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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

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13 元公爵令息の独白

見つけてくださってありがとうございます。

「クロフト公爵令息様、ありがとうございました」

つやのある茶色の髪に、若草の瞳を輝かせたセシールが、キリアンに向かってお礼を言ってくる。あれは王宮の庭で、初めてまともに話をした日の記憶だ。


キリアンはセシールが王宮に上がったばかりの頃、しょっちゅう何か失敗しては、目に涙をためているのを見かけていた。ミラ侍女長に厳しく注意される姿に、僕なら一日で嫌になるな、あの娘も時間の問題だろうと思っていた。それなのに予想を裏切り、アイリーンはセシールを自分付の侍女に抜擢した。


(アイリーンのやつ、なんだってあんなに出来の悪い侍女を自分付きにするんだ。あいつはそういう所がある。自分が下の者をちゃんと気にかけていると、周りに見せつけて尊敬されたいんだ。

以前、たかが男爵令嬢を生徒会に入れた時もそうだった。いくら優秀だからって貴族の最下層の人間を生徒会に入れ、『キリアン、あなたはまず王配教育に全力を尽くすべきよ』などと言って公爵令息の僕を入れなかった。あの事は、今でも許していない。アイリーンが卒業した後に、生徒会の方から僕に入って欲しいと言ってきたが、その時は王配教育が忙しいと断ってやった。あいつら、目を白黒させていたっけ)


実際にはアイリーン卒業後の生徒会に公爵家から圧力があり、新生徒会長が仕方なくキリアンに声をかけ、断られてホッとしたという経緯だったのだが、そんな事とは知らないキリアンは、自尊心を満足させて悦に入っていたのだった。

当時の忌々しい出来事を思い出し、アイリーンが人気取りの為に王太女付に抜擢したセシールを、いつもの様に自分に夢中にさせてやろうとキリアンは決心した。


「そんなはずありません。確かに春摘みの茶葉を注文したはずです」セシールが出入りの業者と言い争うのを聞いて、キリアンはほくそ笑んだ。

「そうおっしゃられましても、私どもは王宮の使いの方から、今回は濃くのある夏摘みに変更すると言われております」

「私はそんな変更はしていません。明日の茶会は最後の春摘茶を楽しむものですから、夏摘みに変更するなんてありえないんです」

「しかし今から春摘みをお納めしようにも、ご存じのように春摘みは数も少ないですし、既に出回っているのは夏摘みなんです。ご用意していたお納めするはずだった春摘みは、ちょうど入った大口の注文に回してしまい、うちももう在庫が無くて…」困り果てた様子の業者の声を聞いてから、キリアンは隠れていた廊下から姿を現した。


「どうしたの。大きな声を出して」

公爵令息の登場に、セシールも業者もハッとしてかしこまった。

キリアンは、陽の光に金色の髪を輝かせ、サファイアの瞳を優しく細めてセシールに尋ねる。

「少し聞こえてしまったけど、春摘みのお茶が必要なの?」

「は、はい。明日王太女殿下の茶会で使うのですが、あいにく夏摘みの茶葉しかなくて…」セシールは自分は間違えていないと思いながらも、業者を一方的に責める事ができず、曖昧に答えた。

「ふうん」しばらく考えるフリをしたキリアンは「あ、じゃあこうしよう」とわざとらしく明るい声を上げた。

「ちょうど、うちに春摘みが昨日沢山納品されてきたんだよ。あれを融通してあげよう。母上は夏摘みの茶の方が好きだから、取り替えてあげるよ」

セシールは顔を輝かせた。「よろしいんですか⁈」

「うん。困っている時はお互い様だからね」そして業者に向かい「じゃあ、その夏摘みをクロフト公爵邸に届けて、代わりに執事から春摘みを受け取って王宮に届けてくれるかな。キリアンからの依頼だと言えば、やってくれるから。よろしく頼むよ」

