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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第三章

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3 クロス伯爵家の決断

見つけてくださってありがとうございます。

二人がひとしきり泣いて落ち着き、ソファで向かい合ったところで侍従はお茶を淹れ、セシールの好きだった菓子と一緒に二人の前に置き、また壁際に控えた。


セシールは自分の好物を覚えていてくれた事に気づき、侍従に小さく頭を下げた。

そして遂に兄に、一番気になっていた事を尋ねた。

「リリーは元気にしていますか。まだ身体は弱いのでしょうか」

「そうだね。リリーは赤ん坊の頃からそうだったが、今も気管支が弱くて喘息と診断されてる。でも発作は徐々に少なくなってきているし、症状が出ていない時は元気に過ごせているよ。最近はマナーや音楽の勉強も始めたんだ。家庭教師からも褒められて、とても優秀な良い子だ」

「そうなんですね」セシールの顔が明るくなった。

「お前があの子をここに残しておいたのは、正しかったのだと思って良いよ、セシール。今はそうでもないが、以前は本当に頻繁に医者に診せていたから。その頃にお前があの子を引き取っていたら、こうして元気に過ごせていなかったかもしれない」マークは優しい目で言ってくれた。


「お兄様。そう言っていただけて、ありがとうございます。あの子が元気でいるなら、そうして良かったと思えます。…リリーは、親の事は何か分かっていますか」セシールは恐る恐る尋ねた。

「お前の事は邸に絵姿があるから、何となく知っているようだが、はっきりと父母について聞いてきた事は無いね。まだ他の子どもと交流もないから、他の家と比べて不思議に思う事も無いんだろう。…セシール、お前はどうしたい?リリーの誕生日に、毎年刺繍したハンカチを贈ってくれているのはお前だろう?」

マークは、毎年リリーの誕生日の頃に届く差出人の無い百合の花が刺繍されたハンカチは、セシールからだと分かっていた。一歳の誕生日にセシールがリリーに贈った物と同じ意匠で、名前の刺繍の仕方も同じだったからすぐに分かった。


「はい。近くに行けなくても、せめて誕生日には何か贈りたかったので…」

「もしお前さえ良ければ、またこの家で一緒に住まないか。

もう社交界でも昔の事を話す者はいないし、リリーの成長が近くで見られるじゃないか」マークが提案すると、セシールは首を振った。

「お兄様。そう言っていただけて、本当にありがたいです。私もそうできれば、どんなに幸せかと思います。…けれどあの事件の後、私はあの男の欠片一つでも、リリーの人生から取り除きたいと思いました。あの人が父親だと知らないまま生きて欲しいというのが、私の一番の願いです」

「それは…。しかし、お前はそうしたらリリーと本当に離れて生きていくのか」

セシールはうなずいた。

「はい。あの時私がリリーを身ごもっていた事は公にはされず、ほとんどの人は知りません。皆が知っているのは、愚かな女が下劣な男と結婚して平民になり、挙句の果てに行方をくらませた、それだけです。だから、そのまま忘れてくれれば一番良いんです。

けれど、クロス伯爵家で幼子といるのはあのセシールじゃないかと気づかれたら、必ず面白おかしく全てを暴こうとする者が現れます。貴族社会はそういうものだって、流石に私にも分かります」


マークは、セシールの言う事がよく分かった。貴族社会は噂が大好きで、特に人が苦しむような醜聞には皆食いつく。せめてキリアンがあそこまでの事を起こさなければと思うが、起きてしまった事は変えられない。あの男がリリーの父親だと知られたら、リリーの未来が閉ざされるのは間違いない。

「分かった。お前の言う事はもっともだ。これが少しでも漏れればすぐに広まって、リリーが成長すればきっとどこかで知ってしまうだろう。…実を言えばね。今は別な噂があって、リリーがお前の娘とは思われていないんだよ」

「別な噂ですか?」

「ああ。私たちは、皆同じ色だろう? その上、私はリリーが可愛くて仕方ない。だから、リリーは私がどこかの愛する女に産ませた娘で、女はいなくなったが、子どもだけ手元で育てていると思われてるんだ」笑って話す兄に、セシールは責任を感じ慌てた。

