1 動き出す時間
見つけてくださってありがとうございます。
「手紙をありがとう。妹が王都にいるとは思わなかった」
マーク・クロス伯爵がビルの宝飾店を訪れたのは、セシールを見かけた数日後だった。
手紙を出してすぐ伯爵自ら話を聞きたいと返信があり、日にちを調整して今日閉店後に店で会う事となった。現れた伯爵は伯父さんと見かけた女性にそっくりで、まさしく二人は兄妹だと思いながら、ビルは伯爵を応接室へ通した。
「それでは、セシールに間違いないな」伯爵はホッとしたようにため息をついた。
「はい。伯父も最初は妹さんの印象が違っていて、すぐには分かりませんでしたが、思い出したら間違いないと言っていました。それに、その女性はクロス伯爵にそっくりでした」
「そうか…妹が、どこに住んでいるかは分かるかい」
「私たちは、妹さんが洋品店から出てくるのを見ただけなんです。どこに行ったかまでは確認していません。ただ、洋品店から包みを持って出て来たので、その店で聞けば何か分かると思います。あそこは貴族か、かなり富裕な平民相手の店ですから、売買一つでも記録に残しているはすです」
「悪いが、その店まで案内してもらえるかな」
「構いませんがもう閉店している時間なので、誰もいなくて話は聞けないと思いますよ。それでも行くだけ行ってみますか」
「ああ。お願いする」
二人は連れ立って店を出て、ビルの店から二区画程離れたキャスリンの洋品店へ辿り着いた。店はもう明かりが消えて暗くなっていたが、ドアの所に人影が見えたので近づいてみると、その人影は店を閉めた後残って急ぎの注文を仕上げ、ちょうど帰ろうとしていたキャスリンだった。
「あの」ビルが声をかけると、彼女は「あら」と声を上げ「あなた、王太女殿下の宝飾職人でしょう」と笑顔を見せた。
「どうしたの。ここのドレスに合う宝飾品でも考え付いて、ここへ来たの?」
そこで初めて、ビルと一緒に貴族らしい男性がいるのに気づいた彼女は、慌てて「失礼しました。何かご用命でしょうか」とかしこまった。
クロス伯爵が前に出て「いや。実は人を探していて」と答えた時、街灯の明かりで彼の顔がよく見えた。「セシール」キャスリンは思わず、余りにも似ている彼女の名前を言ってしまい、この貴族らしい男の『探し人』が誰なのか瞬時に分かった。同時にセシールのマナーが何故あんなにちゃんとしているのかも理解した。
「セシールを知ってるんだね。彼女を探しているんだ。居場所を知っているなら教えて欲しい」伯爵が逸る気持ちを抑えられないように尋ねると、キャスリンは疑う様に「居場所を知って、セシールの意に沿わない事にはなりませんか」と聞き返した。
横で聞いていたビルは(この人も貴族相手の商売をしてるのに大丈夫か)とヒヤヒヤしたが、
それを聞いた伯爵は落ち着きを取り戻し「妹の事を気にかけてくれてありがとう」とキャスリンに微笑んだ。
「妹…ですか。セシールから家族の話は聞いた事もないですし、彼女は行き倒れ同然で王都にたどり着いたと聞いています。お顔を見たらお兄様という事は信じますが、居場所を教えても良いか、セシールに聞いてみてもよろしいですか。…私が教えなくても調べられると思いますけど、私は彼女の許可が無ければ言えません」
「分かった。妹に聞いてみて欲しい。教えて良いと言ってくれたら、ビルに伝えてくれ。私に直接手紙を書いてくれても良い。私はマーク・クロス伯爵だ」
「分かりました。出来るだけ早く聞いて、お返事します」
伯爵がどこかで待機していた護衛達と一緒に去ると、自分も帰ろうとしていたビルの腕を、キャスリンがガシっと捕まえて目を怒らせた。
「ちょっと!伯爵をいきなり連れてくるとか、どう言うつもりよ。セシールのお兄さんが伯爵なんて思わないから、私、あんなに強気で言っちゃったじゃない。あんたと二人だけで来たから、せいぜい男爵だと思ってたわ!」まくし立てるキャスリンに、ビルはたじたじとなって「すまん」と謝った。
「はあ。いいわ。じゃあ行くわよ」キャスリンはため息をつくと、ビルの腕をつかんだまま歩き出した。
「行くってどこへだよ」
「セシールの働いている店よ。灯亭って食堂なの。夕飯はあんたのおごりね」
ビルはため息をついて彼女に従った。
「いらっしゃいませ!」灯亭のドアを開けるとセシールが明るい笑顔で二人を迎えた。
「こんばんはセシール。モニカさんもこんばんは」先に入ったキャスリンが声をかければ、セシールも「今日はお仕事遅かったんですね。 お疲れ様でした」とキャスリンを労った。
しかし後ろに続いたビルを見た瞬間「…マシューさん?」と固まってしまった。
(そういえば俺と伯父さんも似てたな)と思ったビルは「いや。俺はマシューの甥のビル。この近くで宝飾店をやってる」と自己紹介した。
そこで素早くキャスリンが二人の間に割って入り「セシール。私たちすごくお腹が空いてるのよ。とりあえず今日の日替わりを二つと、エールをお願い」と注文し、カウンターに腰かけた。
しばらく呆けたようにビルの顔を見ていたセシールも気を取り直し「はい。モニカさん、日替わり二つお願いします!」と元気よく注文を通し、二人の為のエールを注ぎに行った。しかし後ろから見えた彼女の横顔は、強張っていた。
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