24 王都への出発と新たな出会い
見つけてくださってありがとうございます。
アルカン村から乗合馬車で、まず領都まで向かう。
今まではジョージと二人の馬車で眠っていられたが、乗合馬車で見知らぬ人間の中では眠る事は許されない。セシールは気を張って、マギーに教わった馬車酔いを防ぐ秘訣である『お尻の下に出来るだけ厚い服を敷いて、ぼんやり馬車の行く方向を見る』をひたすら実践した。
これでかなり酔いは防げたが、馴染みのある領都からまた次の馬車に乗り継ぐのも緊張したし、到着した見知らぬ村で宿を取る頃には既にへとへとだった。
だが、最初に領都に行った時にジョージに言われた『いかにも慣れていない様子』は隠さなければと、さりげなく王都まで行くと話していた乗客の後をつけて、その人を真似て自分も物慣れた風に宿を取った。何とかうまくやれたと思ったセシールは、少しだけ安心して眠る事が出来た。
また次の日も同じように二台の馬車を乗り継ぎ、宿屋に一泊し、遂に最終日一回目の乗車まで無事に終える事が出来た。
あと一回馬車に乗り継げば王都に着くと、ホッとしながら次の乗車場へ向かって歩いていた時だった。セシールは、後ろからきた男に突然突き飛ばされた。
男はセシールが転んだ拍子に放り出したカバンをさっと拾い、素早くどこかへ走り去った。カバンの中には全財産が入っていて、セシールは「泥棒!」と叫びながら必死に男の後を追った。
周りの者は気の毒そうには見てくるが、誰も助けてはくれない。
セシールはあっという間に男の姿を見失ってしまい、途方にくれて立ちすくんだ。
さっき買ったパンのお釣りの銅貨がポケットに少しだけ入っていたが、次の馬車に乗るにはとても足りない。カバンの中には金の他に、ハンナの形見のペンダントとリリーの誕生日の絵姿も入っていた。
あたりを見回すと、道に立ってこちらを見ている憲兵を見つけた。
さっき自分が叫んでも何もしてくれなかった憲兵だったが、藁をもつかむ気持ちで
「今、男に突き飛ばされてカバンを盗まれたんです。王都まで行かなければいけないんですが、馬車のお金もカバンに入っていて…。あの引ったくりを捕まえて、カバンを取り戻してもらえませんか」と訴えた。
しかし憲兵は、セシールを見て馬鹿にしたように答えた。
「ここら辺は治安が良くないからなあ。お嬢さんみたいにぼんやりしてたら、これ位当たり前だよ。むしろ命があっただけマシだと思って諦めるんだな」
セシールは怒りが湧いたが、それを押し殺し「それじゃあ、ここから王都まで歩くと、どの位かかりますか」と尋ねた。
「そうだな。一日半といったところか。…だけどあんた、歩ける気でいるのかい。女一人でフラフラ歩いてたら、王都に着くまでの間に今度こそ命を取られるかもしれんぞ」
いつの間にか横でやり取りを聞いていた男も、下卑た笑いを浮かべて「お嬢さん、歩くなんて馬鹿な事はやめておきな。それより俺に一晩付き合わないか。宿代と、馬車代くらいの金なら出してやるぞ」と言い出した。
憲兵も「そりゃあ良い話じゃないか。命に比べれば、一晩位安いもんだ」と同調し、恐ろしくなったセシールはその場を逃げ出した。
角を曲がりあの二人が見えなくなってから、他の憲兵に頼んでみようか考えていると、一人の女が近づいてセシールに話しかけた。
「あんた、この町の憲兵に何か期待したって無駄だよ。あんたには気の毒だが、あいつらは皆グルなんだよ。下手したら無理やりどこかに連れて行かれるから、もう近寄らない方がいい」
「グルって。あの引ったくりもですか」
「そう。ここは王都までの最後の乗り継ぎ場所だろ。みんな大体ここで気が抜けるからね。その中でも慣れて無さそうな旅人を、引ったくりが狙う。憲兵はあいつらから賄賂を貰ってるから、捕まえない。一文無しになった旅人があんたみたいな若い女なら、さっきみたいに男が馬車代を出すと言って安く買う。この町はずっとその調子なんだよ」
「ひどい…。私のカバンの中に、大事な物も入っているんです。それだけでも返ってくる当てはないでしょうか」
「それが少しでも金目の物なら戻ってこないね。盗品と知ってても、それを専門に買い取る店もここにはあるんだ。もう盗られたものは諦めて、早くここから離れる方が良いよ」
それだけ言って、女は離れて行った。
