、先回りして夫を捕まえ牢に入れた男だった。

亭主はそれきり戻って来ず、生きているかも分からない。


金とパンを奪って逃げるつもりでいる憲兵に、サンドラは思わず叫んだ。

「嫌なこった! あんた達は年貢の納め時だよ!さっさと捕まっちまいな!」叫んでからしまったと思ったが、もう出てしまった言葉は取り戻せない。

「なんだと!」

怒り狂った憲兵が、サンドラに向かい腰に差していた刀を振り上げ迫って来た。

サンドラもとっさに固い樫の木で出来た麺棒をつかみ、手近にある重い調理器具をぶつけながら店の中を逃げ回った。


しかし遂に厨房の端に追い詰められたサンドラが、ここまでかと覚悟を決め、憲兵がニヤリと笑い刀を振り下ろそうとした時、店に駆け込んで来た兵士が憲兵を背中から一太刀で切り捨てた。兵士は、声も上げず崩れ落ちた憲兵を足で乱暴にどかして、腰の抜けてしまったサンドラを助け起こしてくれた。

「ケガはありませんか」自分の腕を支えて立たせてくれた命の恩人にお礼を言おうと、兵士の顔を見たサンドラは、「まさか」と息を飲んだ。

「もしかしたら、あなたは王配殿下ですか」閉ざされた街にも届いた、王太女殿下ご成婚の絵姿を思い出し震える声で尋ねると、エドワードは「はい」と答えて「あなた方を助けるのが、これほど遅くなって申し訳ありません」と謝罪した。


「いいえ!来て下さって、本当にありがとうございます」お礼を言いながら、サンドラは牢に入れられている夫の事を思い出し、エドワードに訴えた。

「私の夫が、他にも街の者が牢に入れられています。どうか助け出してください」

「兵たちがマルサリスの一派を捕縛して、今ごろ牢に囚われていた人たちも解放しているはずです。行ってみましょう」

エドワードは、まだ街の中に残党がいると危ないからとサンドラに付き添い、一緒に地下牢のある憲兵詰所まで連れて行ってくれた。


詰所に着いて辺りを見渡すと、騒ぎに起き出して集まった住民が見守る中、牢から続々と囚われていた人々が助け出されていた。

家族が囚われていた住民は、皆胸の前で手を組み祈りながら、自分の家族が出て来ないかと目を凝らしている。サンドラも同じように手を組み、じっと見つめた。

時折、待っている家族の中から悲しい泣き声が上がり、恐らく亡骸が運び出されたのだろうと恐怖に襲われながら祈っていると、二人の兵士に抱えられながら、それでも自分の足で進んでくる人の姿が目に入った。

「あんた!」サンドラが叫びながら駆け寄ると、夫もその声に気づいて弱々しく手を伸ばした。急に明るい地上に出され、まともに目を開けられずサンドラの姿が見えない夫は、ほぼ息だけの声で「サンドラ」と名前を呼んだ。

サンドラは、夫の痩せて骨の様になった身体を抱きしめて涙を流し、そのまま兵士達と一緒に救護所まで歩いて行った。


その光景を後ろから見守っていたエドワードは、頭の中に『私は許さないつもりよ』と言ったアイリーンの声が響いた。

「アイリーン。俺も許さないつもりだよ」エドワードはそうつぶやいて、まだ潜んでいる悪党がいないか確かめる為、部下を引き連れ街の中に戻って行った。


その日カンラの街で捕らえられたマルサリス、憲兵、窃盗犯、盗品売買の店主、そして女性を騙して買っていた男たちと娼館主は合わせて五十人近く、もっと軽い犯罪を担う者も含めれば街の人口の十分の一は犯罪者という結果になった。

牢に入れられた者は満足に食事を与えられておらず、サンドラの夫以前に入れられた者は、どこに行ったのか姿が見えなかった。


この恐ろしい街を支配した犯罪者と、それを生み出したクロフト家への処罰はただちに国中に公表され、同じように領地をないがしろにしていた領主たちは、大慌てで領地の検分に取り掛かった。そのお陰か、その後十年近く領民の反乱や陳情が減ったという。


エドワードは、細かい被害と摘発しきれていない犯罪調査の指揮の為、そのままカンラの街に残っていた。街の者は王配殿下自ら兵として参加し、こうして後処理に当たってくれている事を喜び、今後カンラは王領になるという発表に安堵した。


あれ以来すっかり王配殿下に心酔したサンドラは、夫の看病をしながらパンを焼き、エドワードと共に残っている王国兵達へ度々届けるようになった。

するとそれに気づいたエドワードが、軍の料理人を手伝いに寄越してくれた上で、正式に軍からパンを発注してくれたので、サンドラはますます王配殿下贔屓になっていた。


その日もまだ床に就いている夫に「殿下の所にパンを届けて来るね」とサンドラは声をかけた。少しだけ肉付きが戻り、声も出せるようになった夫は「気をつけてな」と返事をした後「なあ、マルサリスの来る前から牢で働いていたあの男、まさか捕縛されてはいないよな」と言い出した。

「あの男って?」

「ほら、図体がでかくて、気の優しいやつがいたじゃないか」

「あ、前にいた憲兵たちがサムって呼んでた人? あの人がどうかしたの」

「俺も牢に入ってから分かったんだが、あいつは前の憲兵がいなくなってもまだあそこにいて、マルサリスの奴らにタダで働かされてたんだ。元々は下男の仕事と、牢に入ってる人の世話をしていたらしい」

「私はサムって人を見てないけど、あそこにいた奴らは全員捕まったって聞いたよ」

「俺たちが生きていられたのは、全部サムのおかげなんだ。あいつが自分の飯をくれたり、どっかから食い物を持って来てくれたから、生き延びられたんだ。牢の中で死んだ人も、あいつが一人でどこかに葬ってくれてたと思う。頼む、サンドラ。サムが捕まってたら助けてやってくれ」

「わかった」

サンドラはパンを届けるのを後回しにして、すぐさまエドワードがいる旧マルサリス邸へ向かった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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