9 ダニエル・クロフトと公爵家の没落
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ダニエル・クロフト公爵は、王家からの召喚状と共に送られてきたカンラの街に関する報告書を読み、執務室の机でうつむき動けなかった。
そこに書かれている内容は、ダニエルにとって想像も出来なかった事で、そもそもカンラの代官がマルサリス男爵などという人間だった事も全く忘れていた。
「そうだ。あれは私がいきなり公爵位を譲られて、キリアンの事や母上の事に忙殺されていた時期だ」
領都とカンラ周辺の代官をしているアレン男爵が、王都の公爵邸までわざわざやって来て、領都周辺の責務しか十分に担えそうにないと言ってきたのだ。
代官の仕事ごときで何を甘えた事をとダニエルは腹を立てたが、アレン男爵家管轄のアルカン村にキリアンを引き受けさせた負い目もあり、仕方なくカンラの代官から身を引くことを了承した。
その時アレン男爵は「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ですが領都とカンラはかなり離れているので、目が届きにくいのです。父が存命の頃は私と弟が協力して三人でやっていたのですが、父が亡くなって弟は平民になり、代官としての仕事は出来なくなりました。一、二年の間は私一人で頑張ってみましたが、遠いカンラをきちんと治める事は難しかったのです」と言い訳がましく理由を並べた後、
「今後のカンラの代官ですが、もし公爵様に心当たりの方がいなければ、私の弟を取り立ててやっては頂けないでしょうか。あいつは父が亡くなるまで、私と一緒に代官の仕事をして、カンラを担当していました。あいつなら、すぐにでも仕事が出来ると思います」などと弟の売り込みを始めたのだ。
それを聞いたダニエルは(弟を貴族に取り立てさせる為に、こんな事を言いだしたのか)とカッとして「残念だが、もう次の者を誰にするかは当てがある。大体弟は今平民なのだろう。そう言う話は男爵位でも買ってからするべきだ」と突き放した。
当然、次の者に当てがあるというのは嘘だったので、ダニエルは急いで代官を決めなくてはならなくなった。
その時、自分にやらせて欲しいと名乗りを上げたのがマルサリス男爵だった。
ダニエルはマルサリスという名は聞いた事が無かったが、聞けば新しく男爵になったばかりだという。おおかた金を蓄えて貴族位を買い、次は代官という役職が欲しくなったのだろうと考えて、急いでいた事もあり、ろくに調べもせず任命した。
その後しばらくの間、マルサリスが代官の仕事をちゃんと担えるか心配だったが、税は期日にきちんと納めてきたので、いつの間にか忘れていた。
「しかし私は公爵家当主として、王都でやるべき事が山積みなんだ。税収さえ入っていれば、領地の街や村の事まで構っていられるか。その為に金を払って代官を雇っているんじゃないか」
この期に及んでも、ダニエルはまだ領主の責任を理解しようとしないで悪態をついた。
ダニエルは、弟のせいで自分は割を食っていると思いながら成長した男だった。
父母は自分には後継ぎだからと厳しく当たるが、キリアンはただ可愛がられるだけ。
特にキリアンが父親の力で王太女殿下の婚約者に納まってから、それが顕著になった。
『キリアンは厳しい王配教育を受けているのだから、その分公爵家では休ませてあげたい』母親がそう言って見当違いに弟を甘やかすのを、何度聞いたか知れない。
周囲から切れ者と言われる父親も、王家から注意を受けた時だけはキリアンを窘めるが、キリアンを芯から矯正する努力を怠った。
自分は年が近いだけにキリアンの女遊びを目の当りにする事もあり、さすがに王家を憚ってその都度注意したが、それさえも母親に『キリアンを妬んで意地悪をしている』と見当違いに責められて馬鹿馬鹿しくなってやめた。
その結果が王太女殿下との婚約解消から父親の失脚、母親の離縁、弟の平民落ちと犯罪者になっての死。
ダニエルを押さえつけてきた全てが消え去った後、待っていたのは自由と幸福ではなく、突然押し付けられた大量の仕事だった。
実際には前公爵はダニエルの負担を考えて、充分な時間をかけて仕事の引き継ぎをする事と、爵位移譲後も継続した分担を申し出たのだが、父親の干渉を嫌って拒否した為に、把握できない大量の業務を抱えて激務になったのだが、それは頭から抜けていた。
ダニエルは、クロフト公爵家をこんな羽目に陥らせた元凶の父親と顔を合わせたくなかったので、妻も失い一人になった前公爵を領内の僻地に押し込め、捨て去った。
「とにかく、明日は陛下に私の言い分を聞いて頂くしかない。こちらは王家に相当な額の税を滞りなく納めているんだ。領地をどう治めるかまで、文句を言われる筋合いは無い」
