2 兄妹の再会
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灯亭の日替わりは、ボリュームたっぷりの旨味溢れるポークチョップで、付け合わせの揚げ芋もカリカリとしてエールも進んだ。
二人とも空腹も手伝って一気に平らげたところで、キャスリンが料理をしているモニカにこっそり話しかけた。セシールは離れたテーブルで接客をしている。
「ねえ、モニカさん。今日セシールのお兄さんって人がうちの店に来たの。セシールを探してて会いたいって言ってた。その事で、お店が終わってからセシールと話したいんだけど、良いかしら」
モニカはちらっと顔を上げてキャスリンを見たが、すぐ下を向いて肉をジュージュー焼きながら「構わないが、店仕舞いしてから二人で夕食なんだ。あの子を空腹でいさせる訳にいかないから、食事が済んでからだよ」と答えた。
「もちろんそれで良いわ。そうそう、紹介するわね。この人、王太女殿下の宝飾職人のビルよ」
それを聞いたモニカは、肉を手際よく皿に盛り付けながら目を輝かせた。
「へえ、そりゃすごい。セシールは王太女殿下が大好きなんだよ。殿下の話でも聞かせてやっておくれ」
ビルは(確か、あの子は殿下の侍女だったんだよな。それで元婚約者の浮気相手だった…。でも、殿下もあの子を気にかけてたし、不思議な関係だな)と思いながら「分かりました」と返事をして、もう一杯エールを飲み干した。
「それじゃあ私は帰るけど、セシールを泣かせたら承知しないよ」
灯亭の営業が終わりモニカとセシールが夕飯を食べ、ビルとキャスリンも手伝って片づけが終わったところで、モニカは二人(主にビル)にそう声をかけ、自宅へ帰った。
セシールは二人が自分に話があるとだけ聞かされていたが、ビルがマシューの甥という事から過去に関わる事と察して、客が帰って店仕舞いしてからは笑顔を仕舞って口数少なく、黙々と手を動かしていた。
セシールがお茶を淹れて三人でテーブルに着くと、キャスリンが伯爵に頼まれた事を話した。
聞き終わったセシールが「キャスリンさん、お兄様が迷惑をかけてすみません。私の為にわざわざ聞きに来て下さって、ありがとうございます」と頭を下げた。
「それだけの為に来た訳じゃないわよ。ここの夕飯が食べたかったし、この人のおごりだから。むしろ得しちゃった」キャスリンが笑うと、つられて少し笑ったセシールは、ビルを見て「マシューさんはお元気ですか」と懐かしそうに尋ねた。
「伯父さんは元気だよ。実は、君を王都で見つけたのは伯父さんなんだ」
セシールは目を見張り「マシューさん、王都にいらしてたんですか」と声を弾ませた。
「うん。俺の作った王太女殿下のジュエリーを見る為に、結婚式の前日から王都に来てたんだよ」
「殿下のジュエリーをですか⁈ じゃあ、あのティアラもビルさんが?」
「そう。今、王太女殿下御用達を頂戴してるんだ」
途端に尊敬の目を向けられたビルは、照れながらも誇らしげに答えた。
「セシールは知らない? 私の店からそう遠くないところに、『王太女殿下御用達』って金のプレートが掲げられてる宝飾店があるでしょ」キャスリンが尋ねると
「私はほとんど出歩きませんし、宝飾店は縁が無いので気づきませんでした。…パレードで拝見しましたが、殿下がお幸せそうで良かったです」セシールは遠くを見て憧れる様につぶやいた。
「王太女殿下は君の事をずっと気にかけてるよ」突然ビルがセシールに告げた。
キャスリンを前にして詳しい話は出来ないが、セシールも殿下を慕っているのなら、これだけは教えておこうと思った。
「だから君も、自分をもっと大事にして良いと思う」
口にしてから、実際には彼女の事を何も知らないのに出過ぎたと思ったが、ビルの目にはセシールが本体の無い影のように生きているように見えて、思わず声に出していた。
「それじゃ、あれはやっぱり殿下だったんですか?」
出過ぎた言葉を謝りかけたビルに、真剣な様子でセシールが尋ねた。
「あれって?」