こうしてわざわざ教えてくれただけでも、きっと親切な人なんだろう。セシールは女の後ろ姿に「ありがとうございます」とつぶやいた。
セシールのポケットには、ジョージに貰ったブローチが実はまだ残っていた。
これを売れば乗合馬車の代金が払えると思ったが、セシールはどうしてもそれを手放す事が出来なかった。ハンナの形見もリリーの絵姿も失くした今、彼女にとってそれは最後の希望と幸運のお守りだった。
『王都まで歩こう』決心したセシールは、馬車の通る街道を歩き出した。
途中残った銅貨でパンを買って食べ、村の家で水を飲ませて貰い、夜になった。
『今度こそ命を取られるぞ』あの憲兵の言っていた言葉が頭をよぎり、どうしようかと辺りを見渡すと、道沿いに立っている納屋が目に入った。
近づいて扉を押してみると鍵はかかっておらず、軋む音を立てながら扉は開いた。
天の助けと中に入り出来るだけきっちり閉めてから、目に入った大きな桶を扉の前まで移動させて開かないようにした。
納屋の隅には防水布に覆われた藁があり、布が埃っぽく汚れているのも構わず、セシールはその上に寝そべった。
季節はもう夏になっていて上掛け無しでも大丈夫で、ひどい目にあった後に歩き通しだった為、すぐに目蓋が重くなってきた。
眠りに落ちる直前、屋根の隙間から自分を見下ろす月が見えた。満月とハンナの笑顔が重なり見守られているようで、セシールは見知らぬ納屋の中深い眠りに落ちた。
幸い誰にも見つかることなく朝を迎えたセシールは、そこからまた歩き続け、昼前にやっと王都にたどり着いた。
モニカはいつもの様に自宅から灯亭へ向かっている時、噴水広場のベンチに座っている若い女を見かけた。ベンチに座っている事はおかしくないのだが、女は見るからにグッタリとして、気を失っている様にも見えた。
近寄って様子を見ると、うつ伏せの顔は血の気が無く真っ白で、意識があるのかも分からない。
「ちょっと!あんた、どうしたの」肩を揺するとぼんやりと目を開いたが、こちらを見る目つきが虚ろで、モニカはとっさに近くの屋台の男に声をかけた。
「ねえ、ちょっと手を貸して」
屋台の主は「どうした。そう言えばその子、ずっとそこにいるな」と近づいて来て一目見ると「これは水をのませないといかん」と、慌てて屋台から果実水を持って来た。
口元に果実水をあてられると、女は朦朧としながらもあっという間にそれを飲み干したので、もう一杯持って来るとそれもすぐに全部飲んだ。水を二杯飲んだ女は少し顔色が良くなり、呼吸も落ち着いた様だった。
「この子、どうしたんだろう」モニカが言うと「俺はこういう人を見た事がある。暑い中水分が足らなくなると、意識が無くなって死ぬこともあるんだ」屋台の男が教えてくれた。
モニカは女をこのままにはしておけなくて、他の人にも手伝ってもらい自分の家に連れて帰った。
結局その日灯亭を臨時休業にしたモニカは、そのまま女の看病をしてやった。
次の朝女は意識を取り戻し、モニカを見て「私、どうしたんでしょう」と尋ねた。
女が無事に目覚めた事にモニカは安堵して「あんた、噴水広場のベンチでぐったりしてたんだよ。水が足りなかったみたいだよ。ここは私の家。あんたを見つけて皆に手伝って貰って運んだのさ。さあ、もっと水を飲みな」と、屋台の男を真似て果実水の入ったコップを渡した。
与えられた果実水を一気に飲み干した女に、モニカは尋ねた。
「自分の名前は分かるかい?どこに住んでるの」
「私はセシールと言います。クロフト領から王都に出て来たところで…まだ家はありません」
うつむくセシールを見て、モニカは(この子は訳ありだね)と感じ、とりあえず事情を聞いた。
「ずっとあそこに座っていたって聞いたよ。何かあったのかい」
セシールは今の自分の話せる事、クロフト領からの最後の乗合馬車の街で全財産を取られ、そこからずっと歩いてここまで来た事をモニカに打ち明けた。
「ひどい目にあったね」
それ以上詳しい身の上を話せないでいるセシールを、モニカは何も聞かず『行く当てがないなら』と受け入れてくれ、灯亭の店員として雇ってくれた。
読んでいただき、ありがとうございます。
第二章完結です。
続きが気になる!と少しでも思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やブクマ、いいねで教えていただけると、嬉しいです!




