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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

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32/61

8 アルカン村のセシール1

見つけてくださってありがとうございます。

キリアンは粗末な馬車に一昼夜押し込められアルカン村へ運ばれたが、幸いセシールの旅程は伯爵家の馬車で、途中伯爵の手配した宿屋に二泊という余裕のある日程だった。キリアンの様に過酷な旅ではないとはいえ、初めてこれほど長い時間馬車に揺られたセシールは、馬車が止まった時は心からホッとした。

身体は疲れ果てていたが、ここまで来て泣き言を言う暇は無いと自分に言い聞かせ、まだ揺れているような感覚のまま地面に降り立った。


ここまで付いてきてくれた伯爵家の従者が、キリアンの住んでいた家を管理している村長を呼びに行く間、セシールはぼんやりとその家を眺めていた。

ペンキを塗り直されたらしいその平家は想像していたより綺麗だったが、キリアンの公爵家と、自分の住んでいた伯爵家で考えれば、庭にある納屋と言った方が良い建物だった。

『こんな所に一人で送られて、大貴族だったキリアン様にはどんなに辛かっただろう』未だにそんな思考がよぎってしまう自分に気づき、一人笑う。


「待たせたね」声がして振り返ると、髭を生やした体格のいい男性が、従者と一緒に歩いて来た。

「俺がこの村の村長のジャックだ」

「私はセシールです。ここにいたキリアンの妻です」セシールは初めて自分をキリアンの妻と名乗った。

ジャックは、セシールの背後を探す素振りを見せて「一人かい?」と聞くので、不思議に思いながら「はい、私一人で参りました」と答えると「あんたと子ども、それと侍女の三人で来るって聞いてたもんだから」と驚くような事を言う。

「聞いていたって、どなたにですか」セシールが問い返すと、ジャックは「話したらまずかったかな」と頭をかいた。


「俺の親友の甥っ子からだよ。そいつは王都にいるんだが、付き合いのある貴族から、アルカン村に知り合いはいないかって聞かれてね。もし知り合いがいたら、あんたと子どもと侍女が村に来るから、村での暮らしを気にかけてくれる様に頼みたいって事でさ。それで、俺に連絡がきたんだ。だから、てっきり三人で来るとばかり思ってた。

ま、立ち話もなんだから家に入ろう。家の中も案内するよ」

ジャックが鍵を開け、三人で部屋に入った。


「あいつがいなくなってからも掃除はしてたから、そこまで汚れてはいないだろう。そこのテーブルで話そうか」ジャックの指し示したテーブルにセシールが座ると、従者が伯爵家から持ってきた茶のセットを使い、家の台所で湯を沸かして茶を淹れてくれた。馬車旅で疲れて喉が渇いていたセシールは、ありがたく喉を潤した。

茶を淹れてくれた従者にも「あなたもここに座って飲んで下さい。お疲れでしょうから」と促し、従者もそれではと腰かけて飲み始める。


その様子を見ていたジャックは(この女性はあの男とはずいぶん違うな)と内心ホッとしながら、自分も淹れてもらった茶を飲んだ。

「これは美味い茶だね。さすが伯爵家だ」一口飲んで驚きの声をあげると、セシールが「お気に召して下さって良かったです。もしよろしければ、この茶葉はジャックさんに差し上げます。本当に色々ご迷惑をおかけしてしまうと思いますので」と申し訳なさそうに言い出した。


ジャックは驚いて「いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ。それよりも一人で来たと言う事は、この家に一人で住むつもりかい」

「はい。夫はジャックさんのお宅で下男をしていたと聞きました。出来れば私も下女として雇っていただいて、時間がある時に夫を探したいと思っています」

「子どもと侍女はどうしたんだ」

「子どもは生まれつき病弱で、この暮らしに耐えられるか分かりません。それで、侍女に頼んで二人で伯爵家に残ってもらいました。私がちゃんとここで暮らしていけて、もし夫が見つかって一緒に生きていけるなら、迎えに行きたいと思います」


静かに話すセシールに、ジャックはここにいた間のキリアンの事を思い出し気の毒でたまらず、ついこう言ってしまった。

「夫って、キリアンは『僕には妻などいない』と言っていたような男だよ。見つけた所で、あんたが不幸になるとしか思えん。

俺はこんな田舎暮らしだが、長く生きてるとああいう性根の男は幾人も見たよ。悪い事は言わない。伯爵家に戻って、子どもと一緒に暮らすべきだよ」


『僕には妻などいない』と聞いた時セシールの顔つきが強張り、ジャックは(しまった。泣いちまうか)と後悔したが、彼女は泣く事はなく「そうですね。それが本当は一番良いんでしょう」と言ってから「それでも、やれるだけの事はやってみようと思います」と答えた。

「あと、さっきおっしゃっていた貴族の事ですが…」


「ああ、気にかけて欲しいと頼んだ貴族」

「その貴族の方の、家名は分かりますか」

「いや、そこまではっきり手紙には書いてなかった。余り詳しくは言えない感じだったよ」

「そうですか」

セシールは、誰がそこまで自分を気にかけてくれたのか気になったが、一人心に浮かんだ人の名は『まさか』と打ち消し、誰だか知るのは諦めて、心の中で感謝だけ捧げた。


その後、セシールの決心に負けたジャックが彼女を雇う事に同意し、家の中を案内してくれて一通りの話が終わった頃、伯爵家の従者は王都へ帰る事になった。

「本当にここまでありがとう。助かりました」セシールが礼を言うと「お嬢様。伯爵様からです」と両手に乗る位の皮袋を差し出してきた。

受け取ってずっしりと重い袋の口を開けてみると、中には銀貨と銅貨がぎっしり入っていた。

「これは…」ためらうセシールに、従者は「これだけは何が何でも受け取るように、とのお言葉でした」と言って「それでは、私はこれで失礼します。何かあれば、ご連絡ください」と来た道を帰って行った。


セシールが金を渡されるのを見ていたジャックは内心で(おいおい、あんな大金、女一人のこの家に置いておくなんて正気か)と冷や汗を流していた。

だからセシールから「ジャックさん、このお金出来れば預かっておいていただけますか。私、本当言うとお金の使い方もあまり分からないんです」と言われた時、二つ返事で引き受けた。

ただ『お金の使い方が分からない』というセシールの言葉は聞き捨てならず、次の日からしっかり教えなければと心に決めた。


キリアンの事は初日に放って帰ったジャックだったが、親友経由で頼まれた、気立ての良さそうな若い女性に同じ扱いは出来なかったので「後から俺の妻に夕食を届けさせるから、その時に色々聞くと良いよ。俺が出たら、ちゃんと鍵をかけるようにな」と言って、預かった金を大事に持って帰って行った。 

一人になったセシールは言われた通り鍵をかけると、もう一度キリアンの住んでいた家を見て回った。テーブルのある居間、それと続きの台所、洗面所、トイレ、寝室、それにもう一つ寝室よりも小さい部屋。全ての部屋が伯爵家の広間に収まり、なお余白がありそうな狭い家は数分で見終わった。

キリアンの痕跡が何か見つからないか探したが、もう一月以上前にいなくなったという家には何も残されていなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。


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