「かしこまりました」

業者は『ちょうど入った大口』がクロフト公爵家と覚えていたので、これは仕組まれた物だと分かり忌々しかったが、口に出す事は出来ず大人しく立ち去った。


「クロフト公爵令息様、ありがとうございました」セシールから心からの礼を言われ「僕の事はキリアンと呼んでくれないか。君の役に立てたなら、こんなに嬉しい事はないよ」と甘く囁けば、彼女の頬が紅潮していくのを見て、キリアンは成功を確信した。

「でもね、この事はアイリーンにも誰にも言っちゃいけないよ。君が叱られるだけじゃなくて、あの業者が二度と王宮と付き合えなくなってしまうから。可哀想だろう」

「そうですね。私が叱られるだけなら良いのですが、業者さんは大変ですよね。クロフト…キリアン様はお優しいですね」


その後、セシールは会う度キリアンを好きだという目をする癖に、決して自分からすり寄ろうとして来ないのは誤算だったが、仕方なくキリアンから歩み寄ればすぐだった。


『愛してる』『好きだ』『君は僕をどう思ってるの』直接的な言葉を言えば、セシールは嘘をつけず『わ、私もキリアン様をお慕いしています』と口にした。

しかし『アイリーンより君の方が良い』と言った時は『アイリーン様は私よりずっと素敵な人です』と受け入れないのが腹立たしく、アイリーンにわざと見つかるよう庭園でセシールを抱きしめたら、あっさり解雇されてしまった。


その後の事は、キリアンは馬鹿な伯爵の巻き添えになったとしか思っていなかった。

クロス伯爵はセシールを王配になったキリアンの妾にして、王家と縁を作りたいと身分不相応な望みを持っていた。

伯爵家に行けばその度に二人きりにされたから、自分は伯爵の思惑に乗って、セシールを抱いてやっただけだ。まさか伯爵が、最低限の義務である避妊薬さえ娘に与えない愚か者だとは思わなかった。

あの愚か者のせいで、自分は今こんな所にいる。


いや、ここの前に思い出したくもないアルカン村という場所があった。

あそこには無礼な人間しかいなくて、父上が用意したという家も仕事も最悪だった。僕は美しい場所、優雅な動作でこそ輝く人間なのに、何も分からない野蛮人達はその価値に気づく事さえなかった。

一人だけ近づいてきた女がいたが、残念ながら見目も頭も悪く、領都への使いも満足に出来ず殺されてしまった。一つだけ良いところを挙げるなら、今の女と違って『愛してる』と言いさえすれば、キリアンの為に何でも喜んでやった事だろう。

(あいつといた時は、毎日身体も拭いて服も着替えていたのに)


キリアンは今、けばけばしい花柄の壁紙に取り囲まれ、シーツも満足に替えられていないベッドに寝転んで、薄汚れた天井を見上げていた。

酒場で働くキリアンより五歳年上の女は、さっき散々悪態をついてから仕事に出かけて行った。出会った時はキリアンの容姿に見とれて、誘ってやれば涎を垂らさんばかりに尻尾を振ってきたのに、母上の資金が途絶えて一緒に住んでやってから、日に日に態度が大きくなる。


キリアンは既に自分が女に出会った頃の容姿を失っている事に気づいていなかった。

不摂生な食事と、憲兵を恐れて外出しない生活はキリアンの外見を変えたし、風呂も入れない部屋で自分では身体を拭くのを面倒がるせいで、悪臭もしていた。

女は、そんなキリアンに嫌気がさして早く出て行って欲しいと思っている。

しかし、手持ちの資金に限りのあるキリアンは、出来るだけ長くここに居座っていたかった。


アルカン村でサラと暮らしていた頃、サラはキリアンに質素だが栄養のある食事を作り、毎日身体を拭いて、着ていた服を洗濯してやっていた。渋るキリアンを誘い、他の人があまり来ない時間に森へピクニックに行ったりもして、自然と身体を動かす事も出来ていた。

サラのおかげで、一番誇りにしている美しさを保っていられた事に、キリアンは全く気付かないでいた。

散々利用して自分のせいで死なせた少女がしてくれていた事に、キリアンは一度も感謝せず、その後思い出す事も無かった。


読んでいただき、ありがとうございます。


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