22 安らぐ魂と悔やむ者
見つけてくださってありがとうございます。
領都から村に帰りつき、馬車を降りたところでジャックに会ったジョージは、憲兵に教えられたキリアンの件を報告していた。するとセシールの家から大きな物音と叫び声が聞こえ、ジャック、ジョージ、御者の三人は急いで様子を見に走った。
駆け付けた三人が開きっぱなしのドアから家の中を見た時、動いている者はキリアンを刺すサラの兄一人だけだった。
ジャックと御者がサラの兄を拘束しに駆け寄る中、ジョージは部屋の奥に倒れているセシールを見つけ、急いで側に行って抱き起した。セシールの顔は血まみれで腫れ上がり、息をしているのか分からず、ジョージは怖々震える指を彼女の首元にあてた。自分の指にセシールの脈を感じられた時、ジョージは大きく息を吐いて神に感謝した。
異変に気付いたマリー達も駆け付け、流しの前に倒れているハンナを発見したが、彼女が既にこと切れているのは誰の目にもすぐに分かった。さっきまで自分達と一緒に笑っていたハンナの死を前に、皆は言葉を失い涙する事しか出来なかった。
事件のあった場所はそのままにするべきと分かっていたが、ハンナをこのままにしておくことはどうしても出来ず、マリー達はハンナの倒れていた場所に印をつけ、目を閉じてやってシーツで身体を包んで教会へ運んだ。
迎えた神父は凶行に驚きながら、顔見知りになっていたハンナの悲劇に胸を痛め、篤く祈りを捧げる事を約束してくれた。
意識のないセシールはそのままジャックの家に運ばれ、急いで呼ばれた医師から治療を施された。彼女は全身痣だらけだったが幸い命に別状は無く、血まみれだった顔は鼻血と殴られた打撲と内出血だけで、骨に異常は無いと診断された。
あれほど凄惨な現場では軽症と言えたが、医師は彼女の背中につけられた足の形の痣を見て、これほどの痕が残る力で足蹴にした犯人の非道に怒り、口には出さなかったが犯人の悲惨な最期を当然の事と思った。
また、セシールは顔を殴られていたので脳の異常も心配されたが、意識が無い為に今はその確認は出来ず、痛み止めの入った湿布薬を貼り包帯を巻いて治療は終わった。
ジョージ達はセシールが生きていた事に感謝しながら、彼女にとって意識が無い事がせめてもの救いだと考えていた。
ジャック達に拘束されたサラの兄は、憲兵が到着するまで、見張り付きで納屋に閉じ込められた。しかし捕まった彼はとても満足した穏やかな様子で、逃げる素振りは全く見せなかった。目を閉じ笑みさえ浮かべて座っている姿を見て「サラの仇を取ったんだね」マギーがぽつりとつぶやいた。
キリアンの遺体についてだけは、皆悩んだ。
そもそもそこに倒れているのがキリアンであるとは、一目ではとても判別出来なかった。
体型が変わっている上、ひどく刺されて顔もよく分からない。
ただ、サラの兄の口にしている事と、元は金髪に見える髪でキリアンだと思われた。
そう思うと全ての元凶であるこの男の死に誰もが一片の情けも持てず、事件のあった場所は触らない方が良いと言い合いながら、そのままドアを閉めて鍵をかけた。
その為、深夜領都から憲兵達が到着するまで、キリアンは自分の流した血で床を染めたまま倒れている事となった。
到着した憲兵の中には、エドワードに依頼されていた憲兵も入っていた。彼はこの出来事に非常な責任を感じて憔悴していたが、事情を知っているジャックとジョージは、ただひたすらに運が悪かっただけだと慰めるしかなかった。
慰めているジョージにしても、あの時仕事を放り出してすぐに帰っていれば、こんな出来事は起こらなかったと自分を責め続けていた。
それを聞いたジャックは「お前が考えた事が普通だよ。まさか、あんな風に村を逃げた奴が、人殺しをした翌日にすぐ戻って来て、こんな事を仕出かすとは誰も思うまい。事件のあった日に憲兵が非番でなかったとしても、悪い方に転がる時は転がっていったって俺は思う」とジョージを慰めた。
実はそういうジャックですら『元々俺が税の軽減につられて、あいつをこの村に受け入れなければ』という考えがよぎっていたが、そうやっていくとキリアンが生まれなければ良かったところまでさかのぼる事になり、それはもう神の領域だと頭を振って、この考えを振り飛ばした。しかし理屈では分かっていても、胸に残る後悔は誰の中からも消えなかった。
惨劇の翌日、予定通り王都からセシールとハンナを迎える為の馬車が到着した。