「ジャックさんに、私の事をアルカン村で気にかけてくれるよう頼んでくれた人です。ビルさんを通して、マシューさんから話が来たって聞きました」
「あ」そういえば、と思い出したビルの様子を見て悟ったセシールは
「私、まさかと思っていました。あんな事をした私を思いやってくださるなんて、ある訳ないって。でも、他にそんな良い人は王都で思いつかなかったから、もしかしたらって」
話しながら泣き出したセシールを、キャスリンが背中をさすって慰めながら
「何だか分からないけど、ビルはセシールを泣かせたわね。モニカさんに知られたらどやされる事決定よ」と言い渡した。
しばらくして落ち着いたセシールに、キャスリンが改めて尋ねた。
「それで、クロス伯爵には何て返事すれば良いかしら」
「私も会いたいですと伝えてください。灯亭の定休日になりますが、言われた場所に会いに行きますと伝えてください」赤い目をして鼻をすすりながら、セシールは答えた。
ビルはクロス伯爵へ、あの後キャスリンと自分でセシールの働く『灯亭』へ行った事、セシールと話せて伯爵と会う事を了承してくれたと、手紙を書いた。
セシールが会う日にちは定休日の月曜ならいつでも良い、場所は指定して欲しいと言っていたと伝えたところ、伯爵からすぐに返事が来た。
そこには次の月曜日の午後、伯爵邸でとあったので、ビルはその晩灯亭へ行きセシールに伝えた。
セシールは緊張気味に「分かりました」と答え、その様子を見ていたモニカは、ビルをジロリとにらんだ。
「俺はただの伝言役だよ。何も悪い事はしてない」
ビルが憤然とすると、偶然店に来ていたキャスリンから「あら。この前セシールが泣いたのはあなたのせいでしょ」とからかわれ閉口したが、それを聞いて笑ったセシールがこの前よりも明るい気がして(まあ良いか)と思えた。
指定された日、セシールは歩いて懐かしい伯爵邸の前に立った。
門番は知らない顔だったが、すぐに門番小屋から見知った侍従が出て来てセシールを迎え入れ、邸内まで連れて行ってくれた。
その侍従はセシールがアルカン村に行くとき一緒に来てくれた侍従で、本当は迎えに行ったのも彼だったが、意識の無かったセシールは知らないままだった。
「あの。以前、村まで一緒に来て下さいましたよね」セシールが尋ねると、彼は柔らかく微笑んで「さようでございます。お嬢様。お元気そうで安心いたしました」と答えた。
「私はもうお嬢様ではないですが…あの時はありがとうございました」
セシールが言うのに彼は「私どもにはいつまでもお嬢様ですよ」と答えた。
懐かしい邸内に入り応接室に通され少しして、ノックの音がした。
立ち上がり返事をするとドアが開いて、村へ旅立って以来会っていなかった兄が入って来た。
茶色の髪と緑の瞳、同じ色を持つ兄妹は向かい合い、しばし言葉を失って立っていた。
「お兄様。長い間、連絡もしないで申し訳ありませんでした。」最初に言葉を発したのはセシールだった。
「私のせいで伯爵家にご迷惑を沢山おかけして、ハンナが私をかばって亡くなった事も、申し訳ありません。そして、リリーを育ててくださった事は、感謝してもしきれません。ありがとうございます」
彼女は深々と頭を垂れ、そのままの姿勢で動かなかった。
伯爵は五年振りの妹にしばし硬直していたが、我に返り、弾かれたようにセシールに駆け寄って抱きしめた。
「謝らないでいいんだ。辛かったな、セシール。お前が生きていてくれて、私は嬉しい」
兄の腕に包まれても、なお頭を下げ続けるセシールに伯爵は
「セシール。顔を見せてくれ。こんなに髪も短くなって。私はお前の幼い頃しか一緒にいなかった悪い兄だが、その頃のお前を思い出すよ」と優しく声をかけ続けた。
やっと顔を上げたセシールが涙をこぼしながら「お兄様」と言うと、伯爵もまた涙をこぼし「本当に会えて良かった」と何度も繰り返した。
壁に控えていた侍従は、この光景に同じように涙をため(ああ、ハンナさんは今神の国でこの二人を見ているのかな)と思った。
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