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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

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12 王都の人々

見つけてくださってありがとうございます。

『クロフト元公爵令息の現在の情報を共有するべく、公爵邸にお越しいただきたく…』

クロフト公爵からの手紙をもう一度読み返して、マーク・クロス伯爵は不安な気持ちでいた。


母親の援助が無くなったキリアンは、クロフト領都で行方知れずになったと聞いている。

公爵家としては縁も切った平民ゆえ、このまま放置するという話だった。そうは言っても、公爵家が独自で監視を続けているとは十分に考えられるが、今このタイミングで自分が呼ばれるのは何故だろう。

もしやキリアンがまた村に舞い戻り、セシールに何かする可能性があるのだろうか。

クロス伯爵はもやもやする気持ちを抱え、クロフト公爵邸へ赴いた。


「それでは、キリアンは未だ領都にいるんですね」

ほっとした様子で問うマーク・クロス伯爵にうなずくのは、ホール侯爵令息エドワードだ。

クロフト公爵邸に着くと、公爵の他に王太女殿下側近のエドワードもマークを待っていた。

この男に会うのは、夜会以外ではあの謁見後初めてだった。

あの時王太女殿下の側に控えて、自分の厚かましい願いを冷え冷えとした視線で非難されて以来、マークはエドワードを苦手としていた。

だが、どうも今回の招集はこのエドワードが中心らしい。


ダニエル・クロフト公爵が続けて「伯爵も知っていると思うが、弟はアルカン村を出て領都へ行き、まず母の元使用人のローワン夫人のところへ行った。公爵家を出る前に、母が弟に指示していたんだ。ローワン夫人は、弟の為に高級な貸し部屋と使用人を用意していた。部屋の賃貸料、使用人の給料、ローワン夫人への謝礼、全て母が援助していて、私も父も全く気付かなかった。私たちはキリアンが村から逃げたと聞いて、どうせならどこかで野垂れ死んでくれた方が良いと放置していた」


「公爵は、どうして母上が令息を援助している事に気付かれたんですか」

マークは、公爵家がキリアンの行方を追わなかった事を意外に思いながらも、疑問だった事を尋ねた。

ダニエルは苦い顔をして「これは、我が家の更なる醜聞だから、知っている者には口止めしているんだが」と前置きして「憲兵から、領都でサラという女性が殺されて、その女性が弟から宝石を預かっていたと連絡が来たんだ。サラは金貨も持っていて、そのせいで強盗に目をつけられたらしい。宝石も金貨も弟がサラに渡したと言われたが、弟が村に送られる時そんな物は持っていなかった。それで、母を問い詰めたんだ。

私も父も、あの婚約解消から一度も弟に会わなかったから、可能性があるのは母しかいなかった。


問い詰められた母は、最初知らないと言っていたが、買収されていた弟の従者が白状したら、観念して自分のしたことを話した。その頃には、母が実家から持って来た個人の資産はほとんど残っていなかったよ。…母は昔から自分に似ている弟を可愛がっていて、私は時に悔しい思いもしたが、こうなると幸運だったとさえ思う。可愛がるなら、きちんと教育する方がよほど本人の為になっただろうに」

「そうだったんですか。可哀想なその女性は、犠牲になってしまったんですね」

(妹のように)という言葉をマークは飲み込んだ。

そして醜聞ばかり気にして、人が死んでもキリアンの行方を追わない公爵家に内心憤りながら尋ねた。「では、どうしてキリアンが未だ領都にいると分かったんですか」


するとエドワードがマークの問いに答えた。

「今まではセシール嬢が伯爵家を出る様子が無かったので、伯爵にはお伝えしませんでしたが、私が独自にキリアンの足取りを追っていました。

キリアンは母親の援助を受けて資金が潤沢だった頃に、酒場の女と恋仲になっています。ローワン夫人の借りた部屋を追い出されてから、その女の部屋に転がり込み、まだ領都の女の所にいます」


「ホール侯爵令息が、全部調べて教えてくれたんだよ。公爵家としては、知ったからと言って何をする訳でもないんだが。平民になった弟が何か仕出かしても、私たちに責任は無いからな。ただセシール嬢がうちの領地の村に行くなら、伯爵家にも教えておいた方が良いという事になって、今日来て貰ったんだ」ダニエルは、平然とした顔で言った。