「お兄様。お兄様が未婚でいらっしゃるのは、もしかしたらそのせいなのですか」


「いや、それは違うよ。セシール」マークは否定して「お前の考えを確かめられたから、私の提案を聞いてくれるかい」と尋ねた。

「提案ですか」

「そう。私は学院時代から、お互いに好き合っていた令嬢がいたんだよ」

セシールが驚くと、マークは寂しそうに笑って「でも、その令嬢の家はあまり裕福ではなかったし、爵位も男爵と低いから、両親からは全く認められなかった」

「そうでしょうね…」セシールも全く愛される事がなかった、今はどうしているかも知らない二人の事を思い出した。


「説得出来ないでいる内に、令嬢は縁談を決められて結婚してしまったんだ。私はと言えば、その後領地に引きこもって、呼び戻された途端に爵位継承だったから、何となく誰とも縁を結ばずにここまで来た。王都では慣れない事ばかりで大変だったし、リリーがとても可愛かったから、それで良かったんだ」

セシールは自分は兄にどんなに迷惑をかけた事だろうと思い、そして自分もハンナもいなくなった後、兄が一人で心からリリーを愛してくれていた事を、ただ感謝することしか出来なかった。


「そうしたら最近、彼女が子が出来ないという理由で、婚家から離縁されて男爵家に帰ってきたと聞いたんだ。相手の男は自分の愛人に産ませた子と愛人をもう家に入れて、この通り自分には問題が無く、彼女が原因で子どもが出来なかったのだと吹聴している。

子が産めないと知れ渡った彼女が親に修道院へ送られると聞いて、私は結婚を申し込もうと思っている」

「でも、そうしたら、お兄様にも子が生まれなくなってしまいます。お兄様はよろしいんですか」

マークは笑った。

「私にとって大切なのは、愛している彼女と一緒に生きる事なんだ。両親を見て結婚もしたくないと思っていたくらいだから、子どもが出来ないなら、遠縁から養子を取れば良いだけだ。

だけど私にはありがたい事に、リリーがいる。お前がリリーを手放すと決めたなら、私はリリーを正式に養女にして、将来は伯爵家を継がせたいと思っているんだよ。

セシール。リリーの母になってもらう彼女には、きちんと事情を話す事を許して欲しい。彼女は決して真実をリリーに話したり、周りに言う様な人間ではない事は信じて欲しいんだ」

マークの真剣なまなざしに兄が本気なのだと知って、セシールはうなずいた。


「分かりました。お兄様が決してリリーを不幸にはしないと信じます。

ただ一つだけお願いがあります。もしこの先リリーの事で、少しでも私が助けられる事があれば、どんなことでもするので連絡してくださいますか。

母とは名乗れませんが、ハンナが私にしてくれたように支えたいと思います」

「分かった。約束する。お前にも出来たらリリーの叔母として、何らかの形で関わって欲しいとも思っている。いつか、彼女にも会ってもらいたい。

…おや、お昼寝から起きたらしいぞ」


「え」廊下から賑やかな声がしてセシールがドアの方を見ると、小さなノックの音と同時にドアが開けられた。

「ごきげんよう!」元気な声と共に部屋になだれ込んできた子どもは、まっすぐマークのところへ走って膝に抱き着いた。そのまま膝の上によじ登り、マークの顔を見て満面の笑みを浮かべる。


「リリー、起きたのかい。ノックをして偉いけど、お返事を待たなきゃいけないよ」優しく話しかけるマークに「うん!気を付ける」元気に返事をしてからセシールを見て、不思議そうに言った。

「どうして泣いてるの。おじさまにいじめられた?」

「違うのよ。これは目にゴミが入ったの。初めまして、リリー」

リリーはマークにも、自分にもそっくりだった。本当に、マークの実子と言われても不思議はない程に似ていた。そしてずっと離れていた自分よりも、二人の間に確かな絆がある事をはっきりと感じ、猛烈な寂しさと共に安堵した。


「おじさま。この方は、おじさまのお部屋にある絵の人にそっくりね」不思議そうに言うリリーに、マークが「あの絵の人で、私の妹、お前の叔母様だよ」と答えた。

「ほんと⁈」と驚く姿に愛しさが溢れ、セシールは一度だけとリリーに手を伸ばした。

「リリー、おばさまにぎゅっとさせてもらえるかしら」

リリーはマークの方を見て、うなずくのを確認すると膝から下りてセシールの前へ立った。


セシールはその若葉色の瞳に映る自分を見ながら、柔らかい茶色の髪を撫ぜ、柔らかい体を抱き寄せた。まだミルクの様な香りもする子どもを優しく、けれどしっかりと抱きしめた時、どこかに置いていた自分の心が帰ってきたような気がした。


読んでいただき、ありがとうございます。


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