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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

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19 セシールの決心

見つけてくださってありがとうございます。

目覚めてから数日後、食事の準備をするハンナにセシールは声をかけた。

「ハンナ。私、王都へ戻ろうと思うの」

驚いたハンナは皿を取り落としそうになって、すんでの所でつかんだ。

「本当ですか。キリアン様の事はどうなさるんですか」

「この村で過ごして、キリアン様が私に見せていた姿は嘘だったと分かったから、もう会えなくても良いの。

…ハンナは私の事をキリアン様が愛していると言った時、辛かったでしょう。あの方は、私を大切に思ってなんかいなかった。あの人がこの村でした事と、サラという女性がどんな目にあったか聞いて、王都でハンナやお兄様の言っていた事が本当だって、よく分かったの」

ハンナはサラという女性の事は何も知らず、おそらくキリアンが非道な事をしでかしたのだろうと推測しつつも、セシールが王都へ帰ると言ったことが嬉しかった。

「お嬢様。伯爵家へお戻りになるんですね」


「最初は戻らせてもらうけれど、私はもう平民だからずっとはいられない。王都で職と住むところをを見つけたら、出て行こうと思ってるわ。もしもお兄様の言うようにリリーが貴族になる可能性があるなら、なおさら私は伯爵家にいてはいけないの」

「リリー様だけ伯爵家に置いていかれるんですか⁈」

セシールは苦しそうに、何度も考えた事を話した。


「本当は引き取って一緒に暮らしたい。でも私の力では、決して今の様な暮らしをさせてあげられない。病気になってお医者様に見せる事も出来ないで、万一それでリリーが死んでしまったら、悔やんでも取り返しがつかないでしょう。だから、あの子が私の事をはっきり覚えていないうちに、離れた方が良いと思ってるの。

忘れられるのは寂しいし、リリーを置いて行くのは親として酷いのかもしれないけど、あの子が元気で不自由なく大人になれるのなら、私が寂しくても酷い人間でも構わないわ」


ハンナは、セシールの隣に座って肩を抱いた。

「私は、お嬢様の事を酷いとは思いません。私が母親でもそうしますよ。でも、リリー様が大きくなってお母様に会いたいと思われたなら、きっと会ってあげてください」

「もしもそんな風に思ってくれたら…リリーが会って良かったと思えるように、私もちゃんと生きるわ。それからハンナには、伯爵家でリリーを見守って欲しいの。

私とキリアン様のせいで、リリーが周りから悪く言われることもあると思う。そういう時、ハンナが側にいてリリーを励ましてくれれば心強いから」


ハンナはセシールの側にこのままいたかったが、セシールの言う事もよく分かった。今は伯爵も独り身で、リリーの事をとても可愛がってくれる。でもご結婚されて、奥様やお子様が出来たら話は変わってくるかもしれない。リリー様が辛い目に遭うようなら、近くに自分がいたら守る事ができる。

「分かりました。私は伯爵家で、リリー様にお仕えします。けれど、お嬢様も私と必ず連絡を取り合うと約束してください。王都にいれば、いつでも会えるでしょうから」

「分かったわ。約束する。ありがとう、ハンナ」


セシールもハンナも、その晩それぞれクロス伯爵へ手紙を書いて、帰郷とこれからの計画を伝えた。伯爵は妹と共に生きられない事を残念に思いながらも、セシールの決めた事に納得し、王都での彼女の住まいを探し始めた。また伯爵もリリーの側にハンナが残ってくれる事は心強く、これから皆にとって良い未来が開ける事を願っていた。