実際には、自分が国王陛下の前でそんな事を言える訳がないと分かっているダニエルは、その晩まんじりともせずに夜を明かした。
翌日登城したダニエルは以前爵位継承で訪れた謁見の間ではなく、小さな応接室に通された。椅子に座り待っていると、程なくしてドアが叩かれ控えていた侍従が扉を開けた。ダニエルも立ち上がり礼を取った。
国王陛下と王太女殿下が入室して型どおりの挨拶を交わし着席すると、おもむろに陛下が口を開いた。
「クロフト公爵。カンラの報告書は読んだと思うが、これについて何か私に申し立てる事はあるか」陛下の厳しい口調にダニエルは怯んだが、自分に非は無い事を何とか伝えなければと気力を振り絞った。
「報告書は読みました。まず申し上げたいのは、私はここに書かれている悪事は全く知らず、決して加担してはいないという事です。確かに私がマルサリス男爵を代官に任命しましたが、男爵は代官として税の納入はきちんと行っていました。領主としてそれ以上代官の業務を監督するのは、過大な責と言わざるを得ません。実際領地の他の地域ではこのような事は無く、カンラについては一重にマルサリス男爵にその責が帰すると考えております」
「ほう。領主は代官から税を受け取ればそれで良いと、公爵は考えるのか」
「はい。私はその税を公明正大にカーツァイト王国へお納めし、義務を果たしております」
激しい口調の叱責を覚悟していたダニエルは、穏やかに話しを進める国王に安堵し始めた。
すると横で黙って話を聞いていたアイリーンが口を開いた。
「では、あなたは税さえ取れれば、税を納める源である領民はどうなっても良いと思っているの」
「え、いや、そんな事は思っていません」
「けれど、税だけ取ればそれで良いとあなたが考えているから、カンラの街の民は五年もの長い間虐げられてきたんでしょう」
「ですから、それは私の関知しない所で、代官であるマルサリスが勝手に行っていた悪事であって」
「あなた、代官という名前の意味を分かっている? 代は領主の代わりという事よ。つまり、あなたがこの事の、クロフト領の責任者なのよ。あなたは公爵になってから、税を取る他に領地の為に何をしましたか。代官を監督し、領に不備が無いか調べ、不備があれば指示を出して、領民が健やかに過ごせるよう努めた事があるなら聞かせてちょうだい。さあ」
アイリーンの瞳が深い紫色に染まり、まっすぐに自分を見据えて問い詰めてくるのに、尋ねられた事に答える材料が何もないダニエルは沈黙した。
「アイリーン、もう良い。公爵、そなたの申し立てを踏まえてこの度の処分を言い渡す。
公爵家は二階級降爵し、伯爵位とする。併せて、現在のクロフト領を召し上げる。今後クロフト伯爵家は、現在領主不在のモルド地方を治めよ」
「陛下! 長年カーツァイト王国に尽くして来たクロフト公爵家にその仕打ちは酷過ぎます。第一モルド地方とは近年洪水が続いて、ハミルトン伯爵家が音を上げて返上した所では無いですか。そのような土地、治めろとおっしゃられても、利益が見込めません」
「長年尽くして来たのは、そなた以前のクロフト公爵家当主達だ。その資産は、五年前に使っておろう。そして今回のカンラの事、そなたは単なる代官の悪事と片付けた。私はそのような考えの者に王都周辺の土地を任せる訳にはいかない。もしその悪党どもがもっと力をつけ、王都にまで手を伸ばして来たら、クロフト公爵家が反逆の首謀者として処分されてもおかしくはなかったのだぞ。そのような事にも思い至らず代官を任命し、税さえ納めれば済むとうそぶいて領民を顧みない者に、公爵位はふさわしくない。
また、現在責任を持って領を治める領主のいる土地を、任せる事も出来ない。
それ故領主のいないモルド地方を与えるのだ。あの土地にわずかに残ってくれている民を大事にして、自分で汗をかき、領主としてそなたの言う『税を納める義務』を果たしてみせよ」
話は終わったと立ち上がる国王陛下に続き、アイリーンも立ち上がった。
「あなたがこの場で何も心配しなかったカンラの街だけど、今頃国軍兵が解放しているわ。五年も街に閉じ込められ搾取され、中には牢にずっと入れられていた民もいるのよ。
あなたは自分が為した事も、為さなかった事も、自分に返ってくると知った方が良いわ。
何を選択するかは自由だけれど、モルド地方の再生の為にあなたは我を捨てて、あなたのお父様に助力を求めるべきだと、私は思う」
最後にうなだれて礼を取る事も出来ないダニエルを振り返り、そう言って去って行った。
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