10 キリアンの消息1
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それからしばらくして、アンとマギーに連れられ昼食を食べに来たセシールを見て、ジョージは驚いた。初日に紹介した時の様子では、アンはともかく、マギーがすんなりセシールを受け入れるとは思っていなかったからだ。
(まだ半月くらいだろ。あんなにキリアンに怒っていたのに、何があったんだ)好奇心が刺激されて、ジョージはさり気なく三人のテーブルの近くに座り聞き耳を立てた。
「そんなに聞くなら教えるけどね。あの男のせいで、前にいたサラって若い子はいなくなったんだよ」
マギーの暴露に、ジョージは飲んでいた水を吹き出しかけた。
(おいおい。いくらなんでも妻だって言ってる相手に、良い度胸だな)
そっとアンを見ると、目が合って首を振られる。あれは、まだ放っておけという意味だ。
「そうなんですね。キリアンは一体サラさんに何をしたんでしょう」セシールも大した驚きも見せず、聞き返している。
「あの男は仕事もしないで、最初からサラを変な目で見てたね。サラには何度も気を付ける様に言ったのに。あの子は夢ばっかり見て、キリアンに好きだとか愛してるとか吹き込まれて」なおも話し続けようとしたところで「マギー、それ以上はこんな場所で話す事じゃないよ」アンにぴしゃりと言われ、マギーは我に返った。
「ごめん、セシール。もし聞きたいなら、また後でゆっくり話すよ」
ジョージはまだ三人の様子を盗み見ていたが、セシールの表情を見てギョッとして目をそらした。(あれが、旦那の女がらみの話を聞いた奥さんのする顔か?)セシールは、どこか遠い国の誰かの話を聞いているような顔つきでマギーの話を聞いていた。
(ジャックさんから、キリアンを追いかけて、病弱な子どもを置いてまでここに来たって聞いたけど、本当にキリアンに会いたくて来たんだろうか)ふと疑問が浮かんだ。
それに、キリアンがこの村にいた間の出来事を何も知らない様子に、ジャックからきちんと話してもらった方が良いと思ったジョージは、昼食を食べ終わるとジャックの元へ向かった。
洗濯の途中で呼ばれたセシールが執務室をノックすると、ジョージがドアを開けて、部屋のソファにジャックとマリーが座って待っていた。
「失礼します」一礼して室内に入ると「仕事中悪かったね。そこに座ってくれ」とジャックが向かいの椅子を勧め、セシールは腰を下ろした。
「それじゃあ俺はこれで」セシールが座ったところでジョージが退出し、ジャックは口を開いた。
「今のところ、良くやってくれてるらしいね。慣れない暮らしで、何か不自由はないかな」
「皆さん良くしてくださるので大丈夫です。一人で暮らすのは初めてですが、食事もこちらで頂けますし、何とかやっています。あ、ただ…」
口ごもると、マリーが「何でも言って良いんだよ」と言葉をかけてくれ、セシールは「実は、私、髪を切りたいんです」と打ち明けた。
「髪?」「はい。貴族は長い髪でなければいけなかったのですが、ここでは髪が長いのは困るだけなので。でも、どこで切ったら良いのか分からなくて、ご相談したいと思っていました」
マリーは、セシールの一つに結んでいる美しい茶色の髪を見て、少し考えてから「それじゃあ、今からする話を聞いても切りたければ、私が切ってあげるよ」と申し出た。
ジャックが「お前、そんな事言って良いのか」と驚くと「当たり前だろう。今まで息子達の髪もみんな私が切ってきたんだ。大人になるといっちょ前に床屋に行くようになったけど、女達はいつもお互いに切り合ってるんだよ」
「そう言えばそうだったな…」
実はジャックは(セシールは王都に帰った方が良いと二人で話合ったのに、どうしたんだ)と思ったのだが、それを口にするのは今はやめておいた。
セシールは「私の娘…リリーも平民ですから、マリーさんのように、娘の髪も私が切ってあげたいと思います」と微笑んで、話が終わってもまだその気だったら、マリーが髪を切る事になった。
「それで、あんたを呼んだのは、キリアンがここにいる間にあった事を話そうと思ったからなんだよ。周りから色々言われるより、ちゃんと聞いておいた方が良いだろう」ジャックはやっと本題に入り、語り出した。
キリアンには、下男の仕事をさせるよう公爵家から言われてたんだ。だけど貴族は自分の事が何も出来ないだろう?それで家をもらっても生活出来ないんじゃ話にならないから、まずは下女の仕事を教えようと思ったんだ。あんた達が来た時に、あいつが何も出来なくてお荷物になってもいけないからね。
それであんたと同じように、まずは洗濯の仕事をさせた。そこにはマギー、アン、サラの三人が働いてて、サラだけが若い娘だった。キリアンはすぐにサラと仲良くなって、最初はうまい事言って自分の家の掃除とか、洗濯をさせてたらしい。俺たちは最初気づかなくてね。気づいた時には、あんたには悪いが恋仲になってたんだ。皆で止めるようサラを諭したが、キリアンに夢中で誰に何を言われても聞こうとしなかった。
サラの家は小さい頃両親が亡くなって兄と二人きりなんだが、兄は隣村の大きな農家に住み込みで働いてて、サラはうちの住み込みの下女だったから、一緒に住んでなくてね。サラはいつの間にかキリアンのあの家に入り浸って暮らすようになっちまった。
「気づいても止められなくて、悪かったと思ってるんだよ」マリーの後悔の滲む言葉に「いいえ。村の皆さんに責任はないです。そういう気持ちは、他人には止められません」セシールは暗い目で答えた。
キリアンの方を諫めても『僕が無理にやらせている事じゃない。サラが好きでやっているだけだ』と言うばかりで話にならないし、サラの兄が直談判しに来てもキリアンは逃げ隠れして、サラが兄を泣いて追い返す始末だった。正直言ってサラの兄も隣村で働いてるし、私たちも悪いが自分の仕事があるから、四六時中見張ってる訳にもいかん。もういい大人だと思って、放っておくようになった。
「マギーとアンは、それでもずいぶん粘り強く注意してくれてたんだよ。キリアンはいつまで経っても仕事もしようとしないで、あいつの分までサラにやらせていたみたいでね。マギーが怒って私まで言いに来た事もあった」
マリーはため息をついて「それでもサラは、『まだキリアン様はうまく出来ないんです。私のやるのを見て覚えているところなんです』なんて言ってて。キリアンが来て二か月にもなろうっていうのに、そんな話を信じてるなんて正気とは思えなかったよ」
それを聞いてセシールが身じろぎ、絞り出すように言った。
「サラさんは、本気で信じていたんだと思います。私もそうでしたから、分かります。…でも周りの人には本当の事が分かっていたんですよね」
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