セシールは、ジャックとマリーに時間を取って貰い王都に帰る決心を伝えた。

「そう言い出すんじゃないかと思ってたよ」

驚いているジャックと違って、マリーは予想していたようだった。

「前にキリアンの事、自分の目で確かめたいって言ってたろう?」

「はい」

「キリアンに会わないでも確かめられたのかい」

「はい。私の信じていたキリアン様はいないという事が、ちゃんと分かりました」セシールははっきりと答え、それを聞いてマリーは表情を緩めた。

「良かったね。あんたは偉いよ。自分の信じていた事を間違いだったと認めるのは、すごく難しい事だよ。それ相応の裏付けと、納得する為の時間も必要だ。セシールの刺繍が頼めなくなるのは惜しいけど、仕方ないね」

「刺繍なんですけど、今お受けしている分が終わってから、王都に帰ろうと思います。あと少し頼まれている物があるので、それが終わるまでは洗濯場でも働かせてください」


「身体を壊したばかりなんだから、刺繍だけでもいいんだぜ」黙って二人の話を聞いていたジャックが、やっと口を挟んだ。

「ありがとうございます。無理しないように、気を付けて働きます。アンさんとマギーさんと、もう少し一緒に働きたいんです」

「そうか。わかった。よろしく頼むよ」

「一週間後にジョージが領都へ行くけど、そっちはどうする?」

「マシューさんにもご挨拶したいので、最後に一緒に行かせてください」

セシールは馬車で彼にもたれて眠るあの時間を思い、それが無くなるのが少しだけ寂しかった。ジョージは優しい言葉は言わないが、彼の行動はいつも自分を気遣ってくれるもので、だからセシールは彼のハンカチにモミの木を選んだ。


ジョージは、ジャックからセシールが王都へ帰る話を聞いて焦っていた。


元よりセシールは、実体はないとは言えキリアンと結婚しているし、娘もいる。

自分が焦ったところで何の意味も無いのは分かっていたが、このまま会えなくなるという現実を前に、何か少しでも彼女の心に残りたいと思った。

最後の領都行きがチャンスだったが、いつも通り馬車に乗るとすぐセシールは寝息を立て始め、何も話す事が出来なかった。セシールが自分を信頼し眠っているこの時間が嬉しかったのに、今日ばかりは少しだけ恨めしい気持ちになった。


ジョージはその日役場の仕事を早めに終わらせて、マシューの店にやって来た。

セシールはキリアンの捜索で顔見知りになった人々にも挨拶すると言っていたので、まだ戻っていないはずだった。

「おや、今日は早いな」マシューが面白そうに声をかけてきて、ジョージは嫌な顔をした。「今日は早く終わったんだ。セシールはまだだよな」

「ああ。あの子は手芸店も寄ってくるから、きっとあと一時間は戻ってこないと思うよ」

ニヤニヤしながら言ってくるマシューを忌々しく思いながら、ジョージは仕方なく口を開いた。

「セシールにはハンカチも貰ったし、なにか餞別になる物をあげたいんだ。マシューさんのお勧めはあるかな」

一瞬、マシューの目がキラッと光った気がしたが、目をそらして返事を待つと

「お前の貰ったハンカチは何が刺してあったんだよ。お前、何も好きな物が無いって困らせたらしいじゃないか」

「困らせた訳じゃない。本当に思いつかなかったから…」

本当は、セシールが考えた物を刺繍して欲しいと思って『ない』と言い張っていたのを、マシューは見抜いているようだった。


「見せてくれ。持ってるんだろ」

しぶしぶ胸元からハンカチを出して渡すと、マシューはそれを広げて「モミの木か」とつぶやいた。「返せよ」取り返してから「モミの木って何かあるのか」と尋ねた。

「それくらいは自分で調べろよ」と憎らしい返事をしながらも「モミの木は正直とか誠実って意味がある」と教えてくれた。

「正直と誠実…」そういう風に自分を見てくれていたとしたら嬉しいと思っていると

「お前は、あの子にどんな言葉を贈りたいんだ。宝石にも言葉がある」

「俺は…」ジョージはセシールに贈りたい言葉を考えてマシューに伝えた。


読んでいただき、ありがとうございます。


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