4 王太女殿下の願い事
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「本当に良かったわね」アイリーンはビルとクロス伯爵から来た手紙を読んで、傍らに控えるエドワードに話しかけた。
盛大な結婚式と、その後に続く夢のように幸せな休暇が終わり、復帰後に待っていた山積みの仕事を何とかこなして、やっと一息つけると思った頃。
ビルからはセシールが王都にいる事が判明し、クロス伯爵と会う手はずが整ったという報告が、マーク・クロス伯爵からは、セシールに会ってクロス伯爵家としてどうするか決定した内容が、それぞれアイリーンの元に送られて来た。
セシールが王都にいるのを見つけたのが、パレードを見に来たビルの伯父さんのお手柄だった事も、セシールの娘をクロス伯爵が正式に養女にして伯爵家を継がせる事も、その上伯爵が、アイリーンが学生時代親しくしていたバーリ男爵令嬢シンシアと結婚する事も、全てアイリーンを喜ばせた。
「それにしてもシンシアがマーク・クロスと想い合っていたなんて、全く気付かなかったわ。
私はシンシアと生徒会でかなり長く過ごしたつもりでいたけど、そういう話をした事は無かったから。クロス伯爵は卒業したら領地に行ってしまって、シンシアはすぐにあの男と結婚したから、想像も出来なかった。…エドは、何か知っていたって事はないわよね?」
黙って聞いているエドワードの反応に不安になったアイリーンが尋ねると、エドワードは仕方なく「俺を含めて、周りにいた者は皆気づいていたね」と明かした。
「え⁈」
どうやって皆気づくの…とボヤくアイリーンを横目に、エドワードはセシールの無事を知って心底ホッとしていた。
あの悲劇の起こった時、エドワード自身も自分の考えの甘さと不手際を呪った。
凶行の日に憲兵が非番という不運があったとはいえ、もう少しでキリアンの金が尽きるのは分かっていたのだから、監視の目を増やしても良かったのだと後悔した。
王都にいる時のキリアンは典型的な貴族の令息で、まさかあそこまでの凶行を働ける人間だとは誰にも予想出来なかったのだが、悲劇の後でいくらそう考えても言い訳でしかなく、『俺が見誤った』と、自分に自信を持っていたエドワードは、衝撃を受けたのを思い出す。
当時アイリーンも、事件の起こった少し後にビル経由で村長からの手紙を読み、アルカン村の悲劇の詳細を知った。彼女はしばらく考え込んだのち、手紙の中の犠牲者の名前を指でたどり『ねえ、エドワード。先を見通す力を神様は授けてくださらなかったのだから、私たちはより一層注意深く、想像力を持って物事に当たらなければいけないわね』とつぶやいた。
これ以後アイリーンは、『平民の世界に貴族を追放し、それで罰を与えたとする手法』に疑念を持ち、王家に上げられるそうした申請を、より注意深く精査するようになった。
王制という身分社会の中で、その立場と罪に応じて人をどう裁くか。
罪と罰の世界を、アイリーンがより深く模索するきっかけとなる事件だった。
それから貴族に適用される法と、平民に適用される法、お互いの領域にかかる法の整備を進めていくことになったのだが、アイリーンとエドワードが結婚した直後のこの時点では、まだ始まったばかりの段階だった。
その為だろうか。ひとしきり報告に喜びを表した後で、アイリーンはセシールに会いたいと言い出した。
エドワードは、実際に貴族から平民になるという体験をした人の話を聞きたいのだろうと理解したが、王配として王太女を軽々に平民女性、しかも過去にアイリーンを裏切った人間に会わせる訳にもいかず、薄々無理と分かりながらも苦言を呈した。
「君が自ら行く必要はないと思うよ。何があったかはこれまでの報告書で分かっているし、彼女は今は平民として立派にやってるんだ。クロス伯爵家も子どもの出自は明かさないと言っているから、君が特別気にかけるのはむしろ良くないんじゃないか」
そう言うと、アイリーンは「私は報告書では分からない話を聞きたいと思ってるの。もちろんあの事件について今さら聞いて、セシールを苦しめようとは思ってない。
でもセシールは貴族から平民になったからこそ、初めて知ったルールや、為政者がこうしてくれたら良いのにと思う出来事もあったんじゃないかしら。
今現に進めている法整備にも、その気づきは何か役に立つかもしれないし、平民が当然の事と思って諦めている理不尽を知れるチャンスだわ。…だけど、エドワードは来ないで良いわ」
「なぜ」傷ついたエドワードは、何となく理由は分かったがあえて尋ねた。
自分の呼び方が、エドからエドワードに変わっている事にも地味にショックを受けていた。
「だってあなたはセシールの事を嫌っていたし、あなたがいると、セシールが思っている事や言いたい事を気兼ね無く話せないかもしれないでしょう」
「王太女である君も、彼女を委縮させないかな」エドワードは、少々嫌味っぽくなっていると自覚したが、思っている事を口にした。
すると、アイリーンは少し考えて「確かに私の存在も、彼女を委縮させてしまうかもしれないわね。でもセシールがずっと私を好きでいてくれた事を、伯爵からもビルからも聞いてるわ。そして、私はキリアンが彼女にした事に、少なからず責任を感じてきた。だから直接会って元気な顔を見て、もし少しでも彼女の助けになる事が出来ればとも思うの。
セシールが私に会いたくないなら諦めるし、辛そうだったらすぐ立ち去るわ」と答えた。
エドワードはため息をつき、降伏した。
「分かった。でも、俺もその席には同席させて欲しい。君を一人で市井に行かせたくないし、俺もセシール嬢には責任を感じているから。力になりたいと思っているのは、君だけではないよ」
アイリーンはそんなエドワードを見て微笑んだ。
「そうね。あなたもあの時はとても落ち込んでいたものね。…確かにセシールが話す内容によっては、あなたも一緒に聞く方が良い事もあるでしょう。じゃあ来ても良いけれど、怖い顔をしてセシールが委縮しないようにしてね、エド」
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