ジャックは昨夜事の次第を書いた手紙を公爵家と伯爵家に送っていたが、途中の宿で一夜を過ごしていた迎えの者(村にセシールを送って来た時と同じ侍従だった)は当然何も知らず、初めて知らされた惨劇に言葉を失った。
ハンナと使用人同士親しかった侍従は、眠っているセシールの容体を確認した後、ジャックとマリーと共に教会へ向かった。
憲兵の確認も終わり、マリー達が身体を清め白い服に着替えさせたハンナは、村人の用意した棺の中で花に囲まれ眠っていた。案内してくれた神父が「神の御許へ無事行かれますよう、祈ってあげてください」と言って去ると、侍従は棺に近寄り途中で摘んだ花を一輪捧げた。
近くで見るハンナの顔は綺麗なままで、伯爵家を旅立った時よりもふっくらとしていた。侍従はそれに気づいて(お嬢様に会えて、元の様に仲良く暮らせていたのだろう)とそれだけを救いに感じた。
マリーが「ハンナさんのお身内はいらっしゃるんですか」と尋ねて来たので「彼女は男爵家出身なのですが、若い頃家が没落して皆と死に別れ、天涯孤独だと聞いています。実際、私が伯爵家で一緒に働いている二十数年の間、ハンナさんが親族と会ったり連絡を取るのを見たことはありません」答えながら、だからこそハンナは、セシールお嬢様を自分の子の様に慈しんできたのだろうと思い、こう口にした。
「ハンナさんは、今度こそクロフト公爵令息からお嬢様を守ったのでしょう」
ハンナの顔は安らかだった。きっと彼女は今神の国にいて、自分の一番守りたいものを守れた事が分かって満足しているのだと侍従は信じた。
季節がすでに初夏で、王都まで棺を乗せてゆっくり走ると三日間はかかってしまう為、侍従は伯爵には事後報告としてハンナの弔いをジャック達に頼んだ。
葬式費用として、伯爵からジャック達への謝礼として預かっていた金を渡し、セシールを動かす事は出来ないので自分だけ急ぎ王都へ帰る事とした。
ジャックの出した手紙を読んだ伯爵から、おそらく自分が帰りつく前に何らかの指示が出るだろうが、実際に見聞きした事を伝えるべきという判断だった。
セシールの看病には医師から看護婦を派遣してもらい、そちらにもしかるべき金額を渡して、侍従はアルカン村を後にした。
侍従の帰った次の日、ハンナの葬儀は村の人々が参列してしめやかに執り行われ、ハンナは村の共同墓地に埋葬された。
ハンナの葬儀の日、皆が出払っている間に、セシールは意識を取り戻した。看護婦がいるのを見て話しかけようとしたがうまく声が出せず、息を漏らしながら唇を動かしていると、看護婦が気づいて吸い飲みを使って水を飲ませてくれた。
「ハンナは大丈夫ですか」セシールは身体中に痛みを感じながら、やっと出たしゃがれ声で尋ねた。目覚めてすぐ思い出したのは、気を失う前に見た倒れるハンナの姿だった。
看護婦はその問いに答えられず「まずは先生を呼んで、診察してもらいましょう」と言って部屋を出て行った。
しばらくして看護婦と一緒に戻って来た医師は、セシールの目の見え方と手足の動きを確かめ、いくつかの質問をして受け答えが正常かを確認した。殴られた事で脳に異常が出る恐れがあったので、すべて問題無さそうで安堵した。
顔を含めて身体中の打撲痕はひどいが、幸い骨には異常が無いため時間さえ経てば痣は消え、痛みが取れれば身体の動きも自然になるとセシールに説明した。
医師と看護婦の安堵した様子とは裏腹に、セシールは不安が募っていた。
最後に見たハンナは頭を打ち付け倒れた後、動いていただろうか。思い出せないまま、再度医師に尋ねた。
「私と一緒にいた女性、ハンナも先生が診てくださっているんでしょうか。頭を打っていたんです。ハンナはどうしていますか」
医師は看護婦と顔を見合わせ少しの間沈黙したが、やがて口を開いた。
「私はハンナさんという女性の診察はしていません。ただ、もしあなたと一緒に家の中に倒れていた女性がハンナさんなら、お亡くなりになったと聞いています。今日は皆さんで葬儀を執り行っています」
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になる!と少しでも思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やブクマ、いいねで教えていただけると、嬉しいです!




