6 王太女殿下と元侍女の再会
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夕闇が深くなる頃、セシールは緊張でおかしくなりそうな自分を奮い立たせ、ビルの宝飾店へとやってきた。表のドアをノックするよう言われていたので、裏口ではなく正面から向かうと『王太女殿下御用達』と飾り文字の書かれた立派なプレートが目に入った。
「わあ」キャスリンが言っていたのはこれの事かと、しばし見入ってしまいそこに立っていると、ドアが開いて中からビルが顔を出した。
「窓から姿が見えたけど、いつまでもノックしないからどうしたのかと思って」
ビルはセシールが金プレートを見ていた事に気づき、自分も店の外に出てセシールと並んでプレートを眺め、くすくすと笑い始めた。
「どうしたんですか」
「いや、この前マシュー伯父さんが王都に来た時の事を思い出したんだよ」
「あ、王太女殿下の結婚式の時ですね」
「そう。あの時、伯父さんは初めてこのプレートを見たんだけど、オイオイ泣いて喜んでくれたんだ。泣いた事を冷やかしたら仕返しされたけど、あんなに喜んでくれて嬉しかったな」
「マシューさん、本当に優しい人ですもんね。目に浮かびます」セシールも微笑み、領都でケーキを食べに行ったときのマシューを思い出した。
店の中に入ると、セシールが「マシューさんのお店も同じように、素敵なジュエリーが沢山並んでいました。私に王都の流行を聞きたいとおっしゃって、たくさん見せてくださったんですよ」と懐かしんだ。
ふと、ビルがセシールの胸元にあるブローチに目を止めた。
「あれ、それは伯父さんの作品じゃない?」楕円形の金の台に良質なオパールがはめ込まれたそれは、見覚えのある伯父の彫金でぐるりを囲まれていた。
セシールは「分かりますか」と驚いてブローチに手を当てた。
「そうなんです。アルカン村で親切にしてくれた人が買ってくれて、餞別にとくださったんです。高価な物なので最初は遠慮したんですが、私の為に選んだっておっしゃってくれたので、頂いて大切にしています」
(オパールって確か幸運と希望って意味だよな。伯父さんが選んでやったのかもしれないけど、あげた人はセシールを大事に思ってたんだろうな)
そんな事を考えていると、また窓の外に影が見えてノックの音がした。
ビルが急いでドアまで行って「もう閉店です」と合言葉の様にいつもの声かけをすると、「私です」とエドワードの声がした。
それを聞いてドアを開くと、エドワードがアイリーンをエスコートして先に通し、自分も素早く続いて入った。姿は見えないが、今頃この店は何重にも配置された護衛に囲まれている事だろう。
店に入ってきたアイリーンは帽子とカツラを取り、エドワードにそれを預けると、一度手でさっと髪を直した。そしてビルに「こんばんは」と笑いかけてから視線を巡らせ、店の隅に立っているセシールを見つけた。
セシールはアイリーンを見つめたまま硬直していたが、ハッとして貴族の礼を取った。
「セシール。元気そうで良かった。来てくれてありがとう」アイリーンは一直線にセシールへ歩み寄って、そのまま抱きしめて言った。
「あの時、何も聞かずにあなたを辞めさせてしまってごめんなさい」
セシールがそれを聞いてたまらなくなり、思わず顔を上げ「殿下は何も間違った事なんてされていません。解雇されて当然の事を私はしました」と言うと「それでも、私はあれは後悔してたの」とアイリーンは優しくセシールを見つめた。
「でもこうして会えたから、お互いにこの話は終わりにして、これからの話をしましょう」
ビルの店の茶葉と茶器でセシールがお茶を淹れ皆に供し、自分もビルの隣の一人掛けの椅子に座ると、アイリーンがカップを手に取ってお茶を一口飲んだ。
「あら」
ドキドキしながらその様子を見つめていたセシールが慌てて「お口に合いませんでしたか」と尋ねると、「いいえ。その反対よ」とアイリーンは言って「セシール、ずいぶんお茶を淹れるのが上手になったと思ったの。あの頃も頑張って練習していたけど、練習を続けていたのね」と嬉しそうに褒めてくれた。
(ああ。殿下は何も変わらない。いつでも努力した事には気づいて、口に出して褒めてくださった)セシールは泣きそうになったがこらえ、笑顔を浮かべ「ありがとうございます」とアイリーンに答えた。
そこで今まで黙っていたエドワードが「セシール嬢」と声をかけた。
「手紙にも書きましたが、平民になってからの話を聞いても良いですか」
セシールはエドワードにはやはり少し怯えていたが、以前より柔らかくなった視線に落ち着いて「はい。なんなりとお聞きください」と答える事が出来た。
「私は村に行く前に使用人から色々学んでいたのと、村に行ってからも周りの方達が親切に教えて下さったので生きていけましたが、突然平民になった貴族が普通の人と同じに生きるのは難しいと思います。家があっても料理、掃除、洗濯も出来なければ生活出来ないですし、仕事も普通は身体を使う仕事なので体力がなくて出来ません。それに、知っていて当然の常識も無いんです」セシールは当時の自分を思い出して苦笑した。
「常識ですか」
「はい。私は、お金の使い方も価値もよく知りませんでした。だから普通平民は金貨は使わなくて、持っているだけで目をつけられる事も分からなかったです。あと、お風呂に入らないことも知らなかったので、身体を拭く事も教えてもらいました」
「そうなのね。セシールの周りにいた人達が親切な人で良かった」アイリーンは答えながら、やはり問題を起こした貴族を平民に落として終わりにするやり方は、ただ責任逃れにしかならないと考えていた。平民達に面倒を任せて放逐して知らん顔ではなく、罪にもよるが、貴族のまま家で矯正するか、平民にしたなら自分の邸で雇うなりしてちゃんと暮らせる事を確認してから放逐すべきだと思っていた。
「何か、危険な目には合いませんでしたか」
「最後は別ですが…村で暮らしている時は、特に無かったです。村長さんが乗合馬車は心配だと言ってくれて、領都に行く時は毎月家の馬車に同乗させてくれました。村の帳簿を役場に届ける人がいたので、その人に街を歩くのも付き添って貰って。ビルさんの伯父さん、マシューさんにも、領都でずいぶん助けてもらいました」
「ビルの伯父さん、優しかった?」
「はい。甘い物が好きだとおっしゃって、よくケーキをご馳走になりました」
(あれ、伯父さんって甘い物なんて好きだったかな)ビルは不思議に思ったが、マシューがセシールの為にそう言ったのだと察し、黙って聞き流した。
それよりもセシールのオパールが気になっていたビルは「そのブローチはその人がくれたの?」突然尋ねた。
「えっ」セシールが何故⁈という顔で聞き返すと「いや、それ伯父さんの店で買ってくれた人がいるって、さっき言ってたから。すごく君の幸せを願っている人なんだなって思ってさ。…あ、ごめん。俺、よく無神経って伯父さんに怒られてた」我に返ってビルは謝ったが、アイリーンはブローチに目を留めて目を輝かせた。
「そのブローチ、伯父さんの作品だったのね。すごく素敵な彫金だわ。セシールによく似合ってる。伯父さんは領都でお店をやってるって事は、ビルの言うようにその帳簿を届ける役の人がくれたんでしょう?」
「はい。村長さんの所で書類仕事を受け持っている、ジョージさんという人です」セシールが大事そうにブローチに触れるのを、アイリーンは興味深そうな目で見つめていた。
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