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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

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9 アルカン村のセシール2

見つけてくださってありがとうございます。

しばらくして、ジャックの妻のマリーという女性が夕食を届けに来てくれた。

セシールはふくよかで優しそうなマリーに、一瞬ハンナを思い出して切ない気持ちになったが、精一杯明るく挨拶をした。

マリーはセシールに早速台所の火の使い方を教えてくれ、シーツや布団を引っ張り出して、ベッドをしつらえるのを手伝ってくれた。

「湯あみはどこでするんですか?」

セシールの質問に「平民は湯あみなんてしないよ」と笑い、普通は水で濡らしたタオルを絞って身体を拭くだけ、寒い時は桶に汲んだ水に沸かした湯を入れてぬるま湯を作り、同じようにすると教えてくれた。

髪は一週か二週に一度位桶に溶かした石鹸で洗うか、暑い季節の時は女達で集まって川で水浴びする事もあると言って「あんたがそれまでここにいるなら、一緒に行こう」と誘ってくれた。

セシールは自分の長い髪がここでは邪魔にしかならないと気づいて、一日も早く短く切ろうと思った。


「それにしても、セシールは思ってたよりずっと家事が出来るね。貴族だったのにどうして?」

「何も出来ないままじゃいけないと思って、ここに来る事が決まってから練習したんです。家の使用人達に教えてもらいました」

セシールの答えを聞いたマリーは一瞬痛ましそうな顔をしたが、すぐに

「それは偉いね。そう言う事はなかなか考え付く事じゃないよ。貴族が急に平民になれって言われたら、普通は泣き喚く位しかしないもんだよ」と褒めてくれた。

そして「使用人の食事は、三食うちの台所で食べられるから、家でやらなきゃいけないのは洗濯と掃除だね。洗濯は大物なら、うちの分と一緒に下女達とやっても良いよ。

自分で好きなものが食べたければ、村の食堂に行ったり、材料を買ってきて家で料理しても良い。前ここに住んでた公爵家の執事だった人は、よく領都に行って、美味しい物を食べてたみたいだよ。

じゃあ、他に分からない事があれば、また明日聞いておくれ。私が出たら、鍵はしっかりかけるんだよ」


ジャックと同じ注意をして、おやすみと言ってマリーが帰った後、家の中は静まりかえり、外はすっかり暗かった。

言われた通り鍵をかけ一つだけ明かりを点けて、マリーが持ってきてくれた夕食を食べている時、セシールは生まれて初めて自分が一人でいる事に気がついた。

今まで伯爵家でも学院でも王宮でも、必ずセシールの近くには誰かがいて、それが当然と思って生きていた。それなのに今、リリーやハンナに会えず辛い事は確かなのに、一人でいる事に不思議な安らぎを感じて、本当は私はとても疲れていたのかもしれないと思った。

考えてみたら、キリアンに出会ってからここに至るまでの時間は、実際には二年にも満たない。キリアンと会っていたのはその中でもほんの一年くらい。でもその間に、今まで自分が生きてきた十六年よりも、たくさんの出来事と扱いきれない感情があった。

周りの人達を巻き込んで、周囲からの感情も浴び、人から心の中を問われて、自分でも問い続けた。でも今、ここには誰もいない。何も言われないし、聞かれないし、話さなくて良い。

セシールは自分を取り囲んでいた世界を出て、正体は確と分からないまま、初めての孤独と自由を受け止めていた。

明日からの暮らしはどうなるか分からなくても、今日だけはこの安らかな気持ちの中で眠ろうと、固いベッドに横たわって眠りについた。


次の朝セシールは早起きして、髪は一つにしばり動きやすい服を着てジャックの家へ向かった。

裏口のドアをノックすると、ドアを開けてくれた若い男は朝の挨拶もせず「お前がセシールか。ジャックさん達から聞いてる。そこの台所に行けば、料理人が朝飯をくれるから、食べたら洗濯場に案内する」とぶっきらぼうに言った。

セシールが「はい」とだけ答えて教えられた台所へ向かうと、すこし驚いたように目を見開いて「へえ。旦那とは違うんだな」とつぶやいた。

セシールはその言葉が気になったが、今は仕事が優先だと思い、急いで朝食を食べに行った。


朝食後、男が連れてきてくれた洗濯場は家の裏手にあり、二人の女性が既に作業を進めていた。

男が来ると手を止め「ジョージさん、おはよう。その子が新しい子なの」と一人が尋ねた。

「おはよう」ジョージと呼ばれた男も挨拶した後「ジャックさんから聞いたかと思うけど、あのキリアンの妻でセシールっていう名前だ。やはり貴族だったが、マリーさんが言うには基本的な事は出来るらしい」ジョージが自分を紹介した後振り返ったので、セシールは前に出て「セシールです。ご迷惑をおかけすると思いますが、一生懸命やりますから色々教えてください。よろしくお願いします」と頭を下げた。女達はそれを聞いて少し黙ったが、しばらくして最初に声をかけた女が「よろしく」と小さな声で答えてくれた。もう一人の女はセシールを見もせずに黙っていた。


「じゃ、俺はもう行く。昼になったらまた台所で昼食を取ってくれ」ジョージが去って、セシールは女性達に向き直った。「私が何をやればいいか教えてください」

すると、さっきまで黙っていた女が皮肉な口調で「貴族様は人のやるのを見て覚えるんじゃないのかい」と聞いてきた。

何を言われているか分からないセシールが「いえ、私は自分でやらなければ覚えられませんから。教えていただければ、出来るだけその通りにやってみます」と答えると、少し気まずそうに目をそらした。

それを見ていたもう一人がため息をついて「じゃあ、まずはこうやって布に石鹸をつけて、板でこすっていってちょうだい」と教えてくれた。

「分かりました。教えてくださってありがとうございます」セシールは作業を始め、そのまま黙々とやり続けた。


「あんた、セシールって言ったよね。もう昼だよ」声をかけられて顔を上げれば、陽が高く昇り、額に汗をかいていた。

「あ、すみません。気づきませんでした」立ち上がろうとすると、立ち眩みがしてよろけてしまったセシールを、一人が支えてくれた。

支えてくれたのは、最初に『貴族は見て覚える』と言っていた女だった。

「ありがとうございます」お礼を言うと「これくらい良いよ。それより…さっきは悪かったね」と突然頭を下げられた。

訳が分からずに「何のことですか」と聞くと「あんたを旦那と一緒にしたことさ」という答えに、きっとキリアンがここで何か悪い事をしたのだろうと思い当たった。

「いえ。何があったのかは知りませんが、きっと夫が何かしてしまったんでしょうね。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。私も同罪ですから、気にしないでください」


すると、さっき突然謝った女が今度は突然怒り出した。

「あんた何言ってんの。馬鹿言っちゃいけないよ!なんであの男のした事であんたが同罪になんだよ。あの男の罪はあいつのもんだ。一緒にいたならまだしも、あんたは関係ないだろ」最後は息まで切らして怒る女に、セシールは呆気に取られて「はい…すみません」と言うと、もう一人が笑い出した。

「マギー、あんた相変わらず忙しいね。セシール、私はアン。こっちはマギー。私たち、あんたの夫っていうキリアンと一緒に、ここで作業してたんだよ」


読んでいただき、ありがとうございます。


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