「私は王太女殿下が、セシール嬢の事を気にかけていたので。彼女の安全を殿下は願っています」そんな公爵へ冷ややかな視線を向けたが何も言わず、エドワードが続けた。

「今キリアンは、前公爵夫人から与えられた金貨と宝石で食いつないでいます。普通の平民なら十年は暮らせるはずですが、あの様子ではあとせいぜい一、二年しかもたないでしょう。そうなったら酒場の女は、キリアンをいつまでも家に置いておかないでしょうね」

「追い出されて公爵邸に来たら、不敬で憲兵に突き出して、今度こそ刑務所に入らせる」その場面を想像したのか、ダニエルが怒ったように言うのに、エドワードは落ち着いて口を開いた。


「やましい事があるので、公爵邸にも、逃げ出したアルカン村にも戻る可能性は薄いと思いますが、村には今はセシール嬢がいます。万一を考えて、サラの事件を調べた領都の憲兵に、キリアンの居場所を教えてあります。その上で、もしキリアンが女の家を追い出されたら、私の協力者に連絡をくれるよう頼みました。

その憲兵は、女性が無残に亡くなる原因を作っておいて、捜査に協力もせず逃げたキリアンに怒りを感じているんです。ですから、彼もキリアンを見張っていますし、きちんと連絡もくれるでしょう」

エドワードの用意周到さに、ダニエルもマークも冷やりとしたものを背中に感じた。


ダニエルは、王太女殿下の為にここまでする側近を前に、弟は最初から王配どころか殿下の側に近寄れる器でも無かったと内心で嘲った。

マークは自分より何倍も忙しいこの男が、殿下を裏切った自分の妹の為にこうして動いてくれている事実に、己の情けなさと同時に有難さを感じた。


「では、私は今日はこれで失礼します。また何か情報がありましたら、共有しましょう」

エドワードはそんな二人に礼を取り、一足先に公爵邸を後にした。

待っていた馬車に乗り込んで、王宮へと急ぐ。

今日はこれからアイリーンとビルの店へ寄って、一緒にセレンディピティへ行くのだ。

「早く戻らないと置いて行かれる」エドワードの頭の中には、もうさっきの話は残っていなかった。


伯爵邸ではリリーが眠った部屋で、ハンナがひとりセシールの手紙を読んでいた。

ハンナはセシールがくじけず頑張っている事を喜びながら、自分から離れてしまう寂しさもひしひしと感じた。

セシールがアルカン村に一人で旅立って、もうすぐ一カ月になろうとしている。

始めの内は、キリアンがいない村からすぐに帰ってくると思っていたのに、戻る気配は一向に無く、それどころか髪まで切ったと書いてある。ハンナが心を込めて手入れしていた、セシールの綺麗な髪。ハンナは、自分自身が切り捨てられたように感じて衝撃を受けた。


髪だけではなく、さらに衝撃的な事も書かれていた。

ハンナは前に、リリーが最近はあまり病気をしなくなってきた事、すこしずつ言葉が出てきて良く笑う事、もしかしたらもうすぐ歩けるようになるかもしれない事、伯爵が一歳の誕生日を邸の皆で祝おうと考えている事を知らせていた。

だから、もしかしたらリリーの誕生日に合わせて、セシールも伯爵家へ帰って来てくれるかもと期待していたのだ。

しかしリリーのお誕生日については、刺繍したハンカチを送ります、とあるだけだった。

その上『自分が実際に暮らしてみて、平民の暮らしは身体の弱いリリーには無理かもしれないと思いました。リリーを迎えに行って一緒に暮らしたいけれど、そうしたらリリーが生きられるか分からなくなりました。リリーの幸せを考えると、伯爵邸で育ててもらうべきなのか、これから考えなければと思っています』と書いてあった。


それではお嬢様はリリー様とも自分とも離れて、一人で生きていくのだろうか。ハンナは、もう一度セシールに会いたかった。嘘つきと失望されたまま離れるのは辛かった。どうしたら良いのか考え続けたが、答えは出ないまま夜は更けていった。



読んでいただき、ありがとうございます。


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