表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/61

20 忍び寄る足音

*人の死ぬ表現があります。



領都の人々に別れの挨拶をして、手芸店へ寄ってからマシューの店に戻ると、ジョージがもう店にいて「お帰り」と声をかけてくれた。

「お待たせしてすみません」

「いや、俺が今日は早く終わっただけだから。じゃあ行こうか」恒例の様にさっさと歩き出すのをセシールは引き留め、マシューに向かい心を込めてお礼を言った。

「マシューさんがいなかったら、私は領都で訳も分からずさまよっていたと思います。ご馳走になったケーキ、すごく美味しかったです。優しくしてくださってありがとうございました」

「セシールが、俺に付き合ってくれて楽しかったよ。こっちこそありがとうな。身体を壊したって聞いたけど、これからは無理だけはするなよ。元気でな」

「はい。気を付けます。マシューさんもお元気で」頭を下げるセシールを、マシューは手を振って見送った。


馬車停まりまで歩く途中でジョージは立ち止まり、ポケットから小さな箱を取り出してセシールに手渡した。セシールは何も考えずに受け取ってから、首をかしげた。

「これは?」

「ハンカチのお礼と、餞別」視線をそらしながら答え、「遠慮しないで貰ってくれ」と話を終わらせて馬車へ向かおうとするのに「開けてみて良いですか」と聞くと、しぶしぶうなずいた。それを確認しその場で箱を開くと、中には小さな楕円形のブローチが入っていた。中心部分に使われているのはオパールらしく、白色の中に虹が揺らめいている。

「こんな高価な物、いただけません」セシールが驚いて返そうとすると、ジョージは再度「貰ってくれ」と繰り返した。

「俺がセシールに渡したい気持ちだから、どうか貰ってくれ。その石は幸運や希望って意味があるそうだ。これからのセシールの人生がそうであるように、俺は祈ってるから」初めてまっすぐ目を見て言われ、セシールは胸が詰まって返事が出来ず、ペコリと頭を下げてブローチの入った箱を大切に手提げにしまった。

それを見てから、ジョージはまた馬車へ向かって歩き出した。


セシールの手を取り馬車に乗るのを手伝ってくれて、続いて自分も隣に乗り込んだジョージは、珍しく眠るつもりなのか腕を組んで目を閉じた。

そのまま喋らず呼びかけても返事をしないので、セシールもいつもの様に彼の肩にもたれかかったが、さっきの事で頭がいっぱいでなかなか眠れないでいた。

馬車が走り出してしばらくして、寝たのかと思ったジョージが「もしも何か困った事があったら、力になるから連絡してくれ」とぽつんと言った。

セシールは「わかりました。きっとそうします」と答えて「ブローチ、ありがとうございます。嬉しかったです。大事にします」とやっとお礼が言えて、安心して眠りに落ちた。



エドワードが依頼していた領都の憲兵は、頼まれた通りキリアンの動向を注視していた。正義感の強い彼は、女性が殺された事に責任も感じず、逃げ隠れするキリアンを許せなかった。だから、キリアンが何か少しでもやらかしたらすぐ捕まえてやろうと、業務の見廻りの間もちょくちょく女の家の周辺を探っていた。しかしキリアンはほとんど外出せず、なかなか尻尾を捕まえるチャンスは訪れないでいた。


セシールの最後の領都行きからひと月ほど経ったある日、前日非番だった憲兵が詰所へ行くと同僚が焦ったように駆け寄ってきた。


「酒場の女が殺されたのか」同僚からキリアンが同居している女が殺された事を聞き、憲兵は驚愕した。

「そうなんだよ。昨日あの女の勤めてる店の奴が、頼まれて部屋に行ったら女が殺されてたって駆け込んで来たんだ。お前が気にしてた奴だから、知らせてやろうと家に行ったが昨日留守だっただろう。誰がやったかはまだはっきりしないが、一緒に暮らしてた元公爵令息。あいつが部屋から消えてるんだ。足取りもつかめてない」

「よりによって俺が非番の日に…女はどうして死んだんだ?」

「部屋にあった灰皿で殴られてた。勢いがつけば相当な力がかかるから、非力な令息でも一発だろうな。女は小さい宝石を握り締めて倒れてたんだ。令息の宝石を盗もうとして争ったんじゃないかな」

「まずいな。もう一日経ってるか。知らせなきゃいけない所があるから、俺は出てくる」


憲兵はエドワードに渡されていた封筒に、手短かに経緯を記した手紙を入れ、まず郵便局へ行った。この封筒の郵便は最優先なので、今日の夜までには王都に届くだろう。

それから協力者と聞いているマシューの宝飾店へ向かい、事件について伝えた。

「ちょうど村長の家の奴が今役場に来てるから、そいつにも知らせた方が良い」

セシールはもう一緒ではなかったけれど、ジョージは、ジャックに頼まれた事があって今日もマシューの店に立ち寄っていたので、領都に来ている事は分かっていた。


憲兵はそれを聞いて役場に向かい、まだ仕事中のジョージを捕まえて同様の話をした。


「あいつはどこに行ったか分からないのか」

「昨日同僚が部屋に行った時はもぬけの殻だったそうだ。金目の物は無くなってたと言うから、おそらく奴が根こそぎ持って逃げたんだと思う。領都中を探していて、領都から出る乗合馬車も調べて見張っているが、まだ見つかってはいない」

「あいつはアルカン村には顔向け出来ないはずだから、戻っては来ないと思うが…。分かった。これが済んだらすぐに帰って、村長に話すよ。あいつの妻にされた女性が村にいる事も知らないはずだが、警戒するよう伝えよう」

「ああ、頼んだ」


ジョージはセシールがキリアンを探し当て、顔を合わせたりしなくて本当に良かったと思った。キリアンは村を逃げた訳だし、乗合馬車を使えないなら、何日も歩いて村まで来る事は出来まい。

(怠惰で非力な奴だったからな)

幸い彼女はまもなく王都に帰る。王都まではここからはもっと遠いから、あいつが彼女に害を為す事は無いと思い込んだ。憲兵の非番とこの思い込みが、悲劇を生む事になるとは、この時は誰にも分からなかった。


「くそ、くそっ」女の家から逃げ出したキリアンは残ったわずかな財産を持って、領都の裏通りを走っていた。あれだけ沢山あった金貨も好きなように使っていたら、いつの間にかわずかな銀貨と銅貨だけになっていた。

女は金の無くなったキリアンをなじり、追い出そうとしたが、行くあての無いキリアンは頑として部屋に居座り続けていた。

そんな中、昼寝していたキリアンがふと目を覚ますと、出かけているはずの女が、母に貰った大切な袋を探っているのを見つけた。中には女に内緒でまだいくつか宝石が残っていて、普段は腹に巻いて隠していたのだが、今日に限って外したまま寝てしまったのだ。


「何してる!」飛び起きて怒鳴ると、女はふてぶてしく言い放った。

「まだ宝石が残ってるじゃない。あんたを養ってきた代金として頂いとくよ。これからあんたを叩き出す為に店の男たちが来てくれるから、楽しみに待ってなよ」

嘲笑う顔を見たキリアンは頭に血が上り、手近にあった大きくて重い灰皿を引っ掴んで振り上げた。

脅して宝石を取り返そうとしたのだが、自堕落に暮らしていたキリアンは腕力が弱っていた。重さに耐えられず腕を下した拍子に灰皿がすっぽ抜け、運悪く女の頭を直撃した。

変な声を上げて女が倒れ頭から血が流れるのを見たキリアンは、泡を食って宝石の入った袋と残っていた金を持ち部屋から逃げ出した。


「どこに行けば良いんだ」少し走ってすぐ息切れしたキリアンは、物陰に座り込んだ。その時、ひと月前に見かけた女の事が頭をよぎった。


数少ない残りの宝石を売りたかったキリアンは、酒場の女には頼めないので仕方なく自分で部屋を出て、アパートとは違う地区の宝飾店を物色していた。

蔦の絡まる古いレンガの宝飾店をうかがっていると、どこかで見た気がする女が店に入って行った。

しばらくしてその女は若い男と店を出て行き、店にはがっしりした怖そうな中年の男が残り、その風貌に臆したキリアンはそのまま宝石を持って帰った。

あの時は誰だか分からなかったが、今考えてみると、あれは伯爵家のセシールではなかったか。

「そうか。そう言えば、あの村の奴が僕の妻が村に来るとか言ってたな。セシールは僕の妻だったもんな。あの村に本当に来てたんだ。妻だったら、僕を助ける義務があるよな」

にやりと笑ったキリアンはまずは領都を離れなければと立ち上がり、アルカン村から来る時に馬車で通った街道を目指し、ノロノロと歩き始めた。


読んでいただき、ありがとうございます。


続きが気になる!と少しでも思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)やブクマ、いいねで教えていただけると